冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

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見事なり。暗殺者よ

「見事なり」

 

 『時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)』。

 エミヤが生前に修めていた固有時制御の魔術が昇華した宝具の名である。

 血流・呼吸といった生理現象の減速は、気配遮断の効果をランク以上にまで引き上げ。

 移動・運動の加速によって、何人にも追いつけぬ速度を発揮し。

 世界の修正により生まれる反動は、鋼鉄(硝子)の心で押さえつける。

 

 一射必殺。

 トンプソン・コンテンダーから放たれた凶弾は、(あやま)たず標的の心臓を食い破り、鮮血がドレスを染め上げた。

 

 人知れず忍び寄り、暗殺者の本懐を果たす。

 その手腕を、黒のネロ(・・・・)は賞賛する。

 

「見事なり。暗殺者(アサシン)よ。ひたすらに目標を仕留めることのみを追求した、未来に生きた凶手の真髄。とくと味わわせてもらった」

 

 胸元に咲いた赤き薔薇が、まるで巻き戻すかのように萎んでいき、漆黒の輝きを取り戻した。

 唇の塗らした血液を舐め上げ、エミヤの姿を見咎める。

 

 漆黒の薔薇を摘むことは(あた)わず。

 

 失敗を悟り、瞬時に離脱を図るエミヤ。

 

「だがその程度では、ローマ()は滅ぼせぬわ!」

 

 彼の判断は早く、それでもなお遅かった。

 

 地面を割って生えてきた大木が、エミヤの体を薙ぎ払う。

 虫を払うような一撃を辛うじて防御したが、その質量により錐揉みしながら吹き飛ばされる。

 

「感謝しろ下郎! 万死に値する貴様の罪が、この一死を以って償われるのだがらな!」

 

 落下するエミヤの墜落予想地点にて待ち受けるカリギュラの顔は、憤怒によって染まっていた。

 腰だめに構えた拳に、どす黒い殺気が込められていく。

 

「クルタぁっ!」

「ラァっ!」

 

 立香の叫び声に応じて、クルタがカリギュラへと接近する。

 

「余を弑殺しようとしたのだ。死罪は当然。おとなしく刑に処されよ」

 

 その言葉とともに、行く手を遮るように木々が出現する。

 針山を髣髴とさせる枝を備え、足を絡めとらんと蔓が這う。入れば二度と。生きて出られぬ死の樹海。

 クルタは臆せず飛び込むが、到底間に合うことはなく。

 神君すら取り込んだ皇帝を狙った、愚かな暗殺者に向けて、断罪の拳が放たれる。

 

「A―――lalaie!!」

 

 その直前、カリギュラの横っ腹に突撃する馬影が一つ。

 十分な助走を取って、最大速力を発揮した軍馬の突進に、片足に負傷を負っているカリギュラはたまらず弾き飛ばされた。

 

「……裏切ったか、若き征服王よ」

 

 勢いがついた馬の体当たりを喰らいつつも、カリギュラは何事もなかったかのように軽やかに着地し、処刑を邪魔した下手人を鋭く残った瞳で鋭く睨めつける。

 

「心外だな。協力者ではあったかもしれないが、最初から君たちの仲間じゃなかったんだけどね。僕は」

 

 美しき少年――アレキサンダーの口調は極めて軽やかであった。

 本人の言うとおり彼には裏切ったつもりなどまるでない。

 そのことを黒のネロも理解していた。

 

「よいよい。気にするな叔父上よ。並び立つことはあれど、彼の征服王が誰かの風下に立つことなど有り得ぬことよ」

「そういうこと。君たち二人のネロのうち、どちらの王道に与するべきか見極めようとしたけど、残念ながら君はもはや王ですらなかったようだからね」

「少し違うな。余は王にして王に非ず」

 

 鮮血のルージュが歪な弧を描く。

 紅き三日月に導かれるように、大地から巨大な木々が次々と現れる。

 

