傭兵サフィーアの奮闘記   作:黒井福

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第59話:初めての言葉

 イレーナと挨拶を交わしたサフィーアとクレアの二人は、奥の客間へ通され椅子に座り一息ついていた。

 客間は、と言うか孤児院自体の内装は、街の様子と外から見た以上には綺麗だった。掃除も行き届いているし、年期からくる古臭さはあってもボロさは感じさせない。ちょっと場違いな壁に掛けられている大剣も、しっかり磨かれ錆一つ浮いていなかった。

 

 そんな壁掛けの大剣を眺めつつ、サフィーアは湯気の立つコップに口をつける。出されたものは生憎と白湯だったが、その程度で文句を言う彼女ではない。元より見ただけで資金面で余裕が無い事が丸分かりなのだ。贅沢など言える訳がなかった。

 ここに通されるのに前後して、クレアの携帯にカインから連絡が入っていた。売られそうだった女性たちは無事に信頼できる相手に送り届ける手配が出来、更にはサフィーア達が移動する為の便も取れたそうだ。

 現在は、クレアから孤児院の場所を聞き合流するために向かって来ているらしい。

 

「しっかし、何と言うか意外だったわ」

「あん?」

 

 現在客間に居るのはサフィーアとブレイブのみ。クレアは散歩がてら周辺の地理を頭に叩き込みに向かい、イレーナとシエラは子供たちの相手をしている。その肝心の子供達はと言えば、今は隣の食堂でおやつに夢中だ。

 子供たちの和気藹々とした声をBGMにしながら、のんびりティータイム(白湯だが)と洒落込んでいた。

 しかし元より大人しいとは言い難い性格のサフィーアが、何の会話もなくただ壁の剣を眺めて白湯を啜るだけで時間を何時までも潰せる訳がなかった。次第に暇を持て余し始め、何か話題はないかと模索した時真っ先に彼女の頭に浮かんだのは、先程の子供達の相手をするブレイブの姿だった。

 

 正直、意外と言う他なかった。相対した回数は少ないが、それでも大体の性格はよくいる戦馬鹿の傭兵、荒事に顔色一つ変えず臨み頭を使うよりも先に行動する。そんな感じだと思っていたのだ。

 それが、口調は荒っぽくともしっかりと子供達の事を思いやって、面倒を見ながら行動していたのである。

 こんなことを言ってしまっては彼に失礼かもしれないが、はっきり言って似合わない。子供たちの相手など、務まるような人間には見えなかったので先程の光景はちょっとした衝撃映像だった。

 

「あんたに、子供の面倒なんて見れたなんて意外だって思ったのよ」

「そりゃ、物心ついてからこれまで何人も年下のガキ面倒見てきたんだ。嫌でも慣れるってもんだろ」

「……って事は、やっぱり孤児院で育ったんだ?」

「あぁ。何でも昔、死に掛けてた母親だろう一人の女が抱えてた赤ん坊だった俺を先生が拾ったらしい。この辺じゃ昔からよくある話だ、別に珍しくもねえ」

 

 明後日の方を向きながら告げるブレイブからは、悲しみも寂しさも思念レベルですら感じ取ることは出来ない。本当に何とも思っていないのだ。

 

 それを知ってサフィーアは己の胸に痛みが走るのを感じた。

 彼女は知っている。親から与えられる愛情と温盛を。だからこそ彼に対しては何も言えない。知っているが故に、知らない彼には慰めることもフォローすることも出来ないのだ。なんと声を掛けていいか分からない。

 その不甲斐無さが、彼女の心を締め付けていた。

 

――傲慢ね。あたし――

 

 だが彼女はすぐにそれが、彼に分からないことを分かっているが故に存在する隠れた優越感からくる傲慢さであることに気付いた。彼は何も知らない、だから知っている自分がその事を哀れに思ってやろうと無意識のうちに頭がそう考えたのだ。これを傲慢と言わずして何と言おう。

 

 サフィーアは自分の心に湧き出た汚らしい部分を押し流すように、コップに残った白湯を一気に流し込んだ。大分冷めて微温湯ですらなくなった最早湯冷ましの冷たさが、隙間風の様に彼女の心を冷やす。

