ゴブリンマスクを被ってみれば、文明開化の音がする!   作:ゴブリンライター

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名付けと芸術と爆発と魔法と、そしてゴブリン

 アルデニクスの登場によって「命名」を知ったゴブリンたち。名付けに喜びを見いだしたのか、手当たりしだいに「名前」を付け始めた。世は正に「大名付け時代」である!

 

 まずゴブリンたちは自分たちの住む「森」を、「ゴルダナル大森林」と名付けた。それ自体に意味などなかったが、そう名付けたことにより、「ゴルダナル」は「偉大なる」とか「大いなる」とか、そんな意味を持つようになった。こんなノリで、ゴブリン新語は作られていった。

 

 ゴルダナル大森林の、北の東の遠くの方には、大きな大きなお山があって、そのお山をゴブリンたちは、バカ正直に「ゴルダナル山脈」と名付けた。ゴルダナル大森林にあるお山だから、ゴルダナル山脈というわけだ。

 

 大森林にはゴルダナル山脈を水源とする川が流れていて、ゴブリンたちはそれを「フィッシュチックスリバー」と呼んでいた。最初は「ゴルダナルリバー」にしようと思っていたが、「フィッシュチックス」がいつもいつも釣りをする「川」だから、そう呼ばれるようになったのである。

 

 ワンパターンだった「名付け」にも、ヴァリエーションが生まれ始めた。創意工夫は文化ゴブリンの十八番なのだ。なんで18番というのかは、よく知らなかったが……。

 

 フィッシュチックスリバーは、ゴブリンたちの住処から程なくしたところにあって、彼らはそこから生活水を得ていた。やがて「わざわざ川まで行くのが面倒ゴブ!」ということになり、「用水路」が引かれることになる。出来上がった用水路は、その経緯もあって「メンドウ用水路」と名付けられたが、その名とは裏腹に、多大な労力をかけて作られることになった。

 

「前へ 後ろへ 行ったり来たり 進み 戻って そしてまた一歩進む♪

 前へ 後ろへ 行ったり来たり 進み 戻って そしてまた一歩進む♪」

 

 今日も今日とて、奇妙な「唄」を歌いながら、ゴブリンたちは作業する。リズムもテンポもいまいちだったが、「歌詞」はアルデニクスが教えてくれたので、それなりの「仕事唄」になっていた。意味はあんまり分からないけど、まあいいじゃないか、いいじゃないか。ゴブリンたちはそこんとこルーズなのだ。

 

「前へ 後ろへ 行ったり来たり 進み 戻って そしてまた一歩進む♪

 前へ 後ろへ 行ったり来たり 進み 戻って そしてまた一歩進む♪

 指 数 崩 壊!」

 

 時にはちょっとヤバめな歌詞が飛び出すこともあったけど、まあええじゃないか、ええじゃないか。ゴブリンたちはリズムに合わせ、ゴブゴブブゴブゴ体を動かす。みんなでヨイショと力を合わせ、単調だけど、楽しい作業。「井戸」でいいじゃないかと気づいたのは、「用水路」ができた後だった。

 

「クルクル回る「車輪」が回る クルクル廻る「滑車」が廻る クルクル周る「歯車」周る

 クルクル回して 荷物を運んで 荷物を乗せたら 荷物を降ろして 持って帰りゃあドッコイショ!」

 

「車輪」や「歯車」「滑車」といったカラクリも開発され、ゴブリンたちの作業効率は格段に改善された。荷車といった「キャリッジ」が発明されたのである。

 

 荷を引いたのはゴブリンではなく家畜たちで、家畜は「食料」としてだけでなく重要な「労働力」にもなっていた。特に重宝されたのは、二本足の肉食トカゲ「ラプトル」で、ゴブリンにとってこの動物は、乗って良し引いて良しの素晴らしい家畜だった。

 

 そんな風に色々あって、それなりの時間も掛かったけれど、「メンドウ用水路」は無事出来上がった。

 

 メンドウ用水路が完成したことによって、ゴブリンたちは「水の力」を利用するようになる。

 

「シュコォ……シュコォ……

 水の力 スゴいゴブ とてとてとーってもスゴいゴブ

 重いモノ たくさんのモノ いっぱいのモノ 運ぶ動かす 便利ゴブ

 アツアツ冷やすの便利ゴブ 家畜飼うの便利ゴブ 作物育てるの便利ゴブ 水はいろんなコトに使えるゴブ!」

 