「この建国の力が、神祖ロムルスの力。それを取り込んだ余こそが、始まりの王()にして、この世の全てを束ねる神()――すなわち皇帝である」

「ハッ! 王にして神か。どうやらテメェも例に漏れず、ロクでもない王の一人みてぇだな」

 

 エミヤに刻んだルーンが効果を発揮したのを見届けつつ、クルタは嘲笑を持って黒のネロを見遣る。

 最低の王の一人。いや生前においても、自ら国を滅ぼそうとした王などはおらず。

 クルタにとって彼女は正真正銘、最低の王であった。

 

「そうだな。貴公の言う通り、余はロクでなしなのだろう」

 

 彼女の言葉に、樹海が蠢く。

 

「この世がある限り、永久に続くローマの道。その道を途絶えようとしているのだから。それゆえに――」

 

 一つ一つが多大な神秘を纏う大木は、鮮やかに艶やかに粛々と、己が主人を彩る広間を、玉座を、舞台を作り上げていく。

 強き存在感を示す神代の緑樹。それすら背景にしてしまうのが、ローマが生んだ黒き薔薇。

 

「――貴様の言う王道など(ローマ)にはなく、また貴様の道が未来(ローマ)に続いているということも、あり得ぬのだ」

 

 神々しき樹木を従え、己を彩らせるその姿は、まさしく神そのものであった。

 

「古今東西どこも変わらぬ。神の逆鱗に触れたものには天罰が下る。それだけの話だ」

 

 

 王と皇帝。不遜なる両者の問答の最中、エミヤはクルタのルーンに運ばれ立香の傍へ下がっていた。

「ぐぅっ! すまないマスター。しくじった」

「喋らなくていい! 今は回復に専念して! マシュは周囲の警戒を!」

「イエス・マスター!」

 消滅してないのが不思議なほどのダメージを負ったエミヤを連れ、立香たちは赤のネロの元へと退避していく。

「ですが、エミヤさんの銃弾はあちら側のネロ帝の胸を確かに撃ち抜いてました。それなのに、何故まだ生きて……!」

「知れたことよ」

 マシュの疑問に返答したのは、乱立した全ての木々。

 四方八方から聞こえるネロの声が、輪唱するかのように重なって戦場に響き渡る。

 

「神祖ロムルスを取り込んだ余はこのローマ最初の皇帝であり、それと同時にネロ・クラウディウスをローマ最期の皇帝――末帝であると定義した。余の終わりこそがローマの終わり。ローマの終わりこそが余の終わり。ローマが滅びるより先に余が果てることなぞ、あってはならぬ。すなわち――ローマがそこにあり続ける限り、余は不滅なのだ」

 

 余りにも強引で、逆説的な不死性。

 立香たちは元より、現在彼らを戦場を観察するカルデアスタッフたちも、言葉を失った。

 彼女を倒すには、何より先に、ローマという国を滅ぼす必要がある。

 だがローマを滅ぼすということは、人理定礎の崩壊を招くことに他ならない。

 

 修復するために定礎を壊すことなど、出来るはずもなく。

 されど放置すれば、遠からず崩壊を迎える。

 

 その事実に行き着いた者たちは、足下が瓦解するような錯覚を味わっていた。

 

「さて。勇者との語らいも楽しくはあるがそろそろ――処刑執行の続きといこうではないか」

 

 そして、蹂躙が始まった。

 

 枝が、蔓が、大木が。

 貫き、締め付け、圧し殺す。

 至る所で始まる一方的な殺戮劇。

 血の赤が、骨の白が、樹木の緑が、戦場というキャンバスを無秩序に塗り潰していく。

 

「やめろぉぉっ!!」

 立香の叫びが空しく響く。失われていく命を繋ぐ力は、彼の声にはなかった。

「ネロっ! 今すぐ皆を退却させるんだっっ!! 早くっっ!!」

 故に立香はすぐにネロに向き直った。

 兵士達の混乱を取り除き、意思を伝えることが出来るのは、この場に置いてネロを除いて他にいないと考えたが故に。

 

