ゴブリンマスクを被ってみれば、文明開化の音がする!   作:ゴブリンライター

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※残酷な描写があります。


ファースト・ゴブリン・コンタクト 2/2

 四方世界の人々にとって、ゴブリンとは害虫以下の忌まわしき存在だ。ましてや女性にとっては、存在すら許し難い害悪そのもので、女剣士にしてみれば、なぜ国を挙げて駆除しないのか不思議なくらいだった。

 

 ゴブリンなんてものは滅ぼされて当然のモノであり、絶滅して然るべき存在だ。殺して喜ばれることはあれど、悲しまれることなんてない……きっと、多くの人々が、女剣士の意見に賛同するだろう。

 

「だからこれは、正しいことなのよ女治癒士」

 

 女治癒士が調査から帰り、眠りに就く頃になってから、女剣士は彼女にこう囁いた。“私たちの手で、そのゴブリンたちを討伐してしまいましょう”、と。

 

 最初、女治癒士は女剣士が何を言ってるのか、分からなかった。あの善良なゴブリンを、どうする気だって?

 

「なんで、そんな、どうして!?」

 

 女治癒士の問いに、女剣士は「ああもう!」っと頭を掻きむしって答えた。

 

「なんでって、当然でしょう? 相手がゴブリンなら、殺して当然じゃない。だってゴブリンなのよ? むしろ放置する方が問題だわ。私たちの信用にも関わるし、冒険者としての沽券にも関わる」

「で、でも……あの子たちは、何も悪いことはしてない……」

「そんなものは関係ないわ。ゴブリンは存在するだけで悪なのよ。それに、喋れるほど知恵をつけたなら、一刻を争う事態だわ。アンタだって、冒険者の端くれなら分かるでしょう?」

 

 怪物の中でも最底辺に存在するゴブリンでも、人語を解するほどに成長したならば、厄介極まりない存在になるのは、馬鹿でも分かることだ。見つけ次第、即処分してしまうのが、冒険者としての責務である。

 

「でも……あの子は……ランドロクスさんは、そんな風には見えなかった……」

「そういう風に見えるように、擬態していただけかもね。そこまでの知恵を付けていたなら、有り得る話だわ」

「そ、それは……」

 

 そこまで思い至らなかったのだろう。女剣士の言葉に、女治癒士は一瞬言葉に詰まってしまう。それでも女治癒士は懸命に弁明を探した。女剣士には、なぜこんなにもゴブリンの肩を持つのか不思議でならなかった。

 

「も、もしかしたら、ホントはゴブリンじゃないかもしれないし……」

 

 やっとの思いで捻り出したのは、そんな言葉だった。

 

 女治癒士が出会ったランドロクスは、自称ゴブリンを名乗っていたが、女治癒士がよく知るゴブリンとは全然違っていた。精々背丈が同じくらいだというだけで、全く別の種族である可能性は高い。

 

「たとえそうだとしても、ゴブリンを名乗っている以上、ゴブリンとして扱うのが適当だわ」

 

 間髪入れず女剣士は言う。

 

 もし違ったとしても、それはゴブリンを名乗ったヤツが悪いのであって、私たちには関係ない話よ。ランドロクスとかいう自称ゴブリン族の自業自得だわ。女剣士がそう説き伏せる。

 

「でも……でも……」

 

 それでも、女治癒士には到底納得できることではなかった。理屈では女剣士が言ってることは理解できたが、気持ちの面で納得することができなかったのだ。

 

 そんな様子の女治癒士に、女剣士は「はぁ」っとため息をつく。

 

「……あのね、道に迷ってその自称ゴブリンに助けられたから、そんなに同情してんでしょうが、相手は怪物で、私たちは冒険者なのよ? たとえ言葉が通じるからって、分かり合えるはずないじゃない。喋れるからって、馬鹿みたいに絆されてんじゃないわよ。いい加減、その甘ったれた考え捨てなさいな」

 

 女剣士の言葉は鋭かったが、核心を突いていた。女治癒士は冒険者で、ランドロクスはゴブリンだ。どんなに意気投合したとしても、その事実は変わらず、その道が交わることはない。

 

 そう、これは一種の気の迷いだったのだ。

 

「そう思うことにしなさい。アンタは知恵の回るゴブリンに騙されて、絆された。きっとそれがヤツらの生存戦略だったのよ。それに私が気付いて、私たちで鉄槌を下す。いつもと同じ、シンプルな話よ。お分かり?」

 

 震えながら涙を流し、女治癒士は頷いた。元々、女剣士が“そう”と決めたなら、選択肢は“それ”しかないのだ。

 

 素直に頷いた女治癒士の頭を、女剣士は優しく撫でる。

 

「そう、良い子ね……安心しなさい。明日、アンタは“その場所”に案内するだけで良いわ。後の始末は私がつけてあげるから……」

 

 女剣士の言葉に、女治癒士は優しさを感じていた。嫌なこと、辛いこと、いつもこうして彼女が代わりにやってくれる。どんなにキツイことを言われても、そんな優しさがあるから、女治癒士はいつも女剣士の後ろをトコトコとついて回っていたのだ。

 

 女剣士の胸で泣く女治癒士には、今、彼女がどんな顔をしているのか見えていなかった。

 

