ゴブリンマスクを被ってみれば、文明開化の音がする!   作:ゴブリンライター

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ファースト・ゴブリン・コンタクト 1/2

「それじゃあ……調査対象について、詳しく教えて貰えるかしら?」

 

 肩まで伸びた赤い髪、すらりとしなやかな肢体、ドカッと椅子に座り、目を細めニヤリと口を歪ませながら、憮然とした態度で女剣士は言った。

 

 それは冒険者らしい、自信に満ち溢れた物言いだった。ともすれば、自惚れとも取られかねない態度。しかし、これは自惚れなどではなかった。それは、彼女が持つ「青玉」の認識票が物語っている。

 

「女剣士ちゃん……そういう言い方は、慎まないと……」

 

 そんな女剣士のことを、後方に控えていた女治癒士がやんわりと嗜める。

 

 女治癒士は女剣士と違い、その場に立って、身の丈に迫るほどの木杖を持っていた。白を基調としたローブを着て、髪はブロンド、瞳は青の、典型的な治癒術者だった。

 

「はっ、別にいいじゃない! わざわざ「青玉級」である“この私”が、遠路はるばるこんな辺境も辺境のへんぴな寒村に出向いてやってるのよ? 感謝されることはあれど、咎められる云われはないわ。むしろなぜ村を挙げて歓迎しないのか、不思議なくらいね」

 

 永らくやり手のいなかった「へんぴな農村の調査依頼」は、巡り巡ってこんな彼女たちが請け負うことになっていた。冒険者になって以来、破竹の勢いで「青玉級」になった女剣士と、彼女と一党(パーティー)を組む「鋼鉄級」の女治癒士。彼女たちがこの依頼を受けたのは、なんてことない、ただの「点数稼ぎ」のためだった。

 

 冒険者には全部で十段階の等級があり、上から「白金」「金」「銀」「銅」「紅玉」「翠玉」「青玉」「鋼鉄」「黒曜」「白磁」がある。全ての冒険者は「白磁」から始まり、数々の冒険や依頼をこなすことで信頼と実績を得て、さらなる等級へと昇進するのだ。

 

 より上の等級に昇進するには「冒険者ギルド」の承認が必要であり、それを通過するためには「経験点」と呼ばれるものを稼がなければならない。

 

 経験点は「社会への貢献度」「獲得した報酬総額」「面談による人格査定」によって決まり、今回彼女たちは、その「経験点」稼ぎのためにこの任務を請け負ったというわけだ。誰もやり手のいない“余り物”は、実入りは少ないにしろ、経験点は高くなる傾向にある。

 

 女剣士の等級は「青玉」。冒険者になってまだ数ヶ月程度の「新米」にしては、恐るべき昇進速度だが、彼女はこれっぽっちも満足していなかった。

 

 私はいずれ「英雄」になって、史上十人といない「白金級」になるのよ! 女剣士はそう考えるに足る実績を残していたし、そう信じるに足る実力も兼ね揃えていた。

 

「それでも依頼はちゃんと真摯にやらないと……」

「ええ、だからこうして私自ら話を聞こうって言ってるんじゃない。それともなに? この私に“頭を垂れてお願いしろ”とでも言いたいのかしら? 貴方は」

「そ、そんなわけじゃないけど……あの……その……」

 

 それ以上は言葉が出ず、言い淀んでしまう女治癒士。彼女たちの会話は、いつもこんな調子だった。

 

「はぁ……貴方っていつもそうよね。私の後ろをうろちょろして、オドオドウジウジ。なのに、こういう時だけはいっちょ前に口出ししてきて。アンタなんて、私がいなけりゃ何も出来ない癖にッ!」

「ひぅッ!」

 

 女剣士の剣幕に、涙目でビクつく女治癒士。

 

 女治癒士と女剣士は、同時期に冒険者になった言わば「同期」というもので、それ故に「駆け出し」の頃は、よく「即席パーティー」を組むことが多かった。

 

