ゴブリンマスクを被ってみれば、文明開化の音がする! 作:ゴブリンライター
悲劇とは、ほんの些細なすれ違いによって辿り着いてしまった、答えの先にあるものなのかもしれない。
たとえそうだとしても、ゴブリンたちは多くを悩まない。「過去」とは“知るべきもの”であって、“見るべきもの”ではないからだ。見るべきなのは「今」であり、考えるべきことは「未来」のことなのだ。
だからゴブリンたちは、“これまでのこと”ではなく、“これからのこと”について考えていた……。
順風満帆に思われていたゴブリンたちの発展も、この頃になると、その速度も緩やかになっていた。
これまでの驚異的な発展は、アルデニクス主導によるエオルゼアゴブリン技術の「再発見」が主な原動力だったのに対し、主要ゴブリン技術を「再現」し終えた今となっては、これまでのような恐るべき発展速度は望めぬものとなっていたのだ。
とはいえゴブリンたちは、そのことを「問題」としては捉えていなかった。ただ、いそいそ忙しない毎日から、ゆっくりのほほんとした日常へ、変わり始めてきただけのこと。平和を享受し、ゴブリンたちは安穏に包まれようとしていたのだ。
「ゴブリタンク」や「ゴブリウォーカー」などの便利な乗り物、ゴブリ機構に支えられた安定した都市システム、高度に効率化された生産システム──そんな中で起きた先日の「悲劇」は、ゴブリンたちに少なくない衝撃をもたらした。
想像だにしていなかった「悲劇」に動揺するゴブリンたち。しかし、失敗に学ばぬゴブリンたちはいない。「悲劇」で得た「教訓」を糧に、ゴブリンたちはさらなる発展を歩み出す。
ゴブリンマスクと防護服に新たな改良を施し、より安全な治安維持システムを構築した。そしてなにより著しく「進化」したのは、ゴブリンたちの「武器」だった。
高度な文明を持ち、しかしながら、自然との調和を「是」とするゴルダナルのゴブリンたちは、その技術力に反して、これといった「武器」を持っていなかった。
文明開化当初、まだ外敵が多かった頃は、身を守るために弓や槍、剣などの「武器」が必要だったのだが、森を我がモノとし、大森林の支配者となったゴブリンたちには、必要以上の「武器」は不要となっていったのだ。
森に住む生き物たちは、ゴブリンたちの「脅威」ではなく、共に生き、共に死んでいく「親愛なる隣人」である。過剰なまでの「武力」の保持は、森の「秩序」を崩壊させかねない危険なものだった。
混沌は秩序の中にあってこそ意味がある。オモシロおかしい「混沌」は、きちんとした「秩序」あってこそ楽しく栄えるのだ。そう、ゴブリンたちは知識と経験から信仰していた。
そんなわけでゴブリンたちの主要武装は、あまり傷つけることなく「脅威」を無力化できる「ゴブリ麻酔銃」がせいぜいなわけで、たとえもっとスゴいモノを「再現」できたとしても、決してしようとはしてこなかった。
しかし、ゴブリンたちは知ってしまった。「脅威」とは、森の「中」にではなく、「外」にもいるのだということを。そして、その「脅威」とは、ゴブリンが望むと望まざるとに関わらず、向こうからやってくるということを……。
「脅威」とは、時として文明発展の起爆剤となる。良いか悪いかは別として、それは確かな事実だった。ゴブリンたちは他の多くの種族と同じように、外敵からの「脅威」に備えるため、自らの技術力を結集して「武装」し始めたのだ。
これは、そんな折に起きた出来事である。
ドシーン! ドシーン! 平和だったゴルダナル大森林に、突如として「脅威」が現れた!
なんの前触れもなく山間部に出現した、身の丈10ゴブリンはありそうなムキムキマッチョの大男。肩と頭からはドでかい角が突起し、口元には大きな牙が生えている。逞しすぎる筋肉はモリモリで、それを誇示するかのように、サビのような赤褐色の肌が外に露出されていた。マッチョマンの両腕には、これ見よがしに大きな戦斧が握られている。
そう、言わずとしれた「
強固な盾を持つ騎士を、その盾ごとぶった切ったり、数多の術を修めた魔術師を、それよりもっとスゴい術で焼き殺しちゃったりする、なんかこうめちゃめちゃ強くてスゴい、ヤバいヤツだ!
