ゴブリンマスクを被ってみれば、文明開化の音がする! 作:ゴブリンライター
一人の冒険者が、街道を歩いている。
薄汚れた鉄兜に革鎧、手には円盾と短剣、腰に雑嚢を携えた、みすぼらしい冒険者だった。
冒険者の名は「ゴブリンスレイヤー」──その名の通り、
等級は「銀等級」──在野では最高位の等級であり、ゴブリンスレイヤーは、ゴブリン退治だけでその等級にまで上りつめた、
ゴブリンスレイヤーにとって「ゴブリン」こそが行動原理であり、存在理由だ。彼にはそれ以外に何も無く、それ以外に何も必要なかった。
今は「依頼」を終え「辺境の街」へ帰る途中だ。依頼内容は言うまでもなく「ゴブリン退治」であり、ゴブリンスレイヤーはいつものようにゴブリンを見つけ、戦い、そして殺した。
波乱は何もなかった。ゴブリンは馬鹿だが間抜けではない。ゴブリンスレイヤーは口癖のようにそう言うが、所詮ゴブリンは卑猥で知性の低い下等生物だ。ゴブリンを知り尽くした彼の敵ではなく、彼は尽くを見つけ出し、尽くを鏖殺した。
油断や慢心など欠片も無い。たとえ代わり映えのない「仕事」だとしても、ゴブリンスレイヤーは坦々と仕事をこなし、坦々と
ゴブリンスレイヤーは「辺境の街」に着くと、早速冒険者ギルドに行き、受付嬢に依頼達成の報告をした。
「あ、お帰りなさいゴブリンスレイヤーさん。依頼の方はいかがでした?」
「ゴブリンを殺してきた。数は八。ホブやシャーマンなどの「渡り」はなし。依頼どおり極小規模な巣だった。増援もなし。これなら「駆け出し」でも問題はなかっただろう」
「ははは……そうだとしても「ゴブリン退治」は中々やり手がいませんから……」
ゴブリンスレイヤーの報告を聞き、淀みなく答えつつも、スラスラと書類に記入する受付嬢。
「……はい、特に問題はありませんね。他になにか気になった点などはありませんでしたか?」
「気になったこと……」
顎に手を当て思案する。
受付嬢はその様子を上目遣いで伺うと、心の中で“珍しいこともあるものだ”と思った。
ゴブリンスレイヤーは、ことゴブリンに関しては「ド」が付くほど大真面目な男だ。依頼報告に関しても、彼女の「教育」の賜物か、言い淀むことは全くない。少なくとも、ゴブリンに関しては……。
そんな彼がなにか思案している。
なにか異変でもあったのだろうか? ゴブリン退治のプロフェッショナルであるゴブリンスレイヤーの言葉は、存外、ギルドでは重要視される場合が多い。都では
暫しの後、ゴブリンスレイヤーは静かに口を開いた。
「ゴブリンどもに変わりはなかった」
ホっと胸を撫で下ろす受付嬢。
「……だが、“奇妙な娘”に会った」
「奇妙な……“娘”ですか?」
さっきまでとは違う意味で受付嬢に緊張が走る。ライバルは少ないと思っていたが、もしかして、もしかするのか?
