「それじゃあ、作戦開始だ!」
「うむ!この荒唐無稽な任務、果たせるのは汝しかおらん!頼んだぞクルタよ!」
「えーっと、く、クルタさん!大変だとは思いますが、頑張って下さい!」
「フォウフォーウ」
「……無茶振りばっかしやがって。覚えとけよマスター」
「大丈夫!ローマ!」
「誤魔化すな」
激励とも付かぬ言葉と共に城--未来において名も残らぬ小さな城の中に消えていく立香、ネロ、マシュそしてフォウ君。
残されたクルタは、呆れたと言わんばかりに一つ鼻を鳴らし、任された仕事に取り掛かる。
「まったく、おかしなマスターだ」
彼に声を掛けるのは、闇に浮かぶように現れたアサシンのサーヴァント、エミヤ。
「はっきり言って、まともな精神で考えつく作戦ではないし、ましてや実行しようとは思わないだろうさ」
ある種の自爆特攻。テロリスト染みた考えだと、未来において指名手配された男は断言した。
時は先日の作戦会議。
神祖ロムルスのおかげで勝算が出てきたが、それでも議場は踊っていた。
敵は聖杯をその身に取り込み、連合ローマ帝国を率いる二体のサーヴァント。
戦う方針は単純明快。
カリギュラには唯一クルタをぶつけ、末帝――黒のネロには他のサーヴァント、そして、赤のネロが対峙し、これを撃破する。
戦力の分断は愚の骨頂だが、それ以上に連合ローマの皇帝の合力を阻止した方がメリットがあると判断。
戦力を集中させ各個撃破しようとしても、敵方も協調して戦ってくることは目に見えている。
そうなった場合、大樹による蹂躙でこちらが一方的に蹴散らされることは想像に難くない。
『末帝の発言から判断するに、ネロ陛下の傍では力――大樹を意のままに操る神祖の力が存分に振るうことができない。そこに神祖ロムルスの力が加わわったネロ陛下がすぐ近くまで行けたのなら、十中八九封じることができる……んじゃないかなぁ?』とはロマニの言葉。
不安が残る煮え切らない発言ではあるが、それを信じるならば先んじてネロ同士が相対すれば対軍宝具であろう力を封印できること。
そして何より赤きネロ、ローマ皇帝たるネロ・クラウディウス自身が、末帝と相まみえることを望んでいる。
以上の理由により方針は決まった。
方針は速やかに決まったのだが、迷走したのは方法である。
ネロが近づくことは決まったが、ではどうやって近づけばいいのか。
樹木操作の力を満足に使えないというのも、あくまでネロの近く、という話。
ネロから離れていれば餌食になるし、かといって一塊となって進むの美味しくない。
野戦で無駄に敵が固まっているならば、大樹を即席の投石器にして、遠くから大岩を投げ込んでくるだろうと、エミヤはぽつりと零した。
避けねば潰され、躱せば分断したところを潰され、防ごうとすれば足が止まり、あとは集中砲火を浴びるのみ。
敵はサーヴァントだけではなく、付き従う連合ローマの兵士たちもいる以上、迅速な突破も困難。
肉壁となっている兵士たちに絡みつかれ、犠牲を伴わぬ一撃が来ることは必至。
様々な意見が上がり、思考を擦り合わせ、不可と切り捨てる。
その繰り返しの中、会議場に天使が通った後、立香が
「一つ、考えがあるんだけど」
立香の発言を聞いた者たちは驚きに声を上げ、否定の声を上げ、されど可能であると結論付けた。
「面白い!どうせ他に良作もないのだ。まさに投げ槍!当たって砕けろ!乾坤一擲とはこのことよ!」
そして、皇帝陛下の鶴の一声で、立香の考えを元にした作戦が組まれたのであった。
余人が聞けば、可笑しいといわざるを得ない作戦を。
「まったくだ」
当時のことを振り返ったクルタはその意見に全面的に同意する。
「テメェもやっと分かったみてぇだな」
一言でいってしまえば、イカレている。
第一特異点オルレアンが最終決戦、ファヴニールの眼前まで踊り出る留まらず、無事であると分かっていたとはいえ、ブレスまで浴びるような作戦を組んだ男など、他にどう表現すればいいのか。
自殺志願者。目的のためには死をも恐れぬ狂信者。そんな風に思われても仕方があるまい。
だがそんな者たちとは唯一、そして決定的に違う点がある。
「生きることを、これっぽっちも諦めちゃいねぇってことだ」
死ぬつもりなど、まるでない。
ひたすらに生きたがっている。
