――
武器という言葉を。
死という概念を。
形にしたものがあるとしたら、きっと
槍を。腕を。足を。
突く。振るう。薙ぎ払う。
触れた者を刈り取る暴風。持てる全てを凶器に変えて、血の雨を降らす者。全ての敵に死を運ぶ、無慈悲な死神。
強引かつ繊細に。雑把と思えば精密に。
力で殺し、技で殺し、迅さで殺し。
戦場を蹂躙し、戦意を挫き、戦士の命を奪い取る。
味方には至高の畏怖を与え、敵には至上の恐怖を与えるもの。
なるほどこれが大英雄、光の御子の本意気か――。
後退するカリギュラの右頬から血が零れる。
赤黒い魔槍の穂先に、食い破った血肉が付着する。
連合ローマの兵士たちは一斉に、カリギュラの隙を埋めるように、クルタに攻めかかった。
決死の覚悟で振るわれた幾多の刃は、唯の一つもクルタには届かず。
彼らの命は、切り返すクルタの一撃で、あっさりと命を失う。
槍の一振り幾人もの首を裂き、振るわれる四肢で
カリギュラが飛び込み、猛攻を仕掛ける。
並みの英雄ならすぐにあの世に送れる連撃は、ただの一つも直撃することなく捌かれた。
表情一つ変えることが出来ず、周囲に群がる
カリギュラを相手取り、雑兵を蹴散らしながら、突如として鋭い一撃が繰り出される。
辛うじて回避しつつも、体の一部を食いちぎられ、また後退する。
そして同じことを繰り返す。
クルタへの襲撃は途切れることなく続き、命も無碍に散り続ける。
槍の鋭さも五体のキレも、いささか陰ることはなかった。
カリギュラは改めて認識する。己の力の全てが通じないと。
――こうなることは分かっていた。
奇襲、奇策、搦め手を用いて互角に戦っていたが、もし何の策も
一番初めの戦いの際に分かっていたことだ。
――だが、ここまでとは思っていなかった。
クルタの戦力はカリギュラの予測を超えていた。
彼は気付いていた。クルタの力は先の二回と比較して落ちていることに。
マスターが傍に居ないせいだろう。スペックだけを比較するなら、己が上回っていることに。
彼はその有利を微塵も感じていなかった。
痛感する。一対軍。誰一人味方のいないこの戦場こそが、彼の英雄のホームグラウンドだと。
マスターという
クルタを止めるに必要なのは、より強力な個。
己と、十万以上の並みの兵士。その程度の戦力では、遠からず殲滅するだろうことを、彼は悟る。
――ゆえに、平場で戦うのは、もうやめよう。
カリギュラは一際大きく跳躍し後退する。
クルタが群がる兵士を強引に引き剥がし追撃を仕掛ける、その直前。
カリギュラは、吼えた。
「勇猛なる連合ローマの兵士たちよ!捨てよ、その身命!捧げよ、その、魂っ!!」
「――っ!」
その余りの光景に、クルタの足は止まった。
戦場に居る兵士その全てが、
十万余りの大軍勢による、一斉自害。
戦場に立つものは一瞬にして、カリギュラとクルタ。この両名のみと相なった。
「……テメェ、正気か?」
干戈を交えてから、ここで初めてクルタが口を開いた。
幼少から戦場に身を置いていたクルタにしてなお、異常な惨劇。それを前に思わず吐いた言葉だった。
「無論、正気だとも」
返答は極めて簡潔。その表情に動揺も悔恨も見られず。
戦に必要なことだと既に割り切っていた。
「愚弄するなクルタよ。我らが下に集った兵士には事前に
彼の言うとおり、死した兵士の表情に苦渋の色は見られなかった。
殉教。その言葉を思わせる潔さ。
そしてこれが、クルタに勝つための秘策。
「同じ規格では汝に叶わぬ……ならば、規格を上げる他あるまいて」
