魔槍、ゲイ・ボルグ。
心臓を貫いたという結果を先に齎す、必中にして必殺の槍。その一撃によりランサー、ヴラド三世は消滅した。
「ッチ、逃げられたか」
戦線に復帰したライダーが一撃を加えんとする直前、後方に跳躍しマシュの傍へと帰還した。
ヒット&アウェイ。ランサーを仕留めてから極僅かにて行われた早業であった
パチパチパチパチ。
仕切り直し、ヴラド三世を仕留めたクルタを討たんと、クルタがそれらを返り討ちにせんとしたところに、拍手が鳴った。
竜の魔女――黒のジャンヌ・ダルクは、まるで褒め称える様に両手を叩いていく。
「素晴らしいわ。クー・フーリン」
それを裏付ける様に、その口からは称賛の言葉が紡がれた。
「この劣勢の中、英雄豪傑たちの攻撃を凌ぎ、足手纏いを守りきった上に、まさかランサーまで仕留めちゃうなんて。流石はケルト神話に燦然と輝く大英雄、と言った所かしら」
黒のジャンヌの言葉には、虚飾や強がりといった感情は含まれていない。
「もう本当に嫌になっちゃうわ。そんな強い英雄が私の敵に回っちゃうなんてねぇ」
純粋な感嘆から来た言葉であり。
「でも、本っ当に残念だわ。だって、これで分かっちゃったんですもの。……貴方たちでは私に勝てないってことが」
完全なる余裕から滲み出た言葉であった。
「随分と、余裕そうだね?」
言葉を繋いだのはこの中で唯一、純粋な人間である藤丸立香。
黒のジャンヌが話し始めてから剣戟の響きはなくなり、弓矢の雨も降り止んでいた。
「残念ながら違うわよ。事実、余裕なんだもの」
「さっきは随分と慌てながら『クルタを殺せぇ!』なんて叫んでたのに。急にどうしたの?情緒不安定なの?」
「せ、先輩っ!」
まるで煽るような立香の口調に、思わずマシュが声を出す。
しかし、その言葉にも黒のジャンヌは感情を乱すことはなかった。
まるで敗者の戯言を聞き流しているかのように。
「そうね。それは事実として受け止めるわ。あの時私は思わず叫んでしまったもの。『もしかしたらこの男も、奴と同じ英雄なんじゃないか?』って、思ってしまったから」
言って視線を、左腕から血を垂れ流すクルタへと滑らせる。
「もし、あの男と同じ偉業を立てた英雄が、マスターを伴って現れたのだとしたら、それは間違いなく私にとって最大最後の脅威となっていたことでしょう」
「クルタじゃ、クー・フーリンじゃ、敵にならないと?」
「その通りよ」
クー・フーリンは敵ではないと、恐れる者ではないと、魔女は断言した。
伝説に残る武功を、己が目で見た武力を見て、なお彼女は言い切った。
『た、確かにクー・フーリンの伝承には、余りにハッキリとした弱点や、明確な殺害方法が載っている。それに肖れば』
「あら?そう言えばそうね。有名人も大変ねぇ。
「やりたければやるがいい。だが同じ轍は踏まん」
「やらないわよ。必要がないわ」
まるで良いことを聞いたと言わんばかりの発言は、余裕の根拠がそこにはないということを示している。
では、黒のジャンヌの余裕は一体どこから来ているのか。
根拠は、間もなく彼らの眼前に現れる。
『――っ皆!!今すぐそこから離れるんだ!今度こそ!もっと遠くに!』
通信越しと言えど、焦燥した表情が浮かぶようなロマニの叫び声。
内容は初めの頃と変わらぬ退避を促すものだが、そこに込められた焦りは比でなかった。
「ロマンっ!?何が!?」
『英霊とは比較にならない霊基を持った存在が君たちの所に向かっている!!猛スピードでだ!!一刻も早くその場からの離脱を!』
「いえ、もう遅かったようです、ドクター……」
サーヴァントと同様の視力を備えるマシュが、その影を捕えた。
そのすぐ後、立香もそのシルエットが見えた。人間に故に、比較するのも烏滸がましい程度の距離しか見えない立香にも見えるぐらい、早くにだ。
「クー・フーリン。超人にして戦争と闘争の達人」
遠目からでも分かる威容。黒き肉体と翼、そして
「文字通りの万夫不当、高材疾足。貴方を上回る英雄なんて、歴史を紐解いても数えるほどしかいないでしょう」
立香だけでなく、マシュとジャンヌもまた驚愕に目を見開き、クルタは静かに構えを取った。
「怪物退治もお手の物。戦闘というジャンルにおけるプロフェッショナルと言っても、過言ではないわ。でも残念」
その姿を見て、黒のジャンヌは楽しそうに、愉しそうに嗤う。
「貴方の伝承に、その槍に、竜殺しはなかったわよねぇ?」
降り立つ竜を背にするその姿はまさしく、竜の魔女と呼ばれるのに相応しいものだった。
「こ、これは……」
『ワイバーンなんかとは違う、真の竜種だ!霊基の規模からして格が違う!今の君たちじゃ敵う相手じゃない!どうにかして逃げてくれっ!!』
