「い……いったい、これってどうなって──」
自身の顔面を押し付けそうな勢いで、パソコンの画面へと近づく裕太。
よもや昼間の幻覚とこんなところで再会──幻覚に対して果たして使っていい語かどうかはともかく──する事になるとは、夢にも思わなかった事態である。
そんな分かりやすく狼狽える裕太を前にしても、画面の中のグリッドマンは動じる事無く同じ言葉を繰り返す。
「裕太、思い出してくれ。君の使命を」
「そう言われても……」
画面の中から投げられる言葉を受けて。
まるで顔面に輪切りのピクルスを貼り付けられたかの様な、苦々しげな表情を裕太は浮かべた。
出会った時から思っていた事だが。
使命だ使命だと言われても、裕太には正直なんの事だかさっぱり分からなかった。
なにせこっちは『M78星雲から来た宇宙人』でも、現代によみがえった『超古代文明を救って眠りについていた光の巨人』ってわけでもない。
正真正銘に何の変哲もないただの高校1年生なのだ。
三日前の晩に何を食べたか思い出すのですら覚束ない様な人間なのである。
「その使命って一体なんなの?」
「君にしか出来ない事だ」
「いやいやいや、そういう事じゃなくって!」
一つづつ掛け違った洋服のボタンの様に、どこか噛み合わないグリッドマンとの会話。そのもどかしさに「あああっ!」と声を上げながら、裕太は自身の髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
自分に使命を思い出す様に催促する割には、その使命についてグリッドマンは裕太にヒントも与えてはくれない。
このまま、裕太とグリッドマンの間で堂々巡りの不毛なやり取りが延々と続きそうになる中──
「あの、さ……」
──それまで驚いた様子で裕太を眺めていた六花が、小さく手を挙げながらおずおずと口を挟む。
「宝多さん?」
「………これって、何?」
視線は裕太の方へと向けながら、六花の指は画面の中を指している。
……昼間の時とは違って、どうやらこのグリッドマンは六花にも見えているらしい。
自身だけに見える幻覚ではなかったのだと。大いに安心した裕太はパソコンの前から離れると、画面の中のヒーロー然とした人物をクラスメイトへと紹介する。
「えっと。グリッドマン……だって」
もっとも。
紹介すると言っても、裕太が知っている事と言えば名前くらいなものだったが。
案の定、六花の表情が怪訝に曇る。
「グリッドマン? ……テレビかなにかでやってるやつなの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。ただ本人がそう言ってるから」
「本人?」
「うん、本人が……」
裕太の言葉を聞いているうちに、どんどんと「この子なに言ってるんだろ」的な表情を濃くしていく六花。
そんな彼女の様子に、裕太はふと思い当たった事を聞いてみる。
「……もしかして。宝多さん、なにも……聞こえてないの?」
「え? 画面に顔が映ってるだけで、なんにも聞こえないけど…………ちょ、ちょっと! やめてくれる? そういう怖いこと言うの」
「ご、ごめん! ……俺のせいなのかどうかよくわかんないけど、ごめん」
きょとんとした表情で裕太の問いに首を傾げてみせた後。
何かに気づいてしまったのか、六花はハッとした様な表情を見せると、ほんの少しだけ狼狽えた様子で裕太へと詰め寄った。どうやら、なにか怪談か何かの類に聞こえてしまったらしい。
しかし、確かに怪談じみた話ではある……と。
六花へと苦笑いで謝罪を述べながら、裕太は心中で頭を抱えていた。
グリッドマンが自身の単なる妄想の産物ではないという事が六花のお陰で判明したが、謎はまだまだ目の前に山積したままだ。
先程からずっと聞こえている声に、裕太は再び画面の方へと目を向ける。
「──急いでくれ、裕太。もう時間は残されていない」
穏やかでありながら威厳と力強さに満ちたグリッドマンの声。
こんな声が自身の妄想の内から生まれ出でた幻聴とは、到底思われない──その声を聞いている内にそんな確信めいたものが裕太の心に生まれてくる。
そう、これはグリッドマン自身が発している彼の声なのだ。
それなのに、なぜ自分にだけグリッドマンの声が聞こえるのだろう。
なぜ、六花にはグリッドマンの声が聞こえないのだろう。
「……どういうことなんだろ」
謎が謎を呼び、さらに謎が生まれる。
分からない事が多すぎる。
オーバーヒート気味なのか、裕太は軽い頭痛を覚えて額に手を当てた。
「あー、ぜんぜん動かないし。この画像、ウィルスか何かかな……はやくお店しめたいんだけど」
