砦を強襲せんと迫る竜の亜種体、ワイバーン。
十数頭に及ぶその群れの先頭を駆ける赤色のワイバーン。
その頭が突如として弾けた。
背後に付き従っていたワイバーンたちがそれに驚愕する。
されど速度を失った赤い亜種竜の無視する形となって、群れは傍を通り過ぎていく。
最後尾を飛んでいた一頭は、赤色のワイバーンの頭があった位置で何か人型が宙に浮いているのを視認した。
その人型は何か細長いものを手に持っており、その端は真新しい血で汚れていた。
それこそが、マスター藤丸立香の命を受けて敵を駆逐しにやってきたバーサーカーのサーヴァント、クー・フーリン・オルタナティブ、クルタであった。
ケルト最速を誇る俊足を駆動させ瞬く間に接近、空を飛ぶワイバーンの所まで跳躍し、先陣を切るワイバーンの頭を手に持つ呪槍で力任せに吹き飛ばしたのだった。
見たところ、相手は翼を持たないムシケラ。後は地上に落ちていくだけの存在だ。
そのような判断の元、最後の一頭はクルタの存在を確かめながら、横を通り過ぎようとした。
そのワイバーンの首に何かが絡まった。
その何か首を一周し、強烈な力で頚部を圧迫していく。何かから飛び出ている突起物が強靭な皮膚や鱗を付き破り、反しとなって固定する。
腕なき竜ではどうすることもできない脅威に、半狂乱となって振りほどこうと首を振り回す。
「うぜぇ」
暴れまわるワイバーンの背中から、クルタの声が落とされる。
すれ違うタイミングで、自らの尻尾をワイバーンの首に回すことによって、空中からワイバーンの背中へと移動したのだ。
狂乱するワイバーンを押さえつける様に、その首に絡まったクルタの尻尾は、万力を思わせる力で締め上げて、ついには圧し折った。
動けなくなったワイバーンに見切りをつけて、クルタは次の
無防備となった背中へと呪槍を突き刺し、心臓を穿つ。
穿ち、跳んで、穿ち、跳んで、また穿つ。
ワイバーンの断末魔をBGMにして、流れ作業のように殺し続けていく。
それを幾度か繰り返すと、前を飛んでいたワイバーンの何頭かが旋回して牙を剥いて襲い掛かる。
しかしそれは恰好の得物に過ぎない。
力任せに放たれた、槍の大振り。
それだけでワイバーンの首は折れ、頭は砕け、胴体はぐちゃぐちゃに潰れた。
まるで簡単な掃除であるかのように、それは大雑把に空飛ぶトカゲたちは殺されていく。
十を超える数が居たワイバーンはいつの間にか、一頭のみを残す状況となった。
しかし他のワイバーンもただ殺されたわけではない。
クルタが殺して回る間、最も先を進んでいた一頭との距離はかなり離れることとなった。
足場もなくなりクルタが宙に投げ出される形となったこともあり、このままいけば、このワイバーンは砦に到着することとなるだろう。
無論一頭だけではいかんともしがたいだろうが、それを見逃すクルタではなかった。
クルタは手に持つ赤黒い槍を、自由落下しながら投げつけた。
安定しない姿勢から投げられた槍など、威力も狙いも定まらない不格好なものである。
しかし投げてはあのクー・フーリン。
その狙いは寸分違わずワイバーンの頭へと吸い込まれていき、空中に赤色の花を咲かせることとなったのだった。
こうして、僅か数分の間にクルタの初陣は終了を告げたのだった。
「す、すごい」
マシュは思わずそう呟いた。
この中でクルタの活躍を余すことなく見届けることができたのは、彼女唯一人であった。
遠目からでは、巨大なワイバーンが一頭、また一頭と地面に墜落していく様しか確認できなかった。
「す、すげえぞあの兄ちゃん!一人でドラゴンを全部ぶっ倒しやがった!」
だが、砦にいる者たちが助かったという実感を得るには、それで十分。
絶望の象徴ともいえる竜が、たった一人の力であっさりと片付けられたのだ。
砦には歓喜が渦巻いていた。
「全然見えなかったけど、やっぱりクルタは強いんだな」
『そりゃそうだよ。なんたって光の御子、ケルト神話最強の戦士なんだから』
立香のどこか誇らしげな言葉に、ロマニが相槌を打つ。
『修羅が蔓延る世界観で、たった一人で一国との戦争に勝利しちゃうような男。それがクー・フーリンだ。サーヴァントとして弱体化してたとしてもこれぐらい余裕余裕』
「っけ。戦場に出てない奴は暢気にほざきやがる。どこの時代・場所でもそれは一緒だな」
『げぇっ!クルタ!』
つい先ほど戦闘を終えたばかりだというのに、もうマスターの元に帰還を果たしていることに驚きを隠せないロマニ。
クルタはそんなロマニの言葉に鼻を鳴らす。
「戦場に出ていないものこそ、戦場とは、英雄とは、何ぞと知った風に語りやがる。まあ英雄譚なんぞはそんなものだが、だからといって腹が立たないわけじゃない」
『ううっ、すみません』
戦場に出ていないものを詰る言葉に、ロマニは謝罪するしかない。何故なら彼は闘えないから。いや、闘えるのに闘わないからだ。
