オーガ…………モンスターとしてはあまりメジャーな方ではない。
と言うのも、強さが中途半端で他のモンスターの陰に隠れがちなのだ。オーガ以上に強いモンスターはドラゴン系統を筆頭に、一歩間違えば小国程度なら単体で滅ぼせるものがいる。逆に弱い奴はゴブリンやアジャイルリザードなど、ルーキー傭兵の登竜門として有名なものがいた。こう言うのがモンスターとして名が知れ渡り過ぎている為、オーガはどうしても名が埋もれてしまうのだ。
だが、だからと言って舐めて掛かってはいけない。飽く迄もドラゴンなどの有名どころに劣っていると言うだけで、人間と比べたら生物としての能力は圧倒的に勝っている。何も持っていなくても腕の一振りで人間など簡単に吹っ飛ばせるし、拳を振り下ろされれば一発でミンチだ。
偶に、あまり話題に上がらないからと言う理由で挑んで逆に餌食になるルーキーの傭兵が毎年出るくらいだった。
そんな、決して舐めてはいけないモンスターとクレアは一人で対峙していた。
「クレアさん一人で大丈夫かなぁ? いや、大丈夫だとは信じてるけど」
「欲を言えば、オーガを相手にする時は銃士か術士が一人は居た方が無難だね。あれ遠距離攻撃の手段持ってないし」
「でも心配はしてないんでしょ?」
「そりゃそうさ。なんたって彼女もAランク、オーガ一匹程度に負けたりはしないよ」
若干不安を滲ませるサフィーアに対し、カインは全く心配していない様子でオーガと対峙するクレアの様子を眺めていた。
二人を始めとしたバスの車内の乗客たちからの視線を浴びながら、クレアはオーガの前でいつものルーティンを行う。
「お、始まるよ。魔力の流れを見る準備は出来た?」
言われずとも、サフィーアは目を魔力の流れが見えるようにする。
彼女がそうするのを見計らったかのように、クレアはオーガと戦い始めた。一瞬でマギ・コートを発動させると、正に風のように素早くオーガに接近し手始めにその腹に飛び蹴りを叩き込んだ。
「たりゃぁぁっ!!」
「グギャァッ?!」
マギ・コートで強化しただけの蹴り、しかしそれを喰らったオーガはその強靭な筈の肉体をいとも容易くくの字に曲げて2~3メートル吹っ飛ぶ。
その瞬間のクレアの中を流れる魔力の流れを、サフィーアはしっかり見た。
まるで高いところから見た川の流れの様だった。一見静かだが、その実凄まじい力を秘めている。
だが当然ながらオーガとて一方的にやられてばかりではない。すぐさま立ち上がると右手に持ったプロペラのブレードをクレアに向けて振り下ろす。
「グオォォォッ!」
人外の剛力をもって振り下ろされるブレードは空気を裂きながらクレアに迫る。あんなものを喰らっては彼女とてただでは済まないだろう。例えマギ・コートで防御力を強化したとしても耐えきれまい。一撃でハンバーグの元だ。
勿論そんなものを大人しく喰らうクレアではない。
振り下ろされたブレードをクレアは左掌で受け流し、ブレードを足場代わりに駆け上がるとオーガの顔面を回し蹴りで蹴り飛ばした。
「グァウッ?!」
「ん?」
オーガの頭を蹴った瞬間、クレアは妙な違和感を覚えた。脚から伝わる感触が妙に硬いのだ。元よりオーガは人間よりも頑丈だが、先程腹を蹴り飛ばした時よりも明らかに硬くなっている。
蹴られる瞬間に筋肉を緊張させて防御力を上げたか? いや、それとは少し感触が違った。あれは、どちらかと言うと…………
「グァアアァァァァッ!!」
「ちっ!?」
悠長に考える暇を、オーガは与えてくれなかった。頭を蹴られて脳が揺さぶられただろうに、、随分と元気な事だ。クレアは構わずそのまま着地すると、懐に入り込み無防備な腹に連続で拳を叩き込む。
「たぁぁぁぁぁっ!!」
炎属性の魔力を帯びた拳が何度もオーガの腹部に叩き込まれる。
ところが可笑しなことに、オーガには一向にダメージで動きが鈍くなる気配がなかった。
「ねぇ、何か可笑しくない?」
「ふむ、確かに」
