残業要らんが休みが欲しい(切実)。
ジャンヌ・ダルク。
救国の聖女。
何を為したかは知らぬ。だがその名を知っている。
これこそが知名度だというのなら、なるほどこの聖女のそれは世界でも有数だと言えるだろう。
日本においてもそれは変わらず、誰であろうとこの名をどこかで聞いたことはあるはずだ。
「今更なんだけどさ、ジャンヌってどんな英雄なの?」
……まあ、逆に言えば名前しか知らないというわけなのだが・
ジャンヌ・ダルクを加えた一行は砦近くの森でキャンプを行っていた。
そこでフランスの現状やもう一人のジャンヌ・ダルクについての情報交換、そして今後の対策等の話し合いを行い、それもほぼ煮詰まった所で出たのが、この立香の疑問だったのだ。
『え、えぇー?知らないのかい立香くん?』
「いやぁ、天然キャラだったり、お姉さんキャラだったり、腹ペコキャラだったりってのは知ってるけど」
「い、一体何を言っているんですか?!」
立香の発言に勢いよく噛み付いたのが、当のジャンヌ・ダルク。その顔は焚火の火のみならず、根も葉もない立香の発言によって赤く染まっていた。事実無根かどうかは、まだ知らないが。
「えっと……ジャンヌ・ダルクさんは百年戦争において、劣勢だったフランス軍を僅か二年で盛り返し、数々の勝利を齎した奇跡の聖女です」
『オルレアンの乙女とも呼ばれる勝利と栄光、そして最期は母国フランスからの裏切りによって終わる悲劇の人物さ』
マシュの説明を、通信越しにロマニが簡潔にまとめる。
彼らの言う通り、ジャンヌ・ダルクはフランスに勝利をもたらしたにも関わらず、しかしフランスに見捨てられててしまった。
「で、見殺しにしようとしたフランスに、もう一人のテメェは復讐しようっしてるって肚か?」
森の魔獣をあらかた排除した後は、木に背中を預け黙って彼らの話を聞いていたクルタが口を挟んだ。
牙を覗かせた笑みを浮かべながらも、その槍を持つ手からは力が抜けていない。いや、良く見ると全身からは力が抜けていない。リラックスしてるように見えて、周囲への警戒を全く解いてない証拠である。
彼にとっては当然ながら、その警戒はジャンヌ・ダルクにまで及んでいた。
彼の姿を一言で表現するならこうだろう。――番犬と。
勿論ジャンヌ・ダルクは警戒されていることに気付いている。だがそれに嫌悪は感じておらず、むしろ好感を抱いてすらいる。
宣言通り、彼は自分が不穏な動きを見せた瞬間、即座に殺すだろう。
突然現れた仮想敵と同じ名前の自分に対して、警戒を抱くの必然。
忠臣としてのあるべき姿に怒りを抱くことはない。
故に反論するのは唯その発言のみに対してだ。
「それがそもそも可笑しいんです。だって私は、フランスに対して恨みを抱いてはいないのだから」
『え、うそでしょ?』
「本当です」
フランスに恨みを抱いていない。彼女の歴史を知っていれば到底信じられないが、その発言は本心からのものだ。
自らの末路を、最期を受け入れている。そこに怨恨の念は一欠けらも存在していない。
彼女が語る言葉の数々から、それを皆は感じ取っていた。
「だからこそ不思議なのです。もう一人いるという私が、フランスに対して矛を向けているのが……」
「別段、不思議じゃねえだろ」
ジャンヌのその疑問は、しかしてクルタによって両断される。
「我ら英霊には確かに基となる人格も意思もある。だが所詮は
クルタの発言は英霊としての本質を突いたものだった。
どれだけの傑物だろうが、数多の凡人の願いによって変容してしまう特性。
彼の言う通り、本人の意思など関係ないのだ。
クルタの発言に口を閉ざすジャンヌ。彼が言っていることが理解できる故に、またまるで英霊としての新人のような自らの不安定さ故に、何も返す言葉が見つからないのだ。
「まあ、実際の所はもう一人のジャンヌに会ってみれば分かるんじゃない? それが本当にジャンヌなのかどうかも含めて、さ」
「そうですね。まだ本物のジャンヌさんなのかどうか決まっているわけではありませんし」
立香はジャンヌを励ますように言葉を重ね、マシュもそれに乗っかる。
「関係ない。敵なら殺す。それだけだ」