そのオーガの中でもこのマチョメンは、「オーガ長」の名を持つ兎に角色々とスゴいヤツで、平和に暮らすゴルダナルのゴブリンたちの平穏を脅かすために、遥々遠方からここまでやって来たのだ!
いや実際には、「魔神将」からの密命を受け、復活した「魔神王」の領土拡大を目論むためにゴルダナル大森林にやって来たのだが、そんなことはゴブリンたちの知るところではない。
ゴブリンたちが「ゴルダナル大森林」と呼ぶこの土地は、未開拓だった故か異常なまでに天然資源が豊富であり、 「神々に愛されし地」と呼ぶに相応しいミラクル大地だった。さらに、立地的にも人類の主要都市からいい具合に離れていることもあって、「祈らぬ者」どもにとってかなりの要所となっていたのだ! 当然、そんなこともゴブリンたちの知るところではない!
そんな重要地点である「ゴルダナル大森林」に単身乗り込んできた「オーガ長」は、その見た目は言わずもがな、その実力、その信頼、その実績全てに於いて相当なモノであることは、そのムキムキの筋肉具合から容易に推し量ることが出来るだろう。筋肉はパワー、パワーは筋肉……つまり、どういうことかというと、ゴルダナルのゴブリンたちは絶体絶命のピンチだった!
しかし、そんな危機に瀕しているゴブリンたちは、オーガ長の姿を最新の治安システムで捕捉した時、呑気にもこう思った。なんて原始的な見た目なんだゴブ! あぁ恐ろしや!
なにせ相手は「ほぼ全裸」。ゴブリンたちにとってはそれがなによりも重要だったし、なによりも見るべき箇所であった。防護服どころかマスクすらしていないゴブ! なんという原始的な格好! そのせいか、便利でお得な「道具」であるはずの「斧」でさえ、野蛮で前時代的なものに見えてくる。
突如出現した原始的な生物に対し、ゴブリンたちは対応を迫られた。どうしようか、そうしようか……なにせ相手は野蛮そうなお人。強引にお引取り願うこともできるだろうが、「過去」の教訓を基にすると、下手に手出しするわけにもいかないぞ。
「相手は単騎ゴブ! さっさと先制してさっさと排除してしまうゴブ!」
「でもでも 手荒なマネはご法度ゴブ 相手は原始的な生き物の可能性 高いゴブ 慎重に接触して 丁重にお帰り願うゴブ」
「しかし 接触したところで 会話が通じるとも 限らないゴブ」
「下手打てば 「前回」のようなコトになっちゃうゴブよ!」
「ゴブゴブ 確かに それだけは 避けなくてはならないゴブ」
「であるならば 躊躇わずうって出るべきゴブ! そのために作った“アレ”ゴブ! 是非もないゴブ!」
「だが それでは「あの時」とまるで変わらないゴブ! 「前回」のことを忘れたゴブか!? あの「悲劇」を 我々が繰り返すワケにはいかないゴブ!」
「フゴフゴ もっともな意見ゴブ 相手が原始的だからとはいえ 我々も原始的になる必要はない」
「それに 原始的な見た目だからといって 中身が原始的である保証もないゴブ 「前回」の時もそうだったし 「見た目で判断してはいけません」 それは忘れちゃいけないことゴブ」
「確かに確かに でもでもしかして このまま放置するわけにもいかないゴブ 対策を練らねば」
「ウムウム 全くもってそのとおりゴブ じゃあ どうしようかゴブ?」
「う~ん う~ん どうしようか~ そうしようか~」
やんややんや、ワイワイ、ゴブゴブ……斯くしてゴブリンたちの「会議」は踊り、しかして、めっきり進まなかった。暇なゴブリンたちが全員出席する「直接民主制」の会議では、もはや増えすぎたゴブリンたちの統制をとれなくなってきていたのだ。
正体不明の「脅威」に対し、右往左往するしかできないゴブリンたち。そうこうしている間にも、「原始的な生物」は「リトルシャイア」へと真っ直ぐ接近してくる。何が目的なのかは皆目検討も付かないが、とてとてピンチだ!
