お豆腐メンタルのアイドルマスターシンデレラガールズ 作:冬月雪乃
歌い終えた私を出迎えたのは武内プロデューサーとトレーナーさんだけだった。
一ノ瀬先輩は私の歌を聴き終わるや否や、いずこかに電話をかけて部屋を出て行ったらしい。
少なくとも不快な様には思われていないという事で、そこは素直に喜ぶべきか。
その後は流石に夜も遅く、危ないという事で武内プロデューサーに家まで送ってもらうことになった。
なったのだが——。
「夢見がアイドルですか……」
「はい。シンデレラプロジェクトをご存知ですか?」
両親と武内プロデューサーがガチの話し合いを開始した。
相手は数ある人種の中で論戦について一家言ある人種だぞ、大丈夫か武内プロデューサー。
ちなみに、私はちょっと口を挟んだら怒られたので離れた場所でソファに座り、テレビを見ている。
「ですから——」
「ではこの場合は——」
「はい。もちろん——」
「そもそも——」
……胃が痛くなってきた。
マイルームに避難しよう。うん。
ほんとはいるべきなんだろうし、私も何か言うべきなんだろう。
だがこの針の筵みたいな雰囲気の場に居たくない……! 無理!
あぁ、でも。
「ママ。パパ。私、アイドルやってみたい」
最低限の意思表示だけはしておこう。
#
次の日。土曜日である。
私は普通に美城ビルに足を運んでいた。
そもそも、両親は賛成派だったらしく、説得というよりは解釈や意見のすり合わせに近かったらしい。
捺印済の書類を持って帰る武内プロデューサーを見送り、色々な事を話し合った。
——結果。
「まさかの寮生活……まぁ、確かに学校も職場も歩いていける距離になりますが……」
ビルの裏手に寮があるらしく、そこで生活することになりましたとさ。
両親曰く、今から一人での生活に慣れるべき、という事だ。
まぁ普通に土日は帰るつもりだし、学校が近いと考えればメリットだらけだ。
周りには同年代の女の子だらけで少し心配だが。
いじめとか。
「あ、武内プロデューサー! こちらです!」
湧き上がる不安を押し退けて現れた武内プロデューサーに手を振る。
急ぎ足で歩いてきた武内プロデューサーは挨拶もそこそこに、胸ポケットから手帳を取り出し、挟んであったものを一枚私に寄越した。
「カードキーですか?」
「はい。寮のものです。規則に関しては既に篠原さんの部屋に置かれていますので、そちらをご覧下さい」
「分かりました」
「すいませんが、制服はお持ちですか?」
「あ、はい。言われた通り持ってきました」
「社員証や、各局に入る入門証を作るのに写真を撮るので、着替えて頂けますか?」
「はい。じゃあ、ちょっとお待ち下さい」
「分かりました」
着替え、案内された先で写真を撮る。
後日寮に届くとの事で、それまでは仮入場書を受付で書いて入る事になるわけだが、これがまた面倒くさい。
名前、目的、アポ有りか無しかetcetc……。
出来るだけ早く来て欲しいとそれとなく武内プロデューサーに伝え、寮に案内してもらった。
どうやら男性は中に入れない決まりがあるらしく、武内プロデューサーは玄関の外までしかついてきてもらえなかった。超不安。逃げていい? ダメです。
「よーこそー!」
「ふぶっ!?」
とりあえず寮母さんに挨拶をしよう、と談話室とプレートが掲げられた部屋に入ると、紙吹雪が顔面を強かに打った。
テープもか。
「——あー……誰にゃ。新人ちゃんの顔面に撃ち込んだの」
「結構な人数でクラッカーを鳴らしたからねー。ちょっと分かんないなぁ」
どうやら狙って撃った訳ではないらしい。
いきなり始まったイジメではないと理解し、えぇ、と、と猫耳カチューシャをつけた女の子に声をかける。
「あの……」
「はっ、ごめんにゃ! まさか顔面に当たるとは思わなくて! 誰が撃ち込んだのかは分からないけど……!」
「いえ、大丈夫です。歓迎頂いてる様ですし」
ありがとうございます。と締めるといい子だにゃぁ! と笑ってくれたので、とりあえず視線をほかの人に向ける。
黒髪短髪の女性がニコニコしながら近寄ってきた。
「はいー。よろしくお願いしますね。私は鷹富士茄子。漢字ではナスと書きますが、かこですよー」
「あ、はい。私、篠原夢見といいます。よろしくお願いしますね、鷹富士先輩」
「茄子でいいですよ?」
「えっ、と、はい。茄子先輩!」
「篠原さん、結構体育会系のノリなの? あ、私は北条加蓮。よろしくー」
「芸能界は上下に厳しいとの事でしたので……」
「無表情なのは緊張かな?」
ワイワイと次々に集まる先輩方にワタワタと対応する。
していると——
「……不思議な気を感じますー」
一番困るタイプの子が現れた。
依田芳乃と名乗ったこの子は、とてとてと身の回りを見て回り、目を合わせ、自己紹介以降の第一声がこれだった。
長い髪を後ろで縛り、純粋無垢であり、しかしどこか遠くを見ているような瞳でこんなことを言われてしまってすごくドキドキした。
なんなんだこのプロダクション。
匂い嗅いだだけで、見て回っただけで私の秘密をストレートに見抜くとか。
なんの魔窟だ。
「ふむー。呪われているわけでなくー、しかしついて離れぬ気配がー……面妖でしてー」
「気のせいでは?」
「いえー、この気配は間違えようもないのでしてー。茄子どのー」
「はーい。私に霊感とか超能力——「エスパーですかッ!?」——はありませんが……」
超能力というワードに超光速反応をした女の子がどこかに居てすごく気になるが、茄子先輩の声が耳について離れない。
「——えいっ!」
「ふぁっ」
いきなり手を握られ、痛みを感じない程度に優しく締められた。
「とりあえず当面は大丈夫だと思います。芳乃ちゃんなら分かりますよね?」
「はいー。ありがとうございますー」
えっ、えっ、何をしたの?
えっ。
怖い。
「あぁ、大丈夫だよ夢見。あの二人はそういう、悪意みたいなのの対極にいるような存在だし」
「北条先輩……」
ポテト食べる? と皿を渡されたので受け取る。
ラインナップはフライドポテト(塩)、フライドポテト(マヨ)、フライドポテト(ケチャップ)、フライドポテト(素)、フライドポテト(味噌)
「フライドポテトのバリエーションがすごいですね!?」
「そっちにツッコむの?」
「え、だって……先輩、私のために持ってきてくれたんですよね? 嬉しいです」
「待って眩しい……!」
ある意味弄りがいがないなぁ、などと苦笑いの北条先輩に何か間違えたかと冷や汗が出る。
「そんな身構えなくていいって」
「分かりました」
他愛ない話をしたがすごく癒やされた。
前二人が謎の迫力があっただけともいう。
「……あ、あの……」
「うひぁっ!?」
圧倒されてポテトを口に詰めていると、背後から急に声をかけられた。
びっくりし、振り向くと金髪で、片目を隠した女の子がいる。
「あ、ご、ごめん、ね? でも、気になったから……」
「ええと……?」
「篠原さん、だよね」
ぐぐっ、と顔が寄ってくる。
近い。
「あ、見えた」
え? と思い、目を合わせるが、合わない。
この人、私の中の何かを見ている……!
「うん、顔、やっと見えた。私は白坂小梅。よろしく、ね……?」
拝啓母上。
このプロダクションは魔境です。