 前衛タイプの女剣士と後衛タイプの女治癒士では、戦術的な相性が良いこともあり、やがて彼女たちは自然と「固定パーティー」を組むことになる。引っ込み思案だけど慎重派な女治癒士と、向こう見ずだけど積極的な女剣士では、性格的にも相性が良かったと言えるだろう。

 

 だがそれも、お互いが「対等」であった場合の話だ。

 

 数か月とは言え、長くパーティーを組んでいると、嫌でも色々と目についてくる。些細なことで口論になり、次第に溝は深まっていって……両者の実力が拮抗していれば、危ういながらもバランスが取れていたかも知れないが、彼女たちの場合、僅かだが女剣士の方が上回っていた。

 

 その僅かな違いは、徐々にだが確実な「差」となり、現実的な「評価」としても浮き彫りになっていく。「青玉」と「鋼鉄」──この僅かだが明確な「差」は、彼女たちの関係性を崩壊させるのに十分だった。

 

 女剣士が「青玉級」になり、女治癒士が「青玉級」になれなかったその日から、彼女はまるで「主」のように振る舞うようになり、彼女はまるで「奴隷」のように扱われるようになったのだ。

 

 女剣士は俯く女治癒士を睨みつけると、プイっと向き直り老人村長に言った。

 

「もう、こんなヤツ放っといて、話を進めましょう? イヤだと言うなら私はもう帰るわ」

 

 そう言われてしまっては、老人村長も何も言えない。老人村長は、いまだ俯いたままの女治癒士のことを一瞥し、ややあってから話を始めた。

 

「依頼書にも書いたと思うが、ワシらの依頼は「近隣の森」の調査依頼じゃ。ここ数年ゴブリンどもに代わり、森に「奇妙な生物」が棲み着いたらしく、そいつらが森で何をやっているのか、調査して欲しいのじゃ」

「ふうん、「奇妙な生物」ね……ソイツらは、どんな見た目なのかしら?」

「それに関しては、“コレ”を見て欲しい」

 

 あらかじめ用意してあったのだろう。老人村長は待ってましたとばかりにそう言うと、女剣士に一枚の羊皮紙を手渡した。

 

 そこには、気味の悪いマスクを被り、全身に防護服を着て、大きな荷物を背負った謎の生物のスケッチが描かれていた。身長は只人の子供くらいだろうか? 見方に拠れば、ドワーフやレーアにも見えなくもないが、こんな不気味な衣装を着る風習は、彼らにはない。

 

「コレが、その「奇妙な生物」ということ?」

「そうじゃ」

 

 老人村長が短く肯定する。

 

「見たところ、あまり危険はなさそうですが……」

 

 俯いていた女治癒士も、羊皮紙を覗き込みそう感想を述べた。

 

「そう、そうなのじゃ。ヤツらは奇妙な見た目をして不気味じゃが、幸いというかなんというか、今のところ具体的な実害は出ていない。じゃが……」

「不気味なことには変わりないし、気味が悪いことには変わりないということね。まあ、よくある話だわ」

「それに「騒音」の件も、ということですよね?」

「うむ、ヤツらを見かけるようになってから暫くして、森の方で色々な騒音が響くようになってのう。最初は木々を伐採するような音だけだったのじゃが、次第に爆発音や、ワシらが聞いたこともない轟音も鳴るようになり、それが昼夜を問わず続くもんだから、みな不安が募るばかりだったのじゃ……」

 

 なるほど、と女剣士が興味深げに笑みを浮かべ、女治癒士は心配そうな顔色を浮かべた。

 

 老人村長は一呼吸置くと、そこから「じゃが──」と話を続ける。

 

「このところ、そんな「騒音」も鳴りを潜めがちでな。鳴ったとしても大分音量が抑えれておるし、日が落ちてからは、滅多に鳴らなくなったのじゃ。今では定期的に鳴る「騒音」に合わせて、ワシらも生活をする始末でのう」

