影に溺れて幻想を掴む   作:赤蜥蜴 826

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1話「あい」

 岸田低斗(きしだていと)があいと出会ったのは、夏休みが開けてすぐの、森が紅葉に染まろうとしていたくらいの秋の出来事だった。

 噂には聞いていた。それも都市伝説レベルの、例えば地図で新宿駅を開いた時に、端っこに写っているかどうかくらいの噂だ。不可解なことだが、本当にこの程度の噂だった。

 苗字は誰も知らない。『あい』が本名なのかどうかさえ。

 だが、実在するらしい。

 

「聞けよ聞けよ! 兄ちゃんからさ、『あい』の話聞いたんだ!」

「本当かよ!? え? むっちゃ気になるんだけど」

「聞きたいか? どんな姿だったか」

 

 大学のキャンパスで、いかにもチャラチャラしている2人の男が、大声で話す。低斗も男として、気にならない訳じゃない。しかし、さほど興味がない話だった。何故男として、なのか。

 

「そっかぁ……オレもそんなやつとヤりてぇなぁ……」

 

 あいは娼婦だからだ。

 噂によるとあいは、白銀のロングヘアに、アルビノよりは濃い色の、しかし白い肌。服装はまちまちだが、大体は白いワンピース。身長は156センチくらいだとか。これだけでも特徴的だが、何よりも深い水色の瞳をしているらしい。実際、そうだった。まるで吸い込まれそうな、また全てを見透かされるような、そんな瞳だった。

 

「でもそんな目立った姿してっと、見つけやすいっしょ?」

「それが兄ちゃんの話によると。あいを本当に必要としてる人にしか現れないんだって。気づいたら目の前にいたけど、声を掛けられるまで気付かなかったんだって」

「そんなことがあるのか?」

「マジらしいよ。どんだけ遊び慣れててもわかんないって」

 

 なんだよ、それ。その時はそう思った。しかし、そうだった。目の前に現れるまで、低斗は存在に気付かなかった。だからこそ、低斗は不可解だった。

 

「私を買ってくれませんか?」

 

 自分は、あいを必要としていたのだろうか。

 

 

   ***

 

 

 本当に必要をしている人の前に現れる。それはつまり、誰彼構わず誘う訳ではないということだ。さらに客の方からアプローチ出来る訳でもない。完全にあいの気まぐれなのだ。

 

「お兄さんなんかあったの?」

「ん? えっとな、リストラになったんだよ。入社してまだ1年しか経ってないのに。その上恋人にもフラれて……本気で自殺しようと考えてた時に、声をかけられたんだって」

「うわ……えっぐ」

「でも兄ちゃん、生まれ変わったみたいに元気になってオレのところに帰ってきたからさ。ビックリしたよ」

 

 幽霊じゃないよな、それ。頭の中で突っ込むと、以心伝心したのか、男の口から、「マジに幽霊って噂もあるらしい」という言葉が出た。流石に鼻で笑った。何者なんだ、その「あい」は。まるで別世界の人間のような、そんな話になってきた。

 聞き耳をたてるのも飽きた低斗は立ち上がると、すたすたとその場を去った。

 2度目になるが気になりはするものの、興味はなかった。そんなものと、縁遠い世界に生きていると、そう思い込んでいたからだ。

 しかし今、こうして目の前にいる。175センチある低斗からすると見下ろす形になっている。息が当たりそうなほど近く、彼女は顔を近づけた。瞳を見つめると、確かにその通りだ。見つめ合うだけで彼女に吸い込まれ、取り込まれそうな、また自分の過去まで見透かされ、全てを把握されそうな、そんな気持ち悪くも心地いい、奇妙な感触に襲われる。

 

「何も言わなくていいです、わかってる。あなたの心の中にある、闇。それは、1人で抱え込むには、大きすぎる、闇」

 

 低斗の胸板を、指でつーっと、伝う。細く、柔らかい感触が胸板に触れられた瞬間びくりと反応してしまう。くすりと愛おしそうな笑みを見せ、彼女は低斗に囁いた。。

 

「前々から気になってたんです、あなたには。でも不良”だった”あなたに話しかけるのは、流石に私も躊躇っちゃって」

 

 何故、この女は自分の過去を知っているのか。それは低斗にはわからない。しかしその瞳は、心の壁ですら見透かす、まさに『超能力』のように、簡単に自分のことを理解してみせた。

 

「大丈夫です。肩の力を抜いてもいいんですよ」

「……わかった」

 

 ここで何故首を縦に振ってしまったのか。よく、わからない

 

 

   ***

 

 

 キャンパスを出た後、低斗は帰る前にふと寄り道をした。

 足の赴く方へ、体任せに歩いて行った結果、着いたのは近くにある公園だった。

 公園では幼稚園、小学生くらいの子供が遊んでいる。鬼ごっこ、隠れん坊、サッカー、それともオリジナルの遊び……。昔どんな遊びをしていたか。靄がかかったかのように思い出せない。それが懐かしいとも感じるが、少し寂しいとも感じる。自分はもう、あの頃には戻れない。変わってしまったんだ、変えるしかなかったのだ。その世界の人間では、ない。

 楽しげで幼い宴に背を向け、少し先にある自動販売機に向かう。冷え始める時期だ、コーヒーでも買おう。そう思った時、肩に何かが当たった感触があった。

 

「ごめんなさーい、取ってくださーい」

 

 男の子が手を振る。投げ返そうとボールを取ると、少しだけあの頃の風景が見えたような気がした。振り切るようにボールを投げると、少し勢い余ったのか、男の子の頭上を通り抜けた。「ありがとうございまーす」と返事をすると、宴の輪の中へと帰っていった。

 複雑なことだ。買った缶コーヒーを憎たらしそうに見つめると、プルタブを開け、雑念を消すように一気に飲み干した。

 空き缶を捨て、公園を出ると、人混みに紛れる蜃気楼のようにふらふらと歩いた。

 何か嫌なことがあった訳じゃない。あいの噂話と、昔を思い出してしまったことで少し疲れてしまっただけだ。考えることがめんどくさくなり、人混みに身を任せたくなっただけなのだ。

 そうやってゆらゆらと歩いて、日が落ち、大通りの交差点に辿り着いたその時。

 

「私を買ってくれませんか?」

 

 ふと気付くと、目の前にあいがいた、ということだ。

 首を縦に振ってしまったのは、今考えると『あいつ』に瓜二つだったからかもしれない。記憶の奥底に染み付いた『あいつ』が、低斗を動かしたのかもしれない。

 

「もう、ホテルは取ってあります。行きましょう?」

 

 蜃気楼を掴み取り、導くように手を引くあいは、誰の眼にも止まらず、ただ、低斗の眼の奥に、奥底に染み付いた『あいつ』の上から染み付いていく。




そんな訳ではじめまして、赤蜥蜴826です。普段はYouTubeで動画投稿をしています。
今日からオリジナル作品を投稿していこうと思います! マイペースな更新な上、色々至らぬ点があるとは思いますが、何卒宜しくお願い致します!!
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