かの光の御子が保証しよう。藤丸立香のしぶとさは一級品だと。
「……眩しいな、彼は」
あそこまで自らの生に真摯であっただろうか。答えが分かりきったことをエミヤは思わず自問した。
「ならば必ずやこの作戦、成功させろ大英雄」
「言われるまでもねぇ」
エミヤもまた城内へと消え今度こそクルタ一人がその場に残る。
所定の位置まで移動した彼は、一言ぽつり。
「--全呪解放。加減はなしだ」
※※※
「どうやら向こうの余もこちらに向かってきているようだ。諦めたものかと思っていたがな。動き出すにしては遅すぎる」
月が雲に隠れた暗闇の大地を、ローマに向かって蠢動する大樹。その上に築かれた
最上階の一室に併設されたテラスから、今まさに蹂躙されているローマを無機質な瞳で見下ろすは宮殿の主にして世界の敵、連合ローマ帝国が頂点にして自らを末帝と自称する漆黒の薔薇、ネロ・クラウディウス。
誰憚ることなく、隠すことなど何もないといった風体で、堂々と進軍していく。
「ではどうする?周辺都市に派遣した軍団を呼び戻すか?」
彼女の後ろに従者の如く控えるは、残り二人となった連合の皇帝、その片割れであるカリギュラ。
彼の瞳は眼下に望む世界ではなく、最愛なる妹の子の背中のみを見つめていた。
「どうもしない。我らが宮殿に控える精鋭たち。これらと余と叔父上のみで十分対応可能だ」
連合ローマ帝国の兵は正統ローマ帝国の各地へと派遣され都市を攻撃していた。
特段の意味はない。正統ローマへの怒りの発露。それだけだ。
復讐者にとって、それ以上の行動理由は必要なかった。
兵を出しているとはいえ、それはごく少数。正統ローマが出せる兵数を僅かに上回る程度。
宮殿の外、蠢く大樹は十万を越える兵士たちを乗せていた。
多数の兵士という肉壁。
際限なき大樹という質量の壁。
何より、聖杯を取り込んだカリギュラという、堅城鉄壁。
これら三つの壁を越え、カルデア一行は末帝と戦う権利を獲得できる。
擬似的な不死を獲得した、ネロ・クラウディウスと。
詰みだ。
黒のネロは客観的に判断した。
諦めるのもむべなるかな。
だというのに、彼らは連合ローマに向かって進軍してきた。
盤面を返す策があるのか、あるいただの蛮勇か。
詳細は分からない。
「その答えは明旦には分かる、か」
旗下の兵士、十二万余りに伝達を放つ。
明朝、一時的に進軍を停止したのち、宮殿前にて陣を敷け、と。
三重の壁、不死の標的。
「この布陣、崩せるものなら崩してみよ」
愉しそうに、哀しそうに嗤うネロ。
「神々よ。余が演出する汝らがローマの最期の舞台。とくと
高らかに歌うように手を伸ばすに釣られてか、雲の一部から月の光が顔を覗かせる。
漏れた一筋の月光は主役を照らすスポットライトのように、ネロを艶やかに美しく照らしていく。
屋根の下、暗い陰に包まれたカリギュラは、美しき妹の子を慈愛と、悲痛を持って見守っていた。
そして、明くる朝。
決戦の時がやってきた。
連合ローマ帝国は既に配置を終えていた。
十二万余の兵が左右後方を取り囲むように樹木が乱立し、今か今かと梢が擦れ合っている。
兵士たちの後方。黄金で作られた踏み台の上に立つ偉丈夫、カリギュラが敵の出現を待ち構えていた。
大樹の上に建立されたネロの宝具、
磐石である。
何が来ても全て跳ね除けることが出来ると確信していた。
「……なんだ?」
巨人が獲物を引きずっている。それを思わせるような音が丘の向こうから聞こえてきた。
舞い上がる土煙に遮られ詳細は分からない。巨大な物が移動していること。そしてこれが正統ローマが繰り出した一手であること。分かるのはそれだけ。
戦場に持ってきたのだから何かしらの兵器だとは想像が付くが、末帝には斯様な大きさの兵器など心当たりはなかった。
カルデアの知恵によるものか
そう発想を展開するが、疑問も浮かぶ。この短期間であれほど大きいものを作成できるとは思えない。
であれば、あれは宝具。
消去法によって導き出した答えであるが、残念ながらそれは違う。
「伝令!伝令っ!!」
その答えが偵察兵から齎される。
「城が、城が迫ってきていますっ!」
「……城だと?」
巻き上げる土煙が段々と拡大し、驚異的なスピードで近づいていることを示している。
