Xeno // SSSS.GRIDMAN   作:アチスキー

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#2

──まるで、そこが昔から自分の領土であるかのように。

 そんなふてぶてしさで、ダイニングテーブルの上にのぺーっと上半身を伸ばすアカネ。

 

……住人の俺よりくつろいでるよな、こいつ。

 

 テーブルの上を意味もなく占有する幼馴染みの姿を半眼で見下ろしながら、それでも裕太は用意した湯気の立つマグカップをその傍らに置いてやる。

 それを横目に一瞥すると。

 アカネはふにゃりとした笑顔を裕太へと向けた。

 

「ん、くるしうないぞよ」

 

「……お前は殿様かなんかなのか?」

 

「どっちかって言うとお姫様かな。プリンセス」

 

 言い淀む事なく、いけしゃあしゃあと。

 裕太の呆れ顔から放たれる言葉をあっさりと打ち返しながら、アカネはカップを両手で包み込むように握ると、こくこくと中身を傾け始めた。

 そんな幼馴染みに小さく嘆息した後、裕太は微苦笑しながら肩を竦める。そして、彼女がテーブルの上に放っているビニール袋へと目を移した。

 袋からは菓子パンが幾つかと、トマトジュースの姿がちらりと見えている。

 

──時折、ふらりと。

 何の脈絡もなく、アカネが家にやってくる事がある。

 その時々で彼女が口にする理由は様々だ。今回は「たまには一緒に朝御飯もいいかなと思って」なんて言っていた。

 しかし、彼女が買ってきた自分用の朝御飯らしい菓子パン等を見ていると、それが取って付けた理由だと言うことがよく分かる。

 

 そんな事を考えている裕太の前で──手にしていたマグカップを下ろすと、アカネはホッとした様に息をついた。

 

「はぁ……やっぱりユータ君のいれてくれるホットミルクは一味違うなぁ」

 

「大袈裟なんだって。温めただけだよ」

 

……なにはともあれ、ともかく。

 昨日、帰るなり寝入ってしまった自身もお腹が空いている。裕太は朝食を用意する為に、アカネに適当に言葉を返しながらダイニングキッチンの方へと歩いていく。

 冷蔵庫を開けると、袋入りのカット野菜やら卵やら、食材はそれなりにまだ残っていた。

 

「適当にサラダとオムレツでも作るか……」

 

 野菜の入った袋を手に、裕太はぼやっと宙を見つめながら呟く。

 その位なら、アカネの分も簡単に用意できるだろう。

 さすがに自分の目の前で、彼女に菓子パンだけ齧らせておくわけにはいかない。

 

 男の子にしては物慣れた手つきで準備を進める裕太。

 そんな彼の顔を眺めながら、アカネはにんまりとした笑みを浮かべた。

 

「温めただけー、とかなんとか言って。私の為にハチミツ入れてくれたり、バニラエッセンスでちょこっと香り付けしてくれたりするんだもんなぁ。……うん、ユータ君って何気に女子力高いよねー」

 

「女子力……」

 

「今も私のサラダの方に、ミニトマト切って飾ってくれてるでしょ?」

 

 アカネの言葉を半眼で反芻しながら、裕太はピタリと手元の動きを止めた。

 からかってるのか、褒めてるのか、その両方なのか……アカネの言葉の真意は分からないが、どちらにしても『嬉しい』と言う感情は裕太の中にはあまり湧いてこなかった。日頃から童顔で子供っぽく見られがちな裕太は、どちらかと言えば『男らしい』と言う言葉に憧れを抱いていた。

 

……これが女子力?

 

 自然とアカネのサラダの上にだけ乗っけていた彼女の好物を見下ろしながら、裕太は笑みを引き攣らせた。

 

 

◇◆◇◆

「──おじさんとおばさん、今度はどこ行くって言ってたっけ?」

 

「んー……今度はドイツだってさ」

 

 相変わらず、だらーんとテーブルの上で溶けた様に上半身を伸ばしたまま。

 そんな姿のまま声を投げてくるアカネに、裕太はボウルに割った卵をかき回しながら言葉を返す。

 

