冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

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お久しぶりです。
待ってた方が居られたら幸いです。



余こそがローマを、最も愛しているが故に

 高らかなる宣言がローマの地に響く。

 例うならば、純黒の薔薇。

 連合ローマ帝国の首魁、ネロ・クラウディウス。

 

 その姿その覇気は、立香たちが知る物と全く変わらぬものであった。

 禍々しき炎を伴う刃を携え、漆黒の花嫁衣装を纏っていようとも。

 

 彼女の登場に、ここが戦場なのか疑わしくなるほどの深閑が降りていた。

 渦中にいる人々の反応は対極の様相を示す。

 

 心酔した眼差しで畏敬の念を露わに礼を取る、連合ローマ帝国の兵士たち。

 方や、正統ローマ帝国に属する者たちは戸惑いに満ちた表情を浮かべ、ただただ事の次第を飲み込もうとしていた。

 

 歓喜、崇拝、仰天、困惑。

 多種多様な感情が戦場という

 

 その中で最も思考を乱れさせていたのは誰有ろう、正統ローマの皇帝たる赤き薔薇、ネロ・クラウディウス。

 

「うん?どうした、神聖ローマ帝国の者どもよ。貴様らもまた、等しくローマの民。よもや、余の顔を知らぬというわけではあるまい?」

 

 黒の薔薇は、赤薔薇の当惑など知らぬとばかりに、一方的に話しかける。

 話しかけられた彼らはまるで気付かなかったが、その声は突如として周囲にに乱立した木々を介して遠方から伝わっていた。

 

「……っい、一体何者なんだ?!あ、アンタは……いや貴方様は?!」

 

 返ってきたのは、疑問の声。

 震えを伴うその言葉は、どちら側の兵士が搾り出したのか、聞くまでもない。

 

「愚問とは、分かりきったことを尋ねることであるぞ。聞いた当人が分かっておるならばなおさらだ」

 

 無礼と断じられてもおかしくないその疑問を聞いても、黒の薔薇はおかしそうに笑うのみであった。

 そう、この場にいる全ての者にも分かっているのだ。

 尋ねた兵士も、それ以外の全ての兵士にも、分かっているのだ。

 彼方に見える黒の花嫁が、彼らが敬愛する主、ネロ・クラウディウスであることなどは。

 

 ぼんやりとしか映らぬほどの彼方にいるはずなのに、不思議とはっきり見えるその姿は、とても見間違えようがなかった。

 

 それは、赤き薔薇も同様である。

 

「あり得ぬっ!!断じてあり得ぬっ!!」

 

 事実から目を背けるが如く、否定の声が烈火を伴い張り上がる。

 息を乱し声を荒げるネロは、身に纏う赤き装束が如く紅蓮の怒りを燃やしていた。

 

「ネロ・クラウディウスとはっ!天上天下においてこの余ただ一人を差すっ!!貴様がネロ・クラウディウスなどとっ!戯言も大概にしておけ!!この偽物がっ!!!」

 

 言葉のとおり、唯一無二を自負する彼女彼女には到底認めることができない現実がそこにあった。

 

 赤薔薇が激昂する様は、黒薔薇は対照的に冷たく見下ろしていた。

 

「……まったく、察しが悪いな。余が貴様()だと分からぬとは。余とは思えぬ程了見が狭いぞ――そこのカルデアの者たちは、答えを察しているというのにな」

 

 その言葉を聞き、彼女――赤のネロは言わんとする所を察した。

 カルデア。その特徴は戦力としてサーヴァントなる者達を用いていること。

 その彼らが気づいた。それはつまり――。

 

「貴様は、サーヴァント、なのか?」

「左様。これより未来、裏切られ果てた貴様の姿。それが、この余だ」

 

 彼女――黒のネロは是と返す。やっと理解が追いついたのかと言わんばかりの表情を浮かべながら。

 

「だ、だが!余はまだ死んでおらぬぞ!」

「関係ない」

 

 悲鳴のような追及は切って捨てられた。

 

「過去も、未来も、現在すらも、全く持って関係ない。あまねく時代と大地にて華々しく咲き誇り、無残に散った英雄たち。死した彼らの魂が集う果ての地こそが英霊の『座』なのだ。そしてそれはネロ・クラウディウス、貴様においても例外ではない。今より未来にて果てた貴様の魂もまたそこにある。そして『(そこ)』より現れたのが何を隠そう、この余なのである。」

 

 赤のネロは、自らの誤りに気付いた。

 