そしてクルタが殺意を見せる。励まそうなどという気持ちなど欠片も持ってない発言に、立香とマシュのジト目が集まるが、そんなことを気にするような男ではなかった。
「ふふっ。ありがとうございます皆さん。マスターくんもお疲れでしょうし、明日は早くなると思うので、今日はもう休みましょう」
そんな彼らのやり取りに、ジャンヌは思わず笑みを浮かべるのだった。
「クー・フーリンさん、いえクルタさん」
人間である立香は勿論のこと、デミ・サーヴァントであるマシュも眠りについた夜更けの事。
ジャンヌはクルタに声を掛けた。
「なんだ、ルーラー」
完全なるサーヴァントである二人は睡眠を必要としていないため、互いが起きていることを知っている。
別に寝ることは出来るのだが、敵地の真っ只中に居ると認識している彼らが不用意に眠ることはなった。
「その、貴方は、英霊本体の、クー・フーリンの一面、なのでしょうか?」
「それは俺が
歯切れが悪く出てきたのは、そんな要領を得ない質問だったが、クルタは正確にその意味するところを拾っていた。
先ほどクルタは言った。『他者の願いによって歪むのが英霊』だと。
そこには何かしらの実感が籠ったような言葉であったと彼女は感じていた。
それを聞いたところで何がどうするというわけではないのだが、それでも彼女は聞いてみたかった。
聞かれたクルタは、それはさも面倒くさそうな表情を浮かべていた。
何故なら同じような説明をここに来る前、召喚直後にしたわけだからだ。
マスターたちが相手の時すら面倒臭がったっていたのに、一時的な味方にわざわざ説明してあげる義理など、彼からすれば持ち合わせていなかった。
「面倒くせぇ」
故に彼は質問に答えなかった。
『ちゃんと答えてあげればいいのに。どちらともいえないっていうのが、一番近い答えかな』
故に別の人物が回答を示した。
「えっと? どちら様でしょうか?」
『人呼んで万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチさ。ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ』
ここには居ない三人目のサーヴァント、ダ・ヴィンチが質問に答えたのだった。
『いやー、ちょっと召喚システムで異常が見られちゃってね。その対応に追われて息が詰まってきたから、休憩がてら管制室に寄ってみたら面白そうな話をしていたからね。つい首を突っ込んじゃったのさ、失礼失礼』
「うるせぇ」
「それで、えっとダ・ヴィンチちゃん。どちらともいえない、とはどういうことですか?」
『それはだね――』
ダ・ヴィンチがクルタの状態について説明すると、ジャンヌは目を見開いた。
話が本当であるなら、このクルタというサーヴァントは自ら以上の不安定さだということになる。何故なら基幹となる部分が根こそぎ落ちているような状況だ。
感覚がおかしいジャンヌも、流石に存在の根幹といえる部分についてははっきりとしている。彼にはそれすらないのだから。
『そう、本当に変なサーヴァントというわけだ。そのせいかどうか分からないけど、フェイトの方にも異常が見られるしねぇ』
「知るかよ」
本人は僅かたりとも気にしてなさそうだが。
それを聞いてジャンヌは意識を改める。サーヴァントというのは自分が思っていた以上に
なればこそ、フランスに牙を剥いている自分が居てもおかしくはないのだと。
そして同時に恐れた。フランスを憎む気持ちが、回りまわって
「貴方は、自分が何なのか気にしないんですか?」
その態度を見て、呆れたようにクルタが投げ捨てる。
「何度も言わすな。俺は俺だ。マスターの槍だ。今の俺にとっては、それで十分だろうが」
「……
なるほど。それはそうだ。
例え過去や未来の自分がどうなろうが、そんなの関係ない。今の自分がどうなのか、何がしたいのか、それだけで十分なのだろう。
「私はフランスを助けたい。例え
『そうそう。結局やりたいことをやればいいと思うよ。私がモナ・リザになっているのもそういうことだし』
「それはちょっと違うんじゃないかと……」
こうして、彼らの特異点一日目は終わりを告げたのだった。
12/19 0:00に次話予約投稿済みです。