「その注文はかなり厳しいと言わざるを得ませんね、ドクター・ロマニ」
「ご明察よ。もう一人の私。貴方たちを逃がす気なんてありませんもの」
大地に鎮座する巨体な黒竜。その頭に飛び乗った竜の魔女が言葉を下ろした。
「今まで私がこの
彼女は饒舌に語りだす。お気に入りのオモチャを自慢するかのように。
「クー・フーリン。聞きしに勝る凄まじい英雄だったけども、竜を殺したことのないお前にこの
『ふぁ、ファヴニール、だって?』
「ファヴニール……、ニーベルンゲンの歌に出てくる邪竜と、同じ名前?」
「同じ名前なんじゃないわ。同じ存在なのよ」
マシュの言葉を否定する。その内容は、より最悪を告げるもの。
「並みの竜種ならクー・フーリンでも斃せるかもしれない。けどこのファヴニールは別格。クー・フーリンと言えど竜殺しを持たないものに殺せる存在でもないし、並みの竜殺しに殺せる存在でもなし」
それに、と三日月を描いた口から言葉が続いた。
「逃げた所でどうするというのかしら?そこの私みたく、野良で召喚されたサーヴァントの中から、竜殺しでも探す気?」
『うぐっ』
図星を当てられたロマニから声が漏れた。
彼としては、竜種に対するカウンターとして、抑止力によって竜殺しが呼ばれている可能性に賭けていた。
この場を離れ、竜殺しを探し当てて、それをぶつける。それしかないと考えていたのだ。
「そう、それはとても良い考えね。脱帽に値するわ。だから、そんな貴方たちに、一つ、良い事を教えてあげる」
その考えは正しい。ファヴニールという竜種の中でも最大級の存在。この邪竜の登場に合わせて、世界は完璧なカウンターを用意していたのだから。
「確かにこのフランスには、一人特級の竜殺しが居たわ。その名はジークフリート。ファヴニールを殺したという伝承を持つ英雄。カウンターにはこれ以上ない、正にうってつけの存在ね」
だからこそ、正しいからこそ、ロマニのその考えは、愚かしくもあったのだ。
「そいつを探し出せれば貴方たちに勝算も生まれるだろうし、私も警戒せずには居られないわ。不安で夜も眠れないかも」
その考えは余りに正しすぎた。
「そんな危険な存在を、私が放っておくと思う?」
黒のジャンヌが、その美貌を歪めるような、魔女のような笑みを浮かべた。
「先ほども言ったわよね?貴方たちが“最大最後の脅威”となっていたかもしれないと」
嘲笑いながら、こちらの反応を窺うように首を傾げていく。どんな愉快な表情をしているのかと期待しているように。
「当然、さっさと排除したわよ。そんな危ない男。言っておくけど、生きてる可能性はゼロ。何たって、この私が直々にトドメを刺してあげたんだもの」
目を閉じた彼女の脳裏に、その時の記憶が鮮明に蘇る。
「痛めつけて、這いつくばらせて、奴の背中から心臓を抜き取って、この手で潰してあげたのよ」
グシャッとね。そう語る彼女の冷酷な表情は、いっそ艶めかしさすら覚えるものだった。
「つまり、この
黒のジャンヌは愛おしいそうに、ファヴニールの頭を撫でる。
竜は特に反応することなく、徐に足元に立つ矮小な存在達を一瞥した。
「っ!」
ただそれだけで、立香は心臓を鷲掴みされたかのような錯角を覚えた。
巨大な体躯、鋭き爪牙、闇を纏わす漆黒の鱗。
そのような視覚的情報だけでも十分圧倒される存在だ。
しかしそれはあくまで物理的圧迫。
目線がぶつかった。それは魂の圧迫。存在の格の違いから来る圧力であった。
格が違う。桁が違う。位階が違う。
飲まれれば、自我が死ぬ。己が死ぬ。魂が死ぬ。
立香は、そのまま、飲まれかけ――。
「飲まれるな、マスター。死ぬぞ」
「マスター!気をしっかり!」
それを引き止めたのは、彼のサーヴァントたち。
立香と竜。遮る様に、両者の間に入っていく。
そのことが、立香の心を奮い立たせる。
地に足を付けた立香は、息を入れ直した。
「さて、どうしたもんか」
「あらあら。まだそんなことで悩んでいるの?簡単な四択じゃない。諦めて潔く死ぬか、抗って華々しく死ぬか、命乞いしながら惨めに死ぬか、逃げ惑って無様に死ぬか。好きなものを選びなさい」
「それじゃ、闘いますか」
「あら、随分早い決断だこと。もう少し考える時間を与えてもいいのよ。その分、長生きできるわよ?」
「はは、お気遣いありがとう。けど大丈夫。そっちは逃がす気もないし、こっちも逃げる手立てがなさそうだ。だったらもう、戦うしかないでしょ」
「勝ち目もないのに?」
「勝つよ。戦って、勝つ」
立香は胸を張って、戦うことを選択した。
