「……まぁ、なんだ」
総菜パンを包むラップを、丁寧に剥がしながら。
眼鏡をかけた少年は、隣でぐったりと座り込んでいる友人へと向けて口の端を笑みに歪めてみせる。
「オレを相談相手にってのはベストな選択だと思うぜ、裕太?」
「……そうである事を祈ってるよ」
そんな少年の浮かべる笑みを見上げて。
座り込んだままの友人──裕太は力のない表情を返していた。
──裕太の通うツツジ台高校は今、昼休みを迎えていた。
昨夜、六花の家からの帰りに自分で宣言した通り。
裕太はグリッドマンに関する一連の出来事を相談すべく、その相談相手に選んだ友人と共に校舎の一角にあるテラスへと足を運んでいた。
このテラスは視界を遮る建物などがほとんど見えない絶妙の位置にあり、ここからだと街の遠景を一望にすることが出来る学生達にとっては絶好のお昼ポイントであった。
今も二人の眼前には、濃い青空と白色の街が鮮やかなコントラストを描いている。
「本当に……本当にそうであることを願ってるよ、内海。こっちはめちゃくちゃ苦労して手に入れたスペシャルドッグをかけてんだから」
雲も見えない澄んだ青空とは対照的に、疲労困憊と言った風情に表情を曇らせながら。
裕太はすこしだけ恨みがましい様な声を友人へと向けた。
しかし、そんな彼の恨み節を聞かされても。
眼鏡の少年──内海 将は特に動じた風もなく、また遠慮もなく、スペシャルドッグを口へと運ぶ。
「……おいおい、何事もギブアンドテイクだろ?」
スペシャルドッグを咀嚼し、ごっくり飲み込むと。
内海はさも当然と言った表情で、裕太と自身を交互に指さす。
「オレに相談したいお前と、スペシャルドッグが食いたいオレ。極めて公平な取引だと思うが?」
「そうかも、しれないけど……これで何の成果も得られなかったら俺はこの場で泣くからな」
半眼で内海を見上げ返す裕太。
その言葉は冗談半分、本気半分だ。
ツツジ台高校の購買部は昼時、戦場へと姿を変える。
血走った目に殺気立った生徒の群衆が我こそはと押し寄せるのだ。
その群衆達の目的こそは、数量限定で販売される魅惑の惣菜パン──スペシャルドッグなのである。
飛び交う怒号と罵声、そして悲痛なる敗者の悲鳴。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図を潜り抜けた者だけが、スペシャルドッグを手にする栄誉を得るのだ。
裕太が味わった苦労とは、それほどに筆舌に尽くし難いものがあるのである。
──閑話休題。
男二人、華やかさに欠ける昼食をとりながら。
裕太はグリッドマンについて、自身が体験した事を全て内海へと打ち明けた。
その話に、内海は興味津々と言った風情で耳を傾けている。
「──なるほど、グリッドマンねぇ。聞いた事はないが……お前、なんか面白そうな事に首突っ込んでんだな」
そして、話を聞き終えて開口一番。
内海は明るい笑みを友人へと向けた。それは相手を小馬鹿にする様なジメジメしたもののない、からりとした笑顔だった。
「……信じてくれるのか?」
まるでピンチの最中に現れたヒーローを見上げる少年の様な、そんな顔で裕太は内海を見上げた。
自分から相談しておいて何なのだが、裕太にとって内海のこの反応は意外だった。
内容が内容なだけに、冷たくあしらわれるかもしれないと心中ではハラハラしていたのである。
裕太のキラついた眼差しを受けて少し照れた様に視線を逸らしながら、内海はぽりぽりと頬をかく。
「ま……まぁ、まだ話半分って感じだがな。──ただ少なくとも、あのスペシャルドッグの争奪戦を潜り抜けて来てまで相談したい話だってんだから……お前がマジなのは確かだろう」
そこで言葉を区切る内海。
そして、ニヤリとした笑みを浮かべなおすと、再び裕太を見下ろす。
「それに何か燃えるだろ、こういうの。ウルトラシリーズみたいで」
「……さすがオタク。思考が柔軟だな」
その言葉に裕太はキラついた表情を引っ込めると。
感心した様にも呆れた様にもとれる言葉と表情で、内海の顔を見返した。
内海は裕太が知る限りにおいて、最も特撮やSFに対して深い造詣を持つ男であった。
そして、それこそ裕太が内海を相談相手に選んだ最大の理由でもある。
こんなワケの分からない『特殊』な事態に対して『常識』で挑んでは、何年経っても解決はできないだろう。
つまり、毒をもって毒を制すの精神だ。
『特殊』には『特殊』を持って立ち向かうほかない──それが裕太が昨日の帰り道で出した結論であった。
ちなみに。
知識量を含めたオタク具合であれば、幼馴染みのアカネも内海に匹敵するかそれ以上のモノがあるのだが……今回において彼女は裕太の選択肢の内には入らなかった。
アカネに余計な心配をかけたくない……と、言えば格好をつけすぎだろう。
単純に彼女に変な風に思われたくなかっただけと言う、そんな見栄っ張りが裕太の正直なところであった。
──裕太の言葉を誉め言葉と取る事にしたのか。
内海はキラリと眼鏡のレンズを光らせる。
「ふっ、伊達に親から心配されるほどウルトラシリーズを見てきてねぇよ! ──ともかく、まずはグリッドマンを見てみない事にはな。今日は土曜で授業もあと一限だけだし、帰りに宝多んとこに寄ってみようぜ」