……しかし、どうやら。

 内海の言った通り、自分達以外に昨日の怪獣騒ぎの事は記憶に残っていないらしい。それはアカネも同じようで、今のところ怪獣の『か』の字も口にしていない。

 アカネの趣味嗜好と性格からして。

 もし昨日の怪獣の事を覚えていたならば、今頃には彼女お得意の怪獣長講釈に裕太は辟易とさせられていた事だろう。

 そう考えると、これはこれで助かった──かどうかは、さておいて。

 いよいよもって訳の分からない事態になってきたと頭を抱えたくなる反面、やはりホッとしている裕太もいる。

 手を止めると、顔を上げてアカネを見つめた。

 

 少なくとも、今この瞬間。

 

 自分の目の前──確かにここにアカネはいる。

 グリッドマンと一緒に怪獣を倒したことで、何かを守れたのか、救えたのか……裕太には分からない。それでも、今ここにいる彼女だけは確かに守る事が出来たのだと──裕太はそう、信じたかった。

 

 そんな風にアカネを見つめていると。

 まるでその視線を感じ取ったかの様に、アカネがちらりと顔をあげ。

 その澄んだ瞳が裕太を捉えると──アカネは、はにかんだ様に微笑んで見せる。

 

 その笑顔に、裕太は自身の顔が熱くなるのを感じた。

 

「そ、それにしても!」

 

 アカネに向けていた顔を手元に落として、せっせと作業に戻る姿を見せながら。

 気恥ずかしさを誤魔化す為に、裕太は一際大きな声を上げる。

 

「仕事だからしょうがないんだろうけどさ、夫婦揃って一人息子だけ置いて行くかね。フツー」

 

「……かわいい息子には留守番させよって事でしょ? 」

 

 裕太の照れ隠しが可笑しくもあり、なにより可愛くもあり──そんな様子で、アカネは上半身を起こすとテーブルの上に頬杖をつく。

 

「まぁ、安心してよ。ユータ君の事は、今回もおばさんから私がちゃんと頼まれてるんだから」

 

 自身の豊かな胸に手を当てて。

「ふっふーん」とばかり、得意気な表情をするアカネ。

 そんな幼馴染みの姿を見ていると、先程までの気恥ずかしさもどこへ行ったやら、裕太は厭世とした様に目を細める。

 

「頼まれて、ねぇ。……毎回ウチにゴロゴロしに来るだけで、アカネから何かしてもらったと言う記憶がないんだけど」

 

「うわ、そーゆーこと言うんだ。ユータ君が寂しくないように、わざわざゴロゴロしに来る私の気持ちがわからんかなぁ」

 

「わかんない。──はい、おまちどうさま」

 

 仰々しく嘆いてみせるアカネへ、にべもなく言葉を返し。

 裕太は出来上がったオムレツとサラダをテーブルの上へと並べていく。

 目の前の彩りに、アカネは花が咲くように頬をゆるめる。

 

「わーい、オムレツだぁ。──わ、なにこれ。ふわふわのとろとろだよ?」

 

 スプーンを手にきゃっきゃっと無邪気にはしゃぐアカネ。オムレツを一匙すくうと──その出来に、素直に驚いた様子で裕太の顔を見やる。

 

「そんなことないって。普通のオムレツだよ」

 

 そんなアカネの言葉に。

 自身の分を用意していた裕太は、照れくさそうに口を尖らせた。

……そう否定はしたものの。

 実際、裕太自身も料理──だけでなく、家事はそれなりにこなせると言う自負は多少なりとあった。

 輸入雑貨店を経営する両親が度々に家を空けるせいで、自炊やら何やらする機会が多いせいだろう。

 何時だったかその事で不満を訴えた時、父親が「必要は最良の教師だ」なんて海外の格言をドヤ顔で持ち出してきた事があって、その時は荒れたものだが……なるほど、その通りだったかもしれないと今では裕太も思っている。もっとも、その先生はかなりのスパルタだったけれども。

 

「いただきまーす♪」

 

 なにやら遠い目をしている裕太を尻目に。

 さっさとアカネは、すくったオムレツを口へと運ぶ。

 途端──アカネはカッと目を見開いた。

 

「んー! ちょっと、シェフを呼んでもらえるかしら?」

 

