冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

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不還匕首(ただあやめるのみ)

 戦場はより一層、苛烈さを増していく。

 

 クルタとカリギュラ。二人の戦いは広がりを見せ、周囲を囲う密林の中へと場所を移していた。

 

 人間のまま怪物になった皇帝。

 人間のまま異形を纏った英雄。

 最早互いに、語る言葉は必要なし。

 周囲に響くは、破壊と破滅の音のみであった。

 

 二人の攻防は一進一退。

 カリギュラは外法にて吸収した魔力をふんだんに使い、拳脚を繰り出し。

 クルタは人外なる魔獣の力を存分に使い、爪牙を振るう。

 

 足場にした樹木が弾け、木っ端となる。

 乱立した木々を駆け、立体的な軌道を描き、ぶつかる両者。

 

 その余波は近くの木々を揺らし、半ばから圧し折る。

 豪腕が巨木を砕き、爪牙が大木を輪切りにする。

 

 瞬く間に森林は伐採され、見るも無残な有様へと変貌していく。

 彼らの隔絶した膂力に、大地が静かな悲鳴を上げる。

 引きずり出された根は地面は巻き上げ、周囲に土砂の雨を降らす。

 

 そのような些末事、気にも留めるはずがなく。

 両者は互いを葬らんと力を振るう。

 

 

 膠着する戦況。今はまだ互角、いやクルタが僅かに先んじている。

 カリギュラの動きを徐々に捉え、傷を与えつつあるのがその証明。

 されど有利不利を語るなら、間違いなく利はカリギュラにあり。

 

 超越的な力を得たカリギュラにすら対応し、動きを読みきる。まさに戦争と戦闘の申し子。

 この状況が続いていくのなら、勝者はクルタに確定する。

 

 しかし、それも長くは続かない。

 

 もとより十万以上の魂を喰らったカリギュラとクルタでは、魔力量に雲泥の差がある。

 クルタが立香から徴収した令呪(・・・・・・)を足しても、焼け石に水。

 膨大な魔力で基礎能力を大幅に底上げしたカリギュラに対して、宝具を使うことで無理矢理戦闘に持ち込んでいた。

 

 持てる魔力の全てを宝具に回しているのだ。

 温存など度外視。長期戦は最初から視界にすら入っていない。

 

 故にクルタが望むのは短期決着。それ以外になし。

 徐々に目減りしていく魔力に、されど焦ることなく、淡々と、冷静に機を窺う。

 

 一方カリギュラは、クルタの状況を重々承知している。当然狙うは長期戦。

 愛する妹の子(ネロ)の身に妙な胸騒ぎを覚えつつも、相手は油断すれば一瞬にして喉笛を噛み千切る凶獣。集中せずして勝てる敵ではないと意識を改める。

 

 華やかさなどは要らない。彼が求めるのは確実な勝利。

 クルタは必ず何処かで仕掛けてくる。それさえ凌げば、後は宝具が切れるまで待てばよい。

 決めに行くのは、その瞬間。

 

 両者の思惑は噛み合う。攻める機を窺うクルタと、凌がんと待ち受けるカリギュラ。

 戦場の悲惨さとは裏腹に、両者の思考はどこまでも冷静に、その時が来るのを待っていたのだった。

 

 

 

※※※

 

 

 劇場はより一層、熱量を帯びていく。

 

 赤熱の炎が空を裂く。 

 陰鉄の(ふいご)はその名の通り、吹き込まれた魔力を持って炎を巻き上げる。目前で己がなれの果てが行ったこと。自らに出来ぬ道理なし。

 

 見事放たれた炎刃は、あっけなく黒い刃に散らされる。

 炎を掻き分け奔る一閃。見知った太刀筋。一合二合。防ぎ捌くが、加速する刃に間に合わず。

 

「くぅっ!」

 致命の一手。かろうじて、堅牢なる盾が滑り込む。

 

 死角より迫る、暗殺者の凶刃は、一瞥すらなく弾かれる。

 

「どうしたっ!威勢がよかったのは口だけか!」

 

「マスターっ!?」

 

