前世は真田幸村で御座る   作:賀楽多屋

1 / 11
戦国無双4をプレイし終わったテンションで書いたものです

年末前に整理していたら、出てきたのでUPしてみました


真田幸村の章 時は平成

 徳川が用意した大砲の音が辺りに響き渡る中、一人の男は只管に戦場を駆け抜けていた。紅牙飛燕を片手に、目前に立ちはだかる徳川兵を薙ぎ払いながら、男はただただ徳川家康の首だけを望んで敵の本陣に突っ込む。

 

 

「幸村様っ!!」

 

 

 男が幼少の頃より共に戦地を潜ってきた忍が男ーーー幸村の名を追い縋るように呼ぶ。幸村はその声に一度も振り返ることなく、敵本陣で幸村を見据える壮年の男に視線を注いでいた。

 

 

「乱世最後の花、幸村よ。とうとう此処まで来てしまったか」

 

 

「徳川家康! ご覚悟を!!」

 

 

 敵本陣にたった一人で乗り込んできた幸村に、家康は驚くことなく彼の突入を歓迎した。幸村が紅牙飛燕を構えても、家康は焦ることなく幸村を穏やかな眼差しで見詰めている。

 

 

「殿! どうかお下がりになってください!!」

 

 逃げることも、迎え撃つこともせず幸村と対峙している家康に肝を冷やしたのは周囲に侍っていた兵たちだ。どうやら、間が悪いことに本陣に名のある将が控えていなかったようで徳川兵達は、死地に臨むような顔付きで家康の前に立ちはだかる。

 

 

 

 

 どれ程の人間が家康と己の間に現れようとも幸村がやることはただ一つ。幸村が狙うのは家康の首だ。その首一つで真田幸村の意地が貫き通せるのだ。武士として、最期に貫き通すべき意地は徳川を討つことで完遂出来る。

 

 

「いざ、参る!!」

 

 

 幸村はその場から駈け出した。徳川の兵達が、個は敵わないと察して束になって幸村を襲って来る。しかし、束は束でも十数人しかいない束だ。此処に来るまでに打ち払ってきた者達の数を思えば苦にはならない。

 

 

「幸村っ!」

 

 

 

 今日はよく名前を呼ばれる日だと幸村は敵を薙ぎ払いながら思った。志を共にした友に呼ばれ、幼少の頃より時を共にした忍に名を呼ばれ、今は敬愛してやまない兄に名を呼ばれている。

 

 

「下がれ。幸村は私が相手をする」

 

 

 視界いっぱいにいた徳川の兵が漣のように引いていき、次いで見慣れた兄の姿が現れる。

 戦武装を身に付け、幼い頃から髪を一本に結っていた信之の姿は、敵に回っても誰よりも華やいで見えた。

 

 

 幸村は兄が得物を構えるのを見て取って、一瞬だけ柔らかな笑みを浮かべた。血を分けた唯一の兄との死合を前に幸村はポツリと零す。

 

 

 

 兄上、私はこんな日が来るような気がしておりました。

 兄上は私と同じように兄弟が袂を分かつ日が来ると分かっておられただろうか?

 

 

 お互いに構えあって、幾ばくもしないうちに切り結び合った真田兄弟に傍観者と成り果てた家康は一瞬たりとも眼差しを彼等兄弟から離さなかった。

 

 

 

 *

 

 

 ジリリリリと顔の直ぐ側から耳障りな音がした。

 

 私はあまりの耳痛いその音に居てもたってもいられずその場から飛び起きて、目覚まし時計を叩く。すると、あの喧しい音が止んだ。

 

 

「うう、どうも目覚めの悪い夢を見てしまった。いや、あれは夢ではない。私は、確かに兄上と・・・」

 

 漸く覚醒してきた意識に私は愕然とした。

 今の私は、真田幸村では御座らん。

 

 

 

「今の私は、あの乱世にいない・・・・・・平成の世だ。今の私は、沖野雪也で御座る」

 

 

 スッと頭が冷えてきたのが分かった。それと同時に、沖野雪也として過ごしてきた日々が走馬灯のように過ぎって行く。乱世を知らずに、安穏として日々を過ごしてきた沖野雪也の日常は私にとって衝撃的な事柄が多くあった。

