ゴブリンマスクを被ってみれば、文明開化の音がする! 作:ゴブリンライター
オーガ長の襲撃以降、ゴルダナルのゴブリンたちはちょいちょい「混沌の軍勢」の攻撃を受けるようになっていた。
その尽くを返り討ちにしてみせるゴブリンたち。遂に起動した「機工兵器」たちは八面六臂の活躍で、果てしなく広がる大森林と長く険しい山脈による天然要塞は、リトルシャイアを難攻不落の都としていたのだ。
念願だった平和を手にしたゴブリンたち。みな思い思いのまま好きな仕事をし、大好きな趣味に没頭した。世は正に太平の時代なのである!
釣り師である「フィッシュチックス」も、今日も今日とてお気に入りの穴場スポットで、大好きな釣りに興じていた。
ゆっくりのほほんと流れる時間。何かが釣れればとってもハッピー。なんにも釣れなくても、まあいいじゃないかそこそこハッピー。ゴブリンの中には何かと効率重視なゴブリンもいるけれど、フィッシュチックスはそうじゃなかったし、そんなゴブリンもそこそこ多かった。
流れ行くせせらぎをボケェーっと見つめるフィッシュチックス。あらあら今日の釣果はお生憎さまの「ボウズ」のよう。まあそれもいいじゃないかご愛嬌。こんな日にこそステキなことがあるもんさ。
そんなことを思っていたからか、フィッシュチックスの釣り竿にピクピクと反応があった。
「シュココココ!?
遂にきたゴブ? きちゃったゴブ!?」
グイグイと引っ張られる釣り竿。ゴブリン製の超高性能ゴブリフィッシングロッドが大きくしなる。これまでにない大きな手応え。これはもしかしてひょっとして、きちゃったかも!?
思わずフィッシュチックスは立ち上がり、グイッと釣り竿を引っ張った。
「シュココココ!
このアタリ この手応え 間違いないゴブ! 「ヌシ」ゴブ! 遂に来たんだゴブ!」
釣りゴブリンになって幾星霜。実際にどれだけ経ったのかは忘れちゃったけど、それなりに長かったことだけは確かだ。その釣りゴブ生の中でも随一のアタリ。これは間違いなく「ヌシ」が食い付いた感じだった。
フィッシュチックスはロッドを引き引き、リールを巻き巻き……時に大きく、時に優しく、引いて緩めてまた引っ張って、前へ後ろへ闘いを繰り広げる。
よほど立派な「ヌシ」なのだろう。フィッシュチックスの巧みな釣り技術にも関わらず、相手はビクともしない。かなりの大物なのは疑いようもなかった。フィッシュチックスのそれなりに長い経験からして、捉えた「獲物」は“人間並”のビッグサイズに違いない。
「シュコォ……シュコォ……
中々に手強い相手ゴブ……でもでも フィッシュチックスだって負けてないゴブ!」
いかに「獲物」が強敵であろうとも、フィッシュチックスだって百戦錬磨の古強釣り師だ。カレに釣り上げられない「獲物」はいないし、退いてやる気もこれっぽっちもなかった。
しかし相手も相手でヌシ的な意地があるようで、いかなフィッシュチックスでも長期戦を強いられた。攻めて守って引いて緩めて。気付けば相当な時間が流れ、もはや友情すら感じられるようになってきた頃──遂に決着の時が訪れた!
「シュココココ!
今だゴブ! フィィイイイッシュッッッ!!」
渾身の力を振り絞り、フィッシュチックスは遂に「ヌシ」を釣り上げた。バシャーンと水音を立てて陸上げさせられる「ヌシ」。フィッシュチックスは、その“強敵と書いて友”とも呼ぶべき釣果をマジマジと見つめた。
それは、とっても珍しいサカナだった。
鱗はなく、尾ヒレも背ビレも付いていない。胴体部分からは「手」と「足」のようなものが伸びていて、頭部には「毛」のようなものが生えていた。サカナのクセに「鎧」のようなものまで着ていて、たいそう立派な「剣」も持っている。まるでサカナというよりも「ニンゲン」みたいだった。
「シュコォ……シュコォ……
これまた とてとて珍しいサカナゴブ~ こんなサカナ初めて見たゴブ~
これまた 煮ても焼いても うまそうじゃないサカナゴブ~」
フィッシュチックスは釣り上げた「ヌシ」を見て、そんな感想を抱いた。とりあえず、釣り上げた証として「魚拓」を取ろうとしたら、釣り上げた「獲物」がピクピク震え、更にはうめき声まであげたではないか!
「う……うぅぅ、ん……」
フィッシュチックスはびっくらこいて一歩飛び退いた。コイツ喋ったゴブ! 喋るサカナゴブ!
まさに未知との遭遇。まさか喋るサカナを釣り上げてしまうとは、なんということか! フィッシュチックスは自分の才能が恐ろしくなった。まさか喋るサカナを釣り上げてしまうだなんて、前代未聞の偉業であった!