 聞いていた。英霊という存在を。

 知っていた。サーヴァントという存在を。

 そして、勘違いをしていた。英霊とは、今より過去に死した英雄や偉人たちのことなのだと。

 考えてすらいなかった。未来で死した己の魂が、既に英霊として存在していることなど。

 誰が予想できるというのか。果てた後の自分自身が、サーヴァントとして現れることなど。

 

 感覚のみならず、理性ですらも得心した。

 

 ――ああ、あそこにいるのは、間違いなく余なのか。

 

 愛するローマを滅ぼそうとしているのが、他ならぬ自分自身であることを。

 

 

「僥倖なりっ!圧制者が自ら首を刎ねられんと現れるとはっっ!!」 

 

 空気など知らぬとばかりに、猛然と駆ける人影あった。

 圧制者の登場、それを討ち取る叛逆の好機の到来に歓喜していたスパルタクスが動き出したのだ。

 

 見る見る間に詰まっていく彼我の距離。

 迫る曲者の姿にカリギュラは立ち塞がろうとしたが、当人の黒のネロによって止められた。

 押しとどめ、代わりに彼女は一歩踏み出した。

 

 舞台の中央に臨む主役のように、堂々とした一歩。

 

 

「貴様の出番はない、哀れなる叛逆者よ――舞台の袖へとはけておれ」

 

 ピンと伸びきった腕をゆったりと上げていき、大地と平行になったとき――勢いよく横に振られた。

 結果として、その動きにつられるようにスパルタクスは横に動いた。

 

 大地から突如現れた大木に薙ぎ払われるようにして、だが。

 およそ人間から出てはいけない音を響かせながら、大地を削っていく。

 

 

「ふむ。余の国の中だと言うのに、この程度の威力とは。やはり貴様が近くにおっては力が阻害されるようだ。そこまで神祖に愛されておるとは、喜ぶべきやら、嫉妬するべきやら」

 

 自らが成したことへの感想を述べながら、黒のネロは薄く笑みを浮かべる。

 

 立香たちも半ば察していたが、ここで確信に至る。

 戦場に出現した大木が黒のネロの力によるものだと。

 

 

「なんでローマを滅ぼそうとするの?」

 目の前の光景に、誰もが口を閉ざした中、立香は黒のネロに問いかけ、彼女もまた楽しそうに答えた。

「ほう。ローマの民でもない者が許しなく余に話しかけるとは。不敬であるぞ。だが人類史が滅ぶという絶望を前にして、未だ折れぬ勇者に免じて特別に赦す。だがその問いは愚問と言わざるをえんぞ、人類最後のマスターよ」

 

 愚問。

 彼女の口から出た返答はそれだった。

 

「果てなき未来から来たというのにそれを問うとは。どうやら余の歴史はあまり語られていないようだな。誰も余の最期を知らぬのか?」

「……いえ、存じ上げています」

 

 マシュが、躊躇うように口を開く。

 彼女は知っている。皇帝ネロの晩節を。

 市民に嫌われ、元老院に裏切られ、ローマから逃げた先で、自害した最期を。

 

 赤のネロは、弾かれるように視線を向け。

 黒のネロは、酷薄とした笑みを浮かべた。

 

「知っておるのか。ならば話は早いな」

「……自らを裏切ったローマへの、復讐ですか」

 

 マシュの答えに、黒のネロはやれやれだと言わんばかりに首を振った。

 

「違うぞ。ローマは余を裏切っておらぬ。余が殺される前に、既にローマは死んでおったがゆえに」

「……え?」

 

 マシュは返答に詰まる。

 黒のネロが何を言っているのか、分からなかったから。

 

「何を不思議がる?神祖を除いて、このローマを最も愛した人間は、余に他ならぬ。であれば当然、ローマも余を愛していたに決まっている。このローマにおいて、偉大なる神祖に勝るとも劣らない愛情を、余に向けていたのだ」

 

 まるで出来の悪い生徒を前にしたかのように被りを振って言葉を重ねる。

 自分が愛しているのだから、相手(ローマ)も己を愛していてしかるべき。

 相手の都合を考えぬそれは、まさしく暴君の理論である。

 

「そこまで余を愛したローマが、余を裏切るはずなどないであろう」

 

 口ではどれだけ言えようが、常人では心底から信じきることのできないその理屈は、暴君ゆえに事実へと成り代わっていく。

 それがどれだけ歪んでいたとしても。

 

「であれば答えは自ずと決まってくる。すなわち、気づかぬうちに余が愛したローマは、既に死んでいたのだと。

もっと別の、醜悪な何かに、とって変わっておったのだ」

「……どういうこと?」

 

