さて、先ほどの質問の答え合わせを行おう。
この場にはクルタを除いて八人もの英霊が集っているが、そのうち、この奇襲ともいえる最速の男が放つ刺突に反応できたのは何人だったのか。
結論から言えば、その数は三。
一人は、今まさに貫かれているバーサーク・アサシン――血の伯爵夫人カーミラ。
不用意な一歩を踏み出してはしまったが、流石はサーヴァント。神速で迫る刺突から逸れる様に体を捌いた。
しかしそれだけでは、穂先は彼女の心の臓を外すことなく突き破っていただろう。
それを防いだのはバーサーク・ランサー――串刺し公、ヴラド三世。
彼こそがクルタの攻撃に反応できた二人目のサーヴァントである。
自らの傍を貫く赤い槍の側面に自らの槍を叩き付け、軌道を変えることに成功していた。
この二人の行動により、クルタの槍はアサシンの心臓を穿つことはなかった。
とはいえ、貫かれたことには変わらない以上、アサシンの戦闘不能は避けられない。
「逃がさ、ないわよ!」
そのことを理解している彼女は、胸に突き刺さっている槍を強く握る。
仲間のために犠牲になる、などという精神からなどでは断じてない。
ただただ、自らを害した男を殺すという殺意に満ちたものだった。
その行動に、迫る敵を迎撃せんと、槍を引き抜こうとするクルタの動きが阻害される。
基本的な
「フンっ!」
「せいっ!」
「ハァっ!」
されど、英雄たちはその隙を見逃さない。
セイバーの細剣が、ライダーの杖が、ランサーの槍が、クルタに迫る。
狂化が施されようと、彼らの戦術眼に曇りなし。
その瞬間に限って言えば、クルタの槍は固定され、足も踏み込んだ姿勢のまま。死に体である。
息の根を止めるべく、凶刃が彼を囲う。
並みの英雄ならここで果ててしまっていただろう。
しかし、見誤ってはならない。
此処に居るのはクルタ――クー・フーリン。ケルトが誇る大英雄。
真の英雄とは、その存在全てが凶器に等しい。
武器は勿論のこと、それらを振るう手足、視線――
「ガッ――――アアアアッァアアアァア!」
――そして、声すらも。
咆哮は大地を駆け、空を回り、廃墟となった都市を蹂躙した。
立香たちにはただの絶叫として認知されたそれは、敵対存在には死の宣告と等しく。
血を飲んで眠っていた大地の精霊たちは恐れ戦き、街から生まれ出でんとした死霊たちを悉く消し飛ばし、狂気を宿す英雄たちの精神をも揺さぶった。
本来のライダー――聖女マルタであれば、その信仰心から足を止めることはなかっただろうが、狂わされ精神性を歪まされた現状では、それも叶わない。
硬直する四人を後目に、クルタは淡々と作業をこなしていく。
槍を握るアサシンを蹴り飛ばす。足から生えている棘が、アサシンの腹に新たな風穴を開通させる。
痛みから力が抜け、槍を手放し後方へと跳んでいくアサシン。槍を引き抜く動作はすぐに薙ぎ払いへと変わり、近寄っていた他のサーヴァントを全て弾き飛ばす。
強引に距離を作ったクルタは、敵を仕留めんと走り出す。
向かうは――後方。立香たちが陣取る位置に向けて、だ。
弾かれ体勢を崩した四人には向かわず後退する理由。
「Arrrrrrrr!」
「下がってくださいマスター!」
それは、クルタの奇襲に反応できた最後の一人が、マスターの下へと向かっていたからである。
他のサーヴァントがクルタを殺すべく動いていた中、彼――バーサーカーだけはクルタを無視し、立香たちが居る方へと向かっていたのだ。
クルタを無視し続けるその姿は、初撃に反応したというよりも、クルタが立香たちから離れたから動き出した風にも見える。
半端な理性を持たぬ彼は、クルタの咆哮の影響を受けていなかった。
バーサーカーの動きだしの早さと、四人のサーヴァントを対処した時間などもあって、二人の距離はかなり開いていた。
しかし問題はない。ケルト最速の足を持つクルタからすれば、大した距離ではない。