 

 

 

*        *

 

 

 

 翌朝──ゴブリン族の少女「ランドロクス」は、昨日も今日もとてとてお気に入りのお花畑で、お花の世話をしていた。

 

「チコォ……チコォ……

 大きくなあれ 大きくなあれ

 キレイに 立派に 大きくなあれ~ フフンフ~ン」

 

 昨日はこのお花畑で、とてとてイイことがあったので、ランドロクスは上機嫌。今日は気分がノッたので、ちょっと多めにお水をやっちゃったけど、たまにはいいでしょ、ご愛嬌。

 

「前へ 後ろへ 行ったり来たり 進み 戻って そしてまた一歩進む♪

 前へ 後ろへ 行ったり来たり 進み 戻って そしてまた一歩進む♪」

 

 大人たちが唄う「仕事唄」を歌っていれば、あっという間に水やりは終わった。そうなりゃ、これから日向ぼっこである。ランドロクスはお花畑の中央でチコォっと座ると、日課である日向ぼっこを始めた。

 

 昨日はこうして日向ぼっこをしていると、なんという偶然でしょう。女治癒士というお姉ちゃんと、出会うことができた。今日もイイことあるといいなっと思っていると、偶然か必然か、女治癒士がまたやって来た。

 

「あっ 昨日のお姉ちゃん またまた来たのね こんにちはゴブ~」

「……ええ、その……こんにちは、ランドロクスさん」

 

 こんなにいい天気だというのに、なんだか女治癒士は浮かない様子。俯き加減で顔色も悪い。一体何があったのでしょう。また道に迷っちゃったのかな?

 

「チコォ……チコォ……

 どうしたの こうしたの? なんだか とてとて気分が悪そう

 それに 後ろの“ヒト”のお姉ちゃん ダレダレ 一体だれなのゴブ?」

 

 ランドロクスの問いに女治癒士は答えなかった。代わりに女剣士が口を開く。

 

「へぇー、アンタが言ってたとおり、ホントに喋ってるじゃない。ぶっちゃけ半信半疑だったけど、マジだったのね」

 

 女剣士はランドロクスに近づくと、持っていた剣でランドロクスのあちこちを突いてみせた。

 

「イタ アイタ アイタタ~

 やめて よして つつかないで~ わたちは悪いゴブリンじゃないゴブ~」

「あら、ホントに「ゴブリン」って言うのね。流石に嘘だと思ってたけど……ねえアンタ、念のために訊くけど、ホントに「ゴブリン」なの?」

「もちろん そちろん そうだゴブ~

 あたちは ゴルダナル大森林の文化ゴブリン~ とてとて 良い子で──」

「ああ、ならもうそれはいいわ」

 

 言うか速いか、女剣士は持っていた剣でランドロクスを切り裂いた。

 

「……ゴ、ブっ?」

 

 何が起きたのか理解できなかったのか、ランドロクスがそう言葉を漏らす。女治癒士が口を抑え息を呑む。ランドロクスがゆっくりと倒れ込んでいった。

 

「チ、コォ……チ、コォ……

 な なんで? どう して?」

「チッ! 浅かったか!」

 

 完璧に決まったと思っていた女剣士の斬撃は、しかしランドロクスの防護服によって威力が激減されていた。即死は言うに及ばず、致命傷にすら至っていない。

 

「思っていたより頑丈なのね」

 

 それでも、女剣士が圧倒的に優位なのは変わりないことだ。目の前のゴブリンは、地を這う芋虫のように女剣士の魔の手から逃れようとしている。無駄なことを……女剣士は唇を歪に開いてそう思った。

 

「チ、コォ……チ、コォ……

 やめて……こないで……イジメないで……」

 

 無様な醜態を晒してそんな命乞いをするゴブリン。それを見て、女剣士は更に歓喜で顔を歪ませた。

 

「いいわ、いいわ、凄く良いわ! そうよ、こういうのよ、こういうのなのよ! 私が求めていたのは、こういうのだったのよ!」

 

 それは、今までにない未知の快楽だった。ともすれば絶頂に達してしまうほどの悦楽。圧倒的優位な状況で、圧倒的下位な存在を弄ぶ。大義名分はこちらにあり、存在不可理由はあちらにある。これが快楽でなくてなんというのか。

 

「ああ、スゴくイイ!! これで私はもっと有名になれる! これで私はもっと昇進できる! みんなから称賛されて、褒められて、憧れられて、私は「英雄」になるのよ!」

 

 こんな雑魚共を殺すだけでそれが実現できるだなんて、なんて美味い話なのかしら!