「そうだ、“娘”だ。依頼のあった村の教会にいる「修道女」だったのだが、村に行くとゴブリン退治に
「猛反対? 急かされたのではなく?」
「ああ。まるでこの世の終わりのような様子で懇願してきた。“お願い、あの子たちを殺さないで”とな……」
「珍しいこともあるものですね。「恨み」ならまだしも、まるでゴブリンたちに「情」でもあるかのような言い方です」
「実際そのようだった。ギルドに依頼を出す時も一悶着あったそうで、村人たちも困り果てていたようだ」
「そのようなことは依頼書には書いてありませんでしたが……」
ゴブリン退治の依頼書をチラリと見つつ受付嬢が言う。
「村人も言いづらかったのだろう。ゴブリン退治に反対する修道女が村にいるなどと言うのは、些か外聞が悪い。気が触れてしまっているのではないかとな」
「……それじゃあ彼女は?」
「いや、別に気が触れているわけではないようだった。事実、普段は献身的で大人しい修道女だったようだ。「元冒険者」ということで「治癒術」も修めていたらしく、村人たちからは頼りにされていたらしい。特に、子供たちにはかなり好かれていたようだった。だが、ゴブリンが出たとなると様子が一変したらしい」
村人たちは最初、修道女はゴブリンに何らかのトラウマを持っているのだと推察した。そういったことは良くある話だったし、彼女のような境遇の女性はそういった場合が多いのだ。彼女のように“冒険者を辞めて、教会に入った女性”、は……。
しかしそれにしては様子がおかしい。
ゴブリンが出たことで「早く退治してくれ」と取り乱すなら話は分かるのだが、彼女の場合は「
それはまさに鬼気迫る様子で、明らかに異状な光景だった。
「……それで、ゴブリンスレイヤーさんはどうしたんですか?」
「無論、ゴブリンを殺してきた」
「そ、そうでしょうね」
問答無用の断言。その思い切りの良さは流石ゴブリンスレイヤーと言うべきか、ことゴブリンに関してだけは情け容赦が全く無い。
ゴブリンスレイヤーは必死に懇願する修道女を完全に無視して、ゴブリンを皆殺した。大人も子供も余すことなく、全てだ。
殺したゴブリンたちは、なんの変哲もないゴブリンだった。
誰よりもゴブリンの恐ろしさを知るゴブリンスレイヤーでも、なぜそこまで恐れるのか理解できないほどのゴブリンだった。
だから、それだけで終わればこの修道女のことは、ゴブリンスレイヤーの記憶にも残らなかっただろう。
過去、何千、何百と繰り返してきた「作業」となんら変わらない同じ結末。ただ少し変わった修道女がいただけ。それだけで、この話は終わるはずだった。
「だが、依頼を終え村を出る時、修道女から奇妙なことを訊かれた」
取り乱し、泣きじゃくりながら、絶望した様子で修道女は訊いてきたのだ。
「……なんて訊かれたのですか?」
受付嬢の言葉には、僅かながらに恐怖が滲んでいた。ゴブリンスレイヤーが話を進める。
「殺したゴブリンの中に、「
ゴブリンスレイヤーの最後の呟きは、受付嬢へ向けてではなく、まるで自分自身に問いかけているかのようだった。
「さ、さあ……あいにく私は、ゴブリンにはあまり詳しくなくて……」
受付嬢はそう言ったが、ゴブリンスレイヤーの耳には届いていないようだった。
下を向き、考えにふけるゴブリンスレイヤー。
ゴブリンスレイヤーはずっと、村から街に帰ってくる間そのことが引っかかっていた。
「マスクをしたゴブリン」。チャンピオンやロードとも合致しない、ゴブリンスレイヤーが聞いたこともないゴブリンの特徴。果たしてそんなゴブリンが本当に存在するのだろうか?
ふと、ゴブリンスレイヤーはギルドに設置されている大きな「姿見」に目を向けた。
そこには、薄汚れた鎧を着込み、角の折れた兜を被ったゴブリンスレイヤーの姿が映っている。そう、
「……人間のようなゴブリン」
そう呟くとゴブリンスレイヤーは受付嬢に向き直った。
「えっと……ゴブリンスレイヤーさん?」
「ゴブリンだ……」
「はい?」
「ゴブリンだ。依頼はあるか?」
「え、ええ……今日も何件かありますが……」
「その中に「マスクをしたゴブリン」の依頼は?」
「え? いいえ、そのような依頼はなかったはずです……」
「なら過去に似たような依頼は?」
「ええっと、そういったのはなかった……っと思います」
「……そうか」
当然だ。そんな変わったゴブリンが
だが、
そして、
「……そうか」
ゴブリンスレイヤーはもう一度、そう強く呟いた。
修道女は今日も、教会で祈りを捧げていた。
だが一体何のために? 彼女は祈りを捧げる時、いつもそんな疑問が湧いて出ていた。
見捨てた「仲間」のためか? 見殺しにしてしまった「友達」のためか? それとも、憐れで可哀想な「自分」のためか?