その結果、粉塵に遮られていた物体の詳細を視認できた。
伝令の通り、なるほどそれは城であった。
特筆すべき特徴のない、派手さもなにもない、後世には名も残らなさそうな、ましてや、移動することなどありえない、神秘の欠片もない小さな城。
「あっはっはっは!」
何処からか、笑い声が聞こえる。
何処から?決まっている。
連合ローマの目前まで迫ろうとしている、城の中からだ。
「どうやら度肝を抜かれたようだな、末帝を名乗る余の果ての姿よ!その気持ちはよくわかるぞ!なにせ命じた余ですら、未だ信じられぬくらいだからな!」
正統ローマ帝国が皇帝、ネロ・クラウディウス。その人である。
「むぅ、それにしても黄金の宮殿とは、なんと豪勢な!その一点においてはまさに完敗である!派手さ豪華さでは、この城では勝ち目がないな!」
迫る城の頂点。そこに自らと同じ顔があることを、サーヴァントの視力が捉えた。
未だ生身である赤き皇帝に見えるはずのない距離であるが、両者は互いの視線がぶつかったことを認識した。
「貴様も腐っても余なのだ!ことここに至り、もはや開戦の音など不要であろう!」
なるほどその通りだ。
末帝は言葉なく同意する。
同一人物による戦。そこに前口上など、必要あるまい、と。
前進する城の速度は、緩める気配が見られず。
「余が居る所には、その木々は生み出せぬのであろう?ならばこのまま轢殺してくれるわ!」
赤のネロの発言に、黒のネロは笑みを浮かべる。
その言葉は事実である。理由は不明ながら、前回以上に樹木の操作が効かなくなっていることが分かった。
しかしやり様はある。
黒のネロが指揮者のように腕を振るうと、城の進軍経路上に、数多の樹木が乱立した。
何を動力源にしているかは知らぬが、宝具でもない城にこの極小の森を走破することは叶わぬと。
細木なぞ何するものぞと言わんばかりに速度を乗せて突撃したが、多数の木々をへし折る代償にその勢いは徐々に削がれていき、遂には停止した。
大質量による進軍はここに阻まれた。
「者共前進だ!連合ローマの敵を叩き潰せ!」
カリギュラの号令が発せられ、兵は士気高らかに呼応する。
気勢よく、しかし部隊を崩すことなく整然として進軍した。
黒のネロは周囲の樹木を操作し岩を掴む。
優雅さには欠けるが、遠方から投石を続け、一切の反撃を許さず、殲滅する。
最後の戦としては拍子抜けであるが、これでこの世界は、ローマは終わりだとネロは確信した。
いざ狙いを付けようと目標を注視とした所で、彼女は気付く。
――城が、傾いていく?
それに前進していたカリギュラも気付いた。
土台、柱、重心。
崩落に繋がる要因の一切を無視し、物理法則を超越し、崩れることなく城は傾き、地を切った。
高所から眺めていた黒のネロのみが目撃していた。
城の全てを支える異形の骨格を纏う、光の御子の姿を。
伝承にある、クー・フーリンの城相撲。
城を城のまま押し、移動させる。
彼の伝承を読んだ立香が考え付いたことだ。
全盛期を下回る筋力は、宝具の力によって無理やり補い、彼の速力にものを言わせ、一晩かけて敵陣前まで運んできたのだ。
そして、立香の策は――余人が聞けば呆れるような馬鹿な考えは、ここで終わらない。
立香は語った。城を動かせるのなら、持ち上げることが出来るだろうと。いわんや――。
クルタは大きく一歩踏み込み、振りかぶり、人の身には余るその巨大な建築物を。
投擲した。
――投げることも。
文字通りの、乾坤一擲。
ただし投げるのは賽ではなく……城である。
『クー・フーリンが動かすのは城』という概念に守られ崩れなかった小さな城は、クルタの手によって、空を舞った。
多数の兵士。
無数の樹木。
カリギュラ。
立香たちは文字通り、この三つの壁を飛び越えた。
「――馬鹿なのか!?」
黒のネロの絶叫が響く。
狙いも雑に、岩を投げつける。
幾つかは逸れ、幾つかは直撃する。
「
その全ては、マシュの宝具によって弾かれて――
――盾を構えた小さな城は、黄金の宮殿へと飛び込んだのである。
作者はクーフーリン伝説を知りません。ネットに転がっている知識で城押しについて書きました。なので色々違う点はあるかもしれませんが、ご容赦を。
※8/17の18時に予約投稿分がミスって今あがってます。