 

 ちょうどその時、遠くの方から「ドーン」という爆発音が三回轟いた。「これはタイミングの良いこともあるもんじゃ」と呟きながら、老人村長は冒険者たちに目配せする。

 

「今のは「昼食の爆発音」じゃ。まあ、ワシらがそう勝手に呼んでるだけじゃが、いつの頃からか正午になると、必ずこの爆発音が鳴るようになってのう……そんなわけじゃから、話の続きは昼食をすませてからにしようか」

 

 そう言って老人村長は振り返ると「ばあさんや、そろそら昼飯にしようや!」と叫んだ。「はいはーい」という声が、家の奥の方から返ってくる。

 

 異常も慣れれば日常になる、ということなのだろう。異常が日常と化してしまった「へんぴな農村」の村人たちは、異常を異常のまま受け入れるようになったのだ。森の様子は確かに異常だが、問題がなければ問題はないのだろう。

 

 そんな様子を見せる老人村長に、呆気を取られる冒険者たち。

 

「……なんか、思っていたのと違うわね」 

 

 思わず女剣士は、そう女治癒士に耳打ちしてしまった。正直言って拍子抜けである。

 

 運が良ければ、知性に目覚めた怪物なんかが、コソコソと良からぬことを企んでいて、それを未然に防いだ「英雄」になれるかと思っていたが、この様子じゃそんなこともなさそうだ。

 

 この「調査依頼」は、額面通りの見返りしかなさそうだし、額面通りの結果しか生み出さないだろう。女剣士からは、気落ちした様子がアリアリと見て取れた。

 

「いずれにせよ、何事もなさそうで良かったですね」

 

 心底安心した様子で言う女治癒士。

 

「どこがよ。この分じゃ、碌な「経験点」は稼げないわ。無駄足だったかもね」

 

 どうせならゴブリンにでも襲われてればよかったのに──女剣士がそう呟いたのを、女治癒士は聞き逃さなかった。それにほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど、女治癒士も同意してしまったのは、仕方のないことだったのだろう。

 

 他人の不幸は蜜の味とも言うが、冒険者にとって「他人の不幸」とは仕事の種だ。平穏で平和そうな村の依頼主より、切羽詰まった村の依頼主の方が、「美味しい」のは間違いない。

 

 女治癒士にとっても、一刻も早く「経験点」を稼いで、彼女と「対等」になる必要があった。だから、ちょっとでもそう思ってしまったのは、致し方なかったのだ。

 

 ゴブリンだったら良かったのに……そう思ってしまったのが、彼女たちの運命の分水嶺だったのかもしれない。

 

 

 

 

*        *

 

 

 

「後はもうアンタに任せるわ」

 

 昼食をすませ、老人村長家の客室に案内された女剣士は、装備も外さず用意されていたベッドにボフっと寝そべると、そう吐き捨てるように言い放った。

 

「……えっ?」

「えっ? じゃないわよ、えっ、じゃ。この程度の「調査」だったら、アンタ一人でも十分でしょう? それにしても、ああもうこのベッド! カビ臭い上にクッションも固くて、最悪なんだけど! しかも部屋に一つしかないし。アンタは今日、床で寝てよね!」

 

 へんぴな農村には、そりゃもうへんぴなとこにあるので、当然ながら旅人用の宿舎などはない。なので、女剣士たちは老人村長家に泊まることになっており、食事に関しても村長家の厄介になっていた。もちろん費用は全額老人村長もちである。

 

「で、でも私一人じゃ……」

 

 寝転がって装備を外し始めた女剣士に向かって、女治癒士がおずおずと言う。

 

「でもって……アンタ、腐っても「鋼鉄級」でしょう? たとえ私の腰巾着だとしても、等級に見合った働きくらいしなさいよ。こんな依頼、アンタ程度でも屁でもないでしょうが」