何のために自分は祈っているのかと考えると、修道女は気が狂いそうだった。
なぜなら、彼女はゴブリンのために祈っていたからだ。彼女が信奉する「地母神」ではなく、教会が信仰する「至高神」でもなく、あの卑猥で矮小な「
これは明らかな異端行為だ。修道女として決して褒められることではない。だが、そうすべき責務が彼女にはあると思われた。
“カレら”はそれを望んではいないだろうが、他でもない彼女が
自分勝手な言い分だとは思う。でも、それ以外に良い手段も思い浮かばなかった。どんなに祈ったところで、死んだ者は帰ってこないし、過去を変えることはできない。結局の所これはただの自己満足だ。きっとこれは償いですら無い。だから、修道女は村にゴブリンが出たと聞いた時、密かにゴブリンと運命を共にしようと決意していた。
ずっと見逃されていた「罪」を贖う時が遂に来たのだ。
修道女は惨めにゴブリンたちの食い物になって、失意のまま“カレら”の糧になるべきだったのだ。もうずっと前にそうなるべきだった。「女治癒士」という冒険者は、辺境の村でのうのうと「修道女」などになるのではなく、そういった末路を迎えるべきだったのだ。
だが、そんな彼女の心中を知ってか知らずか、村人たちはそんな愚行を許そうとはしなかった。
畑が荒らされたわけでもなく、ただの目撃証言があったというだけで、速やかに冒険者ギルドに出される「討伐依頼」。数日もしない内に、「冒険者」はすぐやってきた。それも「銀等級」の冒険者が……。
かの冒険者こそ、ゴブリン退治のプロフェッショナル中のプロフェッショナル。ゴブリン退治だけを専門とする偏屈な冒険者「ゴブリンスレイヤー」だった。ことゴブリン退治において、これほど信頼のおける人物はいないだろう。
スペシャリストの登場に、村人たちはホっと胸を撫で下ろす。
事実、ゴブリンスレイヤーの手際は見事の一言で、いくつかの質問を的確に交わした後で足早にゴブリンの住処に赴くと、数時間もしない内にゴブリンを全滅させて帰ってきた。
その熟練すぎる手腕に村人たちは皆一様に関心したが、修道女だけは心底恐れ慄いていた。
ああ、ゴブリンを
それは妄想以外の何物でもなかったが、恐怖からくる強迫観念によって修道女はそう信じ込んでしまっていた。
“カレら”が来る。復讐しにやって来る。もし殺してしまったのが「マスクをしたゴブリン」なら、“カレら”は必ずここにやって来る。“カレら”が「罪」を贖わせに、必ずここにやって来る。
修道女はそれが何よりも恐ろしかった。
ただのゴブリンならいい。孕み袋になるくらいならどうってことない。むしろこの「悪夢」を終わらせてくれるなら、望むところかもしれない。毎夜訪れる「赤髪の悪夢」を終わらせられるなら……。
だがマスクをしたゴブリンはダメだ。カレらの罪を償うことだけは、到底耐えられそうにもない。
だからゴブリンスレイヤーが帰る際、修道女はつい訊いてしまった。“あなたが殺したゴブリンは、マスクをしたゴブリンではなかったのか”、と。
修道女はそのことを恥じた。結局のところ自らの保身が大事なのかと恥じた。なにが罪滅ぼしだ、なにが償いだ。綺麗事ばかり並べ立てて、言うに事欠いて結局はこのザマか。何より修道女は、ゴブリンスレイヤーが「そんなゴブリンはいなかった」と言ったことに対して、心底安心してしまった自分がいたことに、心の底から恥ずかしくなった。
なんて浅ましい考えなのだろうか。ここまで卑しくなれる生物も他にはいないだろう。そう修道女は自嘲する。だからこそ、今日も彼女はゴブリンに祈りを捧げるのだ。決して潰えぬ罪を贖うために……。
「……ここにいたのか」
そんな彼女に声をかけたのは、他でもないゴブリンスレイヤーであった。
「あんたに訊きたいことがあって来た」
ゴブリンスレイヤーが修道女に近づく。
修道女は祈りの姿勢を崩さぬまま、ゴブリンスレイヤーに応えた。
「……なんでしょうか?」
だが、なんとなく察しはついていた。
ゴブリンに執着する
「ゴブリンについてだ」
案の定、ゴブリンスレイヤーの返答はゴブリンだった。
修道女は無言。それをゴブリンスレイヤーは了承と受け取ったのか、話を続ける。
「あんたはこの間、「マスクをしたゴブリン」はいなかったのかと訊いた。なぜだ? なぜそんなことを訊いた?」
ゴブリンスレイヤーらしい単刀直入な問いかけ。対する修道女は沈黙を貫いていた。