これでフィッシュチックスの「名」は、栄光あるゴブリン族の歴史の中でも燦々と輝く偉ゴブリンとして、未来永劫語り継がれることにウンヌンカンヌン──。
「うぅぅぅん……あ、あれ? ここは?」
そうこうしていると、そんなことを呟き始めた喋るサカナ。顔を上げ、辺りを見渡す。これはイカン! せっかく釣り上げたサカナに、逃げられてしまってはかなわない。陸を走るサカナなんて聞いたこともないが、手と足みたいのが生えてることだし、そんなことも仕出かすかもしれない。何せ相手は「ヌシ」なのだ。あり得ない話じゃない。
「んん? あれ? あなたはヘブシッ!?」
瞬間、脳天を直撃する「ゴブリンハンマー」。喋るサカナは再び目を回し、大きなタンコブを作ってもう一度ぶっ倒れる。ふぅ、危なかった危なかった。危うく取り逃がすところだったゴブ。
さあこれでひとまず一安心。あとは魚拓を取って、図鑑に残して……そうだ! せっかくだからリトルシャイアのみんなにも見せてあげよう! こんなニンゲンみたいな喋るサカナ、きっとビックリするに決まってるゴブ!
「シュコォ……シュコォ……
そうと決まれば 早速取りかかるゴブ~ ゴブゴブブ~ン」
そんなわけでフィッシュチックスは喋るサカナを“えいや”っと担ぎ上げると、みなに見せびらかすためにリトルシャイアへ急いだ。そばに落ちていた、それはもう見事な大剣もモチロン忘れずに……。
フィッシュチックスが喋るサカナを持ち帰ると、リトルシャイアはちょっとした騒動になった。なになになんなの何を釣り上げたの? うわまるでニンゲンみたいなサカナゴブ! ちょっと なんてモノ釣って来ちゃったのよ!? スゲーマジでニンゲンそっくりゴブ!
ザワザワと騒乱に包まれるリトルシャイア。フィッシュチックスは一躍時のゴブリン。ワイワイゴブゴブとみんな集まってきて、喋る奇妙なサカナに夢中になった。
はぁあん……それにしても見れば見るほどニンゲンそっくりな喋るサカナゴブね。
しかし、みんなでワイワイ盛り上がっている時、とあるゴブリンがとある勘違いに気が付いた。ありゃりゃこれはもしかして……とあるゴブリンがみんなの前でその勘違いを披露する。
「シュコォ……シュコォ……
みんなみんな 勘違いしてるゴブ
喋るサカナと言うけれど ゴブたちコイツが喋ってるとこ 見たことないゴブ!
だから コイツは「喋るサカナ」じゃなくて 「喋らないサカナ」ゴブ!」
えっ? えっ? あっ! 確かに言われてみれば、そうだそうだその通り。コイツさっきから喋ってないし、喋る気配もない。ならばコイツは「喋るサカナ」じゃなくて「喋らないサカナ」ゴブ! これは危ない危ない騙されるとこだった。
なんという思い違いをしていたのだろう。しかし、ゴブリンたちがそう思いかけた瞬間、なんとビックリ喋らないサカナが「ぅ……ぅう、ん」と喋ったではないか!
アッーコイツやっぱり「喋るサカナ」ゴブ! 「喋らないサカナ」は「喋るサカナ」だったゴブ! うわあ、なんという驚きの大発見! よもや「喋るサカナ」が実在していたなんて、前代未聞のビックリ仰天!
そんな世紀の大発見である「喋るサカナ」を、見事釣り上げたのフィッシュチックスは、みんなに「スゲースゲー」と讃えられ褒めちぎられる。その隙をついて、何事も研究熱心なマッドマッディクスが「喋るサカナ」に近づいてみると、如何にして「喋るサカナ」が喋っているのかを調べようとした。
「うぅぅ……うーん……」
なるほどなるほど~確かに確かに空耳じゃなくて、バッチリしっかり喋っている。エラ呼吸じゃなくて肺呼吸。胴体からは「手足」が生えていて、頭部にも「毛」が生えていた。まるでニンゲンのように「鎧」を着て、これはもしかしてこのサカナの「鱗」かなにかかな?
なんともなんとも摩訶不思議な「喋るサカナ」……喋るサカナ、喋るサカナ、喋るサカナ……うん? 喋る……サカナ?
「シュコォ……シュコォ……
コ コイツ ま まさか!?」
それは、人体にとっても詳しいマッドマッディクスだからこそ、気づけた事なのかもしれない。コイツはもしかしてひょっとすると、ほんとは「喋るサカナ」じゃなくて……。
「うぅぅぅうん? あれ? 大きな目に、大きな鼻……はっ! ひょっとして宇宙じデブシャ!?」
瞬間、脳天を直撃する「ゴブリンハンマー」。喋るサカナ(仮)は
思わずぶっ叩いてしまったマッドマッディクスは、衝撃のあまり叫んだ。
「ジュコォ……ジュコォ……
コイツ 「喋るサカナ」じゃなくて 「喋るニンゲン」ゴブ!!
喋るサカナは 喋るニンゲンだったゴブゥゥウウ!!」
えええええ!? これはまさかまさかの新事実! 喋るニンゲンっぽいサカナは、ホントのところは喋るサカナじゃなくて、喋るニンゲンだったのだ! ええええ、そんなバナナ!