バーサーカーがマスターたちと接触するまでには十分に追いつける。
だがそれも、何の妨害がなければの話。
「っ危ない!」
「ッチ!」
バーサーカーを迎え撃たんとしていたマシュが、マスターの下へと身を翻す。
マスターの危機に、盾騎士としての本能が咄嗟に取らせた行動であった。
街から遠く。向けた視線の先には山の上を飛ぶワイバーンと、その上に佇む一人のサーヴァントの姿。そして連続して降り注ぐ数多の矢が。
獣の耳を携えた美しい女が、機関銃の如く矢を連射している。
カルデアのセンサーの範囲から逃れていたアーチャーからの、遠距離狙撃であった。
標的は人類最後の希望、藤丸立香。そしてそのサーヴァント、クー・フーリン・オルタ。
クルタは飛来する矢を叩き落としていく。
本来のクー・フーリンであれば『矢避けの加護』という、敵を視認できていれば、限度はあれど風の力で自動で矢を逸らすスキルを高ランクで所持していた。
しかしクルタはそのスキルがランクダウンしている。
風の壁はなくなり、『矢避けの加護』は放たれた矢が何処に来るのか、どう対処すればいいのか分かるという程度の能力に収まってしまった。
結果、矢の対処に追われ、クルタは一歩遅れてしまった。
マシュもまたマスターを守らんと盾を構える――
「え?」
――がその直後、彼らを守るようにして結界が現れた。
鉄すら貫く勢いの矢は、鉄すら上回る強度の壁に弾かれていく。
この結界の正体は、保護や守護を意味する、『
ジャンヌたちが会話している最中、クルタが密かに地面に刻んでいた物であった。
爆音を響かせながらも、その結界は揺るぎなく彼らを守っている。
キャスターならずとも、クー・フーリンであるクルタが敷いた結界。その質は神代のそれと遜色はなく。
破れぬと分かった以上、当然
これによりクルタへの攻勢はより一層酷くなる。
「マスターを頼みます!ジャンヌさん!」
結界により立香の身の安全を確認できたマシュは、ジャンヌに立香を任せ、自身は結界の外へと身を投げ出す。
対峙するは、黒き狂戦士。
「Arrrr--」
明確な理由はない。ただマシュには、
ついに、バーサーカーがマシュの眼前へと躍り出た。
同時、手に持っていた黒く染まった武器――フランスの兵士から奪った長剣を振り下ろす。
「Arrrr--」
「く、うぅっ!」
鋭く、速い一閃。
それをマシュはギリギリで受け止めていく。
そこからさらに剣線は重ねられていく。一本二本三本と。
唐竹、切り上げ、逆袈裟など、様々な方向から襲いかかるそれらを時に巧みに、時に強引に捌いていく。
最中、マシュは内に眠る霊基に導かれるような、不思議な感覚を覚えていた。
まるでこの剣技を知っているかのように。
また相手もこちらを試しているかのように。
鉄火場において、余裕は戦術を組み立てる冷静さを呼び、慢心は愚考を引き起こす油断を引き起こす。
「あっ!」
相手の一撃を受け損ねた。言葉にすればただそれだけ。
それだけの致命のミス。
かちあげられた盾。浮いた手足。無防備に晒された自らの肉体。
目前にて掲げられる黒い長剣。
それが我が血肉を食い破る姿を、マシュは幻視した。
「Arr!」
しかして剣は突き立てられず。
急旋回する黒き甲冑。振り下ろされた刃は、赤黒い魔槍を強かに迎え撃つ。
狂戦士に追いついたクルタが、声を、気配を殺して、狂戦士を仕留めんとしていたのだ。
撃ち落とされた槍の穂先。
クルタは抗うことはなく、その力を回転力へと変換した。
ロングレンジからの刺突から、ミドルレンジの縦回転の連続攻撃へと流れるようにシフトする。
バーサーカーは頭上から降ってくる石突を横へステップすることで躱し、続けて噛み付いてきた槍を剣で防ぐ。鍔迫り合う槍と剣。
剣よ砕けよと言わんばかりに、クルタは槍に力を込める。
バーサーカーもまた負けじと大地を踏みしめ、押し返す。