とりあえずゴブリンたちは、有能そうなゴブリンたち何名かを代表として選考し、その他のゴブリンたちはカレらに採択を託して仕事に戻っていった。「ゴブリン賢学者議会」発足の瞬間である。
「この足取り この進み方 明確な「意思」を感じるゴブ! 「原始的な生物」は 「意思」を持ってるゴブ!」
「そんなもん 見れば分かるゴブ! 「意思」を持っていればどうだというのだ?」
「意思を持ってるなら 会話が可能なはずゴブ! コミュニケーションが可能なはずゴブ! それならお話して 丁重にお帰り願うゴブ!」
「しかし 会話が通じるからといって 友好的とは限らないゴブ 下手に刺激すると 「前回」のようなことになりかねないことも 無きにしもあらずゴブ!」
「然り然り だからといって ムザムザ侵入を許すのも 許されないゴブ ほっとくわけにはいかないんだゴブ」
「誰かが代表して 接触するしかないゴブ! 成人していて 知性が高く 経験豊富で 実力があり 頼りがいのあるゴブリンがいいと思うゴブ!」
「ウムウム 全くもって同意見だゴブ ならばしかして そんなうってつけのゴブリンは 誰ゴブか?」
会議中のゴブリンの目が、あるゴブリンに集中した。成人していて、知性が高く、経験豊富で、実力があり 頼りがいのあるゴブリン。そんなゴブリンは一人しかいない。そう何を隠そう、我らがアルデニクスである!
「シュコォ……シュコォ……
あ~ もしかして もしかして アルデニクスのことか~?」
冒険者というのは、往々にして厄介事をふられる運命にある。アルデニクスが尊敬する世界一偉大な冒険者も、世界一多忙な苦労人なのだ。ゴブリン族の冒険者であるアルデニクスもまた、その運命にあったのかもしれない。
斯くして矢面に立たされたアルデニクスは、筋肉モリモリマッチョマンの原始的な生物と、単身対峙することになるのである。
森をドシンドシンと揺るがし、ズンズン前進していた「原始的な生物」こと「オーガ長」の目の前に、アルデニクスはポツンとやってきた。その様子は、治安システムを通じて、「ゴブリン賢学者議会」にモニタリングされている。
「シュコォ……シュコォ……
やあやあやあ 我こそはゴルダナルのゴブリン族「アルデニクス」
そこなるここなる 旅人よ 一体全体 この森になんのようでゴブか~?」
アルデニクスはとりあえず、もっとも普及しているであろう「共通語」で話しかけてみた。「前回」のヒトはこれで会話が成立したし、よしんば通じなくても、他の言語を試してみればいいだけの話である。
幸か不幸か言葉は通じたらしく、ムキムキの原始的な生物は足を止め、アルデニクスをギロリと睨みつけると、地の底から響くような声で応えた。
「フンッ、何者かと思えば、小鬼風情か……生意気にも言語を解すようだが、片言とは……相も変わらず下劣な種族よ。なにゆえ、そのような奇っ怪な姿をしている?」
アルデニクスは言われて思った。コイツ、初対面なのにめちゃんこ偉そうゴブ。
「シュコォ……シュコォ……
どうしてもこうしても オイラはゴブリン族だから マスクを被るの 当然ゴブ~ 防護服着るの 当たり前ゴブ~」
「何をワケの分からんことを……フン、たとえ言葉を得たとしても、所詮は劣等種族ということか……まあいい、オマエがこの森のゴブリンの頭目か?」
オーガ長の質問に、アルデニクスは首をかしげた。
「シュコォ……シュコォ……
アルデニクス 頭目違う違う~
ゴブリン族 上も下もない~ ゴブリン族 みんな平等~
みんな同じで みんなハッピー!」
アルデニクスのゴブリン族への貢献度は、もはや「神」近いレベルでトンデモナイことになっていたが、ゴブリンたち特有の「個」を尊重し、しかしながら「集団」を重視するという全体主義的な思想のためか、一応それなりに尊敬されてはいるが、あくまでも
みんな一緒でみんなイイ! それがゴブリンたちの信条なのだ。
なんとも要領を得ないアルデニクスの返答に、オーガ長はちょっと面倒くさくなったのか、余計な追求を避けた。スルーしたとも言う。
「……まあいいだろう。我こそは「魔神将」よりこの地に遣われた「オーガ長」である! これからオマエたちは「魔神王」さまの名の下に、この「土地」を明け渡し、我らが「混沌の軍勢」の「軍門」に下るのだ!」
ドーン! という効果音でも聞こえてきそうな堂々たる態度で、オーガ長はそう要求を突きつけてきた。
それに対しアルデニクスは「えっ!?」と思った。「ゴブリン賢学者議会」のゴブリンたちも、同じく「えっ!?」と思った。ちょっと良く意味が分からない。土地を明け渡して軍門に下れって? ウムムムム、なぜ唐突にそんな要求を……もしかしてひょっとすると、オーガ長さんは別の言葉を喋っているのかな?