 そんなわけで、用水路が出来たことにより、「船」や「水車」なども作られた。物資の運搬は言うに及ばず、家畜や作物の世話も格段に効率よくなった。特に喜んだのがフィッシュチックスで、彼は釣ったサカナをこっそり用水路で飼うようになって、こっそりまた釣るようになった。ゴブリンによる「養殖」の始まりである。

 

 ゴブリンたちの活動範囲が広がるにつれ、「道」というモノも生まれ始めた。アソコやココやソッチやアッチ。トテトテ安全にするために、とてとてキレイに整備され、同時に「名前」も付けられた。「アンテロープロード」「バードロード」「リバーロード」「フレッシュロード」「ハニーロード」「ラプトルロード」「マウンテンロード」などなど……その道に因んだ名称で、自然とそう呼ばれるようになったのだ。

 

 けれどもそれでも手当たりしだい、「名」を名付けたことにより、新たな問題も生じることになる。

 

「う~ん う~ん どうしよう どうしようか 困ったゴブ」

 

 困った様子のゴブリン族が、困った様子で困っていた! これは大変、あれま大変!

 

「なんだ どうした ナニゴトか~? 言ってみるみる 話してみるみる」

「それが これが 困ったのだ アルデニクス

 やたたと やららと 名前を付けて 名付けてみたはイイけれど

 あまりもあまりも多すぎて たくさん過ぎて覚えきれぬ 「名」が多すぎて覚えきれぬ」

 

 ただでさえ、仲間の名前を覚えるので精一杯だというのに……そう困ったゴブリン訴える。

 

「それは困った くまった 大変だ

 それなら これなら こうすると良い

 オマエが「名」を書き留めて 残しておくと良いんだゴブ 「文字」で残して取っとくゴブ!」

 

 困っていたゴブリン族、言われて飛び出て再び問いかける。

 

「「文字」って“アレ”か~?

 アルデニクス トキトキ書いてる のたくったミミズのような“アレ”か~?」

「シュコォ……シュコォ……

 そうゴブ そうゴブ そうだゴブ のたくったミミズのような“アレ”だゴブ」

 

 アルデニクスは「文字」のスゴさについて、さらに語ってみせる。

 

「「文字」は とてとて便利ゴブ

 誰かに伝える 誰かに教える 誰かに残す 誰かに記す

 文字なら わざわざ“ソコ”に居なくても 伝えることができるゴブ 教えることができるゴブ

 過去を記し 今を伝え 未来を描く! 「文字」はとてとて便利ゴブ!」

「おお! そうなのか そうなのか! ならオレは「文字」を使おう

 文字を使って「名前」を残そう 文字を使って「過去」を記そう 文字を使って「今」を伝えよう!」

 

 こうして「文字」によって「名前」を残し、「過去」を記し、「今」を伝えるようになったゴブリン族は、名を「ヒストリクス」と改め、「ヒストリー」を綴るようになる。ゴブリン族に「歴史」が始まった瞬間であった。

 

 ゴブリンたちはこのように、「役割」や「仕事」や「見た目」などが変わると、自らの名も改名するようになっていった。

 

 新たな仕事唄を生み出すのに熱心な「シングソングス」。仕事唄に合わせ踊ることで快楽を感じる「ステップドクス」。ステップドクスのダンス合わせて、手当たりしだい音を撒き散らす「ドンジャラニクス」。アルデニクスが書く「図面」を真似て、いたる所に“絵”を描くようになった「アートシリクス」。

 

 ゴブリン生活が安定の兆しを見せてくると、こんな不思議な行為に熱中するゴブリンも現れ初めた。いわゆる「芸術」や「美術」が花開いたのだ。

 

「シュコォ……シュコォ……

 イイぞ イイぞ その調子だゴブ!

 みんなみんな 自分の好きなコトするゴブ! 自分の好きなモノ創るゴブ!

 歌って 踊って 鳴らして 弾いて 描いて 刻んで 彫って 写して

 最初はそれなりダメダメでも そのうちこのうちイイことあるさ! それなりことあるさゴブ!」

 

 アルデニクスはこういったゴブリン創作活動を、熱心に後押しした。「芸術」とは「文化」を促進するものであるし、「技術革新」はイマジネーションから爆誕するモノだからである! つまりは「芸術」は「爆発」ということ! アルデニクスは「爆発」が大好きで大得意だった。大芸術時代の爆開けである!

