──いったい、どういう経緯があったのかは定かでないのだが。
ただ定かではないなりに裕太にも、現状で言えることは幾つかある。
そこが自分にとって、まったく見覚えのない部屋であったということ。
そして、自分はその部屋に据え付けられたソファーの上で、今の今まで横になって眠っていたらしいということだ。
ここはいったいどこなのか。
どうして自分はこんな所で寝ていたのか。
引き攣った表情で見知らぬ天井を見上げる裕太。
心臓の鼓動が、早鐘のように鳴っているのを感じる。
じわり、と。
嫌な汗が肌に浮き上がっていた。
あまりの事にただただ茫然自失としながらも、裕太はソファーの上に身を起こす。
眠り過ぎた時に感じる様な気怠さ……それが蜂蜜の様にどろりと全身に纏わりついている。自分の体がひどく重たくなった様に感じられて、裕太の逸る意思に反して、その動作はひどく緩慢なものだった。
頭の中が真っ白になりつつも。
それでも、まずは周りの状況を把握しておかなければと考えたのは、理性的な判断からというよりも単純に恐れのせいだった。
自分が全く訳のわからない所にいるというだけで、まるで怪物の口の中にでも放り込まれているかのような気分さえしてくる。
ここは、どうやらリビングらしい。
しかもただのリビングではない。かなりお洒落な雰囲気を漂わせる造りをした部屋で、その広さにしても裕太が住んでいるマンションのものなど比較にならないほどの面積を有していた。ここだけでこの広さだという事は、全体はもっと大きな建物だという事は想像に難くない。
幾何学的な模様に床材が組まれたフローリングは濡れた様な艶やかさを帯びていて、足を下ろす事も躊躇われる程である。
また、さらに別の一角へと目を向ければ。
いったい何インチあるのか、裕太には推測もつかない程に大きなサイズのテレビが鎮座ましましていた。当然の権利の様に立派な音響装置まで備えているオマケ付きだ。
そのテレビの画面の中では。
炎に包まれた街の中で、怪獣が火の球を吐き出している姿のままにピタリと静止している。ウルトラシリーズや東宝怪獣シリーズでは見た事のない気がする造形の怪獣である。無論、裕太も全ての怪獣を把握しているわけではないので、もしかしたら両シリーズのどちらかに出ていた怪獣なのかもしれないし、もっとマイナーな特撮作品の怪獣なのかもしれないが……それはともかく。
リアルタイムでやっているわけでなく、DVDか何かの再生を一時停止しているのだろう。
「──……!」
頭はいまだに霞がかった様に重たくて、現状把握も気持ちの整理も半端なままに。
しばし、画面の中にいる怪獣を見つめていた裕太だったが、不意にリビングの外から聞こえてきた足音にハッと目を見開く。そして、慌ててソファーから立ち上がると、緊張した面持ちで扉の方を見やった。
そんな、裕太の緊迫した気持ちとは対照的に。
のんびりとした軽い足音はリビングの扉の前で止まり、何かを気遣うような静かさで扉が開いていく。
「~~♪」
微かに聞こえる楽し気なハミング。
それと共にリビングへと入って来た人間を見て、裕太はこれ以上はないとばかりに目を丸くした。
「ぇ……えっ…………ア、アカネ?!」
「おー。やっとネボスケさんのお目覚めだね。……それって鯉のマネ?」
口をパクパクさせる裕太を見て、くすくすと笑みを零す女の子。
裕太にとっては見紛う筈もない。
──それは幼馴染みの新条 アカネだった。
「こ、ここってアカネの家なのか!? どうして俺、ここで……」
「えー? もう、まだ寝ぼけてる?」
裕太の言葉に、アカネは呆れた様な眼差しを彼の愕然とした表情へと向ける。
「今日の光画部の活動は、私の家でゴジラ映画の観賞会って決めたでしょ? それで二人でDVD見てたのに……ユータ君ったら途中で居眠りしちゃって起きないしさー。あんまり気持ち良さそうに寝てるから起こすのもかわいそうだし、ソファーに転がしといたの」
そこで言葉を区切ると、アカネは幼馴染みの顔を笑顔で覗き込む。
お互いの鼻も触れ合いそうな距離。
アメジストの瞳が、裕太を見つめる。
「わかった?」
そこまで言われて、裕太は「あっ」と小さく声を零す。
確かに、確かにアカネの言った通りだった。
学校が終わって、教室で二人で話をして…………今日はアカネの家で怪獣映画を見ると決まって──そういう流れで彼女の家に来たのだ。
それから、アカネがチョイスした『ゴジラVSスペースゴジラ』を見た事も思い出す。
平成版のモゲラを見た彼女が、やたらと鼻息荒く昭和版のモゲラを萌えキャラとして、そのエピソードを交えながらフィギュア片手に自身に推してきたのはかなり面倒だった。
その後に見た『ゴジラ FINAL WARS』では「ガイガァァァァァン! 起動!」の台詞をモノマネしながら三回も言わされた。しかも、結局ダメ出しまでされた。散々だった。
