冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

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ローマ皇帝であるがゆえに

「――損害は以上だ」

「……そうか、ご苦労」

 

 命からがら戦場から逃げ帰ってきたネロは、都にある一室で荊軻から報告を聞いていた。

 

 ブーディカたちがネロ達を逃がすため殿となった日から数日。

 

 主だった戦果としては、敵将となるカエサルの撃破。ならびにアレキサンダーを名乗る少年と、二人の詳細不明のサーヴァント――諸葛孔明とダレイオス3世――の撃破が挙げられる。

 しかして損害として、こちらもブーディカとスパルタクスという二名を失った。

 

 兵の損耗も殊更大きい。敵サーヴァントによる強化によって兵としての質の差もあったが、極めつけは最後の大樹による戦場の蹂躙。結果として約3割の兵士の命が失われた。

 

 それでも強大なるはローマ帝国。なお戦える力を残っている。

 

 だが、一番の問題が残っていた。

 

「ネロ、お前がそんな様子ではこれからどう戦っていくというのだ?」

「ああ、そうだな……」

 

 ネロの精神的なショック。ある意味ではこれが今回の戦では一番大きな損害といるだろう。

 兵を先導すべき元首が動けない。

 戦うことが、できなくなっていた。

 

 

 敵の首魁が未来で死した自分。

 その事実は叔父であるカリギュラが敵に回っていると知った時以上の衝撃をネロに与えた。

 

 理屈を超えて理解させられた。あれはいずれ自分が至る姿であり、そうなった理由もまた、彼女が語る通りなのだろうと。

 

 

 いずれ自分はローマに裏切られて、殺される。自分が愛したローマに。

 その事実に、自分は耐えられるだろうか?

 答えは分かっている。耐えられるはずがない。だから分かるのだ。未来の自分の気持ちが、痛いほど。

 

 ローマを滅ぼすことなど認められない。だがローマに殺されるのは、裏切られるのは、もっと嫌だ。

 

 であるならば、いっそのこと、ローマを滅ぼしてもらうのもありなのでは?

 そうすれば彼女はローマへの復讐を果たし、()は愛するローマのために身命の全てを擲つことができる。

 

 愛されたまま、死を迎えれる。

 この甘美な響きに、ともすれば身を委ねたくなる。

 

 だがローマをみすみす見捨てることなど、()にはできない。

 

 

 この数日彼女の、ネロの思考はこの繰り返しであった。

 あの日から、ブーディカたちが命を賭した日から彼女は一歩たりとも進んではいなかった。

 

 その姿に荊軻は忸怩たる思いを抱く。

 

 あの日ブーディカたちが繋いだ希望がこのザマなのだ。怒りが募るのも、むべなるかな。

 

 張りての一つでもかまそうとしたその時、執務室の扉が勢いよく開いた。

 

「ネロ!街に遊びに行こう!」

 

 敗戦を喫したなど微塵も感じさせない、底抜けに明るい声で立香は彼女に呼びかけたのであった。

 

 

 

「どこに行こうというのだ、リツカよ」

 どこか陰湿な気配を伴った言葉が、ネロの口から零れ落ちる。

 

 動く気のなかったネロを無理やり引っ張りだされたが故にか、声色には苛立ちすら含まれていた

 

「んー?特にどこかとかは考えてないなぁ。来たばっかりであんまり詳しくないしね。ローマ」

「であるならば、マシュと二人で出歩くのがよかろう」

「もちろん、マシュも一緒だよ」

「フォーウ」

「あとフォウ君も」

 

 いつの間にか立香の足元に居たフォウが鳴いて自己主張を始める。彼は抱きかかえるとそのまま自分の頭に乗せた。

 フォウはその扱いに満足気な声を上げて丸くなる。遠目から見ると白髪のアフロみたいに見えることだろう。

 だがネロはなぜか、フォウの視線にたじろいだ。上手く表現できないが、どこか冷たい目つきをしているように感じたためだ。

 

