ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~   作:神話語り

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ヨツンヘイム

 《エネマリア》の、木々が丸く開けて、日光がよく当たる芝生の上。

 

 金髪の少女が、自分の肩に頭を預けて眠っている。すやすやと寝息を立てる彼女のことを、ドレイクは優しい気もちで見つめていた。

 

 シェリーナを見ていると、ドレイクの心は奇妙な《慈悲》で満たされる。彼女のことを、未来永劫、いつまでも笑顔に、幸せにしてあげたいという渇望が湧き上がってくる。

 

 ドレイクが少し身動きをすると、びくり、と少女の瞼が震え、その宝石(サファイア)のような青色の瞳が姿を現す。空を移したその眼が、ドレイクを捉えた。

 

「ごめんなさい、シェリーナ。起こしてしまいました」

「いえ……いいんです」

 

 そう言ってシェリーナは、ゆっくりと、優しい微笑を浮かべる。

 

「おはようございます、ドレイク」

 

 その笑顔を見た瞬間――――

 

 ドレイクの心臓が、どくん、と跳ねた。奇妙な疼きも、同時に伝わってくる。以前から、彼女の笑顔を見るたびに、何度もこの現象を感じてきた。

 

 最初、それが何なのか、全く分からなかった。自分のフラクトライトと体がうまくリンクしていないことに起因する不調だろうか、と考えたこともあった。

 

 だが――――だが、今なら分かる。否、たった今、気が付いた。悟った。

 

 この感情は――――《愛情》だ。自分は……浅木賢者(ドレイク)は、高坂詩絵里(シェリーナ)に、恋をしているのだ。

 

 自分は、シェリーナのことを、愛しているのだ。

 

 

 ***

 

 

 ぱちぱちぱち、と、薪に灯された炎が弾ける音で、ドレイクは目を覚ました。そこは懐かしい《エネマリア》の大地ではなく、暗く、しかしどこか重厚で禍々しさを感じる、洞窟の中。光は篝火と、ところどころに埋まっているクリスタルが放つ、光だけ。

 

 命の鼓動は、自分の周りで眠っているモンド、ミディ、メディク、そして《エネマリア》の面々のクリスタル以外からは感じられない。一歩でもこの洞窟の外に出れば、そこに在るのは闇と、土と、水と氷と、巨大すぎる《邪神級モンスター》に支配された、暗黒の世界。

 

 この場所の名は、《ヨツンヘイム》。北欧神話の巨人族の国、《ヨトゥンヘイム》をモデルにした、水生巨人たちのための王国。ALOの舞台となる《アルヴヘイム》のその下に在る、もう一つのALOの舞台。つい最近実装されたばかりの新ステージであるとのことで、まだあまり探索が進んでいないエリアだった。

 

 さる二時間ほど前――――とあるミスで、ドレイク達のパーティは、このヨツンヘイムに『落下』してきてしまった。脱出するためには、ヨツンヘイムの四方にある通路を突破して、そこに待つ邪神級ガーディアンを倒さなければならない。

 

 一応邪神級とは、ドレイクの最強化魔法と、黒竜王及びディスティとの共闘でどうにか倒せそうだということが判明したものの、ヨツンヘイムはあまりにも広い。そのサイズは実装されている部分だけで《アルヴヘイム》の二分の一近くあるのだ。今だ開発途中であるこのステージが完全に解放された暁にはどんなことになってしまうのか、もはや想像もつかなかった。それにここには時々ほかのプレイヤー達も訪れると聞く。あまり黒竜王とディスティを人目にさらすのも良くないだろう。

 

 聞くところによれば、この世界に来た時に最初に見た、光る剣を持ったPK……ベルゲルミルは、このヨツンヘイムをたった一人で横断、脱出したことで知られており、彼の持つ《伝説級武器(レジェンダリィ・ウェポン)》であるクラウ・ソラスと相まってその知名度を上げる一手を担っているらしい。確かにこれだけ広いのであれば、たった一人でクリアしたのは凄まじい事なのだろう。

 

 

 そんなわけで現在は、一番アルンに近いという通路があるダンジョンを目指して、ドレイク達一行はヨツンヘイムを横断している。途中何度か邪神級と戦闘になって危うい所で勝利したり、モンドがトラップに引っ掛かって大変な思いをしたりしつつ、気付けば時刻は深夜を周り、邪神が入ってこなさそうな小さな洞窟を発見して、全員でそこに避難、仮眠を取っているという状況だ。あまり深く眠ってしまうと強制ログアウトしてしまうため、そこには皆注意しているのだが。