 花の周りを舞う色とりどりな虫のように、種種様々な【魔術】が放たれる。

 木火土金水(もっかどごんすい)。【高速詠唱】による驚異的なスピードで生み出される魔術を、のべつまくなしに辺りへ散らす。

 

 狙いはなし。末帝の怒りの前に一切の区別はない。皇帝も戦士も、シールダーもアサシンも。勿論、サーヴァントもマスターも。

「こっちは大丈夫っ!マシュは戦闘に集中して!」

「フォウフォーウ!」

 

 訓練の成果を発揮する時間だと、立香は重くなった体を押して宮殿中を逃げ回る。

 先を走るフォウ君を信頼し、その後に続いて全力で足を動かしていた。

 

「ふんっ!焦っているのか?ずいぶんと乱暴な戦いっぷりではないか!」

「ほざけぇっ!」

 

 激昂に合わせてか、黒炎が猛々しく燃え上がる。

 飛来する鉛弾を焼き尽くし、赤炎を纏った剣を受け止める。

 黒が赤を受け止め、飲み込み、弾き飛ばした。

 

「ぬあっ!」

「あぁっ!」 

 

 剣を掲げ、魔力が渦巻く。

 

「もう貴様の顔すら見るのが面倒だ!疾く散るがいい!世界(ローマ)を焦がした回禄(かいろく)よ!」

 ――ここだ!

 

 先に見せた、世界を燃やす劫火の宝具。その詠唱。その始まり。

 その瞬間、荊軻は音もなく駆けだした。

 

「その七日目は今ここに!」

 ――残り十歩、必ず殺す。

 放射される熱に肌が焼かれようと、その足は止まらず。

 

「余は再び、トロイアを――」

 ――不還匕首(ただあやめるのみ)

 無音にて放たれる、死すら厭わぬ必殺の刃。

 それが今、振りぬかれた。

 

 刃先、目標の首を通過し。

 その姿、陽炎のように揺らめき、空に溶ける。

 

「便利なものだな、【忍術】というものは」

 

 匕首を振り切り、(たい)すら死んだ、荊軻の傍。

 黒薔薇は、刈られることなく現れた。

 

 古代ローマ皇帝が、遠く東方の【忍術】を使うなど、何の冗談か。

 その冗談すら、【皇帝特権】は可能とする。

 

「一歩、足りなんだな。アサシンよ」

 目線が合う。生き残った皇帝と、失敗した暗殺者。

 古今東西。両者の結末など、変わることなし。

 

 掛け声はなく。悲鳴もなく。

 袈裟斬り一閃。

 隕鉄の剣は、するりと荊軻を切り裂いた。

 

「荊軻っ!」

 

 朋友の名前をネロが叫ぶ。

 それに応える声は、もうない。

 心臓を割られた以上消滅は免れず、肺を裂かれたために声を上げられず、背骨を断たれたために、立ち上がることすら叶わない。

 体中から光を放ち、空に溶けていく。

 立香が、マシュが、エミヤが、二人のネロが悟った。

 荊軻の死は、ここに決まったと。

 

ネロ・クラウディウス(生前の余)の発言に、狼狽したとでも思うたか。愚かなり」

 スキルの名は【感情凍結】。

 近い/遠い未来にて、現れる女神/少女が持っていた、氷のように冷たく冷酷な精神性。

 もし憔悴や憤怒したと見えたなら、それは末帝が(いきどお)る演技を見せていただけのこと。

 心を乱したと思わせ、あからさまな隙を見せてやれば、見事に一匹(・・)釣れたとほくそ笑む。

 

「貴様御自慢の仲間とやらも、どうやらたいしたことなかったようだな」

 あっさりと罠に引っかかり、躯を晒したアサシンを嘲笑する。

 

「きっさまぁ!」

 朋友を愚弄した己が果てに、ネロは声を荒げる。

 

 感情のまま一歩踏み出した彼女の足は、地を這う黒炎の波に遮られた。

 

「そう慌てるな。貴様の言葉を借りるなら、そうさな、優雅さの欠片もない上、見苦しい」

 剣を構えなおし、黒のネロは悠然と歩を進める。

 

「さて、これで残り四人。いや、そこなマスターにはこのローマの結末を見てもらうとして、残り三人」

 すぐに終わらせてくれようぞ。

 そう考えて、黒のネロは残った敵を仕留めんと意識を集中させた。

 

 四人の姿を見据える。

 今にも燃え尽きんとする赤い薔薇。疲労困憊の盾の騎士。決定打を持たぬ暗殺者風情。マスターは後生大事に、一画(・・)となった令呪を温存して――。

 

 ――待て。何時(いつ)一画減ったのだ?