 訥々と語る様に、立香とマシュは何か言い知れぬ悪寒を感じる。

 

「余が愛したローマが、余を裏切るはずがないであろう?殺すはずかないであろう?すなわち、余の知らぬうちにローマは死んでおり、別の何かがローマを騙っていたのだっ!」

 

 ――あの時のローマは、ローマに非ず。

 それこそが、黒のネロにとっての事実。変わることのない現実(妄想)であった。

 

「だというのに、余が死した後にも、あれは恥知らずにもローマの名を僭称して、歴史を紡いだというではないか。何たる、何たる大罪っ!」

 

 その怒りは真なるもの。自らの発言に、毛筋の先ほどの疑いを抱いていない。

 

 赫怒の表情に悲嘆が混ざり、悲憤慷慨の色へと転じた。

 

「されど、もはやその流れは止められず。余は知ったのだ。例えいかなる神算鬼謀を用いても、ローマが死ぬことを止めることは止めることは出来ず。如何に余と言えど、ローマを生きながらえさせることは、出来ぬ。であれば」

 

 城壁の上、黄金で作られた舞台上は、文字通りの独壇場。

 涙を流す彼女の姿に、遍く兵士は目を奪われていた。

 

「であれば、ローマという国が亡ぶのを止められぬのであれば――余の手ずから終わらしてやるのが、何よりの慈悲であろう?」

 

 深く、深く俯き、そして。おもむろに上げた(おもて)

 ――全てを焼き尽くさんとする、怒り。

 立香がその満開の笑顔から感じたことは、それだけであった。

 

「余の知らぬうちに殺されるぐらいならば――余が、ローマを殺そう。ローマを終わらせることによって、歴史は完結する。これより後に継ぐものはなく、これより前に越えるものなし。最後にして最高。それを持ってローマは完成し永遠となるのだ。そしてそれを成すのは、他ならぬ余でなくてはならぬ」

 

 ――余こそがローマを、最も愛しているが故に。

 

 愛らしく、何よりも歪んだ笑顔であった。

 

 自らが語ったことが、間違いようのない真実であると信じきっている。そういう類いの笑みではない。

 であるならば彼女が浮かべているのは、スパルタクスのような笑みに他ならない。

 正義は我にあり。正当なるローマを滅ぼし、ローマを騙る痴れ者どもを誅戮する。

 自らの行いに一遍の間違いがあるはずがない。そもそもその発想に至らない。狂信者の如き思想から生まれる笑み。

 そういう笑みではない。つまり彼女は分かっているのだ。

 自分を裏切り、死に追いやったのが、紛れもなくローマであることに。

 彼女を動かすのは事実であり、苛むのは真実である。

 その真実から目を逸らすように、彼女はローマを殺すのだ。

 自らが愛したローマを、否定して。

 

 そう、彼女の瞳に狂気はない。

 狂気に堕ちきれぬ理性から漏れ出でる、抑えきれぬ怒り。

 それに突き動かされ、対象を破壊していくこと。

 これすなわち、復讐なり。

 

 ローマへの愛の深さが、そのまま復讐への憎悪へと反転した存在。

 ローマという地が育み生んだ、毒の薔薇。

 復讐者(アヴェンジャー)ネロ・クラウディウス・オルタ

 

 カルデアの霊基分析から導いた、彼女の正体だ。

 

「さっきから面倒な御託を並べやがって。テメェが俺たちの敵ってことに変わりねぇだろうが。だったら殺す。それだけだ」

 

 だからどうした。クルタはそう言い放ち歩を進める。

 カリギュラから負った傷は癒えぬとも、それを感じさせぬ射殺さんばかりの殺気を振りまいていた。

 目を離せば、彼我の距離を一瞬にして無に帰し突き殺す。彼の背中にはそんな光景を幻視させるほどの凄みがあった。

 

「そう易々と生かせると思うか、クルタよ。貴様は余りにも危険だ」

 

 カリギュラは歩みを止めんと立ちはだかる。その身から溢れ出す殺気はクルタに負けず劣らず。

 可視化できるのではないか、そう思わせるほどの濃密な殺気がぶつかり合う。

 黒のネロ登場から一変した戦場の空気は、今度はこの両雄に飲まれた。

 目まぐるしく変わる展開に、人々は流されるまま二人に目を向ける。

 

 この場に居合わせた全ての人の意識が、相対する二人へと向けられる。

 

 

 

 その意識の隙間を縫う暗殺者(アサシン)が、一人。

 

 

 

「『時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)』」

 

 弾丸一条。

 黒いドレスの胸元に、大輪の赤薔薇が咲いた。

 

 




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