 

「芸術 美術 爆発だゴブ! 美術 芸術 爆弾だゴブ!

 一発ドカーンと打ち上げりゃ 何かが起きるさゴブリ爆弾!」

 

 そんなわけでゴブリンたちは「爆発」というものに熱中した。「爆発」と「カラクリ」はゴブリン族の華なのである。

 

 主に使用された「爆発」は、アルデニクス特製の「ゴブリ爆弾」で、これはゴブリン秘伝の「ゴブリ火薬」を原料とした、とてとて特殊な「爆弾」だった。爆発力に優れ、誤爆性が極めて低い「ゴブリ火薬」は、ゴブリンたちの芸術のみならず、文明発展に爆発的に貢献した。爆発だけに。

 

「芸術」や「美術」といったものが、爆発のごとく発展し始めたゴブリンたちだが、当然、その飽くなき探究心は「内」ではなく「外」にも向けられるようになる。あの木の向こうを目指し、あの川の先を目指し、あの谷の底を目指し、あの山までを目指し、あそこや、こっちや、そっちや、あっちまで! 生まれ持った探究心をフルスロットルにして、ゴブリンたちは思うがまま大地を駆けた。

 

 そうして広がっていったゴブリンたちの版図は、とどまることを知らず、もはや一ゴブリンには把握しきれないほどに拡大していった。つまり何が起こったかというと、「迷子」が続出したのである。

 

「困った くまった 大変だ!

 狩りに行った連中が 三回寝ても戻って来ない! 四回寝てようやく戻って来た!

 こんなのもうコリゴリコリブリゴブ どうしたらいいアルデニクス?」

 

 のちに「マッピンギクス」と名乗ることになるゴブリンが、アルデニクスにくまった様子で訊いた。

 

「それなら これなら 「地図」作るゴブ

 色々なモノ色々なトコ 書き記した「地図」作るゴブ

 そうすりゃみんな きちんときっちり 戻って来れる 帰って来れる

 見たことない“モノ”も知れるゴブ 行ったことない“トコ”も知れるゴブ

 みんなで一緒に「地図」作るゴブ!」

 

 斯くしてゴブリンたちによる、「ゴルダナル地図」の作成が始まったのである。

 

 アルデニクスが作った皮紙の上に、アートシリクスが「絵」を描き、ヒストリクスが文字を刻む。あそこには“アレ”がある。あっちには“アレ”があった。そっちにはこんな“モノ”があった。それをマッピンギクスが最後にまとめ、「点」を加え「線」を引き「名」を書き足していく。 

 

 独特な吹き抜け音がする「ゴオーン洞穴」、たくさんの水が貯まる「リムローレン湖」、家畜たちの庭「ミートイートミート」、ゴブリンたちの農園「ボタルノスク農園」、「ゴルダナル採掘場」「スミシンロクス溶鉱炉」「グロレンツ工房」「サバルカス伐採地」「ハニービー養蜂場」「ドロドク青燐泉」「ラプトルの安息所」──そして最後に刻まれたのは、ゴブリンたちが住む「オンボロ遺跡」の「名」だった。

 

「シュコォ……シュコォ……

 ここは 我らの小さなお城 ここはゴブらの小さなお家

 作って 直して 組み立てて みんなで創る理想の地 ここをゴブリンの「理想郷」とする~

 その名もこの名も「リトルシャイア」 先人に倣って「リトルシャイア」!」

 

 斯くして「リトルシャイア」と名付けられたオンボロ遺跡は、今日も今日とて発展していく……。

 

 

 

 

*        *

 

 

 

 驚異的とも言えるリトルシャイアの発展を支えたのは、異邦ゴブリン「アルデニクス」の叡智だけではなかった。もう一つ重大な「要因」があったのだ。言うまでもなく「魔法」のことである。

 

 ゴブリンたちが使う「魔法」は、神様の「奇跡」ではない「原始魔法」。威力も範囲もそれなりで、とてもじゃないが戦いには適さなかったが、生活を便利にするには劇的な効果があった。ごく初期のゴブリン文明は、この「原始魔法」が支えたのである。 

 

 火を灯す、水を清める、土を豊かにする、風を吹かせる、たったこれだけのことでも、原始ゴブリンにとっては多大なる労力だった。それを一挙に解決したのが「原始魔法」というわけである。

 

「昔々のそのまた昔 とてとて賢い学者が言ったゴブ~

 雷落ちて火になった~ 火は燃えて土になった~ 土は遮り氷になった~

 氷は溶けて水になった~ 水は昇って風になった~ 風は曇って雷になった~

 生命は巡りて元素は廻る~ これぞ「六大元素」なり!」 

 

 アルデニクスが語った「六属創生論」は、自然界における「六大元素」の成立過程や相関関係を、端的に述べたものだ。当然、ゴブリンたちには高度すぎて理解不能だったが、理解できなくても使用できるのが「原始魔法」のイイところ。別世界でも使えちゃうのもイイところ。伊達に原始の名が付いてるわけじゃない!