ついに判明してしまった真実に、ゴブリンたちは大恐慌に陥った。ギャーニンゲンゴブ! きっとマスクを取りに来たのよ! うわー逃げろマスクを取られるぞ! 警備兵を呼べー! きゃー助けてファウスト先生!
大混乱に包まれるリトルシャイア。直ぐ様「賢学者議会」が招集され、あれやこれや、そうじゃないこうじゃないと話し合いが行われる。
どうすんのよ ニンゲンなんて拾ってきて! そんなぁ まさかニンゲンだとは思わなかったんだゴブ~ でも よくよく見てみれば どっからどう見てもニンゲンじゃない! でもでも みんなも勘違いしてたゴブ~ それは確かにその通り。
なんやかんや色々と議論され、ああでもないこうでもないと話し合われたが、結局決まったのは「穏便にお帰り願う」ということだった。
相手はフィッシュチックスが拾ってきた、一見なんの変哲もない「ニンゲン」さん。現時点では「侵入者」であるか「迷い人」なのか判断が付かない。ならば、乱暴に扱うのは非文明的であると言えた。
とりあえずゴブリンたちは「喋るニンゲン」を「マッドマッディクス研究所」に搬送すると、容態を見た。
「シュコォ……シュコォ……
どうやら 頭部に“強い衝撃”を受けたようでゴブ
でも バイタルに問題はないゴブから そのうち目覚めるゴブ」
“強い衝撃”を与えた張本人のくせに、素知らぬマスクでマッドマッディクスが言った。
さて、そうなれば「誰が」この「喋るニンゲン」にお帰り願うのかという話になる。なにせ相手は“あのニンゲン”さん。「混沌の軍勢」よりかはマシであるとはいえ、凶暴で野蛮な可能性は五分五分であった。ゴブゴブ、ゴブリンだけに、ゴブゴブ。
しかも「喋るニンゲン」はどうも“赤毛”のようで、過去のデーターを参考にすると凶暴な可能性が飛躍的に高まった。ゴブリンたちの実体験では「赤毛のニンゲン」は凶暴で、「金髪のニンゲン」は温厚なのだ。サンプルが二種類しかないので一概には言えないが、ゴブリンたちには慎重な対応が迫られた。
「シュコォ……シュコォ……
誰かが代表して 交渉するのがいいと思うゴブ! 成人していて 知性が高く 経験豊富で 実力があり 頼りがいのあるゴブリンがいいと思うゴブ!」
というわけで矢面に立つことになったのはアルデニクスである。拾い主であるフィッシュチックスと共に、喋るニンゲンと対面する。
「ぅ、うう~ん……あ、あれ? ここは?」
なんだか前にも同じようなことを言ったような? そんなことを思いながら喋るニンゲンは目を覚ました。
ゴブリンたちに緊張が走る。空気が3℃くらい下がった気がしたが、観測によると気のせいだった。下がったのは2℃である。なんということでしょう。万が一の時に対処するため、対ニンゲン用の薬物なども準備させてあるが、どう転ぶかはゴブリンにも分からない。
「シュコォ……シュコォ……
ようやくお目覚めゴブ~ ここはゴブたちの都「リトルシャイア」
オマエさんは フィッシュチックスリバーで川流れしていた時 フィッシュチックスにフィッシュされ 釣り上げられたんだゴブ」
「……うぅぅ、んん? えぇっと?」
唐突にそんなこと言われても……そう疑問符を浮かべるニンゲン。フィッシュチックスがフィッシュチックスでフィッシュチックスがどうしたって?さてさて対するアルデニクスたちは、そんな様子を見せるニンゲンにホっと一息ついていた。
「喋るニンゲン」さんは、初手でいきなり斬りかかってこないところからして、そこそこ温厚なタイプのニンゲンのようだ。とはいえまだまだ安心できない。アルデニクスたちはさらなるコミュニケーションを試みるため、会話を続ける。
まず切り出したのはフィッシュチックスだ。
「シュコォ……シュコォ……
オマエさん このフィッシュチックスが釣り上げたんだゴブ~
それはそれは とてとて大変だったゴブ~
そのままリリースするのは勿体なかったから 持って帰ってきたんだゴブ~」
フィッシュチックスの発言にアルデニクスが「えっ!? そうだったの?」と振り返える。それにフィッシュチックスが「任せろ!」といったマスク顔をした。アルデニクスが頷く。しかし、フィッシュチックスはノリでそうしただけで、実はまったくのノープランだった。
「そ、それはどうもありがとう? ああっとキミたちは……」
「ゴブはフィッシュチックス! そしてこっちのカレは アルデニクスゴブ!」
「どうも はじめまして こんにちはゴブ」
「え、あ、うん、どうもはじめまして……えっと、ボクは見習い冒険者です」
そう自己紹介をする見習い冒険者。胸部はぺったんこだが、マッドマッディクスの診断によればニンゲンの「メス」らしかった。前の赤毛と同じタイプである。でもでも金髪のヒトとも同じタイプだったので、見習い冒険者の危険性に変化はなかった。
「シュコォ……シュコォ……
それにしてもオマエさん どうしてこうして 川流れなんかしていた?