 

 

 しかし、その記憶を私が拒絶したかと申せば否だ。私は、沖野雪也の記憶を拒みはしなかった。沖野雪也の生も私の物なのだ。よって、拒むことはしてはならぬと思ったのだ。

 

 

 

「・・・・・・だが、私はこれからどうすれば良いのだ?」

 

 

 そんな私の疑問の声は、時を置かずにして答えが返って来た。

 

 

「雪也! アンタ、いつまで寝てる気だい!? 学校遅れるわよ!!」

 

 

 

 

 確かに、その声の言うように私はこの平成の世で勉学に励んでいたような気が致してきた。

 

 

 

 

 

 

 沖野雪也。今生の私はそのような名を今生の父上と母上から頂いているらしい。真田幸村であった頃とは世の理が違うようで、十六歳である我が身は高校と言う学び舎に通わなければならないのだ。

 

 

「雪也~。な~んか様子可笑しくない?」

 

 

 学校に通うために、今生の母上に叱咤されながら支度を整えていると玄関から呼び鈴が鳴った。母上がそれに、歯を磨いている途中である私を見て嘆息を吐いた。

 

 

 

「もう。アンタがモタモタしてっから明依ちゃんが来ちゃったじゃない」

 

 

 母上の言う明依ちゃんとやらは、幸村の私は勿論覚えがなく、雪也の私に覚えのある名前であった。

 

 

 望月明依。この家の隣りに住む私と年の変わらない女子だ。母上に追い出されるようにして外に出た私を待ち構えていた少女であり、何故か顔付きも背丈もあの忍とは違うのに私にあの賑やかであった女子を思い起こさせた。

 

 

 明依殿は私に呆れた目つきを見舞うと、「さっさと行こうよ」と私に声を掛け、共に学び舎への道を行くことになった。

 

 

 明依殿はあの忍とは背丈が違うとはいえ、小柄な方であった。私の顎ほどにしかない背丈で、髪を頭頂に結んでおり、髪飾りが簪を何本も挿しているように派手だ。

 

 

 あの忍も派手好きであった。桃色の服をいつも好んできており、最初の頃は被り物をしていたのだが、何時しか邪魔にでもなったのか明依殿のような髪型へと変わっていたものだ。

 

 

「雪也、アタシの顔ばっか見てるけど何か私の顔についてたりする?」

 

「いや、そんなことはない」

 

「・・・そうなの? 何か雪也ったら変」

 

「不躾に眺めて悪かったな」

 

 

 明依殿を凝視していたことについて謝ったが、彼女は不思議そうな顔で今度は彼女が私を眺めだした。くりくりとした榛色の大きな目が猫のようで、やはり私は彼女を見る度にあの忍について考えてしまうようであった。

 

 

 明依殿と連れ立って歩いていると、半刻もしないうちに学び舎へと着いた。否、三十分も無かったであろう。この学び舎は私の家からそう遠くない場所にあった。

 

 

 私が通っている三国高校は、公立学校であり、この区域にある高校と比べると良くもなく、悪くもないという位置にあるようだ。また、生徒を多く有しているためかここらの住民にはマンモス校と認識されている。確かに、校門を行き交う生徒は多く、嘗ての大阪城前を彷彿とさせる。

 

 

 秀吉様がまだご存命であった頃の大阪城に私は登城したことがあるのだ。小県から出てきた田舎者であった私は、あの大阪城前の賑に随分と驚かされた記憶がある。いつの日か、その驚きを友達に話したことがあった。

 

 

 最期まで豊臣に尽くした友は私の驚きを鼻で笑っていた。

 

 

『幸村、このくらいで驚いていては困るのだよ。秀吉様は更に大阪を繁栄させていくおつもりだ。いや、この日本中が笑いの絶えぬ世になるのだから大阪だけでなく、幸村の故郷とて賑になるだろう』

 

 

 彼はいつも私には見えないものを真摯に見詰めていた。彼が支える豊臣の世は永久に続くだろうと私は疑いもしなかった。

 

 

 

 もう一人の愛と義を尊ぶ友は私の驚きを快活に笑い飛ばした。

 

 

 

