前世は真田幸村で御座る   作:賀楽多屋

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稲姫の章 夢見る乙女

 

 一人称を変えて、もう随分と時が経ちます。

 

尊敬する父上が居なくなり、殿のお姿を気軽に見詰めることが出来なくなったり、愛する夫の顔が朧気になったり。

 

乱世は悲しいことも辛いことも沢山ありました。けれど、稲にはあの時代、愛するものがそれ以上に沢山ありました。

 

 

 

 平成の世は、稲が夢見た理想郷です。戦がなく、誰も愛する人を戦で亡くさない幸せな時代。兄弟で戦うことも、親子で戦うこともないこの時代に再び生を受けて、稲はとても安心しました。

 

 

 

 しかし、稲の愛するものは、この時代には幾つもありませんでした。父上も殿もーーー信之様もいないこの時代で再び生きることは、本田忠勝の娘として恥ずかしいことですが、とても心許ないものだったのです。

 

 

 

 幾日、幾月、幾年、太陽が上り、星が巡り、月が沈んだことでしょうか。稲は平成の世に産まれてから、齢十六になっていたのです。

 

 

 

 その間にも色々なことがありました。今生では背の低く、線の細い父上を背負投してしまったり。

 

小学校で生まれ変わった甲斐と再会したり、中学校に居た不埒者達を甲斐と共に成敗したりと、本当に色々なことがありました。

 

 

 いま、思い返してみても、一刻では思い返せない程に様々なことがこの身に起こったと自負しております。

 

 

 

 だからこそーーーーー信之様に似た殿方を発見した時は、つい机を張り倒してしまったりすることも、あったのです。

 

 

「佐奈!? アンタ、机をいきなり投げ飛ばしてどうしたの!!?」

 

「甲斐。私は夢を見ているのでしょうか? 信之様を今生で見てしまうのだなんて。こんなことって有り得るのでしょうか?」

 

「何意味の分からないこと言ってんの!? 佐奈の席が一番前だったから良かったものの、もしそれより後ろの席だったら確実に怪我人を出していたわよ!!」

 

「わ、私としたことがとんでもないことを・・・!」

 

 

 甲斐に指摘されるまで、己がしでかしたことの大きさを認識出来ませんでした。青褪めて、慌てて机を起こした私に衆目が集まるのを感じます。本田忠勝の娘として、失態を犯したことは言うまでもありません。

 

 

 甲斐は顔を俯けて、沈み込む私の肩をポンポンと軽く叩きました。甲斐はそこいらの足軽よりも逞しい女子なので、ちょっと叩かれた肩が痛いです。

 

私は、甲斐の「元気だしなよ」という声を聞きながら顔を上げました。

 

 

「誰と愛しの信之様を間違えたのかは知らないけどさ、そんなに気になるなら声を掛ければ良いじゃん」

 

 

 甲斐に私がこうまで取り乱した原因を突かれ、私はハッとした面持ちで、信之様によく似た殿方を探すべく、視線を走らせました。クラスメイトと仲良く話し込んでいたその方は、もう廊下側の窓際に姿が無く、クラスメイトも席に戻って昼食を摂っていました。不覚です。一瞬の間に、取り逃がしてしまったようです。

 

 

「もう、お姿が見えません。確かに、信之様とよく似ていらしたのに」

 

 

 また沈み込み始めた私に、甲斐が顎に指を当てて「そうねぇ」と何か考え込み見始めました。

 

 

「佐奈が見たその人って、沖野くんによく会いに来る上級生よね、絶対。だって、さっき廊下に居たのってその人しかいなかった訳だし」

 

 

「沖野くん・・・?」

 

 

「あの席で、今昼飯食べてる子」

 

 

 甲斐にピシッと指差された沖野くんは確かに、あの殿方と話し込んでいたクラスメイトに相違ありません。私が一もニもなく頷くと、甲斐は不敵な笑みを浮かべました。

 

 

「よっしゃぁ! じゃあ、話は早いわね! あの子を絞り上げれば済むことなんだし」

 

 

「夢花。流石に絞り上げるのはどうかと思います」

 

 

「良いのよ良いのよ。とにかくその真田兄似の男のことを聞ければ良いんでしょ?」

 

 

 甲斐の見も蓋もない発言に、私は首肯する他ありませんでした。

 

じわじわと首が熱くなってくるのを感じます。

 

父上に殿、信之様を夢に見ることは、恥ずかしながらよくあることでした。父上と共に鍛錬したことや、殿を守るべく戦線に身を置いたこと、信之様と結婚をしたことまで。

 

私はあの乱世で身に起きたことを夢に見ました。

 

 

