「フォウフォーウ!」
「本当、さっきは一体どこに居たんだろうねフォウ君は」
「でも無事で何よりです。こちらはフォウさんのご飯です。どうぞ召し上がってください」
「フォフォーウ」
マリー・アントワネットと、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
この二人と合流した立香たちカルデア一行は、ロマニの案内の元、ジュラの森へ。
太い霊脈が通るこの地にてベースを築き、物資の補給とひと時の休息を取る。
『正直、彼らを撃破するのは厳しいと言わざるを得ない』
情報の交換、および、黒のジャンヌたちへの対策を練っている中、ロマニがそう言葉を零した。
「あら?どうしてかしら?こんなに心強い皆様が居るのに」
『確かに。こっちの戦力も貴女方二人が増えたこともあって、彼我のサーヴァント数では大きな差はなくなった。クルタの戦闘力を考えれば、こちらが上回っていると言ってもいいと思う』
ロマニの発言に、マシュは先ほどの戦闘について想起する。
思い浮かぶのは、クルタの戦う姿。より正確に言えば、彼女は彼の技量に目を瞠ったのだ。
このフランスに降り立って当初、彼はワイバーンの群れを“雑に”蹴散らしていた。
ただ力に任せた暴力。技巧など一片も見受けられなかった。
殲滅速度に対して驚愕を覚えたが、その程度。
心のどこかで、『あれならば自分にも出来る』と彼女は感じていた。
翻って、先程の対サーヴァント戦。彼が見せたの、類まれなる技量。
四方から迫る凶刃を、彼は魔槍一つで捌いていた。
五体は当然のこと、手中の槍は彼の意図を裏切ることなく空間を踊っていた。
それだけではない。
彼女がことさら注目したのは、武器の扱い方ではなく、戦闘時における立ち回り。
彼女は気付いた。
多対一におけるポジション取りで、数的不利を打消していたことに。視線や身体の僅かな動きで、立香を狙おうとする敵の意識を自らに惹きつけていたことに。
自らの生存と、他者の守護。
盾騎士として、それらを両立する動きに見入っていたのだった。
(カルデアに帰還したら、戦闘指南をご教授してもらうよう、お願いしましょう)
神話の頂点に君臨した人物の技前というものを感じ取った彼女は、馬車の中でそう考えていた。
『対サーヴァント戦だけなら問題はない。問題なのは彼女が従えている邪竜、ファヴニールだ』
ロマニの言葉の続きを聞き、マシュは意識を今に戻す。
「あーあの黒光りしてるデッカイ竜のことかぁ。正直ドブで出来たライン川のような咆哮はもう勘弁してもらいたいんだけど」
「貴方の例えはよく分からないけど、今まで聞いたことのないくらい耳障りな鳴き声をしていましたわね。あのトカゲさん」
『……そんな可愛らしい生物ではないんだけどなぁ』
まるで緊張感のない新規合流組二人の発言に、ロマニも思わず気が抜けてしまう。
「目下、最大の敵はあちらの私やサーヴァントではなく、邪竜だと考えた方がいい。そういうわけですね?」
ジャンヌが一つ咳払いをして、話を続けていく。
『うん。あっちのジャンヌ・ダルクやサーヴァントも警戒するべきだとは思うけど、一番やっかいなのは、やっぱりファヴニールだ』
「どうすればファヴニールを討つことが出来るのか、ってことだね。ロマン」
「そのまま倒せないのかしら?こう、正面からズバーっと」
『それが出来ればいいんだけど、ズバーっと出来る竜殺しが、既に殺されたってことが、問題なんだよなぁ』
「ああ、なんかそんなこと言ってたなぁ。心臓を引きずり出してハンバーグにしたとかなんとか」
「まあ、なんて恐ろしい。焼き方はミディアムかしら、それともウェルダン?」
「い、いえ。潰しただけで、別に美味しくいただいたわけでは……」
「でも、吸血鬼が二人も居たし、微レ存で食べた可能性も」
「でしたら絶対レアですわね!微妙にレアで焼いて保存して食べる、略して微レ存ですわね!』
『違う!全然違うよ!言葉の意味も話の大筋も全然違う!』