ゴブリンたちは急いでオーガ長の真意を探ろうとした。その間、アルデニクスとオーガ長には、気まずい沈黙が流れる。しかし、そう思ったのはゴブリンたちだけだったのか、オーガ長は愉快そうに笑いながら続けた。
「ガッハッハッハ! フム、驚きすぎて言葉もでないか! まあ、当然のことだろう。矮小なるキサマら小鬼には、身に余るほどの光栄だろうからな!」
何を勘違いしてしまったのか、アルデニクスの反応を見て、そんなことを言うオーガ長。
アルデニクスはなんだか、とてとて申し訳ない気分になってしまった。「混沌の軍勢」かなんだか知らないが、土地を明け渡すワケにもいかないし、軍門に下るつもりもない。それはアルデニクスだけでなく、賢学者議会のゴブリンたちも同意見であった。
「シュコォ……シュコォ……
あ~ 申し訳ないけどオーガ長さん あなたの提案 受け入れられないゴブ~
アルデニクスたち 丁重にお断りするゴブ~」
アルデニクスの返答に、オーガ長は「はぁ?」という顔をした。ちょっと何言ってるかわからない。両者とも、上手く意思疎通が取れていないようだ。異文化コミュニケーションの難しいところである。
「アルデニクスたち 土地は明け渡せぬし オマエたちの軍門にも下らない~
我々は争いを好まない~ 争いはなにも生まぬ~ 申し訳ないけど お帰り願うゴブ~」
想定外の返答に、オーガ長は狼狽える。まさかゴブリンに断られるだなんて、思ってもいなかったのだ。このままでは、魔神将から直々に授かった任務に失敗してしまう。
「な、なにを言っているのだ!? 我らが「魔神王」さまが復活なされたのだぞ!? いまこそ団結し、祈る者どもに復讐する時ではないか!」
そう激昂するオーガ長。混沌より生まれしモノのクセに、なに秩序だったこと言ってるんだとお冠の様子。
「でもでも~ 我らゴブリン 「魔神王」など知らぬ~ 「復讐する時」も知らぬ~
知らぬなら~ 戦うわけにはいかぬ~ 手を貸すわけにはいかぬ~ 「無益」な争いほど 「無益」なモノはない~」
これには流石のオーガ長もカチンときた。いくら同族の中でも話がわかるヤツと評判のカレでも、限度というものがあるのだ。この様にゴブリン族はいつも一言多いのが、玉に瑕だった。
「無益!? 無益だと!? 我らが祈らぬ者の「悲願」を「無益」だと言うのか!? 創世以来虐げられ続けてきた我らが「悲願」を、キサマは「無益」だと言うのか!? この、この……「混沌」の風上にも置けぬグズめッ!」
そんな怒号とともにブォンっという風切り音が鳴り、オーガ長の豪腕から怒りの斬撃が繰り出される。
オーガの中でも我慢強いと噂のオーガ長だが、なんやかんやいってオーガらしく短気なのだ。こうとなっては混沌流交渉術の出番である。つまりは話が通じぬとなればブッ殺すまで。実にシンプルな発想だったが、小鬼風情には効果てきめんなはずだった。二、三匹目ぬっ殺せば、大人しく従うだろう。いつもと同じパターンだ。
オーガ長の人知を超えた剛力から放たれた一撃は、見事なまでの正確さでアルデニクスに撃ち込まれる。あわやアルデニクスの命は風前の灯火! オーガ長の大斧は吸い込まれるようにアルデニクスに向かい、そして、ガキィインっと
「な、なんだっと!?」
オーガ長が狼狽え声を上げる。なんと信じられないことに、オーガ長の一撃は、身長10分の1にも満たない矮小なゴブリンに、完璧に防がれてしまったのだ!