 

「イヤァ……イアァ……酷いゴブ……怖いゴブ……どうして……こんな酷いことするの?」

「どうして? どうしてって決まってるじゃない! アンタが「ゴブリン」だからよ! ゴブリンなんて死んで当然の存在なのよ! アンタたちはそういう存在なのよ!」

「そんな……そんな……酷いゴブ……

 わたち……あなたに何もしていない……悪いこと何もことしていない」

「いいえ、アンタたちは生きているだけで「悪」なのよ! 存在自体が「悪」なのよ! 滅せられて当然だわ!」

「もうヤメて下さい!!」

 

 あまりの凄惨な光景に、思わず女治癒士はそう静止した。だが、その程度で止まる女剣士ではない。

 

「ウルサイわね!! アンタはいつもみたいに黙って見てればいいのよッ! 引っ込んでなさい!」

「でも! これではあまりにも酷すぎます! 苦しませないって、約束したじゃないですか!」

「それはコイツが「頑丈」でなかった場合の話よ! ゴブリンの癖に防護服なんて着てるから、こんなことになんのよ!」

「でも、でも……こんなのは、あまりにも……」

 

 女治癒士の嘆きに、一瞬、女剣士の動きが止まる。そして、目の前で倒れ伏すゴブリンを見下ろした。

 

 ふと、なぜこんなに女治癒士がこのゴブリンをかばうのか、分かったような気がした。この独特な「マスク」が全ての原因だ。見方によれば「可愛い」とも言えなくもないこの「マスク」が、女治癒士の同情を誘っているのだ。

 

 小賢しい真似を……女剣士がギリッと唇を噛み締める。私が彼女を目覚めさせてあげなくては……。

 

「いい? アンタはこの「マスク」のせいで同情を感じているんでしょうけど、この下にはあの醜悪なゴブリンの顔が収まってんのよ? アンタもゴブリンの顔くらい見たことあんでしょ! あのキモい顔がこの下には入ってんのよ! 見てなさい!」

 

 そう言うと女剣士は、ランドロクスを掴み上げ、強引にマスクを剥がそうとする。

 

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 マスクに手をかけた途端、想像以上の勢いで暴れだすランドロクス。しかし、力に勝る女剣士の前では、無駄な抵抗に過ぎなかった。

 

 徐々に、徐々に、外れそうになっていくランドロクスのマスク。それに合わせて、ピッ、ピッ、ピッ、という謎のアラーム音が何処からか聞こえてきた。それは、ランドロクスのマスクが外れそうになるほどに、大きな音を立てていく。

 

「ああもう、ウザったいわねこのアラーム! どっから鳴ってんのよ!」

 

 言うまでもなく、アラーム音はランドロクスから鳴っていた。だが、それが分かったからといって、なんだというのか? 女剣士は構わずマスクを剥がしていく。

 

「……チコォ……お願い……もうヤメて……ヤメてゴブゥ……」

 

 最後の抵抗とばかりに女剣士の腕を掴むランドロクス。しかし、その程度では女剣士の心を逆なでするだけだった。耳障りなアラーム音は、未だ鳴り響いている。ピッ、ピッ、ピッ、ピィー。

 

「あと、もう、ちょい……よっし、外れ、たッ!」

 

 パァンッという音を、女治癒士は聞いた。

 

 女治癒士には、“それ”がなんの音なのか理解できなかった。

 

 女剣士が崩れ落ちていく。何が起きてるのか分からない。彼女は痙攣しているようだった。

 

 ランドロクスも地面に落ちた。そのマスクの奥は、女治癒士からは暗闇に隠れていて見えない。でも確かに外れているようだった。

 

 アラーム音は、もはや「ピィイイイイイイイ」という耳鳴り音になっている。その音だけが、花畑に木霊していた。 

 

「お、女剣士ちゃ……」

 

 女治癒士が女剣士に声をかけようとしたその時、ブォオオオオオオンという爆音と共に、木々の間から“何か”が猛スピードで飛び出してきた。

 

 “それ”をなんと呼べばいいのか、女治癒士には分からなかった。鋼鉄でできた馬車。しかし引き馬は見当たらない。自動で動く馬車──「自動車」とも呼ぶべきそれは、ランドロクスの側で急停止すると、中からたくさんのゴブリンたちが飛び出してきた。

 

 真っ先にランドロクスへと駆け寄るゴブリン。女剣士を観察するゴブリン。そして女治癒士の周囲を包囲するゴブリン。皆一様に同じマスクをして、同じ防護服を着ている。

 

 何かとんでもないことをしてしまったのだと、女治癒士はこの時になってようやく理解した。

 

「あっ……あっ……あっ……」

 

 ゴブリンたちは一斉に、持っていた「筒状の何か」を女治癒士に向けた。それが何なのか女治癒士は知らなかったが、あまりの恐怖心に強張ってしまい、動くことすらできなかった。それが幸いしたのか、ゴブリンからの発砲はなかった。

 

「ジュコォ……ジュコォ……

 オマエら 一体 何してくれやがったゴブ!」

 

 そんなゴブリンの怒声が轟いた瞬間、ドドドーンという発砲音がして、女治癒士にチクリといった感覚が襲った。それから幾許もなく、女治癒士は意識を失った。

 

 

 

  

*        *

 

 

 

 次に女治癒士が目覚めた時、そこは花畑ではなく、ある個室だった。

 

 鉄と石でできた冷たい部屋。薄暗く、ベッドしかない簡素な部屋で、酷く無機質な感じがした。

 

 言いようのない恐怖心に襲われる女治癒士。ここは何処で、何が起きてるのか、何も分からない。

 

「シュコォ……シュコォ……

 ようやく 目覚めたゴブか~」

 

 プシューという音と共に石壁が開き、そこから一匹のゴブリンが入ってくる。

 