「……」
返答は無言。
「マスクをしたゴブリンがいるのか? いるとしたらどんなマスクをしている? 特徴は? 大きさは? 武器は? 魔法は使うのか?」
「……」
返答はない。
「ホブやシャーマンとは違うのか? チャンピオンやロードではないのか? ヤツらの中には権威を示すために仮面を被るヤツもいる。その類ではないのか?」
「……」
答えは返ってこない。
「あんたは「マスクをしたゴブリン」を見たのか? 聞いたのか? それともただの妄想か? あんたは何を知っている?」
「……」
修道女は祈り続けている。
「なぜ「マスクをしたゴブリン」がいたかどうかを俺に訊いた?」
「……」
修道女は答えない。
「……」
「……」
沈黙が続く。
「……」
「……」
それでもゴブリンスレイヤーは辛抱強く待った。
「……」
「……」
待つことは何よりも得意だった。“あの時”もずっと側で待っていた。姉が小鬼たちに食い物にされている間、ずっと側で待ち続けていた。いつだって待ってばかりだった。だから、待つことだけに関してはなんの苦にも感じなかった。
「……」
「……」
ゴブリンスレイヤーはただひたすら黙って待っていた。彼女が語り出すのをジッと……。
「……」
「……それを聞いて、あなたはどうする気ですか?」
やがて観念したのか、修道女がそう呟く。
「無論、ゴブリンを殺す」
間髪を入れぬ即答。
だがゴブリンスレイヤーの言葉を、修道女は心の中で“ハッ”と笑い飛ばした。
なるほど、流石は
ゴブリンスレイヤーは“カレら”のことを知らないからそんなことを言えるのだ。“カレら”のことを知っている修道女にしてみれば、ゴブリンスレイヤーの言葉は愚答と言う他ない。
「……たとえそれが、善良なゴブリンでもですか?」
「善良なゴブリンなどいない」
今度は間髪を入れぬ否定。
その容赦のない断言は、ゴブリンを殺し続けてきたゴブリンスレイヤーだからこそ言える台詞であり、自らの実績と経験に裏打ちされた確固たる事実であった。
少なくとも、ゴブリンスレイヤーにとってはそれが真実だ。
「もし万が一いたとしても、それは人前に出てこないゴブリンであって、そんなゴブリンは存在するはずもない」
そうゴブリンスレイヤーは言い切る。
「ゴブリンたちは「略奪する」という発想しか持たないからですか?」
「そうだ。ヤツらは「奪う」ことしか知らず、自分たちで新たなものを「作り出す」ことなど決してしない」
「あなたが殺してきたゴブリンはきっとそうだったのでしょうね」
吐き捨てるように修道女はそう言った。
「でもじゃあ、あなたはこの世界の隅々まで冒険して、その事実を確かめたのですか? 決してそうじゃないでしょう? だったら善良なゴブリンが絶対にいないだなんて、どうして言い切れるんですか? 中には「奪う」ことではなくて「作る」ことを知ったゴブリンもいるかもしれないのに! 平穏を望んで静かに暮らすゴブリンもいたかもしれないのに! ただゴブリンってだけで、どうして傷つけることができるんですか!? どうして私たちはッ!!」
最後の方はもう絶叫となっていた。
気付けば修道女は立ち上がり、ゴブリンスレイヤーと向き合っていた。体は震え、蒼色の瞳には涙が溜まっている。怒り、悲しみ、恐れ、憤り……様々な感情が瞳に渦巻いている。
ゴブリンスレイヤーは奇妙な感覚を感じていた。修道女の言葉はまるでゴブリンスレイヤーにではなく、自分自身へと向けられているかのようだったのだ。
「どうして……どうして、私たちは……」
「……なにがあった?」
ゴブリンスレイヤーは修道女のような娘を何度も見てきた。ゴブリンに人生を狂わされた者の姿。必死にひた隠しにしているようだが、他でもないゴブリンスレイヤーの目を誤魔化すことはできなかった。この修道女は、ゴブリンスレイヤーが知らない“何か”を
「……確かに「善良なゴブリン」はいるのかもしれない。俺は見たことはないが、なるほど、あんたが言う通り俺もゴブリンの全てを知っているわけではない。探せば確かにいるのだろう。善良なゴブリンなどという矛盾をはらんだ存在も。だが、俺は“ソレ”を
「私は……私は……」
私はこんなにも浅ましかったのかと、このとき修道女は思った。この期に及んで修道女は「救い」を求めていたのだ。