『そうだな! 幸村!! 確かに此処は日本一の賑だ。だが、我ら勝重様が治める越後とて負けはしないぞ!! 愛と義心を抱く越後の民達は大阪の者にとて負けはしないのだ!!」

 

 

 彼と彼が仕える越後の大名には大層世話になった。領土が近いからと言ってあの様に慈悲を掛けて下さるあの方々には真田の誰もが足を向けて寝られない。

 

 

 

 三成殿と兼続殿はこの世に居られるのだろうか。

 

 そこまで空想を広げて私は頭を振る。居るはずが無いことは分かっている。私がこうして平成の世に居ることが異常であるのだ。輪廻転生については、物知りな兄上から話を伺ったことがあったが、まさかこの身で体験することになろうとは、私自身も信じ難いことなのだ。

 

 

 

「雪也、やっぱ今日変だよ。熱でもあるんじゃないの?」

 

 

 いつの間にか、足を止めて物思いにふけっていたようで、明依殿が私の肩を叩いてそんな心配そうな声を掛けてきた。私は漸く、自分が沖野雪也であることを思い出して明依殿に首を振る。

 

 

 

「心配無用で御座る。少々考えることがあったゆえ。さぁ、参ろう」

 

「えぇ・・・完全に可怪しいでしょ。雪也ったらなんでそんな堅苦しい言葉使い出したんだにゃ? 絶対熱あるよこれ」

 

 

 私は訝しる明依殿を促して学び舎へと入る。これからのことに不安が無いわけではないが、兎に角今は進むほかあるまいと覚悟を決めた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 学び舎には、数多くの教室があり、そのどれもに数多の生徒が詰め込まれていた。勝頼様が率いていた兵よりも多いのではないかと思ったりもしたが、流石にそのようなことは無いだろう。私が属するクラスも人が多くいた。規則正しく並んだ机に腰掛けている者がいたり、または窓辺に輪になって話し込む者達がいたり。

 

 

 若人だけがこう多くも集まっていることが私にとっては衝撃であった。小県に居た時は兄上くらいしか同世代の者は居なかった。あの大阪にもこの様に沢山の若人は居なかったのでは無いだろうか。

 

 

 私が自分の席に鞄を提げながらそのようなことを考えていると、ホームルームが始まることを告げるチャイムが鳴った。私の目覚まし時計もあの様な音であればまだ聞ける音であるのだが・・・。つい、詮無いことを考えてしまった。

 

 

 チャイムが鳴ると生徒達もそれぞれ席に座った。なかなか足並みが揃った動きだ。

 

 

 

 記憶にはあるが、未だ体験したことがない授業とやらに私は戦前のように胸を躍らせていた。一体、どのようなことをするのだろうか? きっと、兄上の話のように面白い話が沢山聞けるのだろう。

 

 

 私はこの時、不安を抱えながらも未知なる授業への期待も抱いていたのだ。

 

 

 

 

 *

 

 

 初めに受ける授業は日本史であった。この日本史の授業なるものは、どうやら日本の歴史について学ぶ授業であるらしい。これならば、私とてまだ馴染のある話だ。私は知らずに詰めていた息を吐き出して、日本史の教本を捲った。

 

 

「・・・・・・うむむむむ。人の成り立ちの話なのか。ホモ、サピエンス? ネアン、デルタール人。一体、これは・・・・・・嗚呼、そうか。これは人の進化の過程であったな」

 

 

 日本の歴史なのだからと、少々私は見くびっていたようだ。あの頃よりもずっと日本は成長しており、日本の歴史も私が知らないことの方がずっと多く解明されているのだ。沖野雪也の記憶が無ければ私は恐らくこの平成の世で乱心していただろうな。

 

 

 沖野雪也が平成の理を知っていたお陰で、私は平成の世を生きていける。

 

 

 

「全員、揃っておりますえ? 誰も欠けてあらへんね?」

 

 

 授業のチャイムと共に教室に入ってきた女子は、訛りの強い女人であった。あれは、京訛りであっただろうか? どうも遠い昔に聞いた覚えがあるような気がする。

 

 

 その女子は、全員の席が生徒で埋まっていることを確認すると、教卓の上に胸に抱えていた生徒名簿や私が持っている物と同じ教本を置いた。

 