死した者たちから排出される膨大な
英霊。過去の偉人の影法師。
御大層な冠を付けているが、突き詰めればただの亡霊。
神代に近い人間の魂。十万余り。
サーヴァントの一側面――ソウルイーターとしての顔を覗かせたカリギュラが、その全てを捕食する。
これ以上はないと思わせたカリギュラの霊基は、ここにきて更なる拡張を見せた。
暴発したと思えるほどの魔力が内から溢れだす。
――ローマを一度は背負いし身。この程度の重み、受けきれずして何とする。
暴走する魔力は収束し、その全てがカリギュラの身へと収まる。
「外道に堕ちたか、愚王よ」
「その通りだ。人の道を外れ、王の道を外れ、無様を晒した。全てはクルタ。貴様に勝つためだ」
十万以上の霊魂を捕食したカリギュラは、隔絶した存在感を放っていた。
増大した圧力から感じる、悍ましき気配。あらゆる者を粉砕しうる、災害の如き威圧感。
外法外道なれど、手に入れた力は本物。
クルタが知る愚かな王の一人であれど、兵士もまた覚悟の上ならば、彼から言うことは最早ない。
脅威と認め、障害と認め、難敵と認め、
「貰うぞマスター。――全呪解放、加減はなしだ。絶望に挑むがいい。カリギュラよ」
――
魔槍が空に溶け、黒い靄を晴らした先にあった
「――なるほどこれが、光の御子の本意気か」
本人にも分からないが、万感が篭った声が、遂に口から漏れた。
そして、両者は構える。
人を辞めた
クルタの背後で、黄金の宮殿の一部が黒炎に溶け、音を立てて弾けとんだ。
その
※※※
崩壊寸前においてなお煌く黄金宮殿。
その舞台に立つは六人と一匹。
同一人物ゆえに互いの動きを読みあった結果、動きが決まった演舞のように剣を交える二人の皇帝。
その舞の果ては常に、赤薔薇が散る結末と決まっていた。
そうはさせじと三名の役者が躍り出る。
盾の騎士が
黒薔薇は視線も向けず、魔の手を払い、不届き者たちを弾き飛ばした。
四対一。それでもなお押し切れぬ光景を、唯一のマスターと獣はただ眺めるしかない。
数的不利などものともしない力を、黒のネロは備えていた。
己を狙う者たちを見回していた視線が立香を捉える。
「っマスター!下がって!」
盾で視線を遮られるが、見るべきものは既に見ていた。
彼女が確認したのは、立香の手に宿る聖痕――令呪。
未だ輝きを
「余所見をするとは、油断がすぎるぞ!」
叫びと共に襲い掛かる赤のネロ。
この一撃は陽動。注意を引き、陰から襲撃するアサシンの刃こそが本命。
躱されることが前提の刺突。
――
「ふむ、やはりな」
「しまっ!?」
黒薔薇は得心の、赤薔薇は戦慄の声を上げる。
得心は、
戦慄は、
即座に離脱を試みるが、深く刺さった剣を抜くより早く腕を掴まれた。
掲げられた黒剣に膨大な魔力が注がれる。
「神祖の力により確かに樹を操ることは出来なくなった。だがそれだけだ。余の不死を無効化したわけでは、ない!」
「ネロっ!」
「下がれ、暗殺者風情が!」
黒く染まった原初の火から溢れる漆黒の炎。襲い掛かった荊軻は、その余波のみで吹き飛ばされる。
炙られる赤のネロも逃れようと身を捩るが、ヘラクレスの如き万力の
「
「マシュっ!」
「真名、偽装登録!行きます!――」
立香の声に応え、マシュは二人のネロの間に身を滑り込ませる。
「――
「――
世界を燃やす劫火を纏った剣が、仮想の盾に振り下ろされる。
展開された守護障壁を、どす黒い炎が焦がしていく。
その業火は、彼女の怒りの象徴。復讐の源泉。
「ぐっうっぅ!」
その熱量に徐々にマシュは押し込まれていく。