 大真面目な表情で裕太を振り返るアカネ。

 アカネの向かいの席へと腰かけながら、裕太はちょっぴりとだけ「めんどくさいなぁ」って色を混ぜた怪訝な表情を浮かべた。

 

「えー? ……目の前にいますけど」

 

 アカネはマジな表情のまま。

 裕太の顔をじっと見つめると、一転、パッと華やぐ様な笑顔を咲かせて──

 

「──とっても、おいしいです☆」

 

 ブイッとピースサインしてみせた。

 一瞬、きょとんとした後。

 アカネのその仕草に「なんだそりゃ」と、思わず裕太も笑みを零す。

 

 朝食をとりながら、笑顔で交わす取り留めの無い会話。

 その話しの内容こそ、他の誰かにとっては取るに足らないくだらない事かもしれなくても。

 裕太とアカネ、お互い共がこの時間を大切にしたいと思っていて。

 二人にとってはそれだけで、ささやかながらも満ち足りた一時(ひととき)だった。

 

 

◇◆◇◆

──人間、朝食を食べただけで、こうも幸せそうな表情が出来るものだろうか。

 余人にそう思わせるほどに。

 朝食を終えたアカネは、顔にデカデカと『大満足』の文字が大書された様なふにゃりとした表情を浮かべ、椅子の上でまったりとしている。

 

 朝食のお礼にと、アカネからもらったトマトジュースを飲みながら。

 裕太はそんな彼女をそれとなく眺めていた。

 

「あー、おいしかったぁ。──ユータ君さ、きっと本物のコックさんになれるよ。目指してみない? そしたら私、毎日プロのオムレツ食べれるじゃんね! ナイスなアイディアだぁ」

 

 ふにゃふにゃと笑いながら、天井を仰いでいるアカネ。

 何の悩みもなさそうな天真爛漫な女の子──おそらく誰しもが見ても、今のアカネには似たような感想を抱いた事だろう。

 

……しかし。

 

 どうやら裕太には、そうは見えないらしい。

 

「…………なにか、あったんだろ?」

 

 トマトジュースのストローから口を離した裕太は静かに、そんな幼馴染みへと言葉を切り出す。

 

「…………どうして?」

 

 その言葉に。

 天井を仰いだまま、アカネは応える。その声音は先程までと変わらない様に聞こえるが、彼女の顔から引き潮の様に笑みが引いているのを裕太は見逃さなかった。

 

「今回は母さんから頼まれてたってのもあるだろうけど……アカネがこうやってウチにフラッと来る時はだいたい元気無いように見えるし……つまりは、その、勘かな。俺の」

 

……ここまでの時間。

 裕太以外の人間には、徹頭徹尾、アカネは『いつものアカネ』にしか見えなかっただろう。

 しかし、裕太だけは彼女の醸す僅かな変調を感じ取っていた。

 なぜ? ──そう問われると、裕太も返答に困る。具体的な根拠を挙げろと言われても言葉が見つからない。

 長年の付き合いが生む何かの力とでも言うのだろうか……かといって、全くこれが働かない時もあったりで──そういう諸々を鑑みると、やはり裕太には『勘』と呼ぶほかにそれを説明できなかった。

 

「勘ぅ? そんなんで私の事が分かるのかなぁ?」

 

 裕太の言葉を茶化す様な、それでいてちょっぴり不満そうな……天井を仰いだままのアカネの声。

 それでも、裕太はアカネの事を真っ直ぐ見つめて──

 

「分かるよ。その、たまに外すこともあるけど……今回は、本当に」

 

──相手を慮る真摯さのこもった言葉を送る。それは、ちょっぴりと締まらない部分はあったものの、それでもアカネへの情の深さが感じられる言葉だった。

 

……それを聞いて。

 アカネは天井を仰いでいた顔を、両手で覆った。

 そして、そのまま顔を下ろすと。

 今度は深く俯いてしまう。

 

 さらり、と。

 アカネの肩をその綺麗な髪が流れ──彼女の体は小刻みに震えていた。

 

「ア、アカネ……?」

 

──もしかして、泣いている?