「あ、お疲れ様です。マスター、ネロ陛下」

「フォウフォーウ」

「ふふっ、フォウさんもお疲れ様です」

 

 宮廷の外では、普段着を纏うマシュの姿があった。

 それを見て顰め面だったネロも、驚いたように眉を上げる。

 

「ほう。マシュも立香と同じような異国の衣装を持っていたのだな。てっきりあのキワドイ戦闘用の衣装しか持っていないものと」

「な!ち、違います!キワドクありません!動きやすさを追求した結果です!」

「フォフォウフォーウ」

 

 それをキワドイと言うのだよ。立香はそんな声が天から聞こえた気がした。

 

「そういえばクルタは?」

「あ、すいません。誘ったのですが『遊びなんぞに付き合ってられるかよ、ケッ』という言葉とともにどこかへ行ってしまわれました」

『うわぁ、マシュがクルタの口調を真似ると、違和感が凄いね』

「む?ロマンとやらも居たのか?」

 

 空間から響く声に、ネロが反応する。

 

『はい、こちらにいますよ』

「……ふむ、ではやはり余は必要なかろう。三人と一匹で楽しんでくるのだな」

 

 そう吐き捨て踵を返そうとするネロの肩を立香が抑える。

 

「必要だから。めちゃくちゃ必要だから。日本人にとっての白米並みに必要だから」

「例えが良く分からんな」

「ギリシャ神話におけるヘラクレス並みに必要」

「それは不可欠だな」

 

 ヘラクレスがいないギリシャ神話なんて考えられない。ネロは心の底からそう思う。

 

「分かった。そこまで言うのなら余自ら観光案内を務めてやろう。光栄に打ち震えるがよいぞ」

「大丈夫。末代まで伝えておくようにするから」

「はあ……では刮目するがよい!これが余が!世界が!歴代皇帝たちが誇る、ローマである!」

 

 傍目にもカラ元気なのが分かるような投げやりな口調で、皇帝によるローマ観光案内が始まった。

 

 

「観光というにはここがよかろう!カンプス・マルティウス(マルスの野)だ!」

「え?何あれプール?プールあるの?!」

「もしやあれが、かのアグリッパ浴場ですか?!」

『立香君にもわかりやすく言うと、一番最初に作られたテルマエってやつだ!」

「よしマシュ、一緒に入ろうではないか!」

「え、あの、今水着を持っていなくて」

「水着?なんだそれは?裸に決まっておろうが」

「フォフォフォーウ!」

「え、遠慮いたします!」

 

 ネロの提案に(ビースト)が興奮したり。

 

「お次はこれ!パンテオンだ!」

「フォフォ~ウ」

「こ、これがパンテオンですか……!」

「うむ、かのアウグストゥスが側近アグリッパが建造した万神殿である!当然、神祖も奉られておるぞ!」

「あれでも、昔テレビで見たのと少し違うような……」

『そりゃそうさ。これは時代的に初代だからね。僕らが知っているのは二代目だから』

「なに、二代目?!どういうことだロマン?!」

『あ、いや、それはその』

 

 ロマニがうっかり口を滑らせたり。

 

「ここが歴代の皇帝たちが眠っている霊廟だ……叔父上もここに眠っている」

「お墓なんだね」

『ピラミッドと同じさ。後の世でアウグストゥス霊廟と呼ばれる』

「伝え聞いた通り、凄く広大で美しいですね」

 

 マシュが今では見ることが叶わない美に目を細めたり。

 

 その後もフォロ・ロマーノに戻り、公文書館、種々の神殿、議事堂を見て回った。

 

「回りつくせたとはとても言い難いが、一日ではこんなものだろう」

「本日は一日中付き合っていただきありがとうございました。ネロ陛下」

「フォウフォーウ」

『いやあ、本当に助かったよ。歴史的にも貴重な資料がいっぱい撮れたよ』

「うん、いいものがいっぱい見れた」

「ほう?リツカとしては何が一番良かったのだ?」

 