「ハッ!」
そして無防備となったバーサーカーの腹に、クルタの渾身の蹴りが突き刺さる。
トラック同士がぶつかったような衝突音を響かせ、バーサーカーがランサー達が集まる所へと返されていく。
「助かりましたクルタさっ!? その怪我は!?」
「そのままマスターの守護を続けろ、シールダー」
何を置いてもマスターの下へと駆けつけた証に、幾本かの矢がその身を射抜いているが、まるで彼は頓着していなかった。
自らの姿に驚愕と疑問の声を上げるマシュに一言だけ残し、クルタは再び狂気を身に纏うサーヴァント達に襲い掛かる。
「調子に乗るな!若造が!」
「Arrrrr、arrr!!!」
バーサーカーとその隣に立ったランサーがクルタを迎え撃つ。
クルタの振り回しを間一髪で回避する二騎のサーヴァント。
お返しとばかりに振るわれる剣は石突で弾かれ、穂先で捌いていく。
即席とは思えぬコンビネーションを発揮して振るわれる刃を、クルタはしかして、柄の中ほどで持った槍を回転させて弾いていった。
右に左に、上に下に、体の回りを滑らせて縦横無尽に駆け巡る魔槍が、クルタの身に刃を晒すことを許さぬ。
セイバーが、ライダーが合流して、クルタの包囲網がより盤石となっていく。その間隙をアーチャーの矢が縫っていく。
だがしかし、都合五騎のサーヴァントに狙われる事態にあって、クルタはなおも健在であった。
剣が槍が、正面から死角から、近くから遠くから。様々な攻撃が襲い掛かっている。
それでもなお、クルタの命は潰えず。
弾き、逸らし、流し、刃がその身に触れることを許さない。
「っ!何なのだ!?こやつは?!」
ランサーの苛立つ声がバーサーカー以外の全ての者の声を代弁していた。
苛立ちをぶつける様に、ランサーが槍同士をぶつけ合い噛み合わせ、身動きを諸共封じ込めようと動いた。
呼応する他四騎のサーヴァント達。
「させないわ!」
クルタが口を開いたのを見て、再び咆哮が来ると思ったライダーが、他に先んじて踏み込んでいく。
万全なら、もしくは完全に狂っていれば、咆哮に対し警戒心は抱かなかっただろう。
中途半端に残った理性が、彼女に不用意な行動を取らせた。
「オラァっ!!」
「ぬっ?!」
「ぐっ!!」
クルタは体を回転させ、ランサーの力を流し、体勢を崩させる。
それだけに留まらず、遠心力を蓄えた蹴りが、ライダーの身で爆発した。
腕を差しこみガードしたが、吹き飛ばされるのを耐えることは出来ない。
クルタの狙い通り、彼女の身体で、アーチャーの射線を防ぐことに成功した。
当然、敵もただ黙ってやられている訳ではない。蹴りを放った体勢のクルタを狙って、セイバーとバーサーカーが襲い掛かる。
「なっ?!」
クルタはその剣を防ぐことなく、その身で受け止める。
細剣が腿の肉を裂き、長剣が左腕を貫いた。
それにクルタが顔色を変えることはない。
苦痛、怯懦、躊躇。
それらが勝利に、相手を殺すことに、何一つ貢献することはないと理解しているから。
「その心臓、貰い受ける」
姿勢は低く、穂先は地面を舐めるがごとく。挙げられた左腕は長剣の盾とした使われ、右手に握られた魔槍に、魔力とそして、必殺の意思が込められる。
今から放たれるものこそ、英霊の代名詞。
即ち、宝具である。
その対象は……ランサー。
「
「させないっ!」
「――
満を持して放たれたのは、必殺の槍。
その軌道を逸らすように、セイバーが割り込んでくる。
ランサーもまた逃れる様に一歩後退した。
あらぬ方向に逸らされる槍。離れるランサー。
だが、その行動は全て無意味だ。
「な、にぃっ!?」
その槍が真価を発揮した以上、ランサーの心臓は既に貫かれているのだから。
「……見事だ、ケルトの大英雄よ」
クルタを褒め称えるその最期の言葉は、狂気が取り除かれたルーマニアの英雄としてのものだった。
また続きは余裕のあるときに。