六花はと言えば。
眉根を潜めながらぼやきつつ、パソコンの前に屈みこんでキーボードを叩いていた。
なんとかしてパソコンの電源を落とそうと四苦八苦しているらしい。
そう言えば、もう店のシャッターを下ろそうとしていたところに自分が来たんだったと──六花の姿を眺めながら裕太はぼやっとそんな事を思い出す。
それを抜きにしても、六花からすれば不気味極まる代物の電源などさっさと落としてしまいたいに違いないだろう。
「しょうがない……」
小さく嘆息しながら前髪をかきあげつつ、おもむろにパソコンの前から立ち上がる六花。
「なにをするんだろう?」と不思議そうな表情で見守る裕太の前で、六花はパソコンから伸びたケーブルの行き先を目で追っていき──
「──えいっ」
コンセントへとつながっていたパソコンの電源プラグを見つけると、躊躇なく一息にそれを引っこ抜いた。
「裕太、思い出してくr──」
「ええええええ!?」
ブツンと音を立てて、グリッドマンの映っていた画面が暗転する。
電源プラグを抜かれたのだから当然の帰結である。
突然の別れに、裕太は思わずブラックアウトした画面へと駆け寄った。
もはや、うんともすんとも声は聞こえてこない。
「あ、ごめん。動かなくて電源落とせなかったから……もしかして、ダメだった?」
ぷらぷらと電源プラグを手にしたまま、六花がちょっぴり申し訳なさそうな顔で裕太へと振り返る。
「き、機械に良くはないとおもうけど…………なんていうか、宝多さんって意外と荒っぽいね」
「え……ええっ!? うちではパソコン固まったりしたらこうするんだけど──……ていうか、荒っぽいってひどくない?」
引き攣った笑みを浮かべながら、素直な感想を口にする裕太。
一瞬『我が家の常識が世間での非常識』である事を知り赤面してわたついた六花だったが、荒っぽいという言葉は聞き捨てならなかったのかムッとした表情を浮かべる。
「……とりあえず、響君が注文したもので間違いないよね? 今日はもうお店のお金とか閉めちゃってるし、代金とかは明日でいいから……さぁ、帰って帰って」
「えっ、いや、あの、俺こういうの頼んだ記憶が──あ、ああああぁぁぁ……!」
ムッとしたまま、裕太の背中をどんどんと押して店の外へと押し出そうとする六花。
そんな彼女に訴えは届く事もなく、されるがままに裕太は店の外へと追い出される。
「またのお越しをお待ちしてます……!」
「あ、あの! 宝多さん!?」
憐れみを誘う様な裕太の声も虚しく。
彼の眼の前でお店のシャッターはピシャリと閉ざされた。
「……えー」
しばし、呆然と店の前に立ち尽くしていた裕太だったが、その肩がガックリと脱力した様に落ちる。
空を見上げれば、すでに煌々と輝く月の姿が現れていた。
グリッドマンの安否はちょっぴり心配ではあるが──しかし、今日の諸々の疲れが全て背中にのしかかってきた様な疲労感に、裕太は思考を放棄するとトボトボとした足取りで家路へと着く。
……それでも。
「明日……アイツに相談してみるか」
それでも、まるで自身に次の手段を講じるように、とで言う様に。
裕太がぽつりと零した弱々しい呟きは、夜の空気に霧散した。
◇◆◇◆
──微かなハミングの音が、その薄暗い部屋の中を巡っていた。
何かの合唱曲の様なメロディーである。
歌い手の心情を表わしているのか、その音はいかにも楽し気な色を帯びていた。
今、部屋の中で明かりと呼べるものは光を放つパソコンのディスプレイをおいて他には無い。
光源と呼ぶにはあまりにも儚い、ぼんやりと辺りを浮かび上がらせる光。
その光を前にしながら、ハミングの主は手にしたカッターナイフで何かを削り上げている。
「──何か、嬉しい事があったんだね」
薄闇の中に穏やかな声が響く。
優し気で、相手を労わる様な気づかいを感じさせる声である。
しかし、その声に応える事も無く、ハミングは途切れない。
また、カッターナイフを動かす手も止まらない。
パソコンの置かれたデスクの上には、針金の骨格をさらした、人ならざる不気味な彫像が出来上がりつつあった。
「君が嬉しそうにしていると、私も嬉しく思うよ……本当に」
その不気味な彫像を見つめながら。
パソコンの画面の中で『それ』は、確かに『笑み』を浮かべていた──
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『ウルトラマンR/B』を今になって見始めました(唐突
グリッドマンとウルトラマンと愛染社長で、残り少なくなってまいりました今年も何とか生きていけそうです_(゚∀゚ 」 ∠)_