 

 ――死中に活あり。この瞬間(とき)こそ我が待ち望んだ好機である。

 最期の一歩、ここに踏まん。

 

 

 消滅の寸前。意識が深遠へと堕ちる、その手前。

 己への警戒を完全に捨てた皇帝の背中を見て、彼女は動いた。

 全ては一瞬のうちに完結した。

 令呪(・・)で強化した腕で地面を静かに、されど強く押し返し、荊軻の体は空へ跳ねる。

 半身を捨て去り、僅かな繊維を引き千切り、用済みとなった内臓を落としながら。

 己が刃を、連合ローマの皇帝(ネロ・クラウディウス)の体に、突き刺した。

 

 

 

「――な、に?」

 もう終わったものと荊軻を意識の外に置いた、置いてしまった。

 暗殺者を前にして、背中を見せた末路など決まっている。

 

 皇帝に刃を突き立てた。

 彼女はその手応えに不適な笑みを浮かべ……瞬く間もなく、最期まで一言も発することなく、光となって舞台からはけた。

 

 結果だけ見れば、ただ背中を刺しただけ。

 左の背部。部位から見て、脾臓どころか腎臓にすら刺さっていないだろう。

 常人ならいざ知らず、英霊にとっては致命傷にならず、不死を持つ人間ならばかすり傷に等しい。

 アサシンが放ったという事実だけを考えるならば、お粗末ともいえる今際の一刺し。

 

 

「が、がぁぁぁっぁぁぁっぁ!!」

 変化は、劇的に訪れた。

 耐えがたき激痛が走り、その場に崩れ落ちる。

 その痛みの前に、【感情凍結】など何の役にも立たなかった。にじみ出る脂汗を拭う事すら出来やしない。

 炎を無造作に吹き上げて、近寄らせぬようにするのが精一杯。

 

 刺されたネロは困惑した。

 あの深手では動くことなど出来ぬはず。ましてや攻撃するなど有り得ない、と。

 死の淵にて発揮するスキルを隠していたのかと思い至るが、それはすぐさま否定される。

 ネロはアサシンの真名、荊軻の名を知っており、伝説を諸葛孔明――ロード・エルメロイⅡ世より聞き出していた。

 その中にこれはという逸話はなく、そもそもが暗殺を失敗した者(・・・・・・・・)として名を馳せた英霊。成功を補助するためのスキルや宝具など、所有するはずがない。

 

 荊軻にないのであれば、原因は()にある。

 

 思い至ったネロはカルデアのマスター、藤丸立香を見やる。

 そして見つける。全ての輝きを(・・・・・・)失った聖痕(・・・・・)を。

 

「き、さまぁ!何時の間に!?」

 赤のネロの発言に激昂した後、すぐさま【感情凍結】を発揮した彼女は、無作為に見えて常に立香の挙動を注視していた。

 戦況を覆しうる猟犬(クルタ)が居て、それを呼び寄せる(令呪)が彼の手にある。警戒するのは当然。

 すぐに殺すつもりはなかったが、令呪を使わせるつもりもなかった。それゆえに宝具で弱体化させ、【魔術】で動き回らせ、余計なことをさせないようにした。

 もし立香が形振り構わず令呪を切ろうとしていたのなら、こだわり――手ずから生きている己(ネロ)を殺して世界(ローマ)を滅ぼすことすら放り投げ、一目散に殺そうと決めていたくらいだ。

 故に彼女は断言する。藤丸立香にそのようなそぶりはなかったと。

 