 何時にない幼馴染みの姿に、動揺した様子で椅子を立ち上がる裕太。

 アカネへ近付くと、まるで細やかな氷細工を触る様な慎重さで、そっと彼女の両肩へ手をまわす。

……そこでようやく裕太は、両手に覆われたアカネの表情を垣間見た。

 

 その口許は、にんまりと笑みを形作っていた。

 

「……はい?」

 

 怪訝そうな表情で、怪訝そうな声を漏らす裕太。

 それがスイッチだったかの様に。

 

 ぎゅうっと、裕太の体をアカネが強く抱き締める。

 

「あはは! すごいよ、ユータ君! 本当に……本当に私の事、なにも言わなくても分かっちゃうんだもん!」

 

 眩しく思える程の笑顔を溢れさせながら、ぎうぎうと裕太の体を締め上げるアカネ。

 

 裕太はと言えば。

 痛いやら、苦しいやら、訳が分からないやら、彼女の胸の柔らかな感触が嬉しいやら──そんな感情が交錯して、その脳内は疑問符渦巻く混乱の極致だった。

 

「え? え? ちょ、あの、アカネ? なんか悩み事か何かあったんじゃ──」

 

「──あ、それ? もういいの」

 

 気持ち良いくらいに、アカネはキパッと言い切る。

 そして、ドヤ顔を浮かべながら椅子の上に立ち上がると、自身の胸の前で腕を組んでみせた。

 

「何がなんだろうと、誰が相手だろうと。私は、私の出来る限りの事をする! ──私、絶対に負けないから!」

 

 言っている意味はよく分からなかったが。

 アカネの熱意と言うか、迫力に気圧された様にして。

 裕太はパチパチと疎らな拍手を彼女へと送った。

 

「えっと……まぁ、元気になったみたいで何より……なのかな? 」

 

「うん、ユータ君のおかげ。ありがと!」

 

「おかげ……って。何にもしてないんだけど」

 

 いそいそと椅子から降りるアカネから、そんな風に笑顔で感謝されても。

 裕太には何一つも、彼女の助けになってやれたと言う実感はない。

……実感はないのだが。

 アカネの煌めく様な笑顔を見ていると、すぐに「それならそれでいいか」と思い直す事にした。

 

「…………………それにしても、すごいね! ユータ君の『勘』って! 本当に私の事なら何も言わなくても分かっちゃうのかな? ──ちょっと実験してみようよ」

 

「いや、超能力とかそういんじゃないんだけど──」

 

「いいから、いいから。はい、そこでジッとしててください」

 

 よほど、自身に悩み事があるという事を裕太が気付いてくれたのが嬉しかったのか。

 ちょっぴり興奮した様子のアカネは、裕太の言葉を途切れさす勢いで目の前に立たせると、その瞳をじっと見つめた。

 

「それじゃあ、私が今から思うことを当ててくださーい」

 

「えー……そんなの──」

 

「集中して!」

 

 困り顔で「無理です」と言いかけた裕太のほっぺを、アカネの人差し指がムニッと突き上げる。

 

──ああ、これは人の話を聞いてくれない時のアカネだ。

 

 厭世とした表情を浮かべながら裕太は理解した。──やるしかない、と。

 これは下手すると正解するまで解放してくれないんじゃなかろうか。……そんな一抹の不安を抱きながら、じーっと裕太もアカネの瞳を見つめる。

 

「うーーん……」

 

 今回は『勘』も発動してくれないのか、さっぱりアカネの考えは分からない。お互いに見つめあっているこの状況が、気恥ずかしく思えるばかりである。

 

「苦戦してますねぇ。これは幼馴染み(ぢから)が足りていないのでは? ──そうだ、目とか瞑ってみなよ。きっと集中できるから……すぐに分かるよ」

 

「……目を?」

 

 意地悪な笑みを浮かべるアカネに、ちょっぴりムッとしつつも。

 彼女に言われるがままに、目を瞑る裕太。

 基本的に素直な人間なのだ。

 

 裕太の視界が、暗闇に閉ざされる。

 

 

──自身の言う通りに、目を閉じた裕太の顔を見つめると。

 アカネは自身の両の頬に手を当ててから、その手を胸の上へと持っていく。

 鼓動が、今まで感じた事がない位に強く高鳴っているのが、掌へと伝わってくる──その高鳴りを心地よく思っているのか、アカネはふわりと仄かな笑みを浮かべ。

 