趣味ゴブか? それとも噂に聞く「カッパ」ゴブか? 教えてみるみる」
アルデニクスがそう尋ねる。注意深く観察し、返答を待った。回答によっては、いつでも動き出せるよう身構える。なんだかイヤな予感がするゴブ。緊張の一瞬だった。
見習い冒険者が“う~んう~ん”っと頭を捻ると、記憶を思い出しながら答える。
「ええっと、確か……ゴブリンの親玉っぽいのを追いかけてた時に、うっかり道に迷っちゃってね。なんとかその親玉は倒したんだけど、帰る途中、「変な人形」みたいのに遭遇しちゃって、それで戦闘になったんだけど、そいつがそれはもうトンデモなく強くってさ……んで、その戦闘中にうっかり足を踏み外しちゃって、そのとき頭を打って川に落っこちちゃったみたい……あっ! 二人とも、助けてくれてありがとうね!」
そう見習い冒険者は頭を擦りながら言った。そして「ボクだって
すっごいデカいタンコブになってる──そんなことを見習い冒険者が呑気に思っていた時、居合わせていたゴブリンたちには戦慄が走っていた。
アルデニクスたちは動揺を悟られないよう冷静なマスク顔を演出したが、果たして効果はあったかどうか……アルデニクスは直ぐ様バックにいるゴブリンたちに指示を出し、「パンツァードール」たちに何か異常がないかどうか確認させる。
するとなんということだろうか! 山間部に配置されていた「ファウスト」の一体が、ボロボロになって半壊しているではないか! その事実にゴブリンたちは大慌て。直ぐさま新たな「ファウスト」が派遣されたが、当番だった警備ゴブリンはオシオキ一七日の刑に処された。
「シュコォ……シュコォ……
よもやファウストと戦って生き残るとは トンデモナイヤツゴブ この見習い冒険者さん ヤベーヤツゴブ」
そうボソボソとアルデニクスは呟いた。
「シュコォ……シュコォ……
こんなヤベーヤツを釣り上げてしまうだなんて 自分の才能が怖いゴブ」
フィッシュチックスはお気楽にもそんなことを言ってみせた。
そんなフィッシュチックスを、アルデニクスはポコンっと叩く。まったくの偶然だったとはいえ、そんなヤベーニンゲンさんを勘違いでリトルシャイアにつれてきちゃったのは、他でもないフィッシュチックスなのだ。少しは反省しなさいっとアルデニクスはツッコむ。
さてさてこの見習い冒険者は、どうにも「ファウスト」と戦闘して川に落っこちたらしい。そうであるならば、いちおう「侵入者」として分類されるが、見た感じ「敵意」も「害意」もないようなので、手荒なマネはご法度であった。ゴブリンたちはお互いのマスクを見合わせて頷く。
「シュコォ……シュコォ……
それにしても とてとて面倒くさいことになったゴブ
フィッシュチックス トンデモナイヒト 釣り上げちゃったなゴブ」
「でもでも あのままほっとくわけにもいかなかったゴブ! 仕方がなかったんだゴブ!」
「確かに確かに 起きてしまったコトは このさい仕方がないゴブ
幸い 暴れだす様子もないゴブし このまま丁重にお帰り願うゴブ」
「でもでも しかして どうやって?」
そうコソコソ相談するアルデニクスたちが気になったのか、好奇心旺盛な見習い冒険者がずいっと割り込んできた。
「ねーねー? なんの話してるの?」
「シュココココ!
べ 別に なんでもないゴブよ!
別に オマエさんにさっさとお帰り願う相談なんて してないゴブよ!」
「あっ……」
アルデニクスがフィッシュチックスを見つめる。フィッシュチックスもアルデニクスを見つめた。見習い冒険者はその様子を気まずい感じで見ていた。
「シュコォ……シュコォ……
フィッシュチックス それ言ってしまっては 元も子もないゴブ
穏便にお帰り願いたいヒトの前で お帰り願う相談してるって言うのは なんやかんやお帰りいただけないフラグゴブ!」
「シュココココ!
しまった あらま やっちまったゴブ!
見習い冒険者さん 後生だから 今のは聞かなかったことにしてほしいゴブ!」
「えっ……と、そう言われても、ねぇ……」
流し目になり頬をかく見習い冒険者。見ちゃいけないものを見てしまった気分だが、どうやらあまり歓迎されてないということだけは分かった。
でも、なんというんだろうこの感じ……上手く言えないが彼らの様子を見ていると、なんだかこう──不思議とイジメたくなるね! キラーンと目を輝かせて見習い冒険者は思った。
「うーん……別に聞かなかったことにしてあげてもいいけど、どうしようかなぁ~。ボクは別にどっちでもいいんだけど、どうしてもって言うなら、考えてあげなくもないかなぁ~」
勿体ぶってやや演技過剰になりつつも、見習い冒険者はそう言う。もちろん、チラチラと反応を伺うのも忘れない。
ゴブリンたちはビクゥっとなると、見習い冒険者から距離をとってヒソヒソと相談を始めた。オイオイヤベーよどうするよ。どうするたってどうするゴブ……それがなんだか子供たちの井戸端会議を見ているようで、見習い冒険者はつい吹き出してしまった。
「プッ……冗談だよ冗談! 別に聞かなかったことにするくらい、そんなに慌てなくても全然やるよ」
「シュコォ……シュコォ……
本当ゴブか~? 本当に嘘ついてないゴブか~?