 

「原始魔法」とは、もともと獣や魔物が狩りや身を守るために本能的に使用していた、超常現象の総称であり、まだ知性が低い原始ゴブリンでも、なんとか使えるものだった。それなりの素養と、それなりの修練さえすれば、ほとんどのゴブリンが使用できたのである。全てはアルデニクスの指導の賜物であった。

 

 火の原始魔法はマッチ程度の火力しかなかったが、種火にするには十分だったし、水の原始魔法はジョウロ程度の水量だったが、水やりには十分だったし、氷の原始魔法は石ころ程度の氷を生み出す程度だったが、モノを冷やすには十分だったし、風の原始魔法はそよ風を吹かせる程度だったが、換気するには十分だったし、土の魔法はバケツ一杯分の土を操る程度だったが、上手くやれば様々な形にすることができた。

 

 そしてなにより重要だったのは、ゴブリンたちが「雷」を操れるようになったことだった。雷の原始魔法は、しょせん乾電池程度のショボイものだったが、それだけで何もかも十分だった! 十分すぎるほどに十分だった!

 

「カミナリ 電気 電子のちから~ イカヅチ 磁気 磁力のちから~ イナヅマ ビリビリ 電磁のちから~

 電気は色んなモノ動かせる 磁力は色んなモノ働かせる

 ビリビリ バリバリ 稼働させる 起動律動天動させる

 雷の力 最初の力 火を生み 土を生み 氷を生む

 雷の魔法 最初の魔法 水を生み 風を生み また雷を生む! 全ての起源だ電磁力!」

 

 電力というエネルギーを得たゴブリンたちは、「六属創生論」に則り様々なモノに雷を変換させた。火や水や風は言うに及ばず、熱に光に音に運動に。そうゴブリンたちは電気エネルギーを運動エネルギーや熱エネルギーに変換する術を知ったのだ。

 

「シュコォ……シュコォ……

 我らに出来ぬ お仕事は 電気にさせるとイイんだゴブ

 ゴブらに運べぬ お荷物は カレらにさせるとイイんだゴブ

 色々できて 力強い いっぱいできて 心強い そんなカラクリ 便利な機工

 その名もこの名も「機械」だゴブ」

 

 ゴブリンたちはアルデニクスの演説に歓声をあげた。おおスゲーな「電気」って! めっちゃスゲーな「機械」って! そうなりゃ作ろう便利な「カラクリ」 創ってみせよう利便な「機工」!

 

 とはいえ最初は極簡単な機械しか、ゴブリンたちは作れなかった。アルデニクスには知識と知恵があり、ゴブリンたちには知性があったが、圧倒的に「技術」と「経験」が足らなかったのだ。「原始魔法」の応用にも限界があった。どんなに利便性が高くても、しょせん「奇跡」でない「現象」など、神様の力には及ばないということだ。

 

 だが、やがてゴブリンたちの文化が発展し、芸術や美術が花開いて技術と経験を身につけると、話は変わってくる。身につけた「技術」で「魔法」を再現し、より強く大きくし始めたのだ。

 

 マッチの火は鉄をも熔かす炎となり、ジョウロの水は太湖のごとき膨水となり、小さな氷は巨大な氷塊となり、そよ風は突風となり、操る土は山となり、乾電池は発電所になった。

 

 魔法でダメなら技術で、技術でダメなら魔法で、どっちもダメなら二つを合わせて、ゴブリンたちがゴブリンたちの問題を解決していく。より楽に、より便利に、より楽しく、より面白く……飽くなき探究心は留まることを知らず、発展もまた止まることを知らなかった。

 

 全てはアルデニクスの理想の為に。全てはリトルシャイアの発展の為に。全てはゴブリンの繁栄の為に。全ては理想郷実現の為に!