 何故か、神社の巫女のような格好をしており、彼女の和装姿が私には眩しく見えた。今の世は、バテレン人が着るような洋装が普通であるらしく、袴を履いている男も、着物を着ている女も通りで見かけることはなかった。私は少し、そのことが寂しく思えたのだ。

 

 

 日本から私達が抱いていた日本の心が無くなってしまったように私には見えたのだ。

 

 

 

 この女子の正体をやはり沖野雪也は知っていた。

 

 

 

 この女子は、牧田阿子。日本史の教師であり、生徒からは阿子先生と親しまれている。雪也も阿子先生と彼女のことを呼んでいたようだ。

 

 

「ほな、今日は随と日本の関係についてーーーやろう思うたんやけど、此処そない楽しゅうないんよねぇ。ウチ、小野妹子はんも聖徳太子はんもだーれも知らへんねんもん。北条氏康はんや毛利元就はんは会うたことあるんやけどね」

 

 

 阿子殿の日本史教師としては不味いと思われる発言に、生徒の誰もが苦笑交じりだ。元々、この様に奔放な方であるらしく、誰もが彼女の発言に慣れているようであった。

 

 

「じゃあさ、先生ー、北条とか毛利って戦国時代の人だよな? 豊臣秀吉とか徳川家康にも会ったことがあるっつー訳だ」

 

 

「せやなぁ。秀吉はんは大阪城にウチを呼んでくれたどすなぁ。ウチの舞が見たいからって。家康はんは関ヶ原で舞でも踊りまひょか言うたら戦が終わったらお願いしたいって言うてくれたんよ。お二人共、出雲に連れて帰りたい程のええ男やったどすなぁ」

 

 

「へー。もし先生がその二人を出雲に連れて帰ってたら、関ヶ原の戦いは無かったかもしれんのな」

 

 

「秀吉はんはもうその頃、この世には居らへんかったんよ。やから、あの戦を無くそう思うたら三成はんと家康はんを連れてかなあきまへんなぁ」

 

 

 

 もし、阿子殿がそのようなことをしていたら私は阿子殿と三成殿を追って出雲にまで行っていたかもしれないな。どうにも彼女に出雲に連れて行かれれば無事に済まないように思える。密かに私が彼女達の会話に冷や汗をかいていると、彼女達の会話に割り込む者達が現れた。

 

 

「阿子先生! 殿を出雲に連れて行くことは、この稲が・・・・・・いえ、私が許しません!! 連れて行くのは石田三成だけにしてください」

 

 

「彼奴は女についていくような質じゃない」

 

 

「そ、そんなことは分からないではないですか!? あの豊臣の家臣なのですよ!! 豊臣秀吉は大層な女好きでした。だから、あの方の子飼いと名高かった石田三成も有り得ると思うのです!!」

 

「正則ならともかく、彼奴だけは有り得ん。もしついていったのだとすれば、検地で手に入れた米の一つでも抱えて帰ってくるだろう」

 

 

 

 阿子先生と一人の生徒との間で交わされていた会話に割り込んだのは、家康殿を守ろうと立ち上がった女子と随分と三成殿に詳しい男子であった。確かに、彼が言うように三成殿は女子に出雲に誘われたからと、ついていくような男子ではなかった。秀吉殿や寧々殿に行けと言われればすかさず飛んでいっただろうが、そのようなことは実際起きなかった。

 

 

 女子は男子を噛み付かんとばかりに睨んでいたが、心地がついたのか席に座り直し、平素を装った態度でノートに文字を記し始めた。男子はくわっと欠伸を噛み締めると机の上に突っ伏す。

 

 

 私はやはり、この二人が気になった。

 

 

 まさか、私のように前世を抱えて生きている訳では無いだろうが、この平成の世ので三成殿や家康殿を想っている二人に胸が熱くなるようだ。約四百年前に生きていた我々を今もこうして思うてくれる日本の者がいる。私はそのことが、とても嬉しかったのだ。

 

 

 *

 

 

 一時間目の日本史の授業をはじめとした様々な授業を終えて、時刻は昼となった。昼になると昼休みという昼餉を摂る時間があるようだ。一日二食であった時も腹が空いてひもじい思いをしたことがあった。なので、私は昼餉を摂ることについては大いに賛成だ。沖野雪也にも友がいるようで、昼餉は彼等と摂る。私と話していて、不審を抱かれるのではないかと憂いていたが、いざ彼等と話すとなると口が勝手に動いた。