偽証罪 とてとて重い「罪」ゴブよ~ ウソだったらオシオキ一二日の刑ゴブよ〜」
「うんうん、ついてないついてない……ボクは何も聞きませんでした! キミたちがボクに“お帰り願う相談”をしてるだなんて、一言も聞いておりません!」
両手で耳を塞いで、見習い冒険者はそう言った。
「シュコォ……シュコォ……
ああ良かったゴブ! これで一安心ゴブね!
ささアルデニクス 話の続きを進めるでゴブ!」
「あ~ なんかもう これでいいのかって感じゴブ~」
アルデニクスはちょっぴり悲しくなった。それでもここで立ち止まっては話が進まないので、アルデニクスはレンズを拭いて前進することにした。
「……んで 見習い冒険者さん なに見てるゴブ?」
「いや、“聞かなかったことにする”とは言ったけど、“見なかったことする”とは言ってないなぁって……」
「シュココココ!
だからって ジロジロ見るのはダメゴブ~ ダメダメなんだゴブ~」
「えー、でも「聞かなかったことにしてほしいゴブ」とは言われたけど、見ちゃダメなんて言われてないもん!」
「シュココココ!
確かにその通りおっしゃる通り でもでも それは屁理屈ってやつゴブ~
見習い冒険者さん 屁理屈さんゴブ! 屁理屈さんは嫌われるゴブ!」
ゴブリンたちはプンスカプンスカ。その反応がいちいちコミカルで、見習い冒険者の嗜虐心をますます刺激した。
「分かった、分かったよ。今度は聞きも見もしません! キミたちに嫌われたくないしね!」
今度は目も耳も閉じてそう言う。ようやく見習い冒険者が引っ込んだことを認めると、ゴブリンたちは再び相談を始めた。ゴブゴブフゴフゴ、ああでもないこうでもない。
しかし、幾ばくもしない内に、見習い冒険者からコソッと横槍が入った。
「ねぇ、もしかしてキミたちってさ……ゴブリンだったりする?」
サーッと冷や汗が流れるのをアルデニクスは感じた。フィッシュチックスが何か言おうとしている。オイバカ止めろ。
「シュコォ……シュコォ……
ど どうして……そう……思ったゴブ?」
「どうしてって……さっきからずっと「ゴブゴブ」言ってるし、もしかするとゴブリンなのかなぁ? って」
ガガーン! ゴブリンたちは予想だにしていなかった発言に慌てふためいた。よもや語尾の「ゴブ」と「ゴブリン」を結びつけるだなんて、コヤツ天才かッ!?
ゴブリンたちは「赤毛のニンゲン」を研究したことによって、人体構造など様々なことを知ったのだが、何より多く学んだのは、「人間はゴブリンのことが嫌い」ということだった。
なのでニンゲンと接触する時は、極力ゴブリンであることを明かさないように細心の注意を払っていたというのに、まさか語尾からバレるだなんて、全くの盲点である。
「ねえ、ねえ、どうなの? キミたちって、ゴブリンなの? それとも違うの?」
「シュコォ……シュコォ……
もしゴブリンなら どうする気ゴブ?」
アルデニクスは訊いた。口調は淡々としていたが、事の次第によっては最悪刺し違える覚悟すらあった。ニンゲンがゴブリンだと分かって取る行動は、大凡予想される限りでは碌なもんじゃないからだ。
「んっ? 別にどうもしないよ。だって、キミたちは「良いゴブリン」じゃん。「悪いゴブリン」なら倒すけど、キミたちはそうじゃないでしょう?」
特に根拠はない。なんとなくそう
「それにしてもボク、「喋るゴブリン」なんて初めて見たよ。みんな「喋るゴブリンは危険だ!」って言ってたけど、やっぱり噂はアテにならないんだね。キミたちには邪悪さの欠片も感じないもの」
「シュコォ……シュコォ……
じゃあ ゴブたちをイジメたり 斬りつけたり マスクを取ったりしないゴブか?」
「うんうん、しないしない。というかそんな酷いことした人がいたの?」
ゴブリンたちはその返答を以って、見習い冒険者を「温厚なタイプのニンゲン」であると認定した。見習い冒険者は赤毛であるが、金髪の女治癒士と同じタイプである! そうなりゃ洗いざらい話してさっさとお帰り願おう!