「ヒッ……」

 

 女治癒士は身を竦ませた。ガクガクと震え、顔にはアリアリと恐怖が刻まれていた。

 

「シュコォ……シュコォ……

 そんなに こんなに 怯えることない

 ゴブの名前はアルデニクス みなを代表して オマエと話をしにきたゴブ~」

 

 アルデニクスと名乗ったゴブリンは、女治癒士の側によると、どこからともなく「椅子」を出して、そこにちょこんと座った。

 

 女治癒士はできるだけアルデニクスから遠ざかるように、ベッドの端に逃れる。まるで恐怖に染まる小動物のようだった。

 

 それをアルデニクスは一瞥すると、ややあってから話しだした。

 

「シュコォ……シュコォ……

 ここまでビクつかれると アルデニクスでも悲しくなってくる~

 まあいい そういい 気にしない アルデニクス 気にしてない」

「……ここは、どこですか?」

 

 女治癒士がようやく絞り出した言葉は、そんな言葉だった。

 

「シュコォ……シュコォ……

 ここは 我らが城「リトルシャイア」 そこにある 「マッドマッディクス研究所」

 オマエさんには 計六つの「罪」が 嫌疑されてる~」

 

 女治癒士を捉えたアルデニクスの「レンズ」が、薄闇の中で不気味に煌めく。

 

「でもでも 安心するといい オマエさんの嫌疑 もう晴れた オマエさんに「罪」はない~」

「そ、それは、どういう……」

「どうも こうも そのままの意味~

 “記録ログ” 見せてもらったが オマエさん 見てるだけだった~

 むしろ 一生懸命 止めてるようでもあった~」

 

 そう言うとアルデニクスは、持っていた「記録ログ」を取り出し、起動させた。ブゥーンっと空間に投影された映像が、当時の状況を再現する。

 

『もうヤメて下さい!!』

『ウルサイわね!! アンタはいつもみたいに黙って見てればいいのよッ! 引っ込んでなさい!』

『でも! これではあまりにも酷すぎます──』

 

 そこまで再生してアルデニクスは映像を止めた。

 

「シュコォ……シュコォ……

 オマエさんの嫌疑は この後の「苦しませない」 という教唆的な発言が主だが~

 裁定の結果 無罪放免となった~ 弁護したランドロクスに 感謝するといい~」

「あっ……ランドロクスさんは、ランドロクスさんは無事なんですか!?」

 

 アルデニクスにランドロクスのことを言われ、彼女のことを思い出す女治癒士。女治癒士の問いに、アルデニクスは淡々と答えた。

 

「死んだゴブ」

「……えっ?」

「だから ランドロクス 死んだゴブ~

 ランドロクスは オマエさんを弁護したあと 屈辱に耐えきれず自殺したゴブ」

「えっ? 死んだ? ランドロクスさんが? な、なんで?」

 

 震える声で女治癒士は問うた。

 

「ランドロクス マスクの下見られた これはゴブリン族にとって 死よりも耐え難い屈辱ゴブ

 だから ランドロクス オマエさんを弁護したあと ゴブリ爆弾で自爆した~」

 

 アルデニクスたちゴブリンは、それを決して止めようとはしなかった。それほどの屈辱だったのだと、カレらはよく理解していたのだ。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 震える声が溢れ出す。

 

「わ、私たちが……む、無理にマスクを外そうとしたから……ラ、ランドロクスさんは、死んだ?」

「違うゴブ~ オマエさんたちじゃなくて もう一人のヒトが外したから 死んだゴブ~

 オマエさんは見ているだけだったと 「記録」も「証言」も「証明」してるゴブ~」

「わ、私があの時見てるだけじゃなくて、止めてれば、彼女は死ななかった?」

「そうかもしれんし そうじゃなかったもしれんゴブ~

 でも そんなモンはタラレバの話で ランドロクスが死んだことに 変わりない~」

 

 あまりにも無慈悲なまでに、アルデニクスはそう言い切った。

 

「わ、私……こんなことになるだなんて、思ってもみなくて……だ、だって……ぁ、の……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「今更謝られていも 遅すぎるゴブ~ それに謝るなら ランドロクスにゴブ~

 でもランドロクス 粉微塵になって爆散しちゃったゴブ~ もうなーんにも残ってないゴブ」

 

 それでも女治癒士は、うわ言のように「ごめんなさい」と繰り返すばかりであった。そんな彼女に対し、アルデニクスは構わず続ける。

 

「それにオマエさん 謝っている場合じゃない~

 オマエさんの裁判は終わったが~ もう一人のヒトの裁判 終わってない~

 オマエさんはこれから その「弁護」をするんだゴブ~」

 

 未だ「ごめんなさい」を繰り返す女治癒士には、アルデニクスの言葉は届いていないようだった。

 

 

 

  

*        *

 

 

 

 ゴブリンたちの裁定所、「ゴルダナル裁定所」の「円型法廷」では、怒れるゴブリンたち数百人がひしめき合っていた。

 

 ガヤガヤ、ザワザワ、ゴブゴブ、シュコォシュコォ。今こそゴブ式裁判の時である!