「ば、馬鹿な!? 我が一撃がこんな雑魚に……!?」
動揺するオーガ長に対し、迫真のマスク顔でアルデニクスが自信満々に宣言してみせる。
「新型防護服ゴブ!」 ドドーン!
流石はゴブリン製のNEW防護服である。オーガ長の攻撃に傷一つ付いていない。しかし、実際に無傷なのはそれだけが理由ではなかった。
確かに防護服の性能は飛躍的に向上していたが、体格的にも質量的にも、こんな理不尽な現象が起きるはずないのだ。しかし、現実には起きてしまっている。これは、明らかにこの世界の
「ええい、小癪なッ! ならばこれならどうだッ!?
オーガ長の掌に、暴虐的とも言える火球が収束する。呪文を紡ぐほどにそれは巨大になっていき、最終的にはオーガ長を超えるほどの大きさになっていた。「キャストタイム」はそこそこ長かったので隙だらけだったが、アルデニクスは何もしなかった。お約束は守る主義なのだ。
「食らうがいいッ!! ……
放たれる火球。燃え盛る炎。衝撃で木々はなぎ倒され、灰になる。そしてその中心でアルデニクスは、平然とその場に立っていた。
「新型防護服ゴブ!!」 ドドーン!
迫真のマスク顔で、アルデニクスはそう自信満々に宣言してみせた。流石はおニューの防護服である。ビクともしていない。だが、お察しのとおり、無傷な理由はそれだけじゃなかった!
アルデニクスは何処にでもいる普通のゴブリンだが、言わずもがな、エオルゼア出身のゴブリンだ。この「世界」とはまた別の、異なる「理」から来た異世界ゴブリンなのである!
アルデニクスは賽を振らない。そもそも「賽を振る」という概念すらない。いちおう「ゴブリダイス」とか「/random」という概念はあるが、カレを支配するのは緻密に計算された「数値」であり、綿密に処理された「
要するに「世界観」が違うのだ。アルデニクスの「世界」には「レベル」があり、「ステータス」があり、「パラメータ」があり、「プログラム」があり、それが全てを決定し、全てを司っていた。この「世界」にも
アルデニクスの「レベル」は、アルデニクスも詳しくは知らない。それは特殊な能力を有した人物しか「視る」ことができない、不可視のモノだからだ。しかし、その程度を推し量ることはできる。
アルデニクスは冒険者だ。カレが尊敬する「あの冒険者」と比肩するほどではないが、それなりに熟練したベテラン冒険者だった。少なくとも「ヤーンの大穴」まで単独で踏破し、その土地の「Bランクモブ」とタイマン張れるくらいには、一端の冒険者だった。
つまりオーガ長がそれくらいの力量を持っていなければ、最悪の場合、アルデニクスには一切の攻撃が通用しないなんてことも有り得るのだ。そしてこの「現象」はつまり、多くは語らないが“そういうこと”なのである!
「そんな馬鹿な……我が秘術が、脆弱な小鬼如きに……」
そうこう言っている間に、アルデニクスはオーガ長に飛びかかり、手に持つ何の変哲もない「ゴルダナルソード」で、オーガ長の頭をゴチンっと叩いた。
これまで受けたこともない強烈な衝撃を受け、オーガ長はあっさり気絶した。
「シュコォ……シュコォ……
こちらアルデニクス こちらアルデニクスゴブ~
侵入者の無力化に成功したゴブ~ 繰り返す~ 侵入者の無力化に成功したゴブ~ 次の判断を仰ぐゴブ~」
『ジゴ……ジゴジゴ……ジゴ……
こちら「賢学者議会」ゴブ~
侵入者は「法典」従い “アレ”の試験に用いることに決定したゴブ~ 闘技場に連れて帰ってくるゴブ~』
「シュコォ……シュコォ……
了解したゴブ~」
通信を切り、アルデニクスは気絶したオーガ長を見た。
遂にこの時が来てしまった。あれを再現した「兵器」が、遂に起動する時が来てしまった。願わくば、ずっと待機状態であるのが最善だったが、カレの中を流れる忌まわしき血と知識が、それを許さなかったようだ。
「シュコォ……シュコォ……
ハァ……まったく因果なものゴブ……」
そしてアルデニクスは再びオーガ長を見た。“連れて帰ってくる”ってどうやって!?