 

 と、不意に自身に向けられる好奇の思念に気付いた。出所はブレイブだ。視線を向ければ、いつの間にか彼はじっと彼女の顔を見つめていた。

 正直、ちょっと居心地が悪い。

 

「な、何?」

「ん、いや、悪いな。ちょいと凝視し過ぎた」

「それはまぁ、いいけどさ。どうしたの? あたしの顔に何か付いてる?」

「いや、ただ変わった目の色だって、今になって気付いてな」

 

 言われてサフィーアは密かに体を緊張させた。海色の瞳は思念感知能力者の証、普通の人間には発現しない。思念感知能力者自体が広く知れ渡っている存在ではないのでこれだけで自分の秘密がバレる様なことはないのだが、こうして何も知らない者に真正面から指摘されるとやはりどうしても警戒してしまう。

 クレアの時は向こうが能力者の存在を知っていたこともあって、瞳の色を指摘されるよりも前に能力者であることがバレて拒絶を恐れるよりも観念する方が早かったので警戒も何もなかったが、今回のような場合は話が別だった。

 警戒を悟られないよう、サフィーアは平常を保つよう心掛ける。

 

 その警戒を知ってか知らずか、ブレイブは彼女の瞳をまじまじと見つめていた。

 

「あの、あんまり注目されると、居心地悪いんだけど?」

「あぁ、悪い。流石に不躾だったな。お前も女だってのに、こいつはいけねえや」

 

 眉間に皺を寄せながらサフィーアが睨むと、ブレイブが額をぺしんと叩きながら視線を逸らす。気持ちを切り替える為かコップの中身を一気に呷ると、お代わりを入れる為にコップを持ってその場を立った。

 その際、サフィーアが使っていたコップも持ってキッチンへと引っ込んでいく。

 

 数分ほどで沸かし直した白湯を入れたコップを二つ持ち、ブレイブが戻ってきた。片方を差し出されたので、黙って受け取り沸かしたての白湯を口に流し込む。少し沸かし過ぎたのか、火傷する程ではないが熱々の白湯にサフィーアは堪らずコップから口を離した。

 

「アッツ!?」

「悪い、ちと温め過ぎたなこりゃ」

 

 たははと笑いながら頭をかくブレイブ。そんな彼を横目で見ながら、サフィーアは白湯を冷ましつつ能力に神経を集中させる。今気になるのは、彼の彼女に対する関心度。もしこの瞳の色だけでも相当に不審に思っているのなら、残念だが彼からは多少距離を取るべきだろう。

 それは以前クレアにも言われた、この能力の事が広まる事を防ぐのは勿論、異端を見る目で見られることを防ぐことにも繋がっていた。

 

 と言うのも、幼少期に一度だけあったのだ。明らかに周りとは違う瞳の色と思念が分かってしまうことで発揮される勘の良さが原因で、一時周囲から差別的な目で見られ孤立したことが。

 幸いにもそれは本当に一過性のもので、程無くして収まり交友関係も殆ど元通りになった。

 が、当時の事はサフィーアの心に傷――と言うほどではないがしこりとなって未だに残っていたのだ。

 

 今は昔ほど能力を明け透けにするようなことはせず、単純に勘が鋭い程度で済ませるようにしているがそれでももしもという事はある。

 

 そう思って警戒していたのだが――――

 

――あれ? あんまり気にしてない?――

 

 身構えてはいたのだが、予想に反してブレイブは彼女に差別的な感情どころか違和感も抱いていないようだった。全く気にしていないという訳ではなく、チラチラと彼女の方に意識を向けてはいるのだがそこにあるのは好奇とか関心とか、兎に角マイナス方向の思念が存在しない。純粋に彼女の海色の瞳を珍しいとだけ思っているようだった。