 

 たまには「一人」で何かを成し遂げてみなさいよ──視線を合わさず、女剣士はそう最後に付け足した。「一人」という部分を強調して。

 

 もしかするとこれは、女剣士なりの優しさだったかのもしれない。要するに女剣士は、言外に「今回はアンタに譲る」っと言いたかったのだ。

 

 一党(パーティー)を組むのは一定のメリットがあるものの、報酬や経験点が分散されるという意味では、デメリットでもある。その分、高難度の依頼を受けていけばいいだけの話だが、今回の場合はそれは当てはまらない。

 

 二人で分け合うには割に合わない仕事かもしれないが、単独(ソロ)なら少しはマシになるだろう。彼女と彼女の「差」は、それだけでは埋められないだろうが、これを期に自信も身に着けてくれば、遅かれ早かれ女治癒士も「青玉級」になれるはずだ。

 

 そうすれば、二人はかつての「関係」に戻れるかも……そういった思惑が、女剣士にはあったのかもしれない。

 

 装備を全て外し終えた女剣士はそのまま寝転がると、女治癒士に背を向けるようにして横になった。彼女の背中から何を感じ取ったのか、木杖をギュッと握りしめ、意を決した瞳を宿し、女治癒士は言った。

 

「わ、わかった、よ……私一人で行ってくるから……」

 

 女剣士は何も言わず、背を向けたまま手を振った。さっさと行ってこい、ということだろう。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

 女剣士からの返答は、終ぞなかった。

 

 

 

 

*        *

 

 

 

 ゴブリン族の少女「ランドロクス」は、今日もとてとてお気に入りのお花畑で、お花の世話をしていた。

 

「チコォ……チコォ……

 大きくなあれ 大きくなあれ

 キレイに 立派に 大きくなあれ~」

 

 このお花畑は、ランドロクスの秘密のお花畑だ。森の中でも特に日当たりがよく、様々なお花が咲き乱れるこの花園は、彼女の宝物でもあった。

 

 今日も彼女はゴブゴブ言いながら、自前の「水魔法」を駆使してお花に水をあげる。

 

 お散歩中にたまたま見つけたこの花園は、最初は残念な感じだったけれど、ランドロクスの手入れもあって、今じゃ結構ステキなお花畑になっていた。これなら、かの有名なボタルノスク農園にも、引けを取らないだろう。

 

 ランドロクスはお水をやり終えると、日向ぼっこを始めた。これは彼女の大切な日課だった。

 

 ポカポカ陽気の下にいると、昨日あったイヤなことがどうでも良くなってくる。別に昨日も一昨日もそのまた前の日も、イヤなことは無かったけど、無いなら無いで幸せな気分になれるので、ランドロクスはいつもそうしていた。

 

「チコォ……チコォ……

 パピィとマミィ「それじゃあツリードナロクスみたいになっちゃうゴブ」って言うけれど

 わたちはそれでも イイんだゴブ~ わたちはそれでも構わないんだゴブ~」

 

 木陰が好きなことで有名なツリードナロクスは、事あるごとに木陰で休むぐうたらゴブリンだったが、それ故に効率的な仕事法を考案していたりして、ランドロクスの憧れでもあった。あんな風にいつものほほんと生きていきたいと、ランドロクスは思うのであった。

 

 お花畑では小鳥がピーチク、蜜蜂がブンブン、兎がピョンピョン、ゴブリンがゴブゴブ、全くもって平和な感じ。そんな「ランドロクスのお花畑」に、招かれざる侵入者がやって来る! それはまさかまさかの「女治癒士」だった!

