七星剣武祭。
前回よりも暁学園(内、何名か解放軍所属)や留学中の皇女を加えた今回は、大荒れに荒れる事が予想されていた。
その中において、ただ一人だけFランクの選手がいる事は、当初何かの冗談扱いとされた。
が、その選手の苗字が月影、つまり現日本国首相にして暁学園の理事長の義息子となれば、何かしらの理由(=権力)があるのだと考えられた。
非公式の賭博でも大会初日一回戦目での月影選手のオッズは対戦相手の桐原選手と比較して150:0.05となっており、彼を知る者を除けば誰しもが侮りを抱いていた。
それが覆ったのは、試合が始まってからだった。
「全く、Fランクを参加させるなんて、暁学園は人手不足なのかい?」
侮りを一切隠さず、才能とプライドを凝り固まらせた桐原は嘲る様に、相対した一輝(偽)に尋ねる。
返事を一切期待せず、ただ己の常識だけでものを語る。
「心配しなくても、君は負けるさ。別におかしい事じゃない。がっかりする事はないさ。」
『それでは第一試合、開始!』
(さて、いつも通り行こうか!)
その言葉と共に、桐原は伐刀絶技「狩人の森」を発動、霊装を出しもせずにそのまま佇む一輝(偽)から距離を取ろうとバックステップを踏もうとして…
べしゃり
「へぇあ?」
その上半身だけが、下半身を残して後ろへと転がった。
「あ、ぁ?」
一拍置いて下半身から血が噴き出ても、誰も何が起こったのか理解できない。
観客も、選手達の多くも、観客に被害がいかない様に備えていたプロ達も、誰一人として一輝(偽)が何をしたのかを理解できなかった。
否、正確には目撃できなかっただけで、大凡理解できた者達はいた。
だが、誰が認める事が出来るだろう。
魔力なんて無いも同然のFランクの少年の「単なる剣術」だけで、対人戦闘を得意とする学生騎士が瞬きの間もなく斬り捨てられた等と。
幸い、今大会から高速戦闘向けに最新のハイスピードカメラを配備して記録されているので(多分1000分の1秒位なら残像が残っていると思われ)、きっと多くの者も最終的には理解できる事だろう。
常識を遥かに凌駕した「単なる剣術」のみを引っ提げて、七星剣武祭に参加した少年が現れた事を。
「………。」
そして、一輝(偽)はその場から背を向けて出入り口へと戻るべく歩いていく。
その姿からは、相手が既に戦えない事を理解しているのがありありと分かった。
「ッ、月影選手の勝利!」
「医療班急げ!初日から死人を出させるな!」
審判の声と共に、控えていた新宮司理事長の時間操作により、桐原選手の時間が停止・巻き戻り始める。
直後、一分としない内に医療班が駆け込んで一命を取り止める事には成功した。
この試合の所要時間は0.003秒。
日本の七星剣武祭だけでなく、公式戦では全世界レベルで最速の記録となった。
この一件により一輝(偽)を侮る声は殆ど消え、畏怖と恐怖の視線を向けられる事となる。
……………
その後も、一輝(偽)の戦いは圧倒的だった。
全ての試合で1秒を切るという破格の記録を出し続け、一切の停滞なく、ストレートに準決勝まで勝ち進んだ。
他の暁学園のメンバーの内、王馬と天音も合わせて3名が準決勝まで勝ち進み、暁学園の優秀さが知れ渡り知名度が大きく跳ね上がった事もあり、首相の目論見の大半は叶ったと言える。
途中、天音と珠雫による「チキチキ☆お兄様との今夜の添い寝権獲得勝負~ポロリ(首や臓物)もあるよ~」が開催されたものの、魔人化した珠雫の「襲い来る災害その他を自己回復してやり過ごしつつ水で攻撃」と言う奮闘空しく天音に撃破されてしまった。
そんなこんなで添い寝+αした後の準決勝当日、またも暁学園の選手同士がかち合う事となった。
対戦相手は前日の添い寝の相手である天音だ。
「貴方相手でも手加減なんて一切しませんからね、一輝さん!」
ふんす、と鼻息荒く告げる天音に、一輝(偽)は苦笑する。
「