 

「ジュコォ……ジュコォ……

 聞くと良い 見ると良い 同胞たちよ! 栄光ある我らがゴブリン族たちよッ!」

 

 ひときわ立派な「裁判マスク」を被った裁判長ゴブリンが、法廷の中央でそう宣言した。

 

 裁判長ゴブリンの言葉に呼応し、傍聴ゴブリンたちが声を揃える。ゴブ式裁判! ゴブ式裁判! ゴブ式裁判! ゴブ式裁判!

 

「そう! これより それより ゴブ式裁判の時でゴブ!

 被告人は か弱き少女Aのマスクを外せし大罪人 「女剣士」!」

 

 裁判長ゴブリンの台詞と共に法廷の扉が開き、厳重な装備に身を固めた警備ゴブリンに連れられて、女剣士が入廷してきた。

 

 彼女の登場に傍聴ゴブリンたちは恐怖に包まれた。あちこちで悲鳴があがり、ヒソヒソゴブゴブギャーギャーざわめく。

 

 連行されてきた女剣士は、なんと全身全裸だった。だらしなく膨らむ乳房を晒し、秘部はみっともなく露出されている。手足は頑強な「ゴルダナル鋼」でガッチリ拘束され、抵抗は出来ないようだ。なんて原始的な姿なのか。まるで文明的でない。信じられないくらい屈辱的な醜態だ。うえぇお下劣。

 

 女剣士は全身切り傷だらけで、端正だったその顔は半分焼け爛れ、皮膚が剥げていた。目には全く生気がなく、その足取りはたどたどしかった。

 

 そんな変わり果ててしまった女剣士を、女治癒士は弁護席から眺めていた。

 

 ゴブリンのざわめきはやがて怒声となり、女治癒士には分からない言葉で、女剣士を罵っている。女治癒士はただただ怖かった。この裁判所も、ゴブリンたちも、女剣士のことも、何もかも。

 

「ジュコォ……ジュコォ……

 そして この大罪人を弁護するのは 同じくヒトの娘 「女治癒士」!

 彼女は女剣士の友人であるからして この裁判に特別召集されたものである!」

 

 裁判長ゴブリンがそう宣言すると、ゴブリンたちが沸き立つ。その喧騒の中で女剣士の視線が、女治癒士を捉えた。消えていた瞳の生気が、僅かに蘇る。

 

「ねえ、ねえ! あなた女治癒士でしょう!? ねえ、お願いよ! お願いだから、ここから助けてッ!」

 

 そう訴える女剣士に、女治癒士はなぜか原始的な恐怖を抱いた。縋るような女剣士の視線、みっともなく涎を垂らし、目には涙が浮かんでいた。

 

「ねえ、ねえ、聞こえてるんでしょう!? コイツらに言ってやってちょうだい! 私は何も悪くないって!!」

 

 なにが何も悪くないものか……私たちは、もうどうしようもなく「罪」を犯しすぎた。取り返しのつかないことをしてしまった。今更後悔しても、何もかもが遅すぎるのだ。

 

「ねえ! お願いだからよ! お願いだから! 返事をして! ねえ、女治癒士! 聞こえてるんでしょう!? ねえ、無視しないでよ! オイ、返事をしろよ! 返事をしろ、女治癒士ィイイイイ!!」

 

 女剣士の罵声は、ゴブリンたちの喧騒にかき消され、女治癒士には届かなかった。しかし、たとえゴブリンたちがいなくても、彼女には響かなかっただろう。女治癒士は嗚咽を漏らし、弁護席に寄りかかって、泣き崩れることしかできなかった。

 

「ジュコォ……ジュコォ……

 ではこれより 裁定を始める!

 被告人「女剣士」は 暴行罪を始めとする 四七の「罪」の嫌疑が掛けられているゴブ

 詳細については “コレ”を見ると良いゴブ」

 

 裁判長ゴブリンがそう言うと、中央の空間に先程女治癒士が見た映像が再生された。

 

『へぇー、アンタが言ってたとおり、ホントに喋ってるじゃない。ぶっちゃけ半信半疑だったけど、マジだったのね』『チッ! 浅かったか!』『やめて……こないで……イジメないで……』『どうして? どうしてって決まってるじゃない! アンタが「ゴブリン」だからよ! ゴブリンなんて死んで当然の存在なのよ! アンタたちはそういう存在なのよ!』『いいえ、アンタたちは生きているだけで「悪」なのよ! 存在自体が「悪」なのよ! 滅せられて当然だわ!』『イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤァアアアアアアアアアアアアアアアア!!』──ブツン。

 

 映像が終わって暫くしても、法廷は静まり返ったままだった。

 

「な、なによ……なによなによなによなによなんなのよ!! これの一体どこが悪いって言うの!? だってそうでしょう? オマエたちは「悪」なのよ! 醜悪で下劣で卑猥な人類の「敵」なのよ! 私が正しいのよ! 私は間違ってなんかない!」

 

 そう訴える女剣士の姿は、ゴブリンたちには酷く醜く見えた。もはや哀れですらあった。裁判長ゴブリンは続ける。

 

「被告人はこの後 少女Aのマスクを剥がし その素顔を見た嫌疑が掛けられているゴブ!