 

「うぅ、どうしよう……迷っちゃったよぉ……ここどこぉ?」

 

 半泣き状態でお花畑に侵入してきた女治癒士が、そんなことを呟いた。緊張感の欠片も無いヘタレな発言だったが、誰も聞いちゃいないので何も問題はない。

 

 森の中へと調査に来ていた女治癒士は、生来のドジっ子属性を発揮したのか、ガッツリ道に迷っていた。

 

 生い茂る原生林は進むほど奥深くなり、女治癒士の方向感覚を狂わせ、時間感覚も奪っていた。女治癒士の拙い捜索スキルでは、遭難するのは当然の帰結だったのだ。なんでそんなレベルなのに「単独(ソロ)」で探索に出たのか……なんやかんや言って彼女も「冒険者」だったということなのだろう。

 

 そんな最中で訪れたランドロクスのお花畑。女治癒士の瞳には、より一層キレイに映っただろう。

 

「うわあ、なんてステキなお花畑! 森にこんな場所があっただなんて……あっ」

「一体全体 だれゴブか~? わたちのお花畑にやって来たの……あっ」

 

 彼女と彼女の眼と眼が合う。方や見たこともないマスクをした謎の生物。方や見たこともない服装をした謎の人物。まさかまさかの偶発的遭遇!

 

 女治癒士は“彼女”を指差し、そして叫んだ。

 

「あああああああああああああああ!?」

「ゴブゥウウウウウウウウウウウウ!?」

 

 女治癒士の叫び声に、ランドロクスはビックリ仰天して飛び上がった。そのまま猛ダッシュで木陰にとんずらすると、ひょこっと顔を覗かせる。

 

「チコォ……チコォ……

 だれだれ あなた だれなのゴブ? あなあな あなた だれなのゴブ?

 わたちは わたちは ランドロクス 一体 あなたは 何者ゴブ?」

「えっ? ウソ、喋った!? え、あっ……わ、私は女治癒士です! えっと、あっと、その……すみません、ちょっと道に迷ってしまって……」

 

 謎生物と偶発的遭遇をしたのに、咄嗟にそう言ってみせたあたり、女治癒士もなんだかんだで結構したたかである。

 

「女治癒士? とてとて変わった名前ゴブ 道に迷った? それはとてとて可愛そう

 森はとてとて入り組んで 「地図」がないと迷っちゃう 

 女治癒士さん 「地図」持ってないゴブ?」

「えっと、あの、その……老人村長さんから譲り受けた「地図」はあるのですが……あまり、正確でなかったようで……」

 

 そう言って女治癒士は、持っていた「地図」を取り出して広げてみせた。

 

 木陰に隠れていたランドロクスは、トテチテ慎重に女治癒士に近づいて、その「地図」を見てみる。ランドロクスが持つ「ゴルダナル地図」とは違い、ほとんど点も線も名前も記載されていない、どうしようもない「地図」だった。

 

「チコォ……チコォ……

 あらあら まあまあ この地図さん とてとて大事なモノ 書かれていない

 リトルシャイアに ボタルノスク農園 とてとて大事なトコ 描かれていない

 老人村長さん とてとて 酷いヒト……ヒト? あっ ゴブゥゥウッッ!?」

 

 突然奇声をあげたランドロクス。女治癒士から猛ダッシュで飛び退いて、再び木陰にチコォっと隠れた。何が起こったのか良く分からない女治癒士。えっ? なになに、どういうことなの?

 

「あ、あの……だ、大丈夫ですか? えっと……ランドロクスさん?」

 

 女治癒士の言葉に、ランドロクスはまたもひょこっと顔を覗かせて、女治癒士に問いかけた。

 

「チコォ……チコォ……

 あなた もしかして ひょっとして 「ニンゲン」ゴブ?

 女治癒士さん あなたって 「ニンゲン」ゴブ?」

 

 ランドロクスの質問に、キョトンとして女治癒士は答えた。

 

「え、ええ……そうですけど、何か……」

「ヒ、ヒェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」

 

 女治癒士の言葉に、ランドロクスはあまりにもビックリして腰を抜かしてしまった。

 

「や やっぱり ニンゲンだったゴブゥウウウ!