「……どう? わかった?」

 

「うーん、まだ……」

 

 必死になって自分の考えを当てようと頭を悩ます幼馴染みの顔をいとおしく見つめながら。

 アカネは胸に置いていた手を、今度は自身の口許へと動かす。

……白く細やかなその指先が、やわらかな桜色の唇へと触れる。期待と不安に、微かにだが唇がふるえていた。

 

「もっと……私が近付いてみよっか?」

 

 鮮やかな紅色に染まった白い頬。

 不安に足踏みしてしまいそうになりながらも、勇気を出して一歩を踏み出す──そんな様々な感情が入り交じった表情で裕太へと近づいていくアカネ。

 そして、裕太の吐息を感じそうな距離まで近づくと、自身も深く目を閉じ、彼へとそっと顔を差し出す。

 

「ほら……もう、分かるよ──」

 

 アカネの囁きが消え入る様にか細くなっていき。

 お互いの唇が重なり合おうと──

 

 

◇◆◇◆

 裕太が目を瞑っていると、暗闇の中に甲高い電子音が鳴り響く。

 

──ドアチャイムの音だ。

 

「──おっと、お客さんだ。ごめんな、アカネ」

 

 これ幸いとばかりに、裕太は目を開く。

『正解しなきゃ帰れません』みたいな様相を呈していたアカネの実験をどう切り上げようか──目を瞑りながらそんな事を考えていた裕太にとっては、新聞の勧誘かNHKの集金かは分からないが、まさに渡りに船であった。

 

「……アカネ?」

 

 裕太が目を開くと、先程まで目の前にいたであろう筈のアカネの姿が何故か──ダイニングの隅っこにあった。

 

「なんでそんな所に?」

 

「あははー。気にしないで! ……ホントに気にしないで!」

 

……アカネは何故か顔を真っ赤にして、ひらひらと両手を振っていた。

 

「いや、でも顔が真っ赤だし。熱でもあるんじゃ──」

 

「そ、そういことじゃないから! ──あ、お客さん待たせちゃ悪いよね! 私が行ってくるよ!」

 

 近づこうとする裕太から、まるで逃げるようにして。

 アカネは足早に玄関の方へと歩いていってしまう。

──人知れず落ち込んでいたり、いつの間にか元気になっていたり、どういうわけか顔を真っ赤にしてよそよそしくなったり。

 女の子の心はやっぱり分からないな、と。

 その背を見送りながら、裕太はかくりと首を傾げた。

 

 かくりと首を傾げていると。

 そこでふと、自身が何か大事な事を忘れているような気がして、裕太は眉根を寄せる。

 アカネの来訪ですっかり頭からふっとんでしまっていたが、何か凄く大事な事を──そこまで考えたところで、裕太はハッとした表情で顔を上げる。

 

 それと同時に──

 

「し、新条さん?!」

 

──玄関の方から友人の裏返った叫び声が聞こえてきて、裕太はぺしゃりと片手で顔を覆っていた。

 

 

◇◆◇◆

「はい、どうぞ。粗茶ですが」

 

「あ、これはどうも恐縮です」

 

「こら。粗茶って、ウチのお茶っ葉じゃないか」

 

 にっこりと湯気立つ湯飲みを、お客さんの前へ静々とした所作で差し出すと、にっこり笑ってみせるアカネ。

 その笑顔を受けても。

 お客さんはガチガチに緊張しているのか何時になくお堅い言葉をのたまいながら、ギクシャクとした動きで湯飲みを手に取っていた。

 お客さんとは、もちろん──内海である。

 

「それじゃ、お邪魔ムシは奥で洗い物してますので。あとはお若いお二方でごゆっくりー」

 

「どんなキャラだ……」

 

 まるでお見合いのお世話人みたいな事を言いつつ。

 アカネは口許に手を添えると微笑みながら、キッチンで洗い物をする為に引っ込んで行く。

 

 嘆息しながら、裕太は内海へと視線を戻す。

 

「新条 アカネの淹れた緑茶……! 美味(うま)し……! 緑茶、美味(うま)し……!」

 