 

「……シェリーナ」

 

 夢の中に出てきた、金色の姫君の名を呟く。

 

 悟ってしまった、愛情。人間でない自分が、彼女にその状を抱いてよいものか。いや、シェリーナなら…応えてくれるかは別として…『人間ではない』という点にひどく反発するだろう。

 

「『人間でありたいと願った瞬間から、あなたは人間』、ですか……ふふっ」

 

 あの剣の世界で受け取った言葉を反芻する。その一言一言すら、愛おしい。

 

 彼女の声が、もう一度聞きたい。

 

 彼女の笑顔を、もう一度見たい。

 

 その名前を呼んで、応えてほしい。

 

 この名前を呼んで、笑ってほしい。

 

 確かな願望。ドレイクが抱いた、数少ない願い。できる事ならばこの想いを打ち明け、彼女に応えてほしい。

 

 ああ、だが悲しいかな。彼女の心は、今なおあの黒の剣士に向いているのだろう。自分には、敵わないほど長い時間を共に過ごした、あの黒の剣士に――――

 

 そう思うと、何か、黒いものが湧き上がってくる。それが《嫉妬》と呼ばれる感情だと気付いたのは、それから数刻の後。

 

「ああ――――」

 

 これが、《恋》と言うものなのか。

 

 ドレイクは、小さく、満足そうにため息をついた。

 

 ずっと知らなかった、感情の正体。知りたいと思っていた、その名前。それが、今になって、やっとわかったのだ。嬉しくないわけがない。

 

 どれもこれも、全てシェリーナのおかげなのだ。彼女のおかげで、ドレイクは、人間に近づけたのだ――――

 

「んぅ……三日月……大好き……」

 

 すやすやと眠っているミッドナイトことミディが、そんな寝言と共に寝返りを打つ。隣で大の字になって爆睡しているモントズィヘルことモンドにぴったりと寄り添うようにして。その光景を見て、ドレイクは思わず笑ってしまった。

 

 三日月(モーント・ズィヘル)――――モンドのリアルネームなのだろう。いつも喧嘩しているように見える二人だが、もしかしたらかなり仲が良いのかもしれない。寝言を聞くに、ミディの方ではモンドに恋心すら抱いている節がある。モンドの方は彼女のことをどう思っているのだろうか。少なくとも嫌ってはいないのだろうが……。

 

 楽しいなぁ。

 

 そんなことを考えていると、後ろで物音。振り返れば、メディクが眠たそうに目をこすっている。

 

「やぁ……ドレイク君、おはよう」

「おはようございます、メディクさん。よく眠れましたか?」

「いやー、あはは……初めてゲームの中で夜を越してしまった」

 

 笑うメディク。どこかシェリーナに似たその笑い方に、ドレイクは淡い郷愁の念を抱く。シェリーナに、会いたい。その想いが、どんどん強くなっていく。

 

「……詩絵里に、会いたいかい?」

「え……?」

 

 突然内心を言い当てられて、ドレイクは驚く。メディクは微笑んだまま、続けた。

 

「なんだか、そんな顔をしていたからね。昔の、僕と似たような顔。……話したかもしれないけど、僕はね、最初、VRゲームが嫌いだった。一切心を通わせることなく、妹を奪って行ったVRゲームが。けど、初めてこのALOにログインした時、そんなのは全部吹き飛んでしまった。妹が、すぐ近くにいるように感じられたから。

 いやぁ、あの時が初めてだったよ。詩絵里のこと、『ずるい』って思っちゃったの。SAOの中は、そんな場合じゃなかっただろうにね……」

 

 うつむいて、苦笑するメディク。

 

「いえ」

 

 ドレイクは、思わず口にしていた。

 

「シェリーナは、多分そんな事、気にしてませんよ。彼女は彼女で、あの世界を十分『楽しんで』いました。あなたがもしVRMMOを……この世界を愛せたのであれば、彼女も、きっと喜ぶでしょう」

「……」

 

 メディクが、目をぱちぱちさせて、それから再び微笑む。

 

「じゃぁ、速く詩絵里を助けて、直接言おうか」

「はい」

 

 それに――――彼女とは、約束したのだ。

 

 あの浮遊城が崩壊する、その光の中で。

 

『今度は、現実世界で会いましょう』

 

 と。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うおぁぁ!?」

 

 情けない声を上げて、モンドが飛びずさる。その場所をめがけて振り下ろされた巨大な爪。

 