 やめて こないで ゆるしてゴブゥウ!

 ゆるして こないで あっちにいってゴブゥウ!

 わたちは悪いゴブリンじゃないゴブ とてとて良い子なランドロクスゴブ!

 オシオキはイヤイヤー!」

「あ、あの! 落ち着いてください! 別に何もしませんから! それに、さっきあなたゴブリンって!?」

 

 半狂乱に陥っていたランドロクスを、なだめようと近づく女治癒士。ランドロクスは腰を抜かしてしまい、逃げ出すことができない。絶体絶命のピンチが、ランドロクスを襲おうとしていた!

 

「えっと……その……お、落ち着いてください。私は悪い人間じゃありません」

 

 とりあえず女治癒士は、ランドロクスに倣ってそう言ってみた。効果があったかどうかは分からないが、ランドロクスが怯えながらも訊いてくる。

 

「チ、チコォ……チコォ……

 ほ 本当ゴブか? ほんとに悪い人間じゃないゴブか?

 ランドロクスのマスクを取って 食べちゃったりしないゴブか?」

「そ、そんなことしませんよ! どんな怪物ですか私!? それよりも、さっき言ってた「ゴブリン」って、どういうことですか?」

「?? どういうもなにも そのままの意味よゴブ

 わたちは 栄えあるゴブリン族のランドロクス

 とてとて良い子で お花が好きな ランドロクス」

 

 それが何か? といった感じで言う自称ゴブリン族のランドロクス。

 

 彼女の姿は女治癒士が見る限り、件の「調査対象」と非常に酷似していた。奇妙なマスクに全身防護服、背中に大きな荷物を背負った情報どおりの見た目。マスクの色はピンクだったが、それ以外は完全に一致している。

 

 ランドロクスには申し訳ないけど、何処からどう見ても、あの醜悪な小鬼には見えない。

 

「でも、私が知ってるゴブリンは、あなたみたいのじゃ……」

 

 女治癒士の疑問に、ランドロクスが答えた。

 

「チコォ……チコォ……

 あなたが言ってるゴブリン それはきっと 原始ゴブリンのこと~

 原始ゴブリン とてとて野蛮で 怖いゴブ

 わたちたち文化ゴブリン マスクを被って 良い子になった

 違いはそれだけ それ以外にない」

 

 ランドロクスの言っていることは、女治癒士の理解を超えていた。どう考えても“アレ“と“コレ”が同じ生物だとは思えない。じゃあ何でわざわざ「ゴブリン」なんて名乗ってるのか。それもまた、女治癒士の理解を超えていた。つまりよく分からん! ということだ。

 

 なので、とりあえず女治癒士は、ランドロクスのことを、「ゴブリン」だと思い込んでる可愛そうな謎生物ということで、認識しておいた。

 

「じゃあ、あなたが最近森に棲み着いた……えっと「ゴブリン(仮)」さん?」

 

 ランドロクスのことをどう形容していいか分からなかった女治癒士は、とりあえずそう呼んでみた。推定ゴブリン族。いったいどんな悪夢か。もし本当にゴブリン族なら、女治癒士の貞操は絶賛大ピンチ中である。

 

「チコォ……チコォ……

 あなたじゃなくて あなたたちゴブ~

 森に住むゴブリン族 とてとていっぱいいるゴブ

 パピィに マミィに お兄ちゃんに お姉ちゃん 弟 妹 アルデニクス

 とてとていっぱい 住んでるゴブ!」

「みんな、あなたみたいな格好をしているの?」

 

 女治癒士は、ランドロクスそっくりなゴブリンたちが何十人もいるところを、想像してみた。ワイワイ、ゴブゴブ、シュコォシュコォ。なんだかとっても和やかになった。世界中のゴブリンが、彼女みたいになればいいのに……。

 

 ランドロクスは女治癒士の質問に答える。

 

「モチのろんゴブ!

