基地内には艦船入渠用のドックの他に、人間用の緊急治療室もある。主な目的は、戦地にて保護された一般人を本格的な病院へ運び込む前の応急処置を施す為であり、また基地に従事する人間の為(といっても、これは殆ど指揮官ご用達の様になっているが)にも使われる。
そして、例の鏡面海域で救助された少女もここで治療を受けていた。と言っても、特に外傷はない。しかし、発見当時から気絶していたのだが、何故か一向に目覚めなかったのだ。
まるで、死んでいる様に眠る少女を前に、明石と手伝いに来ていた夕張、不知火…そして、彼女を教育すべく準備を整え終えたベルファストは様々な目を覚ます方法を議論していた。
本来の明石達ならば、思いついた方法は直ぐに試しただろう。しかし、少女から確認された凄まじく強大な謎の禍々しいパワーが、どんな反応を示すか分からないという事が明石達の試すという行為に二の足を踏ませていた。
なにしろ、普段はどんな危険そうな実験にも、恐怖より好奇心が打ち勝つはずの明石ですら、怯えて震えあがったほどだ。そして、一度芽生えた恐怖は中々払拭する事は出来ない。
そうして、喧々諤々としてはいたが、進展は一歩もないまま時間は過ぎていった。
「……む………ぬぅ……」
呻き声を上げながら、ゆっくりと目を覚ます少女。そして、視線を周囲へと向ける。
「―――何処だここは…?」
誰もいない室内を警戒心を滲ませながら見回す少女だったが、唐突に室外へと続いていると思われる扉が開いたので、即座に身構えた。
「あ、き、気が付いたみたいにゃ!」
その扉の向こうから、少女を指差して叫ぶ緑髪の女性と、その後ろで静かに佇みながら少女を注視する銀髪の女性…明石とベルファストの二人が顔を出す。
「わ、私は明石だにゃ。それで、その……うう……」
小走りで少女に近づき自己紹介をしようとした明石だったが、その自己紹介は尻すぼみに終わってしまう。その可愛らしい顔からは想像もできない程の威圧的な視線で、少女から舐り回す様に全身を見回されてしまったからだ。
「お初にお目にかかります。私はベルファストと申します。この基地に奉公しているメイド隊の長を務めている者です」
少女の視線を遮るように、少女と明石の間に割って入り自己紹介をするベルファスト。当然、少女の威圧的な視線はベルファストへと注がれる事となるが、冷や汗こそ垂らしながらも表面上は様子を変えない辺りは流石といえるだろう。
「失礼ですが、貴女様の名前をお聞かせ願えますか?」
続くベルファストの質問に、少女は視線をベルファストの双眸に合わせる。少しの間、お互いの視線が交錯するという緊張感のある場が続いたが、
「豪鬼」
不意に、少女は短く口を開いた。
「ゴウキさん…ですか。何となく重桜っぽい名前ではありますが…」
「確かに、重桜にはそういう名前の人もいるけど、それにしてもゴウキなんて名前は普通男の子に付ける物であって、女の子でゴウキは非常に珍しいにゃ」
少女の名前を聞いたベルファストが真後ろにいる明石に意見を仰ぐように視線を向ける。対して、ベルファストの言葉を肯定しながらも、吐いた台詞通りに珍しそうに少女…豪鬼を見つめる明石。
(…女の子だと?)
一方、豪鬼の方も明石の言葉に違和感を覚える。が、残念ながらその違和感を確認する時間は豪鬼には与えられなかった。
「もう一つだけお聞きしますが、ゴウキ様は…メイドなのでしょうか?」
何故なら、次に発せられたベルファストのこの質問に、豪鬼自身も一瞬思考が停止してしまったからだ。
(メイド…? ―――冥土の事か?)
何分聞き慣れない単語に、豪鬼の脳内は自分の感覚に合った単語に、ベルファストの言葉を書き換えてしまう。
確かに、豪鬼は今まで幾度の死合を望み、その極めた拳を持って数多の強者達を粉砕し滅してきた。そういう意味では、豪鬼そのものが冥土というベルファストの言葉もあながち間違いでは―――。
「何か凄い勘違いをされているようですが…。私が言っているのは”メイド”です。重桜で言えば”女中””家政婦””女性の使用人”…と、言ったところでしょうか」
急に難しい顔をして黙り込んでしまった豪鬼を見て、思考がぶれている事を正確に読み取ったベルファストが、己の言を正す。
「女中…だと? 我が何者かに縛られているというのか? 下らん」
「誇り高き事は立派な事ですが、では何故貴女様はロイヤルのメイド服を着ているのですか?」
ベルファストの説明を受けた豪鬼はつまらなさそうにそっぽを向くが、ベルファストはあくまで冷静に豪鬼の服装について突っ込みを入れる。
「なに…?」
ベルファストの言葉を聞き、自らの身体を確認する豪鬼。そして、
「―――なんだこれは?」
流石の豪鬼も思わず目を見開いていしまうが、それも致し方ないだろう。
今豪鬼が着ている服は、いつもの漆黒の道着と首に付けている数珠ではなく、どこかの国のメイドが着る様なひらひらの服装だったからだ。
それだけではない。筋骨隆々としていた己が両腕は女性の様にほっそりとしたものになっており、逆に胸元には不自然な膨らみが二つほど…。
と、ここでベルファストから手鏡が差し出される。それで自分をよく確認して欲しいという事だろう。
受け取った豪鬼はその手鏡で自分の顔を映し出す。鏡に映ったのは、視線の鋭さ、厳しさこそ以前のままだが、それ以外は何とも可愛らしい顔立ちをした女性の顔が鏡には映っていた。
「―――なんだ、これは?」
あまりに自分とは思えない今の自分の姿に、思わず同じ台詞を吐いてしまう豪鬼。そして、驚きが大きすぎたせいかその台詞を最後に硬直してしまった。恐らく、堂々巡りな思考の世界へと旅立っていったのだと思われる。
「…にゃ。どうやら、この子はこの子でいろいろあるみたいにゃ」
「そのようですね。では、私は今も研究室で議論している夕張様と不知火様、そして報告を待ち侘びているであろうご主人様に、ゴウキ様が目覚めた事と、現時点で得た情報を報告に行ってまいります」
戸惑い気味に固まってしまった豪鬼を見遣る明石を尻目に、ベルファストは恭しく一礼してから部屋を退室しようとしたが、
「ちょ、ま、待って欲しいにゃ!! この子と二人っきりなんて怖くて嫌にゃ! 明石も連れて行くにゃ!!」
明石も慌ててベルファストの後を追うのだった。
うたわれキャラ全員揃った。成し遂げたぜ!