オーガ長が目を覚ました時、そこは暗闇に包まれる大広間だった。どうやら四方を壁で囲まれているらしい。鋼鉄で出来た広間。夜目がきくオーガ長だからこそ、それが分かった。
鉄と油の匂いがする。歯車が回る音がする。何かが蠢く気配がする。
手を
「グッ……ガァ……こ、ここは……?」
返答は言葉ではなく強烈な“光”だった。
ガンガンガンっと照明が灯る。照らし出された場所にいたのは、あの奇っ怪な姿をした小鬼たち。観客席と思われる場所に、うじゃうじゃといる。
みなを代表して「剣闘マスク」を被った剣闘ゴブリンが進み出て、高らかに宣言した。
「シュコォ……シュコォ……
これより それより 決闘の開始ゴブ!
オーガ長さん! オマエさんは 十四の罪に問われ そして厳正な審判の結果 有罪となった!
主な罪状は「侵入罪」「暴行罪」「侮辱罪」でゴブ!
本来であれば オシオキ二十八日の刑に処されるところゴブが 侵入者であるオーガ長さんには 特別な刑が用意してあるゴブ! ずばりは「決闘刑」でゴブ!」
「な、なにを……なにを言っているのだ? ここは何処だ!?」
オーガ長の質問に、剣闘ゴブリンは律儀に答えた。
「ここは 我らが彼らが ゴルディオン闘技場でゴブ!
ゴルダナルにしようと思ったのに スペルを間違えてそうなった場所ゴブ!」
ええーそれは言わないお約束だったのにー!? 何処かのゴブリンがそう悲鳴をあげる。
「シュコォ……シュコォ……
オーガ長さんにはこれから ここで我らが「新兵器」の性能テストに 付き合ってもらうゴブ!
見事 勝利することができたならば お家に帰してあげるゴブ!
もし勝てなかったら 勝てるまで頑張るゴブ!」
ノリノリでそう宣言する剣闘ゴブリン。矮小な小鬼どもにそんなことを言われ、オーガ長は激怒しそうになったが、なんとか堪え、冷静さを保った。
コイツらは偶然であったとしても、オーガ長の攻撃を尽く防ぎ、一撃で意識を奪ったゴブリンどもだ。見下すことはあれど、侮ることはしてはいけない。動物的本能から、オーガ長はそう判断した。
「イイだろう! 我は「魔神王」に連なりしオーガの長! 人を喰らい、人を糧とする不滅の化物! オーガの中のオーガ! 我に挑むと言うのなら、その証を示して見せろッ!!」
なんという痺れる口上だろうか。こんなにカッコいい前口上を、ゴブリンたちは聞いたことがなかった。後々の参考にするために、書記ゴブリンたちはオーガ長の台詞を一言一句あますことなく記録する。ゴブリンたちの熱狂は最高潮に達していた。
「シュコォ……シュコォ……
それでは 決闘開始でゴブ! ポチッとな」
剣闘ゴブリンがスイッチを押すと、何処からか大音量のBGMが流れてきて、高らかにゴブリンたちが歌い出す。
理性という平和を探し求める 平和なき時代のゴブリンたち
信じ続ける理由 眠れる獣を目覚めさせろ!
歌に合わせるように対面の扉がせり上がり、奥から「ヒトの形をした機械」がガシャンガシャンっと歩いてくる。人型防衛兵器「パンツァードール」。試作機「ファウスト」のご登場である。
ファウストの登場に、観客ゴブリンたちは盛りに盛り上がった。キャーファウスト先生こっち向いて! かましたれ先生! 負けるな先生! やったれ先生!
当然、ファウストはただの兵器なので、ゴブリンたちの歓声に答えるはずもなく、ただ静かに沈黙し、佇むのみである。
オーガ長は相対した「兵器」を注意深く観察した。
全身を緑色の装甲で覆われ、右腕には螺旋状の槍を持っている。後ろの首元には塔のような突起物があり、その下には尻尾のようなものが生えていた。造形はヒトの形に近い。頭身はオーガ長の半分にも満たないだろうか。見たところジッと静止し、動き出す気配はない。
まるで“かかってこい”っと待ち構えているようだった。
この運命を手放せ お前は夢幻に囚われた
夢の中で足踏み続け 前に進む気配もなく 後ろに戻る気配もない
ゴブリンたちの耳障りな歌が、オーガ長の鼓膜を震わす。異様な雰囲気にオーガ長は僅かに尻込みした。かいたこともない汗が、額から流れ落ちる。ゴブリンたちの歌はまだ続いていた。
そう 我らが仕える「騒がしき世」がバネの如く張る
一歩後退!