『いやぁ、これがフランス王室の中心となっていた王妃か。周りを巻き込む力が凄いなこれは。予想外の残念っぷりだけどね』
「ははは、皆の期待を積極的に裏切っていくスタイルって奴さ。僕も何度痛い目を見たことか」
「……話を戻せ、テメェら」
クルタが口を開いたのは、ダ・ヴィンチも話に加わり、場の収集が付かなくなってきたころだった。
殺気とまではいかないが、滲みでる不機嫌なオーラに皆思わず居住まいを正した。
「まあ、ごめんなさい。そんなに怒らないでくださいまし。ところでそんなに全身トゲトゲで座りづらくないのかしら?」
『はっはっは、まあ許したまえよ。天才の発想というのは、得てしてこういう雑談から生まれるものなんだから。あ、そんな座るのにも一苦労しそうな君のための、特注の椅子を作ってあげよう。先の王妃からの一言がまさにインスピレーションとなったよ」
「うふふ。かのレオナルド・ダ・ヴィンチの発明の一助になるなんて、光栄だわ」
『それはこちらの言葉さ』
「もう黙りやがれテメェら」
訂正。天然と天才には意味がなかったようだ。
『あー、話を戻して。ファヴニールを倒すためには、竜殺しの力が必要となる。だけど目下最有力候補のジークフリートの生存は絶望的ってのが現在の状況だ』
「もし彼の英雄が居れば、それだけで百人力だというのに」
「ないものねだりしても仕方ありません。ですが、敵の虚報という可能性はないのですか?」
「その可能性については低いと思うね。ジークフリートを殺した時のことを語るジャンヌ・ダルクの声色は、本当のことを喋っている時のものだった」
少なくとも本人は真実だと思っている、アマデウスはそう語った。
「でしたら、あのトカゲさんを無視してあちらのジャンヌを先に倒しちゃうというのはどうでしょう?ご飯をあげる飼い主さんが居なくなってしまっては、あのトカゲさんも元気がなくなってしまうのでは?」
『ところがどっこい。竜種っていうのは心臓がそのまま特級の魔力炉心だから、主が居なくなったところで、消滅することはないのさ』
「……それに、あっちのジャンヌはこうも言ってた。『自分が居なくなっても、ファヴニールがフランスを、世界を滅ぼすだろう』って」
「竜を無視してあのジャンヌを倒しても、フランスの破壊は免れない。むしろ手綱が無くなって暴走する可能性があるだけ、危険ってことか」
『つまり私たちは、サーヴァントを退けつつ、邪竜を討伐する必要があるってことさ。竜殺しの力を借りることもなくね』
『オルレアンの乙女を倒すために、最初に邪竜を殺さなきゃいけないなんて、こんなん心オレルヤン。なんつって。ははは、は――――――――ごめんなさい」
真の英雄は眼で殺す。あれは真実だって教えてもらったよ。クルタとドクターに。
あるカルデアスタッフが後に語った言葉である。
「すいません、うちのロマンは、ちょっとアレなんです」
「ははは、いやまったくだ。寒さの余り、思わず自慢の耳を潰したくなるなんて。対音楽家用の宝具って言ってもいいと思うよ。ファヴニール越えだ」
『こういう物怖じも躊躇もしないチャレンジ精神は、創作活動には大変必要な資質だから、その点だけはこの天才も見習おうと思えるよ。その点だけは』
「例え可能性が宇宙の果てにしかなくともやってみる。そういう気概は大切ですものね。分かりますわ」
『この圧倒的アウェー感!味方はいないのか?!』
「そのような都合のいい存在は、残念ながらこちらにはいないようです、ドクター」
「あ、あはは……」
「……どうやってあのクソトカゲを潰すのか、それを話し合う場じゃねぇのか?」
三度、クルタからの諫言が飛ぶ。
仏の顔も三度まで。クルタの不機嫌オーラが過去最高潮に達したこともあって、流石に皆自重してファヴニール対策について思案を巡らし始めた。
しかし、そう簡単に思いつくものでもない。
先ほどまで明るく会話を弾ませていたのも、内心分かっていたからだ。有効な手がないということを。
『真面目な話、ファヴニールの討伐。これがやっぱり最大の難所だ。完全なる竜種を傷つけられるのは、同じく竜に連なるものか、竜殺しの他にない。ファヴニール程の大物であれば尚更だ。これら以外の力では、どうすることも出来ないだろう』