 とてとてイカしたマスクに とてとて便利な防護服 荷物を背負えば立派なゴブリン

 それさえあれば わたちもあなたも立派なゴブリン族

 これらがないと あなたもわたちも栄えあるゴブリン 名乗れない」

 

 へーそうなんですね~私もゴブリン族になれるんですねってそんな馬鹿な!? そう心の中で、女治癒士はツッコんだ。

 

 女治癒士は自分の中にある「常識」というものが、ガラガラと音を立てて崩れ去る音を聞いた気がした。それにしてもこの女治癒士、相手がゴブリン族だというに、結構物怖じしない性格である。

 

 ここでコホンと咳を一つ。気を取り直した女治癒士は、ここぞとばかりにランドロクスに問いかけた。

 

「で、では、ときおり鳴り響くという爆発音は?」

「もちろん そちろん わたちたちの爆発だゴブ~

 わたちたちゴブリン族 爆発爆弾大好きゴブ~

 遠くでお仕事しているお仲間のためにも 毎日決まった時間に爆発させてるゴブ~」

 

 なるほどなるほどそうだったのですね~。謎の生物と騒音の正体を解明し、見事任務達成した女治癒士は、とってもご満悦な様子。相手が相手なら、口では言えない酷いことをされてたかもしれないのに、出会ったのが善良なゴブリンで、本当に良かったね。

 

 調子に乗った女治癒士は、さらにランドロクスに質問してみた。自称ゴブリン相手だったが、まあ危険はなさそうだし、気にしなくていいでしょう。

 

「さっきかなり驚いてましたけど、人間は見たことはないんですか?」

「チコォ……チコォ……

 ううん そんなことはないゴブよ ときどきこっそり見たことあるある

 でもでも ゴブリン族の「法」で決まってるの

 “ヒトとあまり関わってはいけません” 守らないとてとて恐ろしいオシオキが……あっ」

 

 ランドロクスは女治癒士を見て、それから辺りを見てもう一回女治癒士を見ると、もう一度「アッー!」っと叫んだ。

 

「しまった こまった やっちゃった!

 とてとて“ヒト”と関わっちゃったゴブ! がっつり“ヒト”と関わっちゃったゴブ!」

 

 ランドロクスは頭を抱えてすごく残念がった。このままではリトルシャイア随一の良い子、ランドロクスの揺るぎなき地位が揺らいでしまう! かくなる上はこのゴブリ爆弾で自爆して……。

 

「ちょちょちょッ! 何しようとしてるんですか!? 止めてください!」

 

 どこからともなく明らかに不穏なモノを取り出して、明らかに不穏な行為をしだしたランドロクスを、慌てて羽交い締めにする女治癒士。

 

「イヤイヤ ヤメて お願いゴブ! 後生だから 見逃してゴブ~!」

「いえいえ、流石に見過ごせませんよ! どう見てもそれ爆弾じゃないですか! 危ないですからどっかに仕舞ってください!」

 

 ワーワー、キャーキャー、ゴブゴブ、チコォチコォ──こんな感じでゴルダナル大森林にある秘密の花園では、ゴブリン族と只人の少女たちの、初めての邂逅が果たされたのだった。

 

 

 

 

*        *

 

 

 

 ゴルダナル大森林で、運命的な出会いを果たした女治癒士とランドロクスは、その後それなりに仲良くなっていた。

 

 どうしてマスクを被っているの? とてとてカッコいいし、カワイイから~。

 

 取っちゃいけないんですか? 絶対ダメダメ! ダメダメよ!