 立香へと疑問を投げかけるネロ。

 その彼女の元へ、一人の女の子が駆け寄ってくる。

「こうていへいか、これどうぞ!」

「む。これは……花の冠か。うむうむ。見事な出来栄えだ。マシュを花嫁に迎えたときに着けさせるのにピッタリだ」

「いえ、あの、ネロ陛下……」

「其方からの献上品、しかと受け取った。いずれ可憐なる乙女へと花開いたとき、其方も妻室として迎え入れようぞ」

「ふふふ、ありがとうございます」

『渡した方が礼を言っているよ……」

 

 女の子は手を振り、夕焼けに染まった道を帰っていった。

 そのやり取りを見ていた立香の顔が、笑みに染まる。

 

「うん、やっぱりそれが一番いいね」

「ん?どれのことだ?」

 

 彼が指をさした先にあるもの。

 

「それそれ、ネロの、その笑顔」

 

 それはネロの満面の笑みであった。

 

「余の、笑顔?」

「そう、あの戦場以来ずっと顔を顰めてたけど、やっぱり笑顔が一番似合うね」

 

 彼の名誉のために言っておくが、口説いているわけではない。自然と褒めているだけだ。

 だから落ち着くんだマシュ。そう言わんばかりに彼女の足を叩く小動物の姿がそこにある。

 

「ローマ中を回っている時、自慢げに建物を紹介してた時も笑ってたけど、一番はローマの人々と触れ合った時だった」

 

 ネロの治世を褒め称える人と出会った時。

 万神殿で祈りを捧げる人たちと見つめていた時。

 市民による演奏を聞き入っていた時。

 そして、屈託のない子供たちと触れ合っていた時。

 

 そういう時、彼女の顔には、満開の笑みが咲き誇っていた。

 

「――好きなんだよ、ローマが。そこに住まう全ての人々が。

 

 それは、彼女にとって余りにも当たり前のことであり。

 それゆえに、意識すらしたことのないことであった。

 

 ネロは今一度、ローマを見つめる。

 4階5階の建物が、密に並ぶローマ市内の住宅地。夕日を受けてコンクリートが茜色へと染まっている。

 威圧感すら感じるやもしれない住居の壁、そこには、ローマに住まう人々の暮らしがあった。

 老いも若きも、男も女も、芸人も職人も芸術家も、そこに住んでいる。

 皆が笑顔というわけではない。常に明るいわけでもない。

 人間なのだから、当然だ。

 だがそこには、確かに今を生きる人々がいるのだ。明日を望む人々が、いるのだ。

 それはきっと、今も昔も、未来ですらも、変わらない。

 

「そうか……いや、そうだったな。うむ」

 

 彼女は改めて、思い至った。

 好きなのだ。彼らが。

 だからこそ、皇帝になった。

 であるならば、彼らが生きる今のため、明日のために身を賭すこと、それこそが()の仕事なのだ。

 

 嫌われるのだろう。疎まれるのだろう。なるほど理解した。

 だがらと言って、()が彼らを嫌わなければならない道理など、どこにもない!

 

 いい迷惑かもしれぬが知ったことではない。

 暴君、大いに結構。そちらの事情など知らぬ。迷惑だろうが受け取ってもらおう。この()の愛を!

 

「なぜなら()は、ローマ皇帝であるがゆえに!」

 

 そう言い放った彼女の瞳に、ここ数日の面影はなく。

 

「なーんか、吹っ切れた感じ?」

「うむ、感謝するぞリツカ。荊軻にも礼を言わねばなるまいて、それはそうと人の、しかも皇帝の顔に対して指を差すものではない。処罰を与える。えい」

「ぎゃああぁ!折れる!折れるぅ!指が、曲がっては行けない方向にぃっ!!」

「ああっ!マスターの人差し指が人差せない指に変わり果てようと!」

『あはは、ガント撃ったら自分に当たりそうだね』

「フォウフォウ」

 

 治癒魔術があるから平気平気。だからやっちゃいなよ。

 誰かがそう言った気がしたネロは、久しぶりに、大きな笑い声をあげた。

 

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