ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~ 作:神話語り
イシュ=チェル湿地は、その名の通り湿地系ダンジョンだ。マングローブの大森林を彷彿とさせる情景に、足場はほとんど海か湖のようになってしまっている。おまけに通路は全てその水につかった足場ときた。水の中では行動阻害デバフが付くらしく、動きが非常に鈍って進みにくい。
しかし、シャボン玉の泡のようなものが鮮やかに虹色の光を反射しながらふわふわと浮いている情景は、実に幻想的で綺麗な光景だった。余談だが、マングローブと言うのは植物の名前ではなく、特定の種族の植物がたくさん集まって作っている集団のことを言うらしい。
「思っていたよりもきれいな場所なんですね」
湿地と聞くと、泥沼の様な場所をイメージしていたドレイクは、メディクに向かってそう言った。するとメディクは苦笑して、まぁね。と言う。
「僕も最初はもっと沼っぽいところなのかと想像してたんだけど……意外と綺麗な場所なんだよね。ただ、出てくるモンスターとかは沼地とかに生息してそうなのばっかりなんだよ」
「運営が、フィールドデザインを間違えたと予測」
先頭をモンドと並んで歩くミディがコメントする。一方のモンドはと言えば、先ほどからモンスターとの遭遇戦に備えて武器を構えているのだが……
「でねぇ」
「……諦めろ」
「やだよ!この辺あんまり来たことないから、見た事ねぇモンスターがいるかと思ってわくわくしてたのに……」
「お前はガキか……」
「ガキで何が悪い!!」
「いい加減大人になれと言っているんだ!」
ぎゃーぎゃー騒ぎ始めたモンドとミディをみて、メディクとドレイクは苦笑する。
「実際の所、別にデザインが間違ってるわけでもないんだけどね……」
「へぇ。なぜです?」
「このダンジョンが綺麗なのは、そろそろ見えてくる虹のゲートまでなんだ。そこまではウンディーネ領ダンジョン、《虹の湿地》って呼ばれているあたりだ。出てくるモンスターもゲーム初期の物と大して変わらないから、そんなに強くないんだけどね……
「なるほど」
実際の所まだモンスターとは戦っていないので、
しかし、油断や慢心は禁物だ。細心の注意を払って行かなければなるまい。
「導師!そろそろ門が見えてきた」
「分かりました!」
先を行くミディがドレイクに向かって叫ぶ。どうやらミディのドレイクに対する呼び方は『導師』で決定したらしい。ドレイクとしては、『導師』や『先生』といった称号を受け取れるほど高位の存在であるという感覚はないので、気恥ずかしいだけなのだが、なんというか、「やめてくれ」といってもやめてくれなさそうなのであきらめることにしている。
「一応確認をしておこう。モンド君とミディさんは、湿地に来たことはあるんだよね」
「……何回か」
メディクの問いに答えるミディ。メディクは満足げに頷く。
「となると、モンスターとかの解説は二人にしてもらった方がいいかな……ほら、僕はあんまり戦闘慣れしたプレイヤーじゃないしさ……」
「その割にはフィールドとか詳しいけどなー」
「あはは………僕、攻略サイトとか読み込んでからやるタイプだからね。情報量だけは無駄に多いんだ。代わりに実物は見たことがなかったりするから、詳細はよくわからない」
メディクの言葉には、ドレイクにとって大いにうなずけるところがあった、ドレイクは、《母親》である浅木藍が、ゲーム内でHPがゼロになり死亡した、一人のSAOプレイヤーの《
たとえば、自分がシェリーナに抱いている感情。どんな手を使ってでも、彼女を幸せにしてあげたい。そんな暖かい感情が、何という名前なのか、ドレイクは知らない。
《激流樹海》に入ると、途端に視界が暗くなった。空も密集する木々で見ることができない。足元は泥で覆われ、移動阻害がかかる。ふわふわと漂う背景の
「気を付けて、そこの水たまりに入るとモンスター出てくるから」
「ほぅ」
メディクの忠告に、思わずドレイクは感嘆の声を上げてしまう。なるほど、このダンジョンのMobの出現方法はトラップ方式なわけだ。トラップ方式とは、例えば水たまりに足を踏み入れるとか、火をつけるとか、何らかのアクションを起こした時に、それをトリガーとしてモンスターが出現したりダメージを与えられたりする罠のことだ。このダンジョンでは、どのモンスターも水たまりの中から出現するらしい。
「まぁ、たまにアイテムが出てきたりもするから、デメリットばかりじゃないんだけどね」
「なるほど……可能な限り早く進みたいところですから、できるだけ踏み入れないように行きましょう」
ドレイク達は、水たまりを巧妙に避けながら樹海の中を進んでいく。時折、何度か滑ったモンドが水たまりに突入してしまい、モンスター出現のトリガーを引いてミディに怒鳴られたり、レアアイテムをドロップしたりしたことを除けば、そこそこ平穏な旅だった。
そして同時に、とても楽しい旅でもあった。