「グガギャガヤギャギャッ!」

「いやいやいや、気持ち悪すぎでしょ!!」

 

 戦っている相手は、巨大なワニの頭、三つの眼、古代恐竜のテリジノサウルスがごとき長い爪、そしてどこからどう見てもサメの類のそれにしか見えない下半身の、邪神級モンスターだった。

 

「おらおらおらぁっ!!」

 

 人が変わったように目をむき、口角を吊り上げ、叫びながらミディが大剣を振り回す。邪神級の隙を狙って、ドレイクの魔法が放たれる。

 

「グギャガギャッ!」

「ひえぇぇぇっ!」

 

 大きな咢が勢いよく閉じられ、間一髪その攻撃範囲内を逃れたモンドが、先ほどまでたっていた場所が食い散らかされる。実際のテリジノサウルスはその攻撃的な外見に似合わず草食だったらしいが。どう考えてもこの邪神は肉食だろう。頭ワニだし。下半身サメだし。

 

「そう言えば、昔の日本ではサメのことをワニと言っていたらしいですよ」

「へぇぇー……」

「いやいやいや、そんな豆知識今はいいから、助けてくださいよ先生!!」

「了解しました」

 

 ドレイクの豆知識披露をテンションマックスで受け流したモンドの要請にこたえて、《魔法》スキルを発動。水生動物っぽいのにも拘らず陸地を俊敏に《泳ぐ》ワニサメテリジノサウルス(仮)に向かって、ホーミング性の高い魔法を打ち込む。

 

「《マキシマイズマジック・ダイヤモンドストライク》」

 

 水晶金剛の槍が生成され、邪神を打ち抜いて行く。目に見えて苦しみだした邪神の、その傷口をめがけて容赦なく斬撃を浴びせていくミディ。時折喰らったダメージは、メディクが回復魔法で治癒していく。

 

 そんな構図が続くこと、約二十分。

 

「グ、ギャゲゲ……」

 

 ワニサメテリ(以下略)はやっとその身を横たえ、無数のポリゴン片となって爆散した。

 

「ぜー、はー……や、やっと倒した……」

「あんたは逃げてただけでしょ」

「どいひー!」

 

 軽い口調でじゃれ合う……じゃれ合う? モンドとミディ。

 

「はぁー……や、やっと倒したね……」

「ええ。これでやっと、地上に出られますね」

 

 今のモンスターが、ヨツンヘイムとアルヴヘイムをつなぐダンジョンの、最後のボス……その()()()()()だった。

 

『やっと終わったか……』

『長かった……けど、まだ終わってはいない……』

 

 重厚な唸り声と共に戻ってきたのは黒竜王。反対側から、暗い、聞き取りづらい声で呟きながらやってきたのは、《ザ・フェイタルサイズ》のディスティ。

 

 《エネマリア》の住民達の予備フラクトライトを積んだディスティは、今や自前で会話が可能なAIモンスターへと進化を遂げていた。彼はドレイクよりもシェリーナになついていた。早く彼ともシェリーナを引きあわせてやりたいと思う。

 

「さぁ、これであとは……」

 

 地上へ行くだけ、とドレイクが言いかけた、そのとき。

 

「ちょいちょいちょいちょいちょ――――い!!」

「ちょぉぉっと待った! そう! そこの銅色の髪のお兄さん!」

 

 聞き覚えのない声が、響いた。

 

 地上とつながっている階段。そこから、色とりどりの……つまりは、他種族入り乱れたパーティが、姿を現した。その先頭に立っている青年と女性が、先ほどのセリフの発声者らしい。

 

「私……ですか?」

「イエス!!」

 

 青年…種族はノームだろうか…の方がハイテンションに叫び、指を突きあげる。

 

「何か御用でも?」

「イエスイエス! 超ざっくり言っちゃうと……俺達に狩られてくんない? クエストフラグモンスターさん?」




 『剣の世界の魔法使い』最新話です。超お待たせしました――――!!

 いやぁ、ヤバイの何の。この半年近く、他の話のネタはなんとなく湧いてくるのに『剣の世界の魔法使い』だけは全く出てこないという鬼畜に近い状況に陥っておりまして……。本当にすみませんでした。

 さぁ、次回は送っていただいたキャラクター登場第二弾! 相も変わらずの亀更新は改善される見通しが立ってませんが、冬休み中に一話は上げたいなぁ……。

 気長にお待ちいただけるとうれしいです。
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