立香の堂々とした言い草に、居合わす他のサーヴァントも呆気を取られた。窮地に立たされた者の言動では、先程までファヴニールに飲まれかけていた人間が取れる態度では、ない。況や、英雄でもないのにだ。
「マスターの言う通りです。前方にしか道がないのなら、そこを突っ切るのみです」
「賢い判断とは言えねぇな。だが迅速なのはいい。勝ち目がないだと?なら俺が作るだけだ」
立香の静かな檄に、二人のサーヴァントは静かに応える。
その姿は、白のジャンヌの心を奮い立たせた。
「力及ばぬかもしれませんが、私も全力を尽くします」
「そう、なら踏みつぶしてあげる」
その様に黒のジャンヌは苛立ちを覚える。
彼女が望んでいたのは、竜に恐れ戦き、絶望する姿。
だというのに、彼らは自分たちを恐れず、あろうことか立ち向かおうとしている。
まるで本当に自分たちが勝てると思っているかのように。
それが心底腹立たしい。
故に求めるのは、カルデア一行の無惨な死に様。
故に、加減なく、潰す。
一触即発の空気が、両陣営の間に流れる。
何か有れば、すぐに何かが起こる。
きっかけは何でもいい。
誰かが一歩踏み込む姿、瓦礫が崩れる音、それこそなんでもありだ。
それこそ――。
「っ!?これは」
「――撤退だマスター」
――第三者の宝具でも。
「何だこれはっ?!」
突如として始まったのは
そこに英雄も反英雄も関係はなく、
「――――――ッ!!」
騒音。そう表現していいのか。
ファヴニールの咆哮は、この世にある全ての音を殺しかねんものだった。
至福の音を穢す邪竜の声に、黒のジャンヌたちは正気を取り戻す。
「っく!奴らはどこにっ?!」
演奏の直前、彼女たちはクルタの声を聴いていた。
クルタは演奏が始まった瞬間、直前まで醸していた戦闘への匂いを一切無視し、撤退へと踏み切ったのだ。
黒のジャンヌは当たりを見回し、立香たちの姿を探した。
心奪われたのは確かだが、それも僅かな時間。そう遠くへは行っていないはず。そう判断しての行動だ。
「オラァぁっ!」
「何!?」
クルタの声が近くから聞こえ、そちらに視線を向ける黒のジャンヌ。
そこには、セイバーに槍を振るっているクルタの姿が。
「マスターをどこかに逃がし、自分だけ残ったか!だがそれは悪手だと思い知れ!」
クルタは身を翻し、彼女たちを翻弄するように動き回る。
それを狙うように、ジャンヌはファヴニールに命令を出す。
巨体で、ブレスで、攻撃を出す邪竜は――いったい何を狙っているのか分からないまま行動を続けていくのだった。
そんなラ・シャリテの街から遠く離れていく、一台の馬車があった。
「まだ幻惑のルーンは生きている。もうしばらくは時間が稼げるだろう」
『いつの間にかそんなルーンを仕込んでいたなんて。抜け目がないというか、何というか……」
「でも、そのおかげで助かりました。ありがとうございます、クルタさん」
「いや、にしても見事な変わり身だったね。キミら、本気でアイツらと戦うつもりだったろ?僕が宝具を使った所で、すぐさま逃げてくれるかどうか分からなったぐらいだ」
「いやぁ、俺はそのつもりだったんだけど、クルタがすぐに俺たちを連れて逃げ出してくれたからさ」
「まあ、素晴らしい判断力ですわ。流石はかのクー・フーリン。フランスでも、貴方の伝説は有名ですのよ?」
その中ではカルデア一行が、先程とは打って変わって賑やかに話し込んでいた。
戦闘から逃走に切り替えたクルタたちは、目の前に現れたガラスの馬が引く馬車に乗り込んでいた。
馬車を引いていた少女と青年。新たに二人の面子を加えて。
ジャンヌは感謝の気持ちと共に、疑問を口に出した。
「遅くなってしまいましたが、助けていただきありがとうございました。ですが、貴方たちは一体?」
「あら?そう言えば名乗ってませんでしたか。これは大変失礼しました」
そう言うと、少女は優雅に一礼を取った。
その瞬間、ジャンヌは馬車の中だというのに、豪華絢爛な王宮の広間を想起した。
「私はマリー・アントワネット。この国を愛する一人の女です」
「そして僕は、しがない天才音楽家さ」
こうして立香たちは、マリー・アントワネットとアマデウスの二人と出会ったのだった。
青髭「いえ、ジャンヌはとんでもないものを盗んでいきました。貴方(ジーク君)の心(臓)です」
というわけで、ジークフリートさんは早退しました。
あと調べたらクーちゃん竜を殺した逸話もあるらしいけど、竜殺しの特性は持ってないよね。
でも致し方なし。
だってもし竜殺しの力なんて持ってたら、snの青王さんが召喚即アボンしちゃうじゃん。
アブなかったね青王さん!