 

 今は、そろそろ日も暮れて来たので、女治癒士を「へんぴな農村」へ送り帰しているところである。冒険者なのに迷子になるだなんて、どうしようもないヒトだゴブっと、ランドロクスは思っていた。

 

「でも、大丈夫なんですか? その……ヒトと関わっちゃいけなかったんじゃ?」

「チコォ……チコォ……

 確かに 確かに そうなんだけど 関わっちゃものはどうしようもないゴブ

 それにお姉ちゃん いいヒトだから きっと問題ないんだゴブ」

 

 それに、「あんまり」としか言われてないし──ランドロクスは能天気にもそう思っていた。いわゆるバレなきゃセーフの精神である。

 

「ハイ ここまで来れば もう平気ゴブ

 今日はとてとて楽しかったゴブ~ ヒトとお話するのは初めてだったゴブ~」

 

 お日様が真っ赤になって完全に沈み込む前に、女治癒士とランドロクスは、村外れの小道に辿り着いていた。これ以上先に立ち入ることは、ランドロクスには許されていない。

 

「今日は本当にお世話になりました。まさかあなたみたいなゴブリンに出会うなんて、思ってもみなかったです」

「わたちもお姉ちゃんみたいなヒトに 会えるとは思ってなかったゴブ~

 お互い一緒で ハッピーゴブ~」

「ふふふ、そうですね、一緒ですね」

 

 その時、森の奥の遠くの方から、ドーンドーンっという爆発音が鳴り響く。ランドロクス曰く、日没の爆発らしい。仕事終わりの合図でもあるようだ。そして、ランドロクスが帰る時間でもある。

 

「それじゃあ私はこれで……」

「うん お姉ちゃん ばいばいゴブ~」

 

 そう言って森へと帰っていくランドロクスを、女治癒士は姿が見えなくなるまで見送った。途中、ランドロクスが何度も振り返ったので、見送るには結構な時間が掛かった。

 

 それから女治癒士は老人村長の家に帰ると、挨拶もそこそこに部屋に戻り、今日あったことを女剣士に報告した。たとえ無法者の冒険者でも、報連相は大事なのである。

 

「あのね、あのね、聞いて女剣士ちゃん。今日森の中で出会った子がね──」

 

 そうして女治癒士は、今日あったことを洗いざらい全て女剣士に話した。女治癒士の報告を最後まで聞いた女剣士が、口元を歪ませて言う。

 

「そう、喋るゴブリン族ね……」

 

 その言葉の真意がなんなのかを、女治癒士はまだ知る由もなかった。  

 

 

 

 




「ゴルダナル法典」
 我々ゴルダナル大森林に発生した文化的なゴブリンたちは、いつのことからか「法」というものを持つようになった。それがいつの頃から始まったのか、「記録」がないので良く分からないが、確か、アルデニクスにめっきり怒られたヤングシュリクスが元々の原因だった気がする。

 兎にも角にも我々はいつの頃から「法」というものを制定し、「ゴルダナル法典」を作成した。ゴルダナル山脈より採取した大石版にその条文を刻み、リトルシャイアの「レンドロン広場」にそれを設置したのだ。当初二十七箇条だった条文は、今では一四七箇条にまで膨らみ、リトルシャイアの秩序と平穏を維持している。

 ここで、いくつかの主だった「罪」について記載したいと思う。

・暴行罪──ムカついても他人を殴ってはいけません(ツッコミは可)。
・窃盗罪──とてとて他人のモノを盗んだり、奪ったりしてはいけません。
・サボり罪──お仕事中のおサボりは禁止。
・爆発罪──不用意にゴブリンのいるところで爆発するの禁止。
・不快罪──みだりに気分が悪くなることをするの禁止。

 この他にも「遅刻罪」「寝坊罪」「食べ過ぎ罪」など色々あるが、中でも特筆すべきなのは「貢献罪」であろう。「罪」の中でも最も重く、最も名誉あるこの「罪」は、幸いというべきか、未だ生きているゴブリンに適用された例はない。今後この「罪」に問われるゴブリンが出ないことを願うべきか、願わざるべきか……私には分からない。

ゴブリン歴史家「ヒストリクス」の手記より。

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