 これに関して 被告人 なにか申し開き あるゴブか?」

「だから、それがなんだっていうの? マスクの下を見たら、なんだっていうのよ!?」

 

 女剣士の発言に、傍聴ゴブリンたちはどよめいた。マスクの下見たらって、口にするもの悍ましい発言だゴブ。

 

「ヂコォ……ヂコォ……

 裁判長! ご覧の通り被告人は 全くもって これっぽっちも 反省の色が見えないゴブ

 ゴルダナル法典に従い 我々は 「貢献罪」の適用を求めるゴブ!」

 

 女治癒士の弁護席とは反対方向に位置していたゴブリンが、手を挙げ立ち上がるとそう言った。傍聴ゴブリンたちが騒めく。あ、あの「貢献罪」をゴブか!?

 

「ジュコォ……ジュコォ……

 ふむふむ ではでは 弁護人──」

 

 裁判長ゴブリンがそう言うと、法廷中のゴブリンの目が女治癒士に集中した。女剣士の縋るような目さえも、女治癒士に注がれる。

 

「ぁ、ぁ、あの……わ、私、私……私は……」

 

 あまりのプレッシャーに女治癒士の膝はガクガクと震えた。世界がグルグルと廻る。下半身に力が入らず、その場にへたりこんでしまう。彼女の股間からは、何やら透明なモノが溢れ出ていた。

 

 ゲェー、アイツおしっこ漏らしたゴブよ! バカッ神聖な裁判中になんてこと言ってるゴブ! 傍聴席の方からそんな囁き声が聞こえる。

 

「ジュコォ……ジュコォ……

 弁護人! 弁護人! 弁護人 「女治癒士」!

 女剣士の凶行に対し 何か釈明 もしくは弁解などはないゴブか?」

「お願いよ、女治癒士! ヤツらに“私は悪くない”って教えてあげて! あれは、そう……不幸な事故だったのよ!」

「あ、あ、あ、私は……私は……ただ、女剣士ちゃんに追いつきたくて……」

 

 だから──ランドロクスを利用して、彼女との友情を利用して、利益を得ようとした。

 

「こ、こんな……こんなことになるなんて、思ってなかったんです……本当です……わ、私たち、何も知らなくて……それで……」

 

 いや、本当は知っていた。ゴブリン族にとってマスクがいかに大事かを、少なくとも女治癒士はランドロクスとの会話を通して、知っていた。知っていたはずだった。知っていたはずなのに、こんなことをしてしまった。

 

「でも……こ、こんなに、大事になるだなんて、お、思ってなくて……だから……だから……」

 

 それからは女治癒士はまるで命乞いをするようにうずくまり、ただただ「ごめんなさい」と繰り返すばかりだった。 

 

「ねえ、ねえ! それだけなの!? それだけしか言うことはないの? ねえ、お願いだから、顔を上げてよ女治癒士! まだ何か言うことがあるでしょう? ねえ、“ごめんなさい”じゃなくて何か言ってよ! ねえ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 それからは、ゴブリンにも見るに堪えない醜態が繰り広げられた。女剣士は女治癒士に罵詈雑言を投げ、女治癒士はただただ謝るばかりだった。

 

「アンタだって私に協力していた癖に! 花畑に案内したのは誰!? ゴブリンの話を私にしたのは誰!? 全部オマエだッ! 全部オマエがやったんだ! なのになんで私がココにいて、オマエがそこにいるんだ! オマエこそが諸悪の根源だろうが! クソが! このクソアマが! 地獄に落ちろ! 地獄に堕ちろぉおおお!!」

「静粛に! 静粛に!」

 

 見るに見かねた裁判長ゴブリンが「カンカンカン」っと「ゴブリガベル」を叩く。あまりにも叩きすぎてボコボコになりそうだったが、その頃になってようやく罵詈雑言が止んだ。

 

「ジュコォ……ジュコォ……

 弁論は以上でゴブ! これより神聖なる審判の下 判決を下すゴブ!

 被告人「女剣士」は 「有罪」か「否」か? 裁定は如何に!?」

 

 裁判長ゴブリンの問いに、法廷中のゴブリンたちが大合唱で応える。

 

 有罪! 有罪! 有罪! 有罪! 有罪! 有罪!

 

「ジュコォ……ジュコォ……

 ならば しかして その「罪」とは何ぞや? その「罰」とは何ぞや?」

 

 貢献罪! 貢献罪! 貢献罪! 貢献罪! 貢献罪! 貢献罪!

 

「よおし ならばこれにて 審判は下った!

 被告人「女剣士」に 「貢献罪」を下すでゴブ! 女剣士は「貢献罪」ゴブゥウウウ!!」

 

 裁判長ゴブリンの裁定に、法廷中のゴブリンたちが「わああああああ」っと歓声をあげた。

 

 

「いや、いやよ、巫山戯んじゃないわよ! 誰がアンタたちの言うことなんか──あう!」

 

 判決の決まった大罪人に、もはやここに居場所はありはしない。可及的速やかに刑を実行するため、周りを固めていた警備ゴブリンたちは、女剣士を連行した。法廷では、なおも割れんばかりの大合唱が響いている。

 

 貢献罪! 貢献罪! 女剣士は貢献罪! 貢献罪! 貢献罪! 女剣士は貢献罪! 足の先から頭の天辺まで、女剣士は貢献罪! 