まるで頭の中にあった霧が晴れていく様に、一気に鮮明になってよみがえる記憶。
それでも、そこでふっつりと記憶が途切れているところを見るに、その辺りで裕太は眠ってしまったらしい。
裕太は窓の外へと目を向けた。
窓の外に広がる空は、すっかりと濃い茜色に染まっている。
「あー……思い出しました。……ごめん、すっかり眠りこんじゃって」
「いいって、そんなこと気にしなくたって。私達って幼馴染みじゃん? あ、なんだったら夕飯もここで食べてく? ピザか何か取ろっか?」
「いや、さすがに悪いって。ん……今日は帰るよ」
「えー、残念」
にこにこと笑顔でスマホを取り出したアカネを苦笑混じりに制す裕太。
なぜだかアカネは機嫌がとても良いらしい。
このままだとピザだけでなく寿司の出前まで取りかねない勢いである。
……それにしても、と。
裕太はあらためてリビングの中を見回す。
幼馴染の家だった事が分からなかったばかりか、自分が何をしていたかも分からなくなっている様では……寝起きだったと言う事を差し引いても、かなりのポンコツぶりだと言わざるを得ない。昼間に見たアレの事もあるし、これはいよいよ病院に行かなきゃならないのでは。──そんな、ちょっぴり憂鬱になりそうな考えが脳裏を過る。
「……はぁ」
幼馴染みに聞こえない様に小さく嘆息する裕太。
そんな彼の憂鬱を知ってか知らずか。
裕太の腕に、ふわりとアカネの腕が絡む。
「んふふー」
そして、裕太の耳元にそっと唇を近づけたアカネは、くすぐる様にふっと吐息をふきかけた。
「今日はって事は…………今度は泊っていったりしてくれるんすか?」
──甘やかな囁き。
「!!!? ばっ、お、おおおお、お前な!! 」
裕太の顔が耳の先まで一瞬にして真っ赤にヒートアップした。
激しい動揺が彼の肉体を突き動かし、ぎくしゃくとした変な踊りを披露させる。
しかし、誰が裕太少年を笑えよう。
新条 アカネ級の美少女にこんな事を耳元で囁かれれば、健全なる青少年であれば誰しも、同じ様な反応をしたに違いない。ゆえにこれはあるべき、ごくごく自然な姿だと言ってもいいのだ。
……もちろん、傍から見れば滑稽そのものであるのは否定のしようもないのだが。
事実、アカネはそんな裕太の狼狽えぶりにお腹を抱えて大爆笑していた。
「もー冗談だってばー♪ ユータ君ってば、うろたえすぎ──って、いたっ!」
真顔で放つ裕太の無言のデコピンが、小気味いい音を立ててアカネの額を打つ。
「え……マジで痛いんですけど」
「その痛みを、男心を弄んだ罪だと思って受け入れろ」
「うう、私って罪な女だー……いったぁ……」
額をおさえて悶絶するアカネをそのままに。
憮然とした表情でリビングを出ようと歩きだした裕太は、扉へと手をかける。
「──ユータ君」
「ん?」
──そんな裕太の背中へと向けて、アカネが声をかける。
立ち止まり振り返ると、そこにはやわらかな笑顔を浮かべたアカネが、ひらひらと小さく手を振っていた。
「また、明日」
「え…………あ、ああ……また、明日」
なんてことはない、別れの挨拶。
今まで何度も繰り返してきたはずの、ただの言葉。
その筈なのに。
デジャビュと言うには奇妙な……そんな強い既視感に裕太の言葉は僅かに澱んだ──
◇◆◇◆
──燃える様な夕焼け空。
それを見上げながら、裕太は自身の住んでいるマンションへと向けて歩を進めていた。
アカネと別れる際に感じた既視感は、彼女の家から離れる毎に少しずつ薄まっていった。
しかし、その代わりに裕太の心には違和感が澱の様に重なっていく。
その違和感の正体が掴めない事が裕太にとっては不快であり、さらに不安だった。
「マジでヤバいのかなぁ……俺」
空を流れる雲を眺めながら。
裕太は今日だけでめっきりとその数を増やした嘆息を零す。
……そうやって前方を見ていなかったせいであろう。
「わっ」
「きゃっ」
次の瞬間、裕太の体は何かにぶつかっていた。
『ぽふり』とでも擬音の付きそうな柔らかさを感じる感触。
ハッと視線を空から下へ降ろすと、艶やかな長い黒髪が目に映った。
──女の子だ。
「「ごめんなさい!!」」
ぶつかった裕太と、ぶつかられた女の子。
先を競い合う様にして、反射的にお互いが頭を下げ合う。
そして、お互いとも聞き覚えのある相手の声に、同時に顔を上げた。
「なんだ……響君か」
「宝多さん……!」
女の子はぶつかってきた人間の顔を見ると、ちょっとだけホッとした様な表情で微笑んだ。
対照的に、予期せぬ遭遇に裕太はちょっとだけ目を丸くする。
そこにいたのは、クラスメイトの宝多 六花だった。
──六花、だったりして。
不意に。
放課後のアカネの言葉が、裕太の脳内によみがえる。
自分が宝多 六花に恋しているとか……そういう話だ。
別にそんなつもりはないのだけど、不思議な気恥ずかしさが胸の中に沸き起こる。
途端に、裕太の動きがぎこちなくなった。