──内海は内海で、シリアスな表情をしながら。

 まるで女神から与えられた不死の霊薬を戴く様な厳かさで、緑茶の入った湯飲みをゆっくりと傾けていた。

 

「……お前はお前で、どういうキャラなんだよ」

 

 これ以上ないと言う位の呆れた表情を内海に向けながら。

 一方で、さもありなんと。

 今の内海の姿もやむなしと、裕太は納得もしていた。

 

 どうやら、内海はアカネの事が好きらしい。

 

 一度、本人に聞いてみた時は激しく動揺しながら誤魔化されたが……その姿そのものが答えだと言っても良かった。

 なにせ内海はかつて、アカネの事を『才色兼備才貌両全の最強女子』とまで評した男である。

 表にこそあまり出しはしないものの、その熱意たるや大したもので。

 アカネの事を好きだと言う男子は多かれど、内海ほどに熱いものを持っているヤツはそういない──というのが、裕太の所感である。

 

 

……だからこそ。

 だからこそ、この状況は非常に──めんどくさかった。

 

 

 ゆっくりとお茶を味わい終えた内海。

 まるでそれまでは、そのお茶が精神安定剤だったかの様に。

 途端に荒々しく、裕太の服の襟元に掴みかかる。

 

「なんで新条 アカネがお前の家にいる! なんで新条 アカネがお前の家にいる! なんで! 新条 アカネが! お前の家にいるんだ……ッ!!」

 

 わー、めんどくさい。──そう思いながらも、あまり相手を刺激しないように。裕太は引き吊った笑みを浮かべながら、慎重に言葉を選んだ。

 

「何度も言うけども、俺とアカネは幼馴染みだから。たまには朝御飯くらい一緒に食べる時もあるって事で」

 

「朝御飯を一緒に……!? ──は?! なにそれ聞いてないんですけど!! 聞いてないんですけど!! そんなギャルゲーみたいな素敵イベントが現実に許されるんですか、神よ!!」

 

──俺の腕からもグリッドビームとか出たりする様になってないのかな?

 やいのやいのとうるさい友人を半眼で眺めながら、わりと本気で左腕を触ったりする裕太。

 そんな彼の前で。

 内海は眼鏡を外すと、目頭に浮かぶ熱い滴を手で拭う。

 

「見損なったぜ裕太! 『グリッドマン同盟』の同志として、一緒に戦い抜こうとウルトラの星に誓いあったじゃないかオレ達!」

 

「昨日のどこに、そんな暇があったよ。だいたい、電話でも気になってたんだけどその──」

 

「──ねぇねぇ、そのグリッドマンってなに?」

 

 裕太の言葉を遮る、可憐な声。

……その声に。

 裕太と内海、二人ともが同時に凍りついた。

 

 確認するまでもなく、声の主はアカネである。

 洗い物を終え、手を拭きながら二人の座るテーブルへと歩いてくる。

 

「し、しまったぁぁ!!」──そんな表情で顔を見合わす裕太と内海。ダイニングキッチンと言う性質上、二人の会話が筒抜けであることくらい少し考えれば分かりそうなものであったのだが──覆水、盆に帰らず。口から飛び出したグリッドマンと言う単語が口の中へと帰ってくることはない。

……朝一番に立てた『みんなには秘密だよ作戦』は一瞬にして頓挫しかけていた。

 しかも──裕太と内海、お互いにとって、色んな意味で一番知られたくない相手に。

 

「ねえってばぁ。……そーゆー風に男の子だけでコソコソするのって、良くないと思いまーす」

 

 しかも、こういう時に限って。

 あのしつこいアカネが顔を覗かせる。

「聞くまでは200回でも300回でも同じ質問しちゃう!」──そんな意思を感じさせる表情をしていた……迷惑な事に。

 

 言葉に窮する裕太。

 しかし、その瞬間──彼の脳内に、雷光が閃くようにアイディアが生まれた。

 

「グ、グリッドマンって言うのは……内海の考えたオリジナルのヒーローの名前なんだ! ほら、こいつ特撮ヒーロー好きだから。なんて言うか『ぼくのかんがえた最強のヒーロー』みたいなさ……なっ、内海!?」

 

「えっ?!」

 

──許せ内海!