ここまでくると離れた所から戦いの様子を眺めているサフィーア達にも違和感は伝わり、次第に車内に不安が立ち込めていく。
すると…………
「グァウッ!」
「ぐっ?!」
「あぁっ!?」
不意に、一瞬の隙を突かれて振るわれたブレードにクレアが吹き飛ばされた。幸いな事に防御には成功したし、地面に叩き付けられることもなく難なく着地することには成功する。
だがクレアは全く気を緩めない。防御力だけでなく攻撃力も先程より上がっているのだ。基本手加減と言う言葉を知らないモンスターが、手を抜いていたなどと言う事はあり得ない。何かしらの方法で自らを強化したのだ。
そして、この世界で肉体を強化するものなど、一つしかない。
「あっ!? 思い出した!」
「何を?」
「オーガって、角の形状で特性と言うか得意な事が違うんだ」
具体的には、反りのある刃の様な角を持つオーガは全体的な筋力が優れており、剛力であるだけでなく見た目に反して俊敏に動き回る。
先端だけが反った角を二本生やした奴は逆に表皮が異様に硬く、また魔力耐性も高い。ドラゴンに比べれば柔いが、それでも生半可な火力では倒すのにかなり苦労するだろう。
そしてシンプルに真っ直ぐ円錐な角を持つオーガの特性は、優れた魔力操作が可能な点だった。どちらかと言えばモンスターは本能的に、ド直球に言ってしまえば考えもせず何となくで魔力を操っている場合が多い。
だがこのタイプのオーガは違う。こいつは意識的に魔力を用い、的確に肉体を強化し攻撃力も防御力も上昇させる。オーガとしては規格外な強さを持つ存在と言えよう。
そのオーガと言う種の中でも最強に近い存在が、今クレアの前に居る奴だった。
「ただ確認されてるのがこの三種類だってだけで、実は他にも種類がいるんじゃないかって言われてるね」
「いやそんな冷静にコメントしてる場合!? やばいじゃんそれ、流石に援護しにいかないと!?」
サニーブレイズを持ってクレアの所へ向かおうとするサフィーアだったが、その彼女の腕をカインが掴んで引き留める。
「まぁまぁ、落ち着きなって」
「な、何でそんな落ち着いていられるのよ!?」
「逆に聞くけど、何でサフィはそんなに取り乱してるの?」
そう言われるとサフィーアは言葉に詰まった。彼女だってクレアの事は信頼しており、あの程度のモンスターにやられたりはしないと思っている。だが、実際に目の前にするとどうしても心配せずにはいられなかった。
「まぁまぁ、そう心配しなくても大丈夫さ。クレア、あれでまだ本気は出してないから」
カインの推測の通り、クレアはまだまだ余裕を残していた。サフィーアに魔力の循環がどのようなものかを見せるのが今回の戦いの意義であるので、余り本気を出し過ぎて直ぐに決着がついてしまっては意味がないのだ。
とは言え、いい加減そろそろ頃合いか。この場には三人以外にもそれぞれ予定のある人達がいる。彼らを巻き込んで長々と戦いを続ける訳にはいかない。
「んじゃま、そろそろ終わらせるとしますかね」
クレアはそう呟くと、今一度プリショット・ルーティンで集中力を高めた。それに呼応してオーガから放たれる魔力の燐光も強くなる。
と、オーガは何を思ったか口を大きく開けると思いっきり息を吸い込んだ。遠くから見ていたサフィーア達は、それを大きな咆哮を上げる準備かと思っていたがそうではなかった。
吸気に合わせてオーガの口中に魔力の塊が生成され、短い咆哮と共にそれが吐き出される。魔力を固めて作り上げたブレスが、大地を抉りながらクレアに迫る。
「とっ!!」
自分に向け放たれたブレスを、クレアはサイドステップで回避する。
だがオーガはクレアの行動の一歩先を行っていた。彼女がブレスを回避したその先では、既にオーガが二発目のブレスの準備を完了していたのだ。
咄嗟に再び回避しようとするクレアだったが、ふと背後の先にある物を思い出しその場に踏み止まる。今、彼女とオーガを繋ぐ直線の延長線上には停車しているバスがあるのだ。ここで回避してしまっては、流れ弾ならぬ流れブレスがバスに直撃し乗客も何もかも木っ端微塵に吹き飛んでしまう。