「だが、だが余は……私は……」

 しかしネロは動かない。動けない。

 四肢から力は抜け落ち、意思には気力が篭っていなかった。

 死後の己を目の当たりにしたからか。神祖すら取り込んだその力の強大さを感じ入ったからか。

「分かるのだ……あの者の怒りが……私には、痛いほど」

 違う。彼女が絶望していたのは、黒のネロが生まれるに至る経緯。

 愛する国に、民に裏切られ、失意のうちに生涯を終える。

 その時感じた憎悪が、憤怒が、彼女には痛いほどよく分かった。まるで、ついさっきその目で見てきたかのように。

 否定できるわけがなかった。目の前にいる女は、己が至る未来の姿の一つであったのだから。

 

 ――遠くない未来、あれが味わったものと同じ絶望が、余の身に降りかかるというのか。

 それならばいっそ、このまま滅びを迎えるのも――

 

「――甘ったれんじゃないよっ!」

 

 滅びの運命すら受け入れんとしていた彼女の横面を、ブーディカは思いっきり引っ叩いた。

 サーヴァントが放つ加減なし全力の張り手は、意識を飛ばされかねんほどの衝撃を相手に与えた。

 

 突然のビンタに目を白黒させる立香たち。

 そんなことには構いもせず、ブーディカは胸ぐらを引っ掴みネロを強制的に立たせる。

 

「あそこにいるネロは、確かに未来のアンタかもしれない! けどね! アイツは死人! たかが亡霊の戯言だ! 真に受けるんじゃない!」

「……しかし」

「しかしもカカシもありゃしないんだよ! アンタは、この時代を生きている皇帝なんだ!! 未来がどれだけ苦しくても、アンタは今を生きなきゃいけないんだよ!!――それでも」

 

 鬼気迫る表情で詰め寄るブーディカ。その顔が今一度和らいだ。

 

「それでもアンタが納得できないっていうんなら、もう一度ローマに戻って、大事なものを見つめなおしてきな。それが、アンタが進むために一番必要なものだよ」

 

 それじゃあね。

 その言葉がネロが聞いたブーディカの最期の言葉となった。

「ネロ?!」

「心配するな。少し眠ってもらっているだけだ」

 そう語るのは、いつの間にかネロの背後に回り込んでいた荊軻

 彼女はそのまま気絶させたネロを肩に担ぎ上げる。

 

「いや見事にオトしたもんだね。流石はアサシンって言えばいいのかな?」

「この程度、手慰みにすらならんさ。……行くんだろ?」

「ああ。申し訳ないけどネロのことは頼むよ荊軻」

 

 二人のやり取りを間近で聞いていた立香とマシュの脳裏に、悪い考えが浮かび上がる。

 

「立香もマシュもごめんね。あたしはここまでだろうから。……後のことは、今を生きているあなた達に任せたよ」

 

 その考えが間違いではないと、ブーディカの表情が物語っていた。

 

 彼女は剣を抜き放ち、高々と掲げ――吠えた。

「聞けっ! ネロに剣を捧げる兵士たちよっ! 撤退の時だっ!! ネロを守りつつ、速やかに都へと帰還せよっ!!!」

 号令一喝。

 ローマに反逆した女王の激が、戦場に響く。

 ネロと同じく一国を率いた女傑。その声量は負けず劣らず。

 指示を受け取った者たちから、次々と返事の雄叫びが上がる。 

 

 揚げられた剣は切っ先を変えて、黒のネロに向けられる。

 

「そして我が隊の者どもよ! ネロが逃げる時間を稼ぐため――私とともに死んでくれ!」 

 

 死ねという、何よりも単純で、何よりも忌避するであろう命令に。

 先ほど以上の大きな雄叫びが答えた。

 

 全ては、ネロを生かすために。

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