ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~ 作:神話語り
尚太郎は、ドレイクと名乗った少年が、厳密には人間ではないという事を彼自身から聞いていた。そして、彼が何度も詩絵里……シェリーナを救ってくれたことも。
ドレイクは今、VRMMO《アルヴヘイム・オンライン》にとらわれているかつての仲間を救出するためにダイブしている。もしかしたらそこに、シェリーナもいるかもしれないという。尚太郎はALOのユーザーでもあるので、彼に、もしかしたらシェリーナが囚われているかもしれないという《世界樹》がある町、《アルン》への道案内を頼まれていた。
「(……詩絵里。まさか君という存在を知るためにプレイするようになったALOが、こんなところで役に立つなんて、思ってもみなかったよ……)」
今もまだ眠り続ける妹に心で語りかけ、尚太郎はアミュスフィアを被った。
「リンク・スタート!」
仮想世界へと意識を飛ばす、魔法の言葉を口にする。五体の感覚が遠ざかる。代わりに、仮想の感覚が与えられていく。
目を開いた尚太郎は、現実世界の医者・高坂尚太郎ではなく、《
だが、一極端なヒーラーになっておけばよかったものを、メディクは同時に《剣士》としての一面も持ち合わせていた。そして、これが枷になる。ALOは《スキル性MMO》と呼ばれるタイプのオンラインゲームらしい。らしい、と言うのは、尚太郎はこのゲームを勧めてきた友人に聞いただけだからだ。ずいぶん前から連絡は取れていないが、今はどこで何をしているのか……。とにかく、スキル性、の名が示す通り、ALOはプレイヤースキル、つまりプレイヤーの現実世界の性能を重視するタイプのゲームだったのだ。メディク/尚太郎は医者なだけあって、集中力や攻撃精度などは恐ろしく高い。しかし、その反面文系のため、体力はあっても身体能力はそこまで高くない。加えて、メディクには現実世界でも武術の経験はない。つまり、剣を持っていてもうまく使えないのだ。
こんなことなら最初から魔法スキル一択で行くんだったな、と後悔するが、今更遅い。すでに《片手剣》のスキルも《水属性魔法》《聖属性魔法》のスキルも大分上げてしまっている。
どちらにせよ、メディクの役割はドレイクのアルンへの案内。ドレイクは初期値から強力なステータスを持つ『エクストラアカウント』と呼ばれるアカウントを使用するらしいので、自分が戦闘に参加する場面は少ないと見える。とにかく、まずはドレイクと待ち合わせをしている中立域まで行かなくてはならない。
左手を振ってメニューウィンドウを呼び出す。アイテムストレージから、一本の剣を実体化。黒い柄に、金色の装飾、銀色の長い刀身を持った、大剣と言うには小さい、やや大型の片手用直剣だ。銘を《ホヴズ》という。これはメディクがALO内で手に入れた数少ないレアアイテムの一つで、彼の戦闘力の低さを補ってくれる強力な武器だ。
ALOはスキル性MMOだ。プレイヤーのステータスの80%近くが現実世界のプレイヤースキルに依存する。それは裏を返せば、システム的に登録された《武器スキル》はほとんど意味をなさないという事になる。この世界での《武器スキル》によっておこりうる現象は、特定の専用装備や、スキルを上げることによってランクの高い装備を装備できるようになるなどである。もっとも、武器スキルは本当に名ばかりと言うかオマケ程度なので、別に《片手剣》スキルしか取得していなくても、筋力値さえあれば大型の両手剣を装備することも可能なのである。
そして、メディクの《ホヴズ》は要求筋力値こそ低いものの、専用スキルランクが相当に高い。そのため、《片手剣》スキルをかなり上げる形になったのだ。
「よし!」
剣を腰に吊るすと、メディクはウンディーネ領首都、通称《虹の都》で最も高い塔へと歩いて行った。
***
真っ暗だ。何も見えない。自分の体を動かすこともできない。頭を動かすことができないので、自分の体がどうなっているのか見ることができない。自分の視界に入る部分は、全て漆黒の闇に覆われている。
今日も意識を取り戻したシェリーナは、自分の状況に一切の変化がないことを知ってため息をついた。より正確にはつこうとした。体が動かないの不可能だったのだが。
この不思議な世界にやってきてから、既に二ヶ月近い月日が流れている。もっとも、体内時計による計算なので、実際問題どうなのかはわからない。これまでに手に入れることができた情報は数少ない。まず、空腹を感じない。続けて、排せつなども必要ないようだ。ここから、現実世界ではないことは明らかだ。
SAOがクリアされ、キリト/
だが、直後シェリーナを、突然真っ黒い闇の奔流が襲った。懸命に仲間たちの名前を呼ぶが、彼らからの応答はない。気付いたときには、この真っ暗な仮想世界にいたのだ。