罪を贖うのではなく、罪から救われようとしている。自分だけのうのうと生き延びて、あまつさえ救われようとしまっている。
ずっと祈り続けていたのはこのためだったのか? このためにここでずっと祈り続けていたのか? いずれ来るであろう「救い」を待ち続けるために、罪を贖うフリをしてずっとここで祈り続けていたのか? 良かったじゃないか目論見どおり「
赤髪の悪夢が、彼女をそう責め立てる。
でも仕方がないじゃないか。なにせ相手は「
「私は──」
だから修道女は自らが知る「秘密」を、ゴブリンスレイヤーに洗いざらい話した。
翌日、ゴブリンスレイヤーは冒険者ギルドに行き、真っ先に受付嬢のところに向かった。
「おはようございます、ゴブリンスレイヤーさん! 今日もゴブリンですか?」
「いや違う」
「はい、今日はゴブリン退治の依頼が六件ほどありまして……って、今なんて言いました?」
「む? 違うと言ったんだが……」
「……え、え、え? えぇぇぇぇぇぇ!? ゴブリンスレイヤーさんがゴブリンじゃない? じゃ、じゃあ一体なにしにギルドに来たんですか!?」
思わずそう言ってしまう受付嬢。言ったあとで「しまった!」という顔をする。さすがにこれは失言以外の何物でもない。
「す、すみません! そりゃあゴブリンスレイヤーさんだって、時にはゴブリン以外でギルドに来ることもありますよね! 私は見たことはありませんが!」
「む? ああ、そうだな」
「……そ、それで、ゴブリンでないなら一体何をしにギルドへ?」
も、もしかして私に会いに!? なんてことを考えちゃうくらいには、いま受付嬢はテンパっていた。それくらいゴブリンスレイヤーがゴブリンと言わないのは珍しかったのだ。
あたふたする受付嬢をよそに、ゴブリンスレイヤーは坦々と言う。
「過去にあった「冒険者依頼」を見せて欲しい。数年前、当時「青玉」と「鋼鉄」だった女冒険者の
「ゴブリン以外!? 本当にゴブリン以外で良いんですか!?」
「ああ」
受付嬢は天地がひっくり返るかのような衝撃を受けた。あのゴブリンスレイヤーの口から「ゴブリン以外で」なんて言葉が飛び出してくるとは前代未聞だったのだ。明日は血の雨でも降るのかしら? きっとその血はゴブリンのものだろう。
「ちょ、ちょっと待ってて下さいね」
受付嬢は椅子から転げ落ちるのをなんとか堪えて、そそくさと資料室へと向かった。自分でも足取りが震えているのが分かる。これは天変地異の前触れか何かか。ゴブリンスレイヤーからゴブリン以外を求められるだなんて、彼女が受付嬢になって以来初めてのことだった。
つまりこれは処女を奪われたのと同義ではないか。何を言っているんだ私は? 受付嬢は混乱していた。
オーバーヒートする頭とは裏腹に、受付嬢はゴブリンスレイヤーが求める資料を着実に探し当てていく。資料以外でも求められればなんでもしてあげるのに……だから何を言っているんだ私は? 受付嬢はかなり混乱していた。
「こ、これで以上になります、ゴブリンスレイヤーさん」
見つかった資料は思ったよりも多くはなかった。「青玉」と「鋼鉄」の一党にしては驚くほど少ない。どうやら、彼女たちは僅か数か月でその等級まで登りつめていたようだ。
「優秀な冒険者さんだったのですね……彼女たちに何かあるんですか?」
さり気なく探りを入れる受付嬢。もしかすると、もしかして、またもやライバル出現の兆しなのかもしれない。
「どうだろうな……彼女たちが請けた中で一番最近の依頼はどれだ?」
「ええっと……それなら多分これですね。「辺鄙な村」からの調査依頼です。ああこの依頼は私も覚えていますよ。確か私が受付した依頼ですね。随分前のことですが、ちょっと変わった依頼でしたので覚えています。これ彼女たちが請けていたのですね。あ、でも彼女たちこれを最後に引退しちゃってるんですね。道理で等級の割に依頼数が少ないわけだ……「女剣士」に「女治癒士」の
「見せてくれ」
一介の冒険者に個人情報でもある「依頼書」を見せるのはあまり褒められた行為ではない。だが、ゴブリンスレイヤーは安心と信頼の「銀等級」の中でも最優と言われるくらいには信用のおける冒険者だ。実績に関しても全く申し分ない。特に問題はないだろうと判断し、受付嬢はゴブリンスレイヤーに資料を渡した。
マジマジと資料を見つめるゴブリンスレイヤー。
「そうか「辺鄙な村」か……すまない世話になった」