 その言葉は正しい。立香は令呪を使っていない。

 使ったのはマスターではなく、サーヴァントたち(・・・・・・・・)の方。

 

 秘密は立香が纏う礼装、それに搭載された最後の魔術にあり。

 これは令呪の問題点を解消するため組まれた術式。

 令呪は戦況を変える切り札足りえるが、そもそもの話し使えねば意味がない(・・・・・・・・・)

 マスターの目が届かない状況、マスターの指示が間に合わない状況、マスターが指示できない状況。十分に想定されうる事態だ。

 ならばどうすればいいか。答えは簡単。

 その使用権をマスターではなく、サーヴァントに委ねれ(・・・・・・・・・・)ばいい(・・・)

 

 令呪の一画を前もって割り振り、サーヴァントが任意のタイミングで使用できるようにする。

 主人(マスター)の絶対命令権を、従者(サーヴァント)に与えるという暴挙。一歩間違えれば自らの命すら危ぶまれる。

 これぞ掟破りの令呪の命令権、その入れ替え(コマンドシャッフル)である。

 

 その魔術を使用しクルタと荊軻に、事前に一画ずつ使用権を割り振っていた。

 

 いくら立香を注視しようが意味がない。

 彼が言ったとおり、ネロに令呪を使ったところで仕事は終わり。

 劇場の隅に置かれた小道具(置き物)であったのだから。

 

 

 そして、慣れぬ痛みの中、彼女は目を背けていた事実を認めた。

 

 己が不死性が(・・・・・・)消滅している事実に(・・・・・・・・・)

 

 かの始皇帝暗殺の際、書物には載らぬある事実があった。

 彼女は命を奪えなかったが、別のものを剥奪していた。

 刃に塗られた、九つの首を持つ蛇の毒。

 不死を目指し、不死であった始皇帝から、不死を奪った猛毒の刃。

 不死を得た皇帝からそれを取り上げ、死の運命を決定付けた。

 彼女の宝具の本質はそこにあり。

 自らの死を持って、敵に死を教える、不死の否定の刃。

 それこそが荊軻の宝具、不還匕首(ただあやめるのみ)

 

 令呪を求めてきたのは、荊軻から。

 クルタはカリギュラとの戦闘時、もしものための切り札として有無を言わさず渡した際、荊軻は黒のネロ、その不死性を打ち破るための一助として求めてきた。

 

 ――であるならば、令呪を一つ私にくれまいか。あの黒いのの不死について、なんとかしてみせよう。なに、生前と同じことをまたやるだけだ。簡単さ。

 

 荊軻はそう言って、朗らかに笑っていた。

 立香たちは悟る。あのときには既に、彼女はこうなることを決意していたのだと。

 

 

 斬られ、躯を晒し、意識から外れた瞬間、無言のまま令呪を使い、不死を否定する刃を突き立てる。

 我が身を省みぬ荊軻のプランは、ここに相成った。

 失敗する暗殺者。その役からは逃れることは出来ずとも、彼女は見事やり遂げたのだ。

 

 

 即興劇は佳境に入る。

 

 

 赤剣が黒炎のカーテンを引き裂く。

 威風堂々と歩む赤のネロは、荊軻の刃が創った傷を見る。

 今まで瞬時に治っていた傷が、治っていない。

 末帝の不死が消失したことを、ネロは察した。

 

「見事であった、荊軻よ」

 

 悲哀はあるが役目を果たし、笑みを浮かべ消えていった義侠に送るには相応しくない。

 彼女にはただ、惜しみない称賛を。

 

 未だ膝を付く黒のネロに、剣を突きつける。

 ここからは自分が主役だと、言わんばかりに

 

「やっと()と同じところまで降りてくれたな。そろそろ、決着をつけるとしよう」

「ほ、ほざけ……っ!これで勝ったつもりか!」

「勝ったつもりではない。勝つのだ!そして、人の身になった貴様にローマのなんたるかを教えてくれようぞ!」

 

 赤と黒。二つの薔薇。ある皇帝と少女の劇。

 その幕引きまで、あと少し。




ネロパートだけ長いのは、コマンドシャッフルさんと荊軻さんのせい
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