一部、果たして感心していいものかどうか判断に困る台詞はあったものの。
しかし、今はただただ内海のドヤ顔が頼もしく感じられる裕太であった。
◇◆◇◆
──終業のチャイムが鳴る。
解放感に包まれる教室の中、裕太は内海と凛々しい表情で頷き合うと、二人揃って教室を後にした。
目的地はもちろん、グリッドマンの映るパソコンのある店……六花の実家でもある『ジャンクショップ絢』だ。
学校から店までの距離は、そう遠い場所にあるというわけではない。
内海と二人、他愛のない話をしながら、ぶらぶらと目的地を目指して歩く。
のどかな昼下がりの街並みは、裕太にとって何時もとと変わらぬ日常そのものであった。
これからグリッドマンを見に行くなどと言った事が、より非現実的で、ひどく馬鹿馬鹿しい事の様に思えてくる程に。
その、道すがら。
コンビニの前へと差し掛かったところで、内海が裕太の肩をぽんと叩く。
「わりぃ、トイレ。ちょっとコンビニ寄らせてくれ」
そんな事を言いながらも、叩いた相手の返事は聞くまでもなく。
内海はコンビニの自動ドアの前へと立っていた。
「……まぁ、いっか」
別に急いでるってわけでもないし。
店内へと入っていく内海の背を微苦笑で見送ると、裕太は心中でそうひとりごちる。
もちろん、裕太からすればグリッドマンの案件は早く解決するに越したことはない。かと言って、急いでジャンクショップに到着すれば問題がすぐに解決するとも限らない。
内海と言う協力者を得たことが大きいのだろうが、のんびりとした午後のうららかな陽気も多分に影響していたのであろう。──裕太の心にはかなりの余裕が生まれていた。
ぼんやりとコンビニの前に立ち、何とはなしに目の前を通る車道を眺める。
行き交う自動車、雑多な人の往来──やはり、いつもと変わらぬ日常の光景。
「…………ん?」
小さな疑問の声を上げながら。
裕太の表情が怪訝そうな色を浮かべる。
風にそよぐ街路樹の枝葉、流れる人や車……そんな『動』の世界の中に、一人だけ、ピタリと静止している人間がいた。
しかも、その人物はこちらを──じっ、と真っ直ぐに見つめているように見える。
「……………」
それは、長身の女性だった。
身に纏うのは、紅いラインで細やかな模様が施された黒いドレスである。薄手と思われる布地は、ぴったりと身体に吸い付いているかのようで、女性の艶めかしい肢体をありありと縁取っていた。スカートにはチャイナドレスの様に深い切り込みが入っていて、そこから零れ見える黒いタイツに包まれた脚は、大人の女性の魅力をこれでもかと体現していた。
まるで夜の闇をそのまま色に落とし込んだ様な、腰まで届く長い黒髪。白磁の肌は美しくも無機質で、その紅い双眸から放たれる眼光は刃の様に鋭い光を放っている。
そこは真っ直ぐと向けられれば、誰でもたじろいでしまいそうな迫力があった。
……事実、裕太はその場でたじろいだ。
「うわぁ……なんだアレ……なんかのコスプレ?」
な、なんでこっちを見てるんだ?
裕太はちょっぴり慌てた様子で、きょろきょろと辺りに視線を巡らす。
車道を挟んでこちら側には、裕太以外に他の人間の姿は無い。あると言えば背後に建つコンビニくらいなものだが……しかし、どう考えても女性の眼差しは自身に向けられている様に思われた。
無論、あんなゲームの世界から飛び出してきた様な衣装を街中で平然と着こなす女性など、裕太の知り合いにはいない。
不気味だった。
美人なお姉さんだったが、不気味そのものだった。
それに、そんな日常の風景から浮きすぎた女性が往来に突っ立っているのに、それを全く意に介さずにいる周囲の人々も不気味だった。
まるで、そんな女性など、その場に存在していないかの様に。
「……うう、またこのパターンか……」
ちいさな嘆息と共に、裕太は手で顔を覆う。
昨日、今日ですっかりお馴染みになってしまったパターン──通称『グリッドマンが出てくる時のパターン』だ。
……しかし。
「待て待て。でも普通の人間だよな、アレって」
手で覆っていた顔を上げると、今度は代わりに首を傾げる。
あの女性が一般通念上の『普通』からかけ離れているのはともかくとして、少なくとも人間であるのには違いない。
……そう、今までは『グリッドマン』に限っての事だったのだ。
ここに来て新たなパターンの登場に、裕太は再び手で顔を覆う。グリッドマンと関連があるのかは不明だが、全く関係ないと思うのも無理があるように思われ……裕太の『クエスト』リストにまた一つ項目が滑り込んでくる。
・グリッドマンの事
・謎の黒いドレスの女性 ←New!
全く笑えない話だった。
笑えない話なのに、乾いた笑い声が裕太の口から漏れた。
「──……響君?」
そんな彼に、こわごわと声をかける者がいる。
ハッとして振り返る裕太。
そこに立っていたのは宝多 六花であった。
お読みいただきありがとうございました!
書いてる内に勢い余ってオリキャラ出してしまったので、タグの方とか修正させていただきます。我ながら、その内にその場の勢いでクロスオーバーとかさせたりしそうな恐ろしさがあります _(´ω` 」∠ )_