カッと目を見開き、オーガ長は決意した。
一撃だ! 最初の一撃に全てを懸ける! 一つの太刀! 全身全霊を籠めた一撃で、彼の者を粉砕する!
「
真に力のある言葉を紡ぎ、オーガ長は現実を捻じ曲げる。
「
オーガ長の唱えた業火の炎が、戦斧へと宿る。もはや地獄の火炎と言っても過言ではない魔力の奔流が、オーガ長の戦斧を紅く閃光させた。
二歩 二歩 二歩
大上段に構え、そして……。
一 二 三!
「ウォォォオオオオオオオッッッッッ!!」
刹那の間に、オーガ長はファウストとの距離を詰めた。狙いすまし、燃え盛る大戦斧を力任せに振り下ろす。気合一閃。繰り出された一撃は、生涯最大最強にして最期の一撃! 最大最強にして最期の一撃ッ!!
念のためにもう一度言おう! 生涯最大最強にして
「敵性存在ヲ感知シマシタ 対象ヲ排除シマス」
感知範囲に侵入した標的を、ファウストは決して許しはしない。
決着は一瞬だった。
そうつまりは、オーガ長はその一撃を繰り出した瞬間、呆気なくファウストによって穿たれてしまったのだ。
我らの世界は──あっ! あっ! あっ! あっ!
歌が止まり、四方八方の観客ゴブリンから、そんな声が漏れ出る。あまりの出来事にゴブリンたちは叫んだ。
あああああああああああああああああああああああああああ!?
おそらくオーガ長は、負けたことも、死んだことも認識できなかったのだろう。鬼の如き形相のまま息絶えるオーガ長。まさかまさかの瞬殺であった。胴体部分には大きな孔が穿たれ、上半身と下半身がお別れしそうになっている。決闘はもう終わってしまったので、当然、BGMも止まってしまっていた。
死んでしまったオーガ長に、ゴブリンたちは嘆いた。そりゃあもうとてとて嘆いた。
なぜそんなにも嘆いたのかって……まだ、歌はサビまでいってなかったのだ。まだホンの触り程度だったのだ。なのに、もう終わってしまった。これからが盛り上がるところだったというのに。せっかく十分を超える大作を作ったというのに……ゴブリンたちは激しく嘆いた。
ゴブリンたちが悲しみにくれる中、一仕事終えたファウストは、再び開始位置に戻り、静かに待機していた。流石、生粋の仕事人である。
斯くして「
「ファウスト」
説明しよう! 「ファウスト」とは、人型防衛兵器「パンツァードール」の試作機として開発された「機工兵器」である! 今日も今日とて我らが大森林の愛と平和を守っているぞ!
「パンツァードール」は、「外」からの「脅威」に対抗するために作られた「ゴブリ兵器」だ! 「脅威」に対抗するため、フォルムは「ヒト」を参考にしているぞ! 開発に大きく貢献した「貢献者A」に多大なる感謝だ!
「ファウスト」は「パンツァードール」の指揮機としても期待されているぞ! ひとだび侵入者を見つければ、随伴機である「シュツルムドール」を呼び出し、速やかに「脅威」を排除するんだ!
その戦闘能力は、性能テストの時に「検証対象A」を一瞬で倒してしまったほどだけど、治安維持の観点から、実際に配備される時は、大幅に出力制限される予定だから、万が一暴走しても安心だぞ! でも、だからといって不用意に近づいては絶対にダメだからな!
「ファウスト」は「パンツァードール」だけでなく、全ての機工兵器の「祖」となった機体だ! これを基に、後続機である「オプレッサー」や「リビングキッド」「マニピュレーター」なども作られたんだ!
だから、ゴブリンたちはみんな「ファウスト」のことを「先生」と呼んでいるんだけど、中には「門番」と呼ぶゴブリンもいるみたいだぞ! 是非、みんなも好きな愛称で呼んでみよう!