炎は斜に構えた盾を舐め、マシュの背後の壁を溶融し、爆裂させた。
「マシュっ!」
輻射熱で肌を焼かれる立香の叫びが、むなしく反響する。
何かを躊躇い、抑えるように右手の甲を覆った。
立香を観察していた黒のネロは、視線を切り立ちはだかる二人に意識を集中した。
このまま押し切る。
そう決めた彼女の背中から、銃弾の雨が降り注ぐ。
弾丸は赤のネロを掴む腕に集中。たいしたダメージにもならぬが、腱を撃ったか僅かに手の力が緩んだ。
その隙を逃さず、赤のネロは腕を振り払い、刺さったままの剣をそのまま振りぬいた。
胸から腰、そのまま膝の皿まで斬られたネロはバランスを崩す。
タイミングを合わせ盾の角度を変えたことで、剣は力を流され、獄炎は見当違いの方向へと飛んでいく。
再度襲い掛かる荊軻を見て、黒のネロは残った片足で跳躍し、【魔力放出】で飛翔し【仕切り直し】た。
一同から離れた所に着地したネロ。その傷は逆再生のように復元していき、瞬きの間に回復した。
一瞬、場が硬直する。誰かがそれを打ち破るより早く、末帝は口を開いた。
「よくぞ我が宝具を受けて無事であったな。褒めて遣わす」
彼女は笑みを浮かべマシュたちに称賛を送る。
本質は嘲りのそれであったが。
「ふん、貴様なんぞから褒めて貰っても嬉しくないわ。余から余への賞賛なぞ、日常茶飯事であるがゆえな」
「誰も貴様には言うておらぬわ……しかし、何とまあ他力本願ではないか、
口角を吊り上げ笑みを深める。滑稽だと言わんばかりに。
「さも己が手で余を仕留めてみせん、と思わせておきながら、本命はまったくの別にあるとは、ローマ皇帝とは思えぬ所業よ」
「何のことだ?」
「惚けるな」
ついと滑る指が立香へと向けられる。
「本命はカルデアのマスター、であろう?」
「俺?いやいや、ネロに令呪を使った段階でお役御免。もう既に置物なんですけどね、俺」
「正確にはそれ、その令呪とやらだ」
彼女の指先は立香の右手の甲。今も覆われ隠されている令呪に向けられた。
「最後などとほざいておきながら、二つも残っているそれ。あのまま行けばそこな盾の騎士が死ぬやもという場面であったのに、貴様はついぞそれを使わなんだ。二つもあるというのにだ。咄嗟のことで使えなかった?否。そのような腑抜けではあるまい。つまり、文字通り使わなかった。余力を残しておったのだ。何のために?」
それだけではないと、ネロは己が推理を話し続ける。
「先立って見せてやった我が不死性。その攻略についてまるで考えていなかった。神祖の任せかと思えば、余を刺し貫いたとき貴様が見せた表情は戦慄のみ。驚愕も失望も、そこには見えなかった。分かっていたのだろう、神祖の力で余を殺せないことは」
「待っているのだろう。外にいるクー・フーリンなる英雄が、叔父上を打倒するのを」
彼の英雄が持つ魔槍。
黒のネロはこの槍から『死』の気配を感じ取っていた。自らを殺しうる槍だと。
彼女が知る由もないことであるが、刺された者は必ず死ぬという逸話すらあるこの槍であるならば、不死性を突破し殺せる可能性は十分にある。
「伯父上を撃破したあとの移動用と回復用といったところか。とにもかくにも、我を殺す可能性を秘めた彼の英雄に使うため温存している。そうであろう?」
確信に満ちた声が室内に響く。
水を打ったような静けさの中、視線を下げ話を聞いていた赤のネロの肩が、揺れた。
「――ふ」
揺れは大きくなり、体全体へと伝播していき――遂にはのけぞり大声を上げる。
「ふはは、ははははははははっ!」