 

「やだ、やだ、いやだ! お願い、お願いよ! 私が悪かったから! 謝るから、謝るから、許して! お願──」

 

 そしてドーンという音と共に、法廷の扉は閉じられた。

 

 

 

  

*        *

 

 

 

 女治癒士は、ゴブリンたちに最初にあてがわれた部屋で、ぼうっと天井を見ていた。目は腫れ、唇はカサカサになっていた。顔は完全に生気がなく。まるで生きた屍のようでもあった。

 

 そこにまたもや同じようにプシューと扉が開き、アルデニクスが入ってくる。

 

 アルデニクスはまた何処からか椅子を取り出して、ちょこんとそこに座った。

 

「シュコォ……シュコォ……

 初めての「弁護」にしては あー そこそこ まずまずだったゴブ」

 

 アルデニクスなりに励ましたつもりだったのだろうが、全くもって効果はなかった。アルデニクスは思った。そんなに衆目の前でおしっこ漏らしたのがショックだったのか……と。

 

「シュコォ……シュコォ……

 これで オマエさん ここでやるべきこと 終わったゴブ

 今日はもうお外は真っ暗だから 明日の朝 人里まで送っていくゴブ」

 

 それから暫く沈黙が続いた。手持ち無沙汰になって、アルデニクスが色々と今後について思案し始めた頃、ぽつりぽつりと女治癒士が口を開いた。

 

「……女剣士ちゃんは、これから、どうなるんですか?」

 

 アルデニクスは答える。

 

「シュコォ……シュコォ……

 女剣士さんには 「貢献罪」 適用されたゴブ

 貢献罪 とてとて重い罪でゴブ でも一番名誉な罰でゴブ

 女剣士さんは 足の先から 頭の天辺まで 余すことなく ゴブリンの発展に「貢献」してもらうゴブ」

「それって……「孕み袋」になれってことですか?」

 

 女治癒士の問いに、アルデニクスは不思議そうに答えた。

 

「なんだ その「孕み袋」ってのは?

 貢献罪 そんなモノと違う 貢献罪 何もかも有効利用する~

 服も 武器も 毛も 皮も 肉も 骨も 血も 爪の先も 細胞一つに至るまで 全部有効利用する~

 生きてる内は 実験 研究 死んだ後も 研究 実験 

 そういう罪だと みんなで決めた~ そういう罰だと みんなで決めた~」

 

 女治癒士はアルデニクスの説明を聞いて、ぞっとした。貢献罪とは「孕み袋」なんかよりも悍ましい、凄惨な罪だったのだ。

 

 生きてる限り実験に利用され、死んでからも実験に利用される。あらゆる延命処置を施し延命され。あらゆる蘇生措置を施され蘇生される。それを何度も繰り返し、もう二度と目覚めなくなったら、今度は徹底的に解剖され解体される。

 

 血や骨は錬金術の材料となるだろう。皮は革細工に、毛は糸になるのだろうか? 肉や内蔵は、食用に適するかどうか調べられるかもしれない。

 

 そして何よりも恐ろしかったのは、その罪は本来、ゴブリンに対するものだということだった。そのことが、女治癒士は何よりも恐ろしかった。カレらはそれを当然のこととして、受け入れている。

 

 純粋さは時に、残酷さを強調させる。彼らゴルダナルのゴブリン族のあり方は、まさにその言葉そのままだった。

 

「あ、あの……せめて……せめて……女剣士ちゃんの……あの子の「認識票」だけは、返してくれませんか?」

 

 冒険者にとって“それ”は、最期の生きた「証」だった。記載されてるのは、名前と種族と職業ぐらいなものだったが、「認識票」にはそれ以上の意味が籠められているのだ。

 

 だが、アルデニクスたちゴブリンに、そんな倫理は通用しない。無慈悲までの結論を、アルデニクスは女治癒士に伝えた。

 

「シュコォ……シュコォ……

 申し訳ないけど それは無理ゴブ

 貢献罪に処されたモノの持ち物は 全て没収されるんだゴブ 全部共有財産になるんだゴブ

 オマエさん渡せるものは 細胞一つありはしない」

「……そう、ですか」

 

 不思議と、女治癒士は残念とは思わなかった。いっそ清々しさすら感じていた。ここまで徹底的だと、笑いすら込み上げてくるようだった。それなのに、瞳からは涙が溢れていた。

 

「シュコォ……シュコォ……

 アルデニクス 分かってたゴブ “ヒト”とゴブリン関わると 最悪 こうなるって

 だから ヒトと関わっちゃいけません そう教えてたけど 本当 残念ゴブ……」

 

 アルデニクスは気落ちしたようにそう言った。

 

「今回 アルデニクスたち ランドロクス失った

 今回 オマエさん 女剣士失った

 今回 お互い それで手打ちにするゴブ

 今回 お互い ()()()()()()ゴブ そういうことにするんだゴブ」

「……そう、ですか……そう……ですね」

 

 アルデニクスの提案に、女治癒士はそう答えた。

 

 それからそれ以上、二人は会話を交わすことはなかった。

 

 

 