「いえ、これくらいどうってことないですよ。その依頼に何かあったんですか?」
「ああ……ゴブリンだ」
やっぱりそうでしたか、と受付嬢は呟く。むしろちょっと安心したくらいであった。やはり天変地異の前触れはなかったのだ。ゴブリンスレイヤーは今日も今日とて相も変わらずゴブリンスレイヤーだった。
「では俺は行く」
「あ、はい。気を付けて下さいね」
「ああ」
そう言ってゴブリンスレイヤーはギルドを出て行った。
気が動転していた受付嬢は気付けなかった。ゴブリンスレイヤーが、ゴブリンの依頼があるというのに、一つも請けずにギルドを出て行ったという事実に。そんなこと、ゴブリンスレイヤーが冒険者になって初めてのことだった。
辺境の街を出て、街道をひたすら行き、気が遠くなるほど歩き続けてようやくゴブリンスレイヤーは「辺鄙な村」に辿り着いた。
森の近くにある寂れた村──とりたてこれといった産業もなさそうで、当然、宿屋らしい施設もない。教会すらないようだった。
住民は老人が多く、働き盛りである大人たちは少ないようだ。それに倣うように子供たちの姿も少ない。
よくある過疎化が進む農村のそれだった。冒険者という職業が流行るにつれて、こういった寒村が増えていると聞く。もう何年かすれば、この村も人知れず消え去ってしまうのだろう。
まあそれ自体はよくある話だ。
消え行く寒村のことなど、ゴブリンスレイヤーには関係がない。なぜなら相手は「ゴブリン」ではないからだ。ゴブリンでないなら知ったことではない。
突然前触れもなく現れたゴブリンスレイヤーに対し、村人たちはなぜか手慣れた様子で対応した。曰く、ここ最近「三人組の女冒険者」がこの村を利用するようになったらしい。頻繁ではなく数週間に一度あるかないかの話らしいが、こう何度もあれば自ずと手慣れてくるというものだ。
「それで兄ちゃんも、森へ探索に行くのかえ?」
「ええ、まあ、そうです」
拠点として提供してくれた村長家で、ゴブリンスレイヤーはそう質問に答えた。当然、取るものは取られたが、元よりそうするつもりだったので問題はない。むしろ情報収集も兼ねれて都合が良かった。
「しっかし奇抜な人もいるものじゃな。こんな辺鄙なとこにわざわざ来るだなんて……いっつも来る冒険者さんたちは、森へ行くといっつもボロボロになって帰ってくるんじゃが、兄ちゃんも森へ行くなら気をつけることじゃて」
「はい、そうします」
まずゴブリンスレイヤーは、辺鄙な村に着くやいなや徹底的に情報を集めていた。修道女が語ったことを信用していないわけではないが、人伝で聞くのと自らの足で集めるのとでは、情報の確度が違うことをゴブリンスレイヤーは知っていたのだ。
村人の話によれば、森には正体不明の小人が住んでいる。小人はマスクを被っていて不干渉を望んでいる。森から響く「音」はその小人たちの仕業。村人たちは小人たちの正体を探ろうとは思っていない。なぜなら、かつて調査を依頼した時、調査を担当した冒険者からそう言及されたから。それは、小人たちに会いに行っていると思われる「三人組の女冒険者たち」からも、そう強く注意されていた。
村人たちは、それだけは厳格に守るようにしていた。触らぬ神に祟りなし。辺鄙な村の住人は、そうやって今の今まで生き抜いていたのだ。
村人たちの情報はこれだけではない。
森から響く「音」は、日の出と共に鳴り始め、日没と共に鳴り止む。日が沈んでから鳴ることは滅多にない。
小人たちが現れるようになってから、ゴブリンだけではなく、怪物による被害が全くなくなった。お蔭で老人ばかりの村でも、なんとかやっていけているらしい。
定期的に森へ赴いている「三人組の女冒険者たち」は、いつも大抵ボロボロになって帰ってくるが、なにか酷い目に遭っているというわけではないようだ。
総じて判断するのであれば、森に住む「小人」は決して危険なモノではないように思われる。あらゆる情報がそう示していた。
ゴブリンスレイヤーは僅かに困惑する。
得られた情報全てが、彼の知るゴブリンの生態と全くといって合致しない。
鳴り響く「音」から、ヤツらは日中に活動しているようだ。ゴブリンは夜行性で昼間に出歩くことは滅多にない。相手がゴブリンなら、ボロボロになった女冒険者たちが平穏無事に戻ってこられることはまず無いだろう。村の作物に全く被害が無いとはどういうことだ?