「シュコォ……シュコォ……
分かった 分かった 決まりゴブ~
見習い冒険者さん「良い人」ゴブ~ 女治癒士さんと一緒ゴブ~
ここは ゴルダナル大森林の「リトルシャイア」ゴブ~
我らは彼らは そこに住む「文化ゴブリン」ゴブ~
オマエさんは今回 ゴブたちの防衛兵器に捕まって ボコボコにされたんだゴブ~」
「ふんふん……って、えっ!? 防衛兵器?もしかして“あの人形”って、キミたちのだったの!?」
見習い冒険者の驚きの顔。
「その通りゴブ~ その節はそれはそれは 大変申し訳なかったんだゴブ~
お詫びに ゴブたちにできることなら 一つだけ お願い聞いてあげるゴブ~
だからだからそのかわり ゴブたちのお願いも一つ 聞いて欲しいんだゴブ~」
ここぞとばかりにアルデニクスはそう言った。
「それは、別にいいけど……何をお願いしたいの?」
見習い冒険者の了承に、アルデニクスは一瞬言葉を置いて続けた。
「シュコォ……シュコォ……
ゴブたち 静かに暮らしたいんだゴブ~ 平和に過ごしたいんだゴブ~
無闇な争いはご遠慮したいんだゴブ~
だから見習い冒険者さん 森を出て 森を出たら ゴブたちのことは黙ってて欲しいんだゴブ~」
見習い冒険者はう~んっと考えた。「それってお願い二つない?」なんて空気の読めないことは言えない。対するアルデニクスたちゴブリンも、言い淀む見習い冒険者を見て思った。やっぱり見習い冒険者さんは「悪いヒト」だったゴブか!?
しばらく沈黙が続き、ややあってから見習い冒険者が口を開いた。ドキドキの瞬間である。
「もちろん良いよ!」
あっけらかんと言い放つ見習い冒険者。
フゥ……おそらくきっと、その瞬間はリトルシャイア中のゴブリンがホっと一息ついた瞬間に違いない。しかし、気を抜くなかれ、見習い冒険者の言葉はまだ続いていたのだ。
「でもその代わり──ボクに「キミたちの人形」と戦わせてくれないかな?」
ゴルディオン闘技場では、ひしめくゴブリンたちが盛りに盛り上がっていた。
こんなに盛り上がっているのは「オーガ長」の時以来である。というかこの闘技場が使われたこと自体が、オーガ長以来であった。
今回も今回で「剣闘マスク」を被った「剣闘ゴブリン」が、みんなを代表して進み出て、アナウンスする。
「シュゴォ……シュゴォ……
見るとイイ 聞くとイイ 騒がしいゴブリンたちよ! 暇を持て余したゴブリンたちよ!
遂に今日とて 決闘の幕開けでゴブ!」
わぁあああっと歓声をあげるゴブリンたち。久々の決闘にゴブリンたちは湧きに湧いた。剣闘ゴブリンがアナウンスを続ける。
「本日決闘をするのは ご存知 我らが門番「ファウスト」先生ッ!!
数多の侵入者を ちぎっては投げちぎっては投げ 我らがゴブリンの発展に 大いに貢献してくれたゴブ!」
今回はオーガ長の時とは違い、ファウストは既に開始位置でスタンバイしていた。ファウストに向けて、ゴブリンたちの黄色い声援が注がれる。キャーファウスト先生頑張って!
「シュゴォ……シュゴォ……
対する挑戦者は この度フィッシュチックスに釣り上げられたニンゲンさん!
通称「喋るサカナ」 見習い冒険者ァァァアアアアア!!」
バァンっと見習い冒険者にスポットライトが当てられると、彼女に対してもゴブリンたちは惜しみない声援を与えた。やいのやいのやいのやいの。中には野次らしきものも混じっていたが、まあまあそれはご愛嬌。アウェーにしては概ね好印象な声援ばかりである。
なんとも大掛かりな仕掛けに、見習い冒険者は胸を高鳴らせた。
「うん! すっごいワクワクするね!」
それにしても、この見習い冒険者。この雰囲気に飲まれないとは、見習いのクセにかなり肝が座っているのである。ゴブリンたちはみなスゲーっと関心した。
しかしそれもそのはずである。なぜなら見習い冒険者は、ずっとこんなシチュエーションを密かに望んでいたのだ。それはもう結構シリアスな感じにである。
周りは目を覆うばかりの敵だらけ。味方はなく、孤立無援の状態で、相対するのは勝てるかどうかも分からない比類なき強敵──そんなギリギリの「冒険」を、見習い冒険者はずっと待ち焦がれていたのだ。
「でわでわ 決闘の開始ゴブ〜! ミュージックスタート!」
冒険者になれば、それが成せると思っていた。でも直ぐにそれが間違いだと気付いた。
彼女はあまりにも、あまりにもあまりにも強すぎたのだ。
冒険者になってから、ずっと感じていた僅かな不満。
理性という平和を探し求める 平和なき時代のゴブリンたち
信じ続ける理由 眠れる獣を目覚めさせろ!
決して満たされることのなかった密かな欲求。ずっと憧れていた「冒険」は、念願だった「冒険者」は、
見習い冒険者は運命に愛されていた。苦戦はなく、敗北もまた無い。それ故に満たされぬ想いはますます焦がれ、やがて遂には一時的に
この運命を手放せ お前は夢幻に囚われた
夢の中で足踏み続け 前に進む気配もなく 後ろに戻る気配もない
ずっと一緒だった幼馴染たちとの別れ。不安と孤独の中で挑んだ初めての単独任務。それでも心のどこかでこう思っていた。「
そう思っていた矢先に出会った真の強敵、真の怪物、真の冒険。その
でもまだ足りない。まだまだ全然足りてない!
そう 我らが仕える「騒がしき世」がバネの如く張る
一歩後退! 二歩 二歩 二歩 一 二 三!