出現するモンスターは、河童型のモンスター《ヴォジャノーイ》……スラヴ神話に登場する、『水の子ども』という意味の悪霊だ。日本で言うところの河童の様な役割を持っており、子どもを水の中に引きずり込んだりしてしまうらしい。が、たまにいいことをするというのはロシアの精霊共通の特徴だ。その設定を生かしたのか、河童のような外見と、まれに非常に高額なユルド…この世界の貨幣…を落とすという特性を持っているらしい……や、そこそこ強い青いスライム、ゴースト系のモンスターまでもが登場した。
特に強力だったのは《アクアリーパー》という、スライム状の死神型モンスターで、自由自在に形を変えてくる鎌での攻撃はモンド達を苦しめた……のだが、大概の敵はドレイクのマジックスキルで薙ぎ払うことができた。どうやらこの世界でも十分に能力を発揮してくれるらしい。
アイテムの面ではなかなか強力な対毒ポーションや、一番強力なものではなんと水属性魔法の秘伝書…魔法のスペルが記録されており、これを使用することでその魔法を使えるようになるという、この世界独特のアイテムだ…が出てきた。
「平和ですね」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
呟きに反応したモンドに対し、ドレイクは首を振ってこたえる。
平和だ。この世界は、とてつもなく平和なのだ。SAOと同じデータ基盤を使ったコピーサーバーであるこのALO。もっと地上でも陰謀渦巻く世界なのかと思っていた。だが、その割には地上のプレイヤー達はひどく平和そうに過ごしている。本当にこの世界にアスナが囚われているのか?シェリーナは本当に此処にいるのか?本当は此処ではない何処かにいるのではないか……?
「(やめましょう。今は信じるだけです)」
心の中でそう呟き、ドレイクは首から下げた、《エネマリア》の勇士たち、その魂の結晶を握った。
そう。信じるのだ。この世界に必ず
「うぎゃぁぁぁぁっ!?」
その時だった。ものすごい悲鳴が響いたのは。先陣を切っていたモンドの声だ。何かあったのだろうか。
「ばかぁァァァァッ!!」
同時にミディの声も聞こえる。間違いない。何かアクシデントがあったのだ。行こう、と叫ぶメディクに頷き返し、ドレイクは走り出す。
視界が開けた時、そこにあったのは巨大な水たまり。それにしりもちをつくモンド。呆然と立ち尽くすミディ。そして、Popを始める巨大な黒い影。
その影はだんだんと形を持って行き、漆黒の双角をもつ悪魔の姿を作りだした。ネームタグが表示される。《Ariton-The-daemon》――悪魔アリトン。冠詞の《The》はボスの証。それはSAOでもALOでも変わらない。アリトンと言うのは、たしか聖書系列の解説書に登場する八人の悪魔の王子の一人で、水をつかさどる悪魔だったはずだ。なるほど、確かにこの湿地にはふさわしいフィールドボスだ。
「導師!この馬鹿が水たまりの中に飛び込んだせいでこんなことに……」
「馬鹿野郎!お前がぶつかってきたせいだろうが!」
「なっ!ぶ、ぶつかったとはなんだ!」
風に乗って「ホントは抱きしめるつもりだったのに……」とかいうミディのつぶやきが聞こえた気がしたが、空耳だろうとおもい無視する。それどころではなかったのだ。アリトンが巨大な黒い腕を振り上げ、オォォン、と咆哮する。戦闘開始の合図だ。
「皆さん、散開してボスの注意をひきつけてください!私が魔法で迎撃します!」
「「了解!」」
モンドとミディのコンビは素早く散ると、アリトンを翻弄しながらダメージを与えていく。モンドは双剣を駆使してのかく乱を、ミディは大剣で足止めを行う。アリトンの剛腕や、双角が彼らの体をかすめるたび、かなりの割合でHPが削れていく。が、すぐに後ろからメディクのヒールが飛んでいく。魔法剣士のメディクは回復魔法もかなり習得しているらしい。
ドレイクもマジックスキルの準備に入る。モンスターデータにアクセスしたところ、弱点は火と光の属性。ならば、丁度良い魔法がある。最強化を多重に掛けるため、準備のための魔法陣が浮き上がる。
赤い魔方陣がガシャリ、ガシャリ、と形を変え、その文様がきちんと揃った時――――魔法が発動する。
「
炎に包まれた光の槍が、上空から幾本も落下してくる。それらは余さずアリトンに突き刺さると、その体を火炎の渦に包んだ。
二段重ねのHPバーがガクリ、ガクリ、と減っていく。
「これで終りだぁ!」
戦闘モードに入ったミディが大剣を振り回し、アリトンの脳天をかち割る。遭遇からわずか五分と立たずに、フィールドボスは撃破された。
「(……素晴らしいパーティです)」
ドレイクは、心の中で呟かずにいられなかった。
数十分ほど歩くと、《イシュ=チェル湿地》を抜けた。さぁ、いよいよ中立域だ。
半年近くお待たせしていました。夏休みに入ったことでようやくこちらの執筆も可能に……。
今後は一か月に1~2話は更新できると良いなぁ。
感想・ご指摘等お待ちしております。