ゴブリンスレイヤーに一抹の疑問が過ぎる。本当に森に住む小人は「ゴブリン」なのか? だが修道女は言った。あの森に住む小人こそ、「マスクをしたゴブリン」なのだと……。
村で得られる情報だけでは確証は得られないようだった。やはり自らの目で確かめるしかあるまい。ゴブリンスレイヤーは迷ったが、ゴブリンの習性に基づいて、最初の「音」が鳴り響く前──つまりは日の出前に森に入ることに決めた。
まだ薄く暗い寒空の下、ゴブリンスレイヤーは「三人組の女冒険者」が利用しているという獣道から僅かに逸れる道なき道から森に入る。それからゴブリンスレイヤーは慎重な足取りで、森の深部へと前進していった。
ゴブリンは言うまでもなく、「森」とは元来非常に危険な場所だ。立ち並ぶ木々は平衡感覚を狂わせ、生い茂る草葉は日差しを遮り視界を悪化させ、体温を容赦なく奪う。そこは人類の領域ではなく、そこに棲む獣たちの領域だ。碌な装備も準備もなしに挑んでは、呆気なくその深淵に飲まれ命を散らすことになるだろう。
細心の注意を払い、ゴブリンスレイヤーは徐々に、だが確実に森の奥地へと歩を進めていった。
息を殺し、汗を拭い、音を立てずに進む。こんなにも慎重になったのは久しぶりかもしれない。そもそも──
(こうして、自らゴブリンを探索するのは、初めてのことだったかもしれんな……)
ゴブリンスレイヤーにとって、ゴブリンは人生の全てにおいて優先される事柄だ。ともすれば、ゴブリンこそが生きがいであると言ってもいい。
だがそのスタンスとしては、基本「受け身」であった。
ギルドで依頼された「ゴブリン退治」を手当たりしだいに請け、そして実行するだけの人生。ゴブリンは数だけは多かったから、それだけでゴブリンスレイヤーの時間は殆ど忙殺された。だからこそ、こうして自らの意思でもってゴブリンを探すなんて、初めてのことだった。
これはゴブリンスレイヤーにとっても意外な発見だった。だがそれ故に実に有益な発見でもあった。
修道女は言った。「あなたは世界の隅々まで探索したわけではない」と。確かにその通りだ。ゴブリンスレイヤーとてゴブリンの全てを知っているわけではない。ゴブリンのことを全て知るには、これまでのように待ち続けるのではなく、自ら行動に移すべきなのかもしれない……探索を進めながらも、ゴブリンスレイヤーはそう思った。
森へと侵入して、もうどれだけの時間が流れたのかゴブリンスレイヤーにも分からない。悠然と生い茂る草木の中では、流れゆく時間も違うようだ。だが、まだ日の出の「音」が聞こえないことから、そんなに多くの時間が流れたわけでもないようだった。
森の様子は至って平穏で、なにか異常があるだとか、変わったモノがあるだとかいう様子もない。慎重に歩を進めているが、あまりにも慎重になりすぎるのも得策ではないだろう。ゴブリンスレイヤーがそう思いかけた瞬間──遠くの方の茂みがガサガサと揺れた。
ゴブリンスレイヤーは素早く臨戦態勢をとり、警戒を露わにする。
茂みの揺れは次第に大きくなっていき、遂にはゴブリンスレイヤーが体感できる程に地面が振動するほどになった。ズシン、ズシンという「音」が鼓膜を震わす。日の出の「音」とは違う音だ。
「音」の方向に目を向け、ジッと構えるゴブリンスレイヤー。居場所がバレないよう、木々の影に身を潜める。息を殺し待つ。ややあって現れたのは「巨大な人形」であった。
全身甲冑に身を包み、関節部の隙間からは人肌ではなく金属の接合部が見え隠れしている。手には大きな矛を持ち、肩や背中の部分には──ゴブリンスレイヤーにはどんな用途があるのか分からなかったが──巨大な装飾が施されていた。駆動音が鳴り響き、金属が軋む音が聞こえる。ゴブリンスレイヤーは見たこともなかったが、相手は機械仕掛けの人形のようだ。
「……これはゴブリンではないな」
だか、人間というわけでもない。
巨大人形──対見習い冒険者用新型防衛兵器「ネオ・ファウスト」──は、ゴブリンスレイヤーから僅かに漏れた呟き声を、その優れた感知機能で速やかに察知すると、ゴブリンスレイヤーへと急転換した。
「──ッ!?」
息を飲むゴブリンスレイヤー。よもやこの距離から察知されるとは、予想だにしていなかった。この人形は相当に感知能力が高いらしい。気配を殺し息を潜める。
ガシャン、ガシャンっと音を立て、ゆっくりとゴブリンスレイヤーの方へと向かってくるネオ・ファウスト。もはや起動音だけでなく、ピコピコといった電子音さえも聞こえてくる位置にまで近づいていた。
ゴブリンスレイヤーは選択を迫られた。このまま一旦退くか、戦いを挑むかの二択だ。
ゴブリンスレイヤーは自らの力量は重々承知していた。ゴブリンスレイヤーは「勇者」ではない、もちろん「英雄」でもない。ただの
直ぐ様踵を返し、撤退を選択するゴブリンスレイヤー。だがしかし、今回ばかりは相手が悪過ぎたようだ。
ゴォオオオオっという音を鳴らし空中を飛翔するネオ・ファウスト。瞬く間にゴブリンスレイヤーの行く手を阻み、進行を塞いだ。
ゴブリンスレイヤーは回り込まれてしまった!