そんなロマニの気持ちなど露知らず、マスターである立香はサーヴァントであるクルタに労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様クルタ、調子は大丈夫?」
「フン、疲れていようが関係あるまい。俺は唯の槍だ。そこに人格は必要ないだろう。マスターも覚えておけ。サーヴァントたる俺に気遣いは不要だ」
「そっか。でもマスターたる俺が皆に気遣うのは当然だから。気にせず受け取ってよ」
「……」
ああいえばこういうマスターを思わず睨みつけてしまうクルタだったが、そんなことなどどこ吹く風といった態度で立香はそれを流す。
ひたすら、ひたすら面倒な男だ。
クルタはそう実感せざるを得なかった。
話を変えるべく、クルタはロマニに話しかける。
「おい、ロマニ・アーキマン。戦闘前、供給される魔力量があからさまに減ったんだが、あれはなんだ?嫌がらせか?」
『それは……うーん、おそらくだけど、マスターである立香くんとの距離が離れたせいじゃないかなぁ?』
「それはどういうことですか?ドクター」
『サーヴァントの魔力はカルデアから供給されてはいるけど、直接カルデアから渡しているわけじゃないんだ。マスターである立香くんをいわば中継点として魔力を渡している状態と言っていいかな。だから物理的・世界的にも近いカルデアならともかく、特異点なんかでは立香くんから離れれば離れるほど……」
「供給される魔力が減る、っていうことか」
『そういうこと』
「っち、面倒くせぇ仕組みだな」
クルタはその説明に舌を打つ。
戦場に置いて、最低限の自衛すら出来ない者を連れて動くほど面倒なことはない。
彼としては、マスターをどこか安全圏に置いたあと、単独で戦闘を繰り返すことを望んでいた。
しかしこの条件ではマスターとの距離を開けることは自身の弱体化に繋がり、マスターの命すら危険に及ぼす本末転倒が起こる可能性があるだろう。
「となると、やっぱり俺たちは常に一緒に居なきゃダメみたいだね。マシュ、クルタ」
「常に一緒……っそ、そうですねマスター」
「……なら決まりだな。シールダー」
「は、はい!」
「お前は常にマスターを守っていろ。敵を倒す必要はお前にはない。敵を倒すのは槍である俺の役目だ。異論はないな」
「はい!」
「そうか、ではそのままマスターを守っていろ」
頷くマシュを見て、クルタは別の方向に視線を投げた。
「で、いつまで覗き見しているつもりだ。サーヴァント」
クルタの問いは虚空に投げかけられたものだったが、突如としてその虚空が形を帯びてきた。
現れたのは三つ編みにした金の髪と、旗を持つ女性。
「姿も見せず、ただ眺めていたのをお許しください。皆さん」
彼女は姿を現すと共に、謝罪の言葉を口にした。
その姿を見た兵士の一人が大声を上げる。
「ひ、ひっぃぃ!じゃ、ジャンヌ・ダルクだ……っ!」
「ほう、こいつが。そりゃいい。探す手間が省けたってもんだ」
その言葉に歯を剥き出しにして笑うクルタ。
彼からすれば、飛んで火に入る夏の虫、と言ったところだろう。
なにせ元凶だと思われている人物が自ら姿を現してきたのだから。
クルタは勿論のこと、マシュも盾を構えて戦闘に備えた。
「槍を納めてください!私は戦いに来たわけではありません!」
「ああ?何言ってんだテメェ?敵なら殺す。当然のことだ」
「どうか……どうか私の話を聞いてください」
「うん、わかった。とりあえず聞こうか」
「マスター?!」
「――ハ、正気かマスター?」
クルタの意見はバーサーカーとは思えないほど真っ当なものだ。
元凶と類推される人物がノコノコ目の前に現れて、悠長に会話しようというのだ。
この場合、おかしいのは当然マスターたる藤丸立香と言える。
しかし立香にも言い分はある。
「俺たちはまだ特異点に来たばかりで、情報も万全とは言い難い。その情報を集めることはそんなにおかしいことじゃないでしょ」
「だとしても話を聞くのはコイツじゃなくてもいいはずだ。コイツが正真正銘元凶で、俺たちを罠にハメようとしている可能性もある。それについてはどう考えている?」
「うーん、何となくそんなことする感じには見えないんだよね。それにまあ罠だったとしても、マシュが守ってくれるし、クルタが倒してくれるんでしょ?じゃあ大丈夫だ」
聞くものが聞けば、呆れるほどの他力本願だと思うだろう。
「……分かった、マスターの指示に従おう。だが何か不穏な動きを見せたら容赦なく殺す。これでいいな?」
だがクルタはそれを是とした。
サーヴァントの役割は戦うこと。その力を頼ることは何ら不思議なことではないと彼は認識しているから。
「私もそれで構いません。マスター」
マシュもまた立香の判断を従った。
「ありがとうございます。皆さんの判断と覚悟に、感謝を」
そして彼らはこの特異点にいる二人のジャンヌのうち、白のジャンヌの協力を取り付けることに成功したのだった。
本日はここまで。
続きはまた次の休みの日にでも。
次の休みがいつかは分からんが。