 それが、私の本音だと分かっております。私は、この平和な世で安穏として生きることよりも、愛した者達がいたあの世でまた戦場に弓引きながら、過ごしていたかったのです。

 

 

 稲は、平和な世でも、父上も殿もーーーーー信之様も居ないこの世界で、生きとうないのです。

 

 

 

 けれども、そんな私を神が気遣ってくれたのか、この日とうとう私は信之様とよく似た殿方を発見したのです。私と甲斐はその一週間後に、沖野くんにあの殿方について話を聞きました。

 

 

 

 

 *

 

 

「か、甲斐! 貴女があんなことを言うからそれ以上沖野くんから長行様の話が聞けなかったです!」

 

 

「アタシのせいじゃないわよ。アンタが勝手に逃げ出したんだから。にしても、沖野くんってあんな堅苦しい口調だったっけ? なんてゆーか、彼奴のことを思い出しちゃうのよねーあの沖野くん見てるとさ」

 

 

 私は不埒な甲斐の発言に取り乱して、沖野くんからは長之様というお名前だけを聞くことしか出来ませんでした。

 

信之様とお名前もよく似ている長之様。

 

私は、益々あの殿方のことが気になって仕方ありませんでした。

 

 

 そんな私の隣で、甲斐が椅子に座ります。甲斐の席ではありませんが、隣人は今留守にしておりました。彼が帰ってくるまでは、甲斐がそこに座っていても良いと思われます。

 

 

 甲斐は沖野くんが気に掛かってるのか、後ろ髪を引かれるように、何度も何度も彼に視線を向けています。甲斐がこの手の行動をする時の意味を、私はこの十六年でしっかりと学んでいたので、コホンと甲斐の気を引くために咳払いを一つしました。

 

 

「沖野くんならば、私も反対しません」

 

「何の話よ!? べ、別に気になってなんか無いわよ。ただ、すこーしある人と被って見えるからそれで気に掛かるとゆーか」

 

 

 まだ、私は自分の意志しか伝えていないのに、甲斐は面白い程に狼狽えています。

 

甲斐はとても真っ直ぐで分かりやすい人です。だからこそ、私もーーー豊臣秀吉の側室になった彼女とは、付き合いがあったのです。

 

 

「甲斐の言いたいことは分かります。彼、幸村に似ています」

 

「んぐぐぐぐ。アタシがどうにかこうにか有耶無耶にしようとしているとこをアンタはガッツリ言ってくれるのねぇ」

 

「あら、甲斐はそう思わなかったのですか?」

 

「思ってるわよ! すっごぉぉおおく思ってるわよ!! 彼奴を思い出したらもう胸の中がグッチャグチャになっちゃうの!!」

 

 

 甲斐はうがぁぁああっ!と吠えると他人の机に顔をぶつけて、またうがぁぁああっ!と吠えています。

この様な奇声を上げるからくのいちに熊姫等と揶揄されるのです。何度かそう提言しましたが、彼女にとってくのいちは天敵のようで、名前を出しただけでも過剰な反応を取るのです。

 

一体、あの子も甲斐にそう言われるような何を仕出かしたのでしょうか。

 

 

「幸村に似た沖野君が信之様に似た長之様を慕っているのですね」

 

 

「なんだかゴチャゴチャするような話ねー」

 

 

 甲斐が不貞腐れているのか、気の抜けた声を出しています。私は甲斐に構わず続けました。

 

 

「もし、本当に似ているのではなく、彼等だったら。平成の世ではもう戦わずに済みます。あの二人はまた、隣り合って日々を過ごせます」

 

 

 甲斐が目を丸くして頬を机につけた格好で私を見ています。口をポッカリと開いている様が、甲斐らしい驚き方です。

 

 

「そんな幸せなことがあったら稲は嬉しいです。また、彼等兄弟の縁が繋がれるのであればこれ程喜ばしいことはないです」

 

 

 甲斐が何か物言いたげな顔をしています。今度は、ポッカリと開いていた口をパクパクと開閉して、けども、言葉にならないのか結局は重たく閉ざしてしまいました。

 

 私が言ったもしも、は。

 

 

 この平成と言う理想郷以上に有り得ないもしもです。私と甲斐が時を超えて巡り会えただけでも、奇跡なのに、これ以上の奇跡はきっと起きないでしょう。

 

 

 だけども、願うことは自由ですから。

 

 

 またもう一度、あの兄弟が共にあれる日々を私は夢見るのです。

 

 

 

 

 




稲姫と甲斐姫ってみててポヤポヤします

くのいちが稲姫の子供を抱いているシーンも大好きですが、今ならそこに甲斐姫も加わるんだろうなー

いつか見てみたいものです

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