修行をして、少し文章力は上がった……はずです。
4話目からいよいよ物語が本格始動します。それではお楽しみください!
高司と会ったその翌日、低斗はいつも通り大学へ向かった。
それは日常。あいと出会い、非日常に会合したことなど、まるで幻想のように消えていく。日常とは繰り返されるもので、周期のようなものだとテレビ番組で学者が言っていた、ような気がする。
朝、起きる。恋しいベッドから抜け出して、寝間着から私服へと着替える。ファッションや周りの目をそこまで気にしている訳ではないが、ダサい恰好にはならないよう注意する。トースターで食パンを焼いて、簡素な朝食を取る。金欠にはこれくらいが丁度いい。その後ドアを開け、鍵を閉め、家を出る。自転車で駅まで10分。その道のりは、何故だかいつもより遠く感じた。
低斗は思い出す。あいと出会った時のことを。それは甘く、幸せな時間だった。今までの人生のどの時間を切り取っても、あの幸福に勝るものはないだろう。それが悔しくも感じ、何故か喜びにも感じた。
もしも、仮に再び低斗の前にあいが現れたら、また誘ってくるようなことがあれば、ちゃんと断ることが出来るだろうか。あの時の断りは自分を尊重した結果だったのか、あるいは自分を偽った結果なのか、今になってもわからない。だが、もし同じようなことが起きれば、自分はどういう反応をするのだろうか。
「……やめよう。反実仮想は好きじゃない」
「もしも」という言葉は無限の可能性を持つ呪いだ。そんなことを言い出せば、何でもありになってしまう。そういうのは、正直気に食わない。
駅は思っていたより空いていた。いつもはもう少し人がいるのだが、何故か人が少ない。近くの会社が臨時休業でもしているのだろうか。
ホームに入ってすぐ電車が来た。いつもは余裕を持って来ているのだが、どうやら考え事をしていたせいで、10分で着くところを15分程かけていたらしい。自分に考え事は向いていないのかもしれないと思った。
電車の中も空いていた。ポツポツと空席がある。座ることも出来たが、今日はなんとなく立っていたい気分だ。扉に背中を預け、外を眺める。季節とは少し違った寒さだ。ニュースでも今年の桜前線は遅いと聞く。5月に入ろうとする今でも、まだ咲いていないところがあるらしい。地球温暖化が嘘のように感じるが、どうせ夏になればグッと暑くなるだろう。なんだか都合のいい話だよな、と思う。
目的地に着くというアナウンスが、車内に流れる。ぼんやりしているうちに着いたようだ。足元に置いておいたリュックを背負うと、丁度扉が開いた。
低斗が通っている大学は駅から歩いて3分のところだ。駅から近く、便利なことからとても人気があるところだ。低斗はずば抜けて賢い訳ではない。猛者が集う中、ここに合格出来たのは自分でも奇跡とさえ思っている。
キャンパスの中に入り、いつもの教室へと足を運ぶ。低斗が受けている講義が行われる教室だ。既に何人かは席に着いている。低斗も、いつもの窓際の席に着いた。ノートと筆記用具を出しながら、低斗は思いだす。昨日のことを……。
***
「何が小さな罪だ、高々添い寝されただけじゃねぇか」
「それでも、僕にとっては罪なんだよ」
吐き捨てるように言う高司に、低斗は反論する。道から逸れたことは幾度とあったが、逸れてはいけないものからは離れすぎたことは一度もなかった。道から逸れることは、低斗にとって、罪と比例する。
「ったくつまんねぇな。あいと会ったっていうんだからもっと面白れぇ話を期待してたってのに。本当にお前はつまんねぇ奴だな」
噛んで味がなくなったガムを扱うように低斗に反応を返す。
「オレだったらとっくにヤってるな。そんな美味い展開、見過ごす訳にはいかねぇだろ」
もっとも、その通りかもしれない。と低斗は思う。二度と会うことがないであろう機会を、みすみす逃したことになる。一般的に言えば、高司の考えの方が正しいかもしれない。しかし、それでも。
「それでも今まで自分が守り続けてきたことを、辞めたくはなかった」
高司はもう表情を変えない。飽きてしまったのだろう。
「童貞を拗らせた考え方だな。なんだ? 魔法使いにでもなるつもりか」
「リアルに魔法なんてあるのか?」
「つまんねぇな、そういうところだぞ?」
口から吐かれた、ニコチン入りの煙が空中で消える。見ていて思った。昨晩の出来事は、あの煙のようなものだ。味わえば、味があるはずだった。それを低斗はさっさと吐き出してしまった。自分の信条に合わないから、という理由で。あいには失礼なことをしたのかもしれない。後悔の念が心を襲った。
しかし、それでも低斗は思う。「やらない後悔よりやる後悔」は幻想だ。持っているものがその行動で失われるのであれば、やる必要なんて少しもない。
「お前は変わらないな」
吸いきったタバコを地面に叩きつけると、高司はそれを踏みにじり、火を消す。
「そういうお前は、なんだか変わったな」
変化。それは少し寂しいようにも感じる。変化してしまえば、変化する前には戻れない。変わる前の高司とは、二度と会うことは出来ない。
「人なんて変わるもんだ。変わらねぇお前が異常なんだよ」
ぶっきらぼうな喋り方だけは変わらない。これが無くなってしまえば、高司は高司じゃなくなるかもしれない。それだけは嫌だった。いくら嫌っているとはいえ、あの日の思い出や約束が、簡単に崩れてしまうような気がしたからだ。
「僕は変わりたくない」
「ずっとそう言ってるのか?」
「あぁ、そうだ」
「この残酷な世界を生きていけるのは変化し続けることが出来る人間だけだ。語場(かたりば)さんだってそう言ってただろ?」
「それでも……」
--それでも、僕は。
***
高司と会ったことを思い出しているうちに、講義は終わってしまった。全くノートを取っていない。ヤバイな、と思う。
次の講義まで時間がある。したいことも特にない。考え事は講義中に終わらせてしまった。正直、やることがない。
考えた末、資料室で本を読むことに決めた。この大学にある図書室……何故か資料室と呼ばれているが、そこには沢山の本がある。県立図書館にも負けない程の本が内包されているのだ。論文や哲学書、小説まで、保管されている本のジャンルは幅広い。丁度いい暇つぶしになるだろうと考えたのだ。
資料室へと足を進める。前に前に、足を進める。もう何も、考えることはない。これ以上考えたって仕方がない。これ以上ーー。
ふいに、人とすれ違った。白銀のロングヘアに、アルビノより少し濃い肌。白いワンピース。身長は150㎝半ば。そして深い水色の瞳。
「えーー」
そんなはずはない。何故ここにいる。いるはずがない。ありえない。しかし、見た。その特徴的な、目に焼き付いた姿を。
「……あい」?
振り返ると、白銀の髪をなびかせ、驚いた顔をしたあいがいた。その瞳は相変わらず、全てを見透かしているような瞳だった。
***
心が交差する。宿命がぶつかり合う。
言い忘れていたが、これは、こんなはずじゃなかった人生に訪れた、小さな奇跡を集めた物語だ。