 

 

 彼等と気軽な口を叩いて話すことは心地良かったが、話の内容は私自身の要領を得なかった。沖野雪也が理解しているのであれば良いかと私はその後結論を出した。

 

 

 母上の手料理が詰まった弁当を突き、彼等と話に花を咲かせているといきなり廊下側から名を呼ばれた。

 

 

 

「雪也」

 

 

 大きな声を出している訳でもないが、声通りの良いその声に私は促されるように立ち上がり、名を呼んだその者の下へと足が自然に動いた。

 

 

 

「長之兄上。如何致されましたか?」

 

 

 長之兄上は、僅かに目を見開いて傍に寄った私に何か言いたそうに口を開いた。しかし、口を開いたのみで、声は出さず少し懐かしそうに目を細める。

 

 

「そのように言うと、そなたは本当に弟のようだな」

 

 

 長之兄上の言に、今度は私が目を見開く番になった。

 

 

「長之兄上には兄弟が居なかった筈ですが・・・もしや、叔母上が懐妊なされたんですか?」

 

 

「いや、言葉の綾だ。気にしないでくれ、雪也」

 

 

 

 長之兄上は、父上の妹御、私から見ると叔母上にあたる方のご子息である。つまりは、私の従兄殿になるのだ。沖野雪也はこの長之兄上を実の兄上のように慕っており、私はつい兄上と彼を重ねてしまう。

 

 

 温和で物腰柔らかい長之兄上は、私の兄上とよく気性が似ていることもあってつい二人を同視してしまいそうになるのだ。

 

 

「それにしても、雪也。一体何故、私のことをその様に呼ぶのだ? 三日前までは私のことを兄さんと呼んでいたのに・・・・・・。敬語も今まで私に対して使ったことは無かっただろう」

 

 

「え、あ、それはですね、長之兄上。これには事情があるのですが、その事情をどう話せば良いのかーーー」

 

 

「まぁいい。私は、雪也にこのボールペンを持ってきたのだ」

 

 

 長之兄上は片手に握っていたボールペンを私に差し出した。何処にでも売っていそうなインクが黒のボールペンに、私は首を傾げる。

 

 

「このボールペンを私に、ですか?」

 

「雪也、忘れたのか? これは、雪也が三日前に壊したボールペンだ。休み時間の間に分解していたらバネを無くしたと言って直せないか私の元へと持ってきただろう? だから、言われた通りに直したのだが」

 

 

 長之兄上に言われて私は漸く沖野雪也の記憶からそれを掘り当てた。三日前、確かに彼はインクが無くなったので、インク交換をしようとボールペンを分解していた。しかし、ボールペンを組み立てる際にバネを無くしてしまい、直せなくなったのだ。沖野雪也はそれに落ち込んで、何でも洋々と熟す長之兄上に縋ったようである。

 

 

「思い出しました。有難うございます! 長之兄上!」

 

 

 私もそうであったが、沖野雪也にも尊敬出来きる兄上が居たようだ。私は長行兄上に礼を述べて、ボールペンを受け取った。

 

 

「そう呼ばれるとどうにも落ち着かないな。どうにも色々と干渉したくなってしまう」

 

「では、長之兄上。私は昼餉に戻ります。長之兄上も午後の授業頑張ってくださいね」

 

「雪也も頑張るだぞ。もし、授業で分からないことがあれば何時でも私に聞きに来て良いのだからな。定期テストも近いのだし、遠慮することはない」

 

「はい! 長之兄上。詰まるところが御座いましたら長行兄上に聞きに行きまする」

 

「やはり、今日の晩、雪也の家にでもーーーーー」

 

 

「おーい、雪也! そろそろ飯食わねぇと昼休み終っちまうぞ!!」

 

 

「分かった! では、長之兄上。私は行きます。午後、頑張ってくださいね!」

 

 

 

 今生でも頼りになる兄上に、私は手を振って友達の下へと戻った。長之兄上が何かを言っているようであるが、空耳だろう。

 

 

「幸村・・・」と、何故か昔の名を長之兄上が呟いたのが聞こえたような気がしたのだ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。