そう。ここは仮想世界。シェリーナには、その確固たる確信があった。なぜならば……
「(私の体内時計が正しければ……そろそろ……今日一回目)」
その予感は的中した。的中してしまった。
突然、視界が切り替わる。真っ黒だった世界に、いつの間にか豊かな自然が現れていた。体がある。SAO時代のシェリーナのものだ。よく見れば、今立っているここも、今はもう懐かしくなってしまった《エネマリア》の、アインクラッド第七十四層フィールドダンジョン《仄暗き森》の《不可侵エリア》にあった居住エリアだ。ドレイクの話によると、居住エリアはほかにもさまざまな階層にあるらしく、実際シェリーナもな十五層や六十層、最終決戦の際には七十五層の居住エリアまで転移した。もっとも、アインクラッドで《街びらき》されていない階層には居住エリアが作れないらしいが。
シェリーナは何かに導かれるように歩き出す。いつの間にか走っている。胸中に渦巻くのは、根拠のない焦り。どこから湧いてきたのかわからない感情――――。
「!!」
シェリーナが辿り着いたそこでは――――
《エネマリア》のモンスターたちが、バラバラに引き裂かれていた。鮮血をまき散らして、黒龍王が、ディスティが、倒れている。SAOでは流血表現なんてない、と理性ではわかっているものの、あまりにもリアルすぎる目の前の光景に、シェリーナは小さな悲鳴を上げる。
「い……や……」
再び導かれる感覚。《エネマリア》の骸を超えて、その先に行く。そしてそこでは、さらに恐ろしい光景が待っていた。
地面に転がっているのは、バラバラになった
「いや……いやぁぁ……」
その中で、たった一人だけの姿がない。ドレイクだ。ドレイクの骸だけがない。ドレイクの骸は見たくない。だがシェリーナは、なぜドレイクだけがいないのか、その理由を知っている。
バラバラになったプレイヤー達の奥に、人影が一つ。何かを探すように、うろうろと彷徨っている。近づくと、それが十六歳から十八歳くらいの、年齢のよくわからない男性プレイヤーだと分かる。髪の色は、ほとんど灰色に近い銀色。表情は焦り。そのプレイヤーは、シェリーナに気付くと、こちらの方を振り向いた。
シェリーナの方を向いたプレイヤー……ドレイクは、ほっとしたような表情で言った。
「シェリーナ!よかった。あなたも死んでしまったのではないかと思いました」
「ドレイク……」
普通なら、ここでドレイクも自分を探していたのだ、ドレイクは無事だったのだ、と安心する場面だろう。しかし、シェリーナの心にある感情は恐怖。心の奥では安心したいと思っているのに、自らの感情に関係なく、別の感情があふれてくる。
「ドレイク……!」
恐怖を振り切って、ドレイクの方に走っていく。だが、シェリーナはふとそこで立ち止まる。ドレイクの後ろ……誰かが、見えないだろうか。
「ドレイク、後ろ……!」
しかし、その声はドレイクには届かない。ドレイクの左胸……ちょうど心臓のある部分を、血で真っ赤に染まった刀身が貫く。ドレイクは、何が起こったのかわからない、と言った表情で立ちすくみ、県が引き抜かれた瞬間、どさり、と倒れた。
「そんな……ドレイク!」
駆け寄るシェリーナ。しかし、助け起こしたドレイクはすでに冷たくなっている。彼の胸の傷から、どろり、と赤い血が流れてきて、シェリーナの手を染める。
「いや……いや……」
そしてシェリーナは、自らの隣に何者かが立っているのに気付く。ゆっくり、ゆっくり、そちらを振り向くと……
そこに立っていたのは、自らの腕の中で冷たくなっているドレイクと、全く同じ顔をしたプレイヤー。だが、その装備はドレイクの
”もう1人”のドレイクが右手の剣を振り上げる。剣に宿るのはエフェクトライト。ドレイクが決して使えないはずの《
「いやぁああ――――ッ!」
しかし、自らが切り裂かれる感覚は、いつまでたってもやってこない。目を見開くと、そこはあの真っ黒な空間だった。
これが、シェリーナがこの世界を仮想世界だと考えている最大の理由。夢にしてはリアルすぎる映像が、朝目覚めた後に一回、昼に一回、夕方に一回、夜中に一回、計四回、まるで現実で体感したかのように繰り広げられるのだ。その中には、今の”もう一人”のドレイクや、キリトがアスナではなく自分だけを見ているもの、見たこともない変なアイドルの映像などもあった。
「(……決して、気分のいいものではない……)」
いつになったら解放されるのか。シェリーナは、早くこの状況が終わることを願って、目を閉じた。
メディクさんの剣《ホヴズ》は北欧神話の神・ヘイムダルの剣の名前です。『頭』と言う意味だそうなので、医者の『頭脳』ともかけてみました。
次回はドレイク君とメディクさんの合流回か、モンド君&ミディの話か……まようなぁ。
どちらにせよたぶん遅れます。気長にお待ちください。