一回目は中途半端なところで終わってしまった。バカなことに足を踏み外して、中断されてしまったのだ。だからまだまだ満たされていない。あれくらいじゃ全然足りない。むしろ、知ってしまったからこそ、その渇望は余計に膨れ上がっていた。
消されたすべてに依存するシステムに
お前は流され込んで落ちていく
ゴブリンたちの歌が聞こえる。「
お前がこのシステムから抜け出すために戦うことは
お前がこの場所に戻ることを意味する
笑みを浮かべる。胸が高鳴り、頬が紅潮した。まるで恋をしているかのようだ、と柄にもなく思う。でも言われてみればそうなのかもしれない。まさか初恋の相手が人形で、しかもこれから決闘する相手だなんて思ってもいなかったが、まあ、そんな恋もありっちゃありだろう。そんな悲劇のヒロインってのに、憧れてた時代もあった。
そう お前を最下位に落とすシステムに
またもや流され込んで落ちてゆく
「だから、これで滾らなくてどうするのさ!!」
音を置き去りにして見習い冒険者は駆けた。渾身の力で愛用の剣を振るう。駆け出しの時に偶然手にした曰く付きの一品だが、これほど手に馴染む剣はなかったし、これほど切れ味のある武器もなかった。
明日には時間が足りない!
始点に戻るためには圧倒的に足りない!
ドゴーン! 剣戟で発生してはいけない轟音を立てて、ファウストを斬りつける。大抵の場合この一撃だけで全てが決着するのだが、ファウストは平然と受けきって、平然と反撃してきた。
それが何よりも嬉しかった。
「そうこなくっちゃ!」
二十二区画の走査完了!
一方向に断片アリ!
繰り出される一撃は何もかもが激烈。まともに喰らえば、いかな見習い冒険者でも必殺であろう。それが雨霰の如く注がれる。これが悪夢と言わずしてなんというのか。その悪夢の中を、見習い冒険者は駆ける、駆ける、駆ける。
天体のノイズを発見!
精神錯乱の疑いナシ!
何度も潜り抜ける死線。ギリギリの攻防。情け容赦のない刺突を避け、僅かな隙を見出しファウストに一撃を加える。
しかしファウストはビクともしない。
「いまさらそれくらいじゃビックリしないよ!
詠唱破棄な上に異状なまでの威力で放たれる魔法。人形相手で電撃が有効であると判断したのか、しかし、見習い冒険者の攻撃はこれで終わりじゃなかった。
「まだまだあああッ!
怒涛の雷撃魔法六連発! 理不尽な攻撃の連続に、されどファウストは怯まない。不沈艦の如き勇猛さで、見習い冒険者に迫りくる。
「いいよ! そうだよ! そういうのだよッ!!」
思わず歓喜の声をあげる。
異常なまでのタフネス。
エネルギーが徐々に浸透
我が存在との相乗効果
同じだ……。
滴る汗を舐め、見習い冒険者は正眼に構える。ファウストの刺突が彼女の頬を掠めた。全く息つく暇もありはしない。そうだというのに、見習い冒険者は決して笑みを崩さなかった。
呼吸が苦しい。心臓がバクバクする。筋肉ははち切れそうで、頭は割れそうだった。手に持つ「愛剣」が異様なまでに重い。それでも容赦なく繰り出される攻撃を紙一重で躱し、愛剣を振るって、見習い冒険者はこれまでにない充実感を得ていた。
不信の一時停止
シナプス伝達まで あと三秒 三 二 一……送信!
同じだ……この人形はボクと同じだ……。
異常、異端、異質、異形……何もかもが常理から外れた化物。この世界の
“ボク”と同じ、“おかしなモノ”。
見習い冒険者と人形の戦闘は、恐ろしいまでに噛み合っていた。戦法が似ているとか、相性が良いとかいうレベルじゃない。存在レベルで……いや世界レベルで両者は噛み合っていた。
そう、つまりは「世界観」がとってもマッチしていたのだ。
言葉を交わさなくても、ともすれば剣を交えなくても、分かる。“この人形”は……いや、“この場所”はボクと同じ“存在”だ。歌うゴブリンたちも、戦いを見守るゴブリンたちも、声援を送るゴブリンたちも、みんなみんな。
それが見習い冒険者は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
一人じゃなかった。
楽しい
楽しい……
すごく楽しい……
私はいま、すごく楽しんでる!
「楽しい!」
生まれて初めて感じた感情を、見習い冒険者は素直に言った。
咆哮、疾走、そして──気付けば、立っていたのは見習い冒険者だけだった。
ゴブリンたちが大歓声をあげる。
荒々しく息を吐いて、見習い冒険者は辺りを見回した。彼女の足元には崩れ落ちたファウストが沈黙している。
「勝っ……た?」
息も絶え絶えそう吐き出す。
「その通り! その通り! お見事ゴブ! 見習い冒険者さん! おおブラボー! おおブラボー!」
ゴブリンたちはみんな立ち上がり、見習い冒険者の勝利を讃えた。スゴいぞ! スゴいぞ! 見習い冒険者さん! よもや最後まで戦いきるだなんて! ゴブたちも最後までお歌が歌えて大満足ゴブ!