まさか空を飛ぶとはな──ゴブリンスレイヤーが下唇を噛む。どうやら撤退は許されないようだ。ならどうするか……ゴブリンスレイヤーの脳裏にいくつもの選択肢が列挙される。だが、彼がそれを実行に移す前にネオ・ファウストの行動は既に始まっていた。
「グッ……」
ゴブリンスレイヤーの腕を掴み、強引に持ち上げるネオ・ファウスト。逃げられないように確保してから、ネオ・ファウストは念入りにゴブリンスレイヤーを観察した。
ガガガ……侵入者(仮)ヲ確保……コレヨリ「スキャン」ヲ開始シマス……ガガガ……頭部位ニ「マスク」ヲ確認……侵入者デアル可能性ガ17%低下……
「なに、を……見ている?」
ガガガ……対象ヨリ「共通語」ノ発声ヲ確認……侵入者デアル可能性ガ3%低下シマシタ……ガガガ……スキャン継続中……胴体部、脚部、腕部ニ「防護服」ヲ確認……侵入者デアル可能性ガ24%マデ低下……対象ハ「ゴブリン」デアル可能性ガ高イデス……
ネオ・ファウストは搭載された最新鋭の思考回路を駆使して、確保した対象の正体を解明していく。
この姿、この格好、このマスク、そしてこの「臭い」……多少サンプルから外れているが、間違いない、確保した対象は「ゴブリン」に違いなかった。計算しつくされた思考回路によってそう導き出すネオ・ファウスト。
なぜこんなところにゴブリンがいるのかデータはないが、それはネオ・ファウストが計算すべき項目ではなかった。大方きっと遭難でもしたのだろうとゴブリ式思考回路は弾き出す。ならば速やかに安全を確保しなくてはならない。迷子になったゴブリンの身柄確保は、ネオ・ファウストの最優先任務事項なのだ。
「ガガガ……0645遭難シタ「ゴブリン」を確保。コレヨリ「リトルシャイア」ヘト帰還シマス」
言うやいなやゴォオオオオっと音を立てて飛び立つネオ・ファウスト。
斯くして、遂に出会ってしまうことになる「ゴブリンスレイヤー」と「マスクを被ったゴブリン」──囚われの身となってしまったゴブリンスレイヤーの明日はどっちだ!?
「ネオ・ファウスト」
説明しよう! ネオ・ファウストは対見習い冒険者用に開発された新型防衛兵器である! 見習い冒険者との戦闘データーを解析することによって、試作機である「ファウスト」から大幅に強化されているぞ!
注目すべきは肩部及び背部に搭載された推進機によって飛行能力を手にしたことだ! これによって普段の哨戒だけでなく、緊急時に素早く対処できるようになったぞ!
強化されたゴブリ外骨格と新型ゴブリエンジンによる駆動システムによって、耐久性及び攻撃能力は200%アップ! 新たに搭載された思考システムによって、より柔軟な戦術思考も行えるようになった!
これによってゴルダナル大森林の治安は79%も向上する計算だが、今のところ出番があるのは、見習い冒険者たちを追い返す時だけだ! 今後のネオ・ファウストの活躍に乞うご期待したいところ!
なお、既に後続機である「ファイナル・ファウスト」の開発も進められているようだぞ!