  

*        *

 

 

 

 翌朝、女治癒士は「へんぴな農村」まで戻ってきていた。

 

 どれだけ留守にしていたかは分からない。でも、早朝に帰ってきたというのに、村人たちからは何も心配されなかったところをみると、そんなに時間が経っているわけではないようだった。

 

 あまりにも長閑な様子だから、昨日あったことが、まるで夢か幻だったかのように思えてくる。

 

 女治癒士は老人村長邸に辿り着くと、真っ先に老人村長の下へと向かった。そして老人村長に今回の調査結果を報告した。森は“何も問題はない”。“何も問題はなかった”と。

 

「いやーそうかそうか、薄々はそうじゃないかと思っておったが、冒険者さんのお墨付きとなれば、これで一安心じゃわい」

「ただ、森に住むカレらは、平穏を望んでいるそうなので、そっとしておいてあげて下さい」

「ん? ああ、それは構わんが……なんとも、まあ、まるで話してきたみたいに言うんじゃのう」

「ええ、まあ、はい……それで、あの、もう私はこれで失礼します」

「それは随分と忙しないのう。これからワシらは朝食なんじゃが、どうじゃ? 冒険者さんも良ければ一緒に……」

「いえ、急いでいますので、大丈夫です」

「……そ、そうか……冒険者というのも大変なんじゃのう……ん、じゃがはて? お嬢さんと一緒だったもう一人の冒険者さんは……」

「帰りました!」

「え?」

「だから、女剣士ちゃんは、もう帰りました。先に()()()()()()

「そ、そうか……じゃあ、長く引き留めるのもあれじゃし、ここまでにしようか。冒険者さん、ありがとう」

「はい、短い間ですがお世話になりました。もう二度と会うことはないでしょう」

 

 それから女治癒士は街へ戻り、そして冒険者を辞めた。

 

       

 

 

 

 




『貢献罪』
 生きながらにしていくつもの「法」を破り、万死に値する「行為」をし、筆舌にし難い「罪」を犯したモノに与えられる、ゴブリン族の極罪。ゴブリンの繁栄発展に、文字通りの意味で全身全霊「貢献」させられる。故に本来であれば、「貢献刑」あるいは「貢献罰」と呼ぶべきところだが、語感の良さからゴブリンたちは、もっぱら「貢献罪」と呼んでいる。

 まだゴブリンたちの文明が開花しておらず、食料が乏しかった時代、ゴブリンたちは食料難になると、最初に死んだ仲間の血肉を喰らうことで生き長らえてきた。それは、厳しい自然環境の中で身に付いた本能的な行為だったのだろうが、そのころから続く慣習が今でも、「貢献罪」という形で残っているのである。

 すなわち「貢献罪」とは、元来、死亡したゴブリンにのみ適用されるものであって、生きたゴブリンに適用されるケースは、相当な、ビックリするぐらいドン引きの「罪」を犯した場合に限られる。なので、幸いにも、未だ生きたゴブリンに対し「貢献罪」が適用された例はない。因みに、死んだゴブリンは須らくこの罪を背負うことになるので、ゴブリンたちに「墓場」という概念はない。ただ、持ち主のいなくなった「マスク」が陳列される、「保管庫」があるだけである。

 この「貢献罪」は、ヒトの価値観ではあまりにも残酷に感じるかもしれないが、「個」を尊重し、しかしながら「集団」を重視するゴブリン族とって、重要な意味を持つ。事実、「貢献罪」の存在は、ゴルダナルのゴブリンたちの文明発展に、文字通り大きく「貢献」した。特に、医学、解剖学、薬学、錬金学など、人体実験が重要視される分野においては、その貢献度は計り知れなかったと言えるだろう。そういった意味では、「貢献罪」は実に合理的な「罪」であるとも言える。

 生きた存在に「貢献罪」が適用される場合は、まず「円形法廷所」の「最高ゴブ式裁判」で、その罪を問い、弁論を経た後に、ゴブリン全体の裁定を受けなくてはならない。その際、被告人は「マスク」も「防護服」も脱いだ状態で法廷に召喚されるが、ゴブリンにとってそれは「死」よりも耐え難い屈辱なので、基本的に「貢献罪」が裁判されるのは、情状酌量が一切なく、ほぼ判決が確定している場合に限る。しかし、たとえ生きたゴブリンがこの罪に問われようとも、まともなゴブリンなら、判決前に恥辱で耐えきれず自害してしまうだろう。

 長らく存在しなかった「貢献罪」に値する「生きた罪人」の登場に、ゴブリンたちは激しく恐れ、激しく狼狽えたが、か弱き少女Aを失った怒りもあってか、ノリノリでゴブ式裁判を執り行ったようだ。

 因みに、「貢献罪」に処された名誉ある「貢献者A」は、約三ヶ月に及ぶ人体実験を受け、一四七回の蘇生措置を施されたのち死亡、その遺骸は細胞一つ残らず有効利用され、ゴブリンの繁栄発展に大きく「貢献」した。なお、「貢献者A」はマスクを被っていなかったので、生きていた痕跡は一切残されておらず、その「名前」すらも記録に残されていない。

『ゴルダナル法典』その「罪」と「罰」より
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