 自身の口から飛び出した言葉に、驚愕の表情を浮かべがらこちらへと振り返ってくる内海へと、心の中で許しを乞いながら。

 裕太は笑顔で、内海へと同意を求めた。

 

 その笑顔に苦虫を噛み砕いた様な表情を浮かべた後。

 内海も何かを覚悟したかの様に、顔に笑みを張り付ける。

 

「い、いやぁ。そうなんですよ。オレ、特撮ヒーロー大好きで! たまにオリジナルのヒーローとか妄想しちゃったりして……高校生にもなってお恥ずかしい限りで」

 

 内海は立派だった。立派に道化を演じきった。

 その男らしい姿に裕太は心の中で涙した。──もとはと言えば、内海(コイツ)が不用意にグリッドマンの名を口にしたのが原因だったとか、そう言うことがどうでも良くなる程の男らしさだった。

 

「ふーん……オリジナルのヒーローかぁ。なんか楽しそうだね! どんなヒーローなの?」

 

 内海の犠牲もあってか、アカネは一応納得した様子を見せる。

 しかし、そう公にはしていないものの、元来にして特撮は大好物のアカネである。逆に興を惹いてしまった部分も出て来てしまい、内海は再びアカネから質問攻めにあっていた。

 

「いや、その……まだ考え付いたばっかりで。これから色々と設定とか増やしていこうかなって……!」

 

「アカネ……内海、困ってるから」

 

 妙にグリッドマンに食い付くアカネを、裕太は幼馴染み力でやんわりとたしなめて内海から引き離す。

 

「そっかぁ、残念。……もし設定とかできたら、私にも教えてね? 内海君」

 

「それはもう、出来た時には」

 

 至極残念そうなアカネの言葉に。

 壊れた人形の様にカクカクと内海は頭を振って返す。

 

──それで満足した、というわけではないのだろうが。

 アカネは笑顔で、裕太と内海に向けてひらりらと手を振った。

 

「それじゃあ、二人とも。私、帰るね。家にやりのこしたこともあるし」

 

「うん。……本当にもう大丈夫なのか?」

 

 少し前までのアカネの変調を思い出し、裕太は念を押すようにして尋ねる。

 その言葉に、彼女は一層輝きを増した笑顔でピースサインをして見せる。

 

「うん! もう本当に大丈夫! ──今の私はヤル気満々っすよ!」

 

 元気に手を降りながら、部屋を出ていくアカネ。

 そんな彼女の姿を、裕太と内海はそれぞれの思いを抱きながら、手を振って見送る。

 

 

 そして、アカネが玄関から外に出ていったのを確認すると。

 二人はお互いに向かい合い──

 

 

「──裕太、テメー! よくも人を凄いイタいヤツみたいな風に言いやがって! 誤解されたらどうする! 誤解されたらどうする!」

 

「──もとはと言えば内海がグリッドマンの名をホイホイと口にするのが悪いんだろ! 何が皆には黙ってろだって! 地底人と海底原人が聞いてるから不味いんだろ!」

 

「宇宙人と異次元超人だ!」

 

──ウルトラファイトばりの不毛な戦いが、しばし響家で繰り広げられるのだった。

 

 




◇今回の幕間◇
アカネ「もー! アレクシス! 私がユータ君の家にいる時は、誰も近づけないでって言ったじゃん!」

アレクシス「ごめんよ、アカネ君。ちゃんと見張っておいたのだけれど、あんまりスティレットが家で騒ぐものだから……」

スティレット「フットワーク軽いな、こいつら」


◆今回のあとがき◆
スティレット「8話分を書き終えるまで、自分が考えたタイトルの間違いに気づかない投稿者がいるらしい(ヒソヒソ 」


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
前話を投稿して数日してから一気にお気に入り登録が増えるという現象が起きて、目が点になってましたが……どこかでグリッドマン再放送とかあったんでしょうか? 特撮版の一挙再放送とかあったらいいなぁ……。

あと、活動報告でも書いてましたが。
タイトルの表記を間違っていたので修正いたしました……!

スティレット「ウルトラマンをウルトラマソって書いてたのに気づかないのと同じレベルだよな」

こんなポンコツですが、今後ともお付き合いいただければ嬉しい限りでございます。_(´ཀ`」 ∠)_
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