 こう言っては何だが、サフィーアの海色の瞳はこの世界の者からすれば本当に珍しく、ともすれば異質にも映ってしまっていた。まるで海中を思わせる深く暗い色の瞳は、ぱっと見目に光がないかのように見えてしまうのだ。よく見れば決してそのようなことはなく、むしろ彼女の活発な性格を反映して明るい光を湛えているのだが、第一印象で異質を感じてしまった者にはそうとは映らない。

 

 最初ブレイブがやたらと気にしているようだったので、彼も彼女の事を変なものを見るような目で見てくるかと思ったのだが、予想に反した結果にサフィーアはうっかり疑問の声を上げてしまった。

 

「あんまり気にしてないのね?」

「ん? 何をだ?」

「あたしの目。こんな色の人普通はいないから、もっと気にするかと思ってたけど?」

 

 ちょっと皮肉を込めてそう告げると、ブレイブは少しばかり気恥ずかしそうに頬をかきながら口を開いた。

 

「そりゃぁ、まぁ、珍しい色だとは思ったけどよ」

「思ったけど、何よ?」

「ん~~…………俺は、普通に綺麗だって思うぜ」

「へっ?」

 

 綺麗な瞳……そう言われてサフィーアの思考が一瞬停止した。

 今までの人生で、この瞳を真正面から綺麗だと言ってくれたものは一人もいなかったのだ。何人かは彼女に恋慕の思念を向けてくるものもいたが、それらも彼女の瞳が常人とは違うと気付くとそこに異質を見出していた。

 もしかしたら、それも所詮は一過性のものであったのかもしれない。そこで足踏みしたりせず、もっと踏み込んでみていれば彼らもサフィーアの瞳への異質さを拭うことができていただろう。

 だが結果として、サフィーアは彼らが自分に異質の思念を向けた瞬間壁を作るようにしていた。異端として孤立したりすることが無いように。

 

 だがブレイブは違った。彼は最初に彼女の瞳が普通とは違う色であると気付いた時も、そこに異質を見出すようなことはしなかった。それが彼女に壁を作らせず、今まで踏み出せなかった他人への一歩を踏み出す結果に繋がったのだ。

 

 ブレイブにとっては大したことはない発言だったが、サフィーアにとっては堪ったものではなかった。異性からそんなことを言われたのは今回が生まれて初めての事。それも今までは差別の元になると警戒していた瞳の色を、混じり気無しに正面から『綺麗』と言われたのだ。

 その瞬間、サフィーアの心に走った衝撃は尋常ではなかった。

 

「あ、あ~~…………そ、そう? ふぅ~ん」

「どうした? そんな急に動揺して?」

「な、何もッ!? 動揺なんて、そんな、この程度で子供じゃあるまいしッ!?」

「いや誰がどう見ても動揺しまくりだぞお前?」

 

 あからさまな動揺を見せるサフィーアに、ブレイブが心配そうな顔をする。

 こうなるとますます彼女も冷静ではいられない。至って普通に気遣ってくる彼の姿がさらに拍車をかけ、思考が纏まらず混乱の極みに達してしまった。

 

「あ……あ……ッ!? 決着! 決着つけよッ!!」

「はぁっ!?」

 

 突然、名案を思い付いたとでも言いたげに立ち上がるサフィーアに気圧されるブレイブだったが、彼女は構わずに続けた。

 

「前、遺跡の時はランドレーベが乱入してきて有耶無耶に終わっちゃったでしょ。その時の仕切り直ししよって言ってるの!」

 

 確かにあの時は、決着がつく前にランドレーベの邪魔が入って勝負は中断。その後は共闘してランドレーベを倒し、それで終わってしまっていた。

 流石に今度は邪魔も入ることはないだろうし、仕切り直すにはちょうどいい。苦し紛れにした提案だったが、存外悪くはないものでブレイブも少し考えすぐに乗り気になった。

 

「ん~、そうだな。確かにあの時は不完全燃焼で終わっちまった。よっしゃ、付いてきな! いい場所知ってんだ!」

 

 ほどほどに冷めた白湯を一気に呷り、ブレイブが客間から出ていく。

 サフィーアも、慌ててコップの中身を飲み干すとウォールを肩に乗せ急いで彼の後に続くのだった。




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