体を剣に預け、見習い冒険者はゴブリンたちの称賛に応える。ハハハ、勝った、勝ったぞ!
「さてさて 見習い冒険者さん!
オマエさんは 見事「
「……えっ?」
瞬間、見習い冒険者に一筋の汗が流れた。なんだかとってもイヤな予感がする。
「見事 挑戦権を勝ち取った見習い冒険者さんに みんな惜しみない拍手ゴブ!」
万雷の拍手が闘技場に響く。ゴブリンたちが口々に言う。スゴいゴブ! ヤバいゴブ! トンデモナイゴブ! 見習い冒険者さんヤベーニンゲンゴブ!
アア、ナンダカモノスゴク嫌ナ予感ガスル……。
「──そんなわけで お待たせしました 第二ラウンドゴブ!
起動せよ「オプレッサー」! ポチッとな」
ガウィィィィイイイインンンンン。
闘技場にある「門」が円を描き回転する。低く轟く起動音を鳴らして「門」が開く。はたしてそこから這い出て来たのは、ファウストよりも遥かに大きく、遥かに巨大な、対大型施設用無人兵器「オプレッサー」だった。
そうさっきまでの「ファウスト」はあくまでも「門番」で、「本番」はこれからだったのだ。
「は、はは……さすがに、これは、想定外……」
乾いた笑い声を漏らす。
体はボロボロ。足はガクガク。完全に満身創痍。そもそも万全の状態で勝てるかも分からない相手。敵はもはや巨人を越えて小さな城。それでも見習い冒険者の気力は今だ萎えず、戦意は挫けていなかった。
「ではでは 第二ラウンド開始ゴブ~!」
始まりのゴングは必要ない。ゴブリンたちが再び歌い始めたと同時に、見習い冒険者はオプレッサーへと駆けていった。
「ちくしょー、あと少しだったんだけどなぁ……」
愛用の大剣を杖のように突き、見習い冒険者はトボトボと田舎道を歩いていた。体中ボロボロで美しい赤髪もあっちこっちに跳ねている。
あのあと見習い冒険者は「オプレッサー」に敗北した。そりゃあ見事に大敗した。文句の一つも出やしない完全敗北だった。
「良いところまでいったと思ったんだけど、まさか分身が出てくるなんてね……」
ホント、なんでもありかよ。そう見習い冒険者は呟く。
「でも、楽しかった……」
そう、楽しかった。負けたけど、ずっと楽しかった。
あれやこれや考えて、工夫して、頭を使って、体を使って、使えるものはなんでも使って、手持ちのカードを全部フル活用して、それでも勝てなかった戦いは、すっごく楽しかった。
今までの、ただ力任せにゴリ押しする戦いでは得られなかった不思議な快感。ずっと探し求めていた楽しさ。
見習い冒険者はすっかりその魅力に魅了されてしまっていた。
「帰ろう……帰って、もっと強くなろう……」
何者もボクには敵わない──そう勝手に思っていたボクはなんて烏滸がましかったのだろう。世界は広い。世界は果てしない。冒険は確かにある。あの森のゴブリンたちのように、ボクの知らない「未知」はこの世界にはまだまだある。
「思い切って一人で出てきて良かった……」
そうじゃなかったら、きっとこんなステキな出会いに巡り合うことは出来なかったであろう。なにかと口うるさい幼馴染たちと一緒では、きっとこんな「危険」は冒せなかっただろうから……。
「でも、今回のことで骨身に染みたよ。ボクは弱い。一人ぼっちじゃもっと弱い。だから──」
帰ったらいの一番に謝ろう。“勝手に出ていってごめんなさい”とちゃんと謝ろう。
謝って、そして今度は三人でゴブリンたちに会いに行こう。あの陽気で元気で能天気なカレらに、また会いに行こう。
「出ていってとも、黙っててとも言われたけど、帰ってくるなとは言われなかったからね……あっ、でもそうすると、二人には言えないのか……」
まあ、いいさ。きっとカレらならそれくらい笑って許してくれるはず。二つあったお願いを、ボクはちゃんと聞いてあげたのだから、それくらいは許されるはずさ……一人家路を急ぎながら、見習い冒険者はそう思った。
『ローカス』
ゴブリンたちの戦闘歌。パンクでロックなメタル音楽。主にゴルディオン闘技場などで流され、大いに場を盛り上げる。
作詞作曲はシングソングス。しかし彼女が言うには、ある日、腐茶で酩酊状態に陥っていたところ、偶然交信してしまった「音楽仙人」なる存在より賜ったものらしい。
シングソングスが交信した「音楽仙人」は、痩せ型でロン毛、手には鶏肉の揚げ物を持ち、ニーソというものが大好きな、とっても陽気な仙人だったそうで、彼女が闘技場で使うBGMに悩んでいると相談したところ、「オーだったらちょうどいいモンがあんよ!」っと気前よく「ローカス」を教えてくれたそうだ。
シングソングスはそのことに非常に感銘を受け、音楽仙人に倣って「ソッケンソングス」と改名することにした。彼女はその後、酩酊状態になるとたびたび音楽仙人と交信するようになり、数多くのバリエーション豊かな音楽を生み出すことになる。