「クルタさんの宝具でも、駄目なのでしょうか?」
『生前か、それに近い力を持っているならば、クルタ程の英雄であれば十分に勝算があるのは間違いない。けどサーヴァントとして現界している今は、難しいと言わざるを得ない』
竜種は存在が神秘の塊であり、概念そのものだ。死という概念が当て嵌まるかすら怪しい。
本来、クルタの魔槍は死の権能一歩手前という恐ろしい力を持つが、サーヴァントとして弱体化している現状、ファヴニールの打破は難しいとロマニは考えていた。
竜という概念を傷つけるには、同じく竜の力か、竜という概念そのものを傷つけることに特化した、竜殺しの力が必要となる。
そのことを訥々とロマニは語る。
邪竜を倒す方法が見つからない。その示したくなかった事実を突きつけていく。
所長代理として、先ほどまでの明るい空気を壊さなければいけない自分を、心底嫌になりながらも。
「まあ、そんなに心配しなくてもいいでしょ」
重苦しい空気が立ち込めるなか、なんてことのないように、人類最後のマスター藤丸立香は告げる。
恐怖も、不安も、憔悴も見当たらない。あるのは前に進む意思。そして――
「俺が命じる、マシュが守る、クルタが倒す。ほら簡単でしょ?」
「――はいっ!」
「ああ、その通りだ」
――マシュへの、クルタへの、自分のサーヴァントへの強い信頼。
「竜殺しの伝説がない?ないなら作っちゃえばいいんだよ、今ここで、俺たちが」
具体性、実現性に欠けた、作戦ともいえない作戦。
こんなもの、現実を理解していない、愚か者の発言に等しい。
だがそれでいいのだ。人類滅亡のチェックメイトは、既に掛かっているのだ。
そこから巻き替えそうだなどと、賢しらな者には出来はしない。
愚者上等。でなければ、諦めずに足掻こうなどと、するものか。
「素晴らしい提案ですわ。私は賛成します」
「バッカだなぁ、マリアは。こんなのに乗るやつなんて頭がおかしい奴だけだぜ」
「あら、アマデウスは反対なのかしら?」
「何言ってのさ?頭がおかしくなきゃやってられないのが音楽家なんだぜ。当然乗るに決まってるだろ」
その愚か者に追随する愚者が、ここにも二人。
国と音楽に人生の全てを掛けたような愚者《英雄》だ。ならば自らのサーヴァントに全てを掛けている者と、大差はあるまい。
『い、いや!司令官としてそんな作戦認められない!そもそも策も何もないじゃないか!せめて戦力を増強するなり、何かしらの勝算がなきゃ到底――』
「――立香くん!サーヴァントが近づいてきてます!」
突如として襲来を叫ぶジャンヌ。その言葉に話し合いを中断し身構え、ジャンヌの視線の先を見据える。
徐々に近づいてくる気配と足音、そして険悪な会話。
立ち並ぶ木々から現れたのは――
「ちょっと何これー!?アタシの歌を聴きに来られない可哀想なファンが居るって聞いたから来たのに、この物騒な出迎えはー!?」
「ふむ……あの方は嘘を言っているようではなかったのですが……ああ、そこに居ましたか。やっと見つけましたわ、安珍様(はあと)」
――二人のドラゴンガールだった。
「え、えっと……貴女たちは?」
「動けないと聞いておりましたが、どこにも怪我はないご様子。安心しましたわ、安珍様」
「なによ動けるんじゃない!ここで歌うつもりだったけど、動けるんなら話は別よ。ゲオルギウスっていうアタシの隠れファンが居る街には、良い
『は、話をまるで聞いてな……ゲオルギウス?』
『それって、竜を殺したあの聖ジョージのことかい?』
二人の新たな登場人物に困惑する場を他所に、クルタは立ち上がる。
戦闘で傷付いた腕はルーンによって癒え、万全な姿を見せる彼は、その顔にいつもの不敵な笑みを浮かべる。
「また面倒な奴らが現れたみてぇだが、どうするマスター?」
立香は新たに現れた二人につきまとわれ、戸惑いながらはっきりと応える。
「動くよ。どうやら、戦力と勝算が見つかったみたいだしね」
二話目は本日18時ごろに投稿