となると…………
「受け止めるっきゃ、無いわね!!」
気合一番、プリショット・ルーティンで集中を高めると、足腰に力を入れて踏ん張る体勢を整えた。
直後、クレアに向けて放たれるオーガのブレス。常人であれば一撃で消し炭どころか消し飛ぶ威力のそれがクレアに迫る。
だが次の瞬間、視界に飛び込んだ光景を目の当たりにしてサフィーアは驚愕に目を見開いた。
「いぃっ!!?」
「へっへっへっ!!」
「ゴアッ!?」
クレアは本当にオーガのブレスを受け止めてしまったのだ。笑みすら浮かべて余裕の表情で、魔力を凝縮したブレスを両手で掴んでいる。あまりにも予想外の光景に、オーガですら驚いて動きを止めている。
瞬間、カインが声を上げた。
「サフィ、よく見てて!」
「ッ!?」
何を見るのか、などと言う事は訊ねない。サフィーアは瞬きも忘れて、クレアの中を流れる魔力の流れを注視した。
そこから先の光景は、信じられない事の連続だった。
まずクレアの魔力がオーガのブレスに流れ込み、単に魔力を押し固めただけのブレスがクレアの魔力でかき回される。あんなもの、サフィーアは今まで見たことが無い。
クレアの魔力はあっと言う間にブレスの魔力と混ざり合う。すると次の瞬間、オーガが放った筈のブレスが二回りほど大きくなった。クレアが魔力を流してブレスを強化したのだ。こんな事が出来るなど、サフィーアは見た事も聞いたことも無かった。
サフィーアの驚愕を余所に、クレアは自分の制御化に置いたオーガのブレスを思いっきり振りかぶってオーガに向けて投げつけた。
「喰らえぇぇぇぇッ!!」
クレアが投げつけたブレスは、回避を諦め防御を選択したオーガに直撃する。灼熱の魔力が防御力を強化したオーガの表皮を焼き、オーガは絶叫を上げた。
その隙を逃さず、クレアは右足に炎属性の魔力を纏いながらオーガに向け駆けていく。ある程度近付いたところで高く跳躍し、飛び蹴りの体勢を取るとオーガとは反対方向に左手を突き出した。
次の瞬間、その左手から派手な爆炎が噴き出し彼女の体をオーガに向けて一気に押し出した。
「トドメェェェッ!!」
「グガッ?!」
爆速で突き進むクレアの右足は、洒落にならない威力だった。一撃でオーガの上半身を蹴り飛ばすどころか抉り、上半身と下半身を焼きながら分離させた。
蹴りで人型のモンスターが真っ二つになると言う光景に暫し呆然となるサフィーア。他の乗客もクレアの戦い振りに見とれている。
その視線に気付いているのかいないのか、クレアはオーガが完全に息絶えたのを見て乱れた髪をかき上げ溜め息を一つ付いた。
「ふぅ」
溜め息と同時にクレアの体の中を流れていた魔力が静かに霧散する。戦いの終了だ。
そんな彼女の姿を、サフィーアはいつしか目を輝かせながら見つめていた。傭兵の先輩として、何より女性として、強く凛々しい彼女に一種の憧れを抱いていたのだ。
そのサフィーアの手元には、先程訓練用にと作り出した魔力球が出来ていた。気付かぬ内に作り出していたのだろう。彼女はそれを見てはいない。
だがカインだけは、その存在に気付いていた。窓の外を見る振りをして、横目でチラリとサフィーアが作り出した魔力球を見る。
--何か切っ掛けがあればとは思っていたけど、まさかこれ程とはね--
サフィーアが作り出した魔力球は、先程と比べて驚くべき完成度を誇っていた。クレアのやり方を見て学んだのだろう。だが簡単に出来る事ではない。確りとした基礎が出来ていなければ、見よう見まねの猿真似にしかならない。
しかしサフィーアは、クレアの魔力循環技術を見ただけで自分の技術に昇華させた。
--クレア、君が見込んだこの子は、とんでもない存在かもしれないよ--
こちらに戻ってくるクレアの姿を見ながら、カインはサフィーアの往く末に好奇からくる期待を寄せるのだった。
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