それは本当に大きな、笑い声であった。
戦場とはとても思えぬ呵呵大笑。
「……何がおかしい?」
「ちょっ!ネロ笑いすぎ!」
「いやいやすまん!しかしなるほどそうきたか!ははははっ!まさか余に、ここまで道化の才があろうとは!万能の天才を自負していたが、まさかそんなことにまで才能に満ち溢れていたとは!自分の才が末恐ろしい!」
果たして、謝罪しているのか煽っているのか。
殺意に応え、刀身から黒い炎が浮かび、周囲を焦がす。
ようやくとして笑いを抑えたネロは一息吐いて――鋭く敵を睨み付ける。
「確かに言ってなかったな。これは余の落ち度である。だから改めてここで宣言しておこう――例え何を犠牲にしようと、貴様は余がこの手で倒すと」
「……ほう、できると思っているのか?」
「一人では無論出来ぬだろうさ。だが余には朋友が居る。仲間が居る。貴様と違ってな」
ぴくっと、黒のネロの眉が微かに動く。
「孤高なる王道もあろう。高潔なる使命に殉ずる王道もあろう。だがローマ皇帝の王道とは何時如何なる時代においても、ローマを愛し、育み、慈しむ王道に他ならぬ!」
高らかに歌うように、ローマに居る全ての者たちに伝わるように、
「何があったのかなど知らぬ!どのように果てたかなど知らぬ!されど余は貴様を否定する!例え如何なる孤独な最期を迎えようとも!ローマを道連れするなど、あってはならぬと!」
「言ってくれるな、小娘が!」
憤怒を篭った一歩が踏まれる。
直後、惨憺たる有様であった宮殿が、その輝きを取り戻していく。
「これはっ!?」
「魔力上昇!宝具です!」
「そう、この宮殿こそが余が宝具、
途端、立香たちの体が鉛のように重くなった。
まるで何かに全身を押さえつけられているかのように。
「ぬぅ、これは」
「機動力の奪取か。なるほど鉄則だ」
「っマスター!ご無事ですか!?」
「あ、ああ。へっちゃらだ」
「ふぉ、ふぉーう」
特に生身かつ常人である立香への負担は顕著であった。
「ここは余のための劇場であり宮殿である。敵対者には死の檻と同意であるが……やはり
「ああ、そのようだな。そしてやはり、なんとも素晴らしい」
赤のネロは戦場の只中でありながら、場違いにも感嘆の声を上げた。
いささかの陰りも見せぬその黄金の輝きに、彼女はただただ歓喜していたのだ。
「ッハ!余裕だな
「素晴らしいものに素晴らしいといって何が悪い。余には分かるぞ。この宮殿はまさしく、
「その通りだ。流石に貴様にも分かるか――」
「――だが、余りに一方通行の愛だな」
平然と、何でもないことのように、彼女は言い切った。
「らしいと言えばらしいが」
「……貴様になにが分かる」
「む?」
「そうだ!余は愛しておった!ローマを、全てを、これほどまでに!だのに、誰からも、誰にも愛されておらぬと知った、あの二日目の絶望を知らぬ貴様に、一体何が分かるというのだっっ!!」
怒髪天を衝く。
その怒りに応えてか、黄金宮殿も地を揺らす。
怒りの矛先を突き付きられたネロは、しかし何か納得したような顔を見せる。
「なるほど。なんとなくだが、貴様の怒りの源泉が見えた気がするぞ。一度立ち止まって振り返れば分かるものを……いや余もまた立香たちに気付かされた身。孤独な貴様では、分かろうはずもないか」
柳に風。何でもないといった風情で、脇に構えられた剣から陽炎が立ち昇る。
「であれば、余が手ずから教えてやらねばならぬ。ローマ皇帝。そのあり方をな」
敵ネロの宝具名及び詠唱の元ネタはローマ大火(Wikipedia)より引用