 

 禁忌も禁断もなんのその、ゴブリンたちの探究は、今日明日も終わらない。

 

 

 

 

*        *

 

 

 

 辺境の街のさらに辺境の辺境にある「へんぴな農村」は、このところ平和な日々をすごしていた。驚くべきことに、ここ数年ゴブリンの襲撃が全くなくなったのだ!

 

 こんなことは、老人村長が子供村人だった時からありはしなかった。「冒険者」という職業が人気となり、若い連中がみんな村を出ていってしまった、過疎化が激しい「へんぴな農村」にとって、これは吉報以外の何物でもなかった。

 

 しかし、幸せの日々とは長くは続かないものである。へんぴな農村ではゴブリンに代わって新たな問題が浮上してきていたのだ。

 

 昼夜を問わず鳴り響く爆発音や炸裂音、モクモクと立ち昇る煙、ゴンゴンガンガン叩く音、木々がなぎ倒される騒音、グォオオオンっといった何らかの作業音……そして時折姿を見かけるようになった、奇っ怪な姿をした「小人」。

 

「小人」──そう形容する他ない奇妙なイキモノだった。「レーア」や「ドワーフ」などではない。気味の悪いマスクを被り、全身を防護服で身を包んだ、見たこともない生物だった。“カレら”があの騒がしい音の原因であることに、疑いの余地はない。

 

 正体不明な“ナニか”の出現に、農村は困惑する。血気盛んな農夫は「あんな連中オレたちで追っ払っちまおう!」と主張した。幾人かの農夫もそれに追従する。彼らの意見には一理あったが、“アレ”がなんなのか分からぬ以上、下手に刺激するのも憚られた。

 

 農村には腕に覚えのある者が少なかったし、なにより“アレ”は奇妙で不気味で気色悪かったが、農村に直接危害を加えたことはなかったのだ。ただ時折じっとこちらを見ているだけ……まるでこちらを「観察」しているかのように。

 

 村人だけで解決できないとくれば、残る手段は一つしかない。夢と理想と野心に塗れた無法者──「冒険者」──に、調査を依頼するしかない。森から響くあの「騒がしい音」はなんなのか、森に棲み着いた“アレ”はなんなのか、老人村長は村人を代表して「冒険者ギルド」へと赴いた。

 

「──そんなわけで、冒険者さんに調査を依頼したいんじゃが……」

「ハイ、近隣の森への調査依頼ですね。報酬はいかほどでしょうか?」

 

 鋼鉄とも言える営業スマイルを浮かべ、淡々と受付嬢は言った。

 

 老人村長は、村中からかき集めたなけなしの硬貨を、冒険者ギルドの受付嬢に差し出す。

 

「2の4の8の10の……ハイ、調査依頼としては問題ありません。むしろ多いくらいですね」

「最近、ゴブリンの襲撃が無くてのう。おかげで多少の蓄えはあるのじゃ」

「それはそれは、喜ばしいことじゃないですか。となると、ゴブリン関係の依頼ではないのですね」

 

 完全仕事モードだった受付嬢が、僅かに興味を抱いた様子を見せる。チラリと目配せし、老人村長を見た。

 

「ウチの村では、この何年かゴブリンはチラリとも見ておらんな」

 

 それは珍しいこともあるものだと、受付嬢は内心思った。

 

 提出された書類を覗き見る。書いてある依頼内容は、ゴブリンではなく「騒音」と「小人」の調査依頼だった。確かに、よくあるゴブリン退治の依頼ではない。

 

 ゴブリンは最下級の怪物で、子供程度の知力と腕力しかないが、そのぶん数が多く、大抵の農村では常にゴブリン被害に悩まされていた。数週間や数ヶ月なら有り得ないこともないが、年単位で被害が無いことは、全くと言っていいほど例が無い。

 

 もしかすると、「彼」が頑張っているおかげかしら──そんなことを受付嬢は考えた。自然と頬が緩み、僅かに赤く染まる。「彼」のことを思うと何時もこうだ。ゴブリンばかりを狙う、あの「冒険者」のことを……。

 

「……っと、失礼しました。書類の方も不備はないようですね。近日中には必ず冒険者さんが調査に向かいますので、暫くお待ち下さい」

 

 受付嬢は「必ず」の部分を強調して、そう言った。これは依頼主に安心感を与えるための手段だ。受付嬢の間では、そう言って話を締めくくるのが常套句だった。

 