「き……奇遇だね、宝多さん」
「いや、奇遇っていうか……ここ、ウチの店の前」
「店?」
なに言ってるの? ──とでも言いたげな六花の表情を受けて、裕太は顔を上げる。
そこにあったのは見慣れた『ジャンクショップ絢』の看板。
六花のお母さんが経営するお店で、彼女の実家だ。
半分だけシャッターを閉めてあるところを見るに、もう営業は終了していると言った感じだろうか。
その場で、今来た道を振り返る。
ジャンクショップのあるところから幾らか離れた場所に──まだアカネの家の大きな門が見えていた。
「宝多さんとこって、アカネの家の近所だったんだ……今の今まで全然気づかなかった」
ぽつりと呟きながら、裕太は頬をかく。
そんな彼を見て、六花は小さく溜め息をついた。
「……その調子だと、取りに来たって感じじゃないね」
「え、なにを?」
「ほら、すっかり忘れてる」
呆れた様な呟きと共に半眼になりながら、のほほんとした顔で首を傾げる裕太を六花が睨む。
「響君が探してた品物が見つかったから取りに来てって……ママからの伝言、今日学校で伝えたじゃん」
「…………ウソ?」
「ホント。こんなことウソついたってしょうがないでしょ」
裕太の頭上に『?』マークが大量に浮かぶ。
……全く記憶になかった。
脳内にある記憶の糸を端から端まで2往復くらいしてみたが、やはり、そんな伝言を六花から聞いたシーンは思い出せない。
むしろ自身の記憶が正しければ、今日は六花と学校で会話もしていなければ、以前にそんな品物を注文してすらいなかった筈だ。
「……? まぁ、いいっか。──ほら、入って。とりあえず品物が間違いないかだけでも確認してもらえる?」
「あ、ああ……うん。おじゃま、します」
『?』マークに埋もれつつあった裕太の姿に首を傾げつつも。
シャッターを潜った六花は屈んだ状態のまま、中から見上げる様にして裕太を手招きする。
制服のスカートから零れる六花の白い太ももがまぶしくて──それで一気に『?』マークを散らされた裕太はちょっぴり赤面しつつ、手招きされるままに店内へと入っていく。
「学校終わってから待ってたのに、響君ぜんぜん来ないし。ケータイの番号も知らないから連絡の取りようもなくってさ……もうちょっとでシャッターも完全に閉めちゃうとこだった」
「いや、なんていうか……その……ごめん」
身に覚えのないことながら、なんだか六花に申し訳ない事をしてしまった様な気がして。
彼女の後をついていきながら裕太は、その華奢な後ろ姿に頭を下げる。
そんな裕太を肩越しに振り返って、六花はくすりと小さな笑みを口許に浮かべた。
「──はい、これが裕太君が頼んでたやつ」
店の一角に案内されると、そこには埃避けの白い布を被せられた何かがあった。布の膨らみから見るに、かなりの大きさらしい。
促されるままに布へと手をかける裕太。
そして、六花の見つめる中。
それをずるりと取り去っていく。
「…………パソコン?」
「…………たぶん? って、君が頼んだんでしょ」
布から現れた物を見て、裕太は首を傾げた。
その言葉に、六花が半疑問系ながらも頷いて見せる。
──ディスプレイとキーボードと本体が揃っていればパソコンと呼称して差し支えないならば。その点において目の前のモノは、欠けることなく条件を満たしていると言えた。しかし、二人が疑問符を付けている理由……問題は、その大きさと外観だ。
無駄なものを省き、小型化と軽量化に心血を注ぐ……そんな現代家電の流れを逆行するような威圧感と重量感。
逆行する──というだけに、昔のモノなのだろうか。そのデザインはなんともクラシカルで、雑多な部品を寄せ集めて組み上げた様な姿が印象的だった。なぜかパトランプまでくっついている。
「これを……俺が……」
そんなパソコンを前にして、裕太は惚けた様に呟く。
やはり、こんな物を頼んだ記憶はありはしない。
──その筈なのに。
「俺……これを知ってる………?」
アカネの家で感じたのと同じような、奇妙な既視感。
何かに導かれる様に、裕太はそっとパソコンへと手を伸ばす。
その瞬間、ブラウン管のディスプレイに光が奔った。
「──私はハイパーエージェント、グリッドマン」
「グリッドマン!?」
画面の中に現れたのは、学校でみたあの特撮ヒーローめいた人物──グリッドマンの姿。
グリッドマンは画面の向こうから、裕太の瞳を真っ直ぐに見据えていた。
「思い出してくれ、君の使命を───」
お読みいただきありがとうございます!
二代目アノシラスちゃんってどんな臭いがするんでしょうねー。
その辺の設定が知りたいです(何
お気に入り登録していただける方がいっぱいいてくださって、半端な文章は書けないと気を引き締めております……!
そして、半端な文章ばっかり書いちゃう……お許しを……! _(´ཀ`」 ∠)_
また次回もお読みいただければ幸いでございますー。