 不安そうな面持ちで冒険者ギルドを出る老人村長を見送ると、受付嬢はもう一度手元の依頼書を見た。

 

 近隣の森への調査依頼。それ自体はよくある依頼であったが、その内容に「騒音」と「小人」とあったのが気になった。レーアやドワーフの類ではないらしい。新種の怪物か、或いは全く別の“ナニか”か……。

 

 受付嬢目線で見ても、コレはあまり魅力的な依頼だとは言えなかった。「ドラゴン退治」といった冒険心をくすぐるような内容じゃなければ、「遺跡探索」のような一攫千金が望める依頼でもない。報酬は確かに割高だが、現地への移動距離を考えると、それも相殺される。

 

 辺境の街のさらに辺境の辺境にあるへんぴな農村は、その名のとおり恐ろしく遠いのだ。おそらく引き受けるのは、報酬や冒険よりも「信頼」が欲しい、駆け出しの冒険者になるだろう。

 

「はあー」

 

 受付嬢はそうため息をつくと、カウンターに頭を伏した。

 

 そんな実利をきちんと考えられる「駆け出し冒険者」が、この街にいるだろうか? 受付嬢の経験からすれば、それはあまり多いとは言えなかった。むしろ皆無と言っていい。採算度外視で受けてくれる冒険者もいるにはいるが、“彼”はゴブリン以外には興味がないし、ゴブリンじゃないなら見向きもしてくれないだろう。

 

「信頼」を得るための依頼なら、他に適したものがいくらでもある。ならばこの依頼を受けるのは、暇を持て余した道楽者か、超弩級の愚か者以外にない。そんな冒険者が赴くであろう老人村長のことを思うと、受付嬢は不憫でならなかった。

 

「どうして、ゴブリンじゃないんだろう……」

 

 不謹慎にもそう呟いてしまうほど、受付嬢は気落ちしていた。幸いにも切羽詰まった状況じゃなさそうなのが、唯一の救いか。それでも、依頼達成には暫く時間が掛かるだろう。相当“暫くの”時間が……。

 

 結局、張り出された老人村長の依頼は、受付嬢が思っていたとおり徐々に掲示板の隅に追いやられ、長い間引き受ける者は現れなかった。

 

 その間にも、着実にゴブリンたちが発展しているのを、誰も知らぬまま……。

 

 

 

 




ゴブリン族の固有言語と文字
 エオルゼアにおいて放浪の民として知られるゴブリン族は、総じて言語能力が高い。アルデニクスが出会った原始ゴブリンたちも、元々その素養があったのか、あるいはアルデニクスよりなんらかの影響を受けたのか、非常に高い言語能力を示した。

 ゴブリン語には古ゴブリン語と標準ゴブリン語の二種類があり、原始ゴブリンたちは古来より前者を使用していたが、アルデニクスと接触したことにより後者を使い始めた。標準ゴブリン語の広がりと、アルデニクスとの接触が同時期であったことから、標準ゴブリン語はアルデニクスによって伝えられたと考えるのが定説である。

 彼らゴブリン族固有の言語には、強い法則性といったものがなく、単語同士を組み合わせた造語を頻繁に作り出すことも知られ、文法の自由度も高いことから、話し言葉は特に難解を極めるようだ。また独特な韻を踏んだ会話法によって、細かなニュアンスを伝えるため、同じ単語でも場合よって違う意味を持つことがあり、習得には相当の修練が必要になる。ゴブリン族の知能指数の高さが窺い知れる、一幕であると言えるだろう。

 彼らが用いる「文字』に関しても、発生時期からしてアルデニクスによってもたらされたものと考えられ、彼らが“のたくったミミズのようなもの”と形容するそれは、エオルゼアで普遍的に使われている「エオルゼア文字」に非常に近い。これはおそらく、アルデニクスが「文字」を伝えるにあたって、共通文字であるエオルゼア文字を参考にしたためと考えられ、わざわざ固有文字でなく共通文字を選択したのは、ゴブリンのみでなく他のヒト族との交流も視野に入れていたからと思われる。そのため、多くのゴブリン族は、彼らの「固有言語」だけでなく、「共通語」も喋れるのではないかと、まことしやかにではあるが囁かれている。

 なお、ゴブリン語によるゴブリン同士の会話は、人間には「ゴブゴブ」と言っているようにしか聞こえないらしい。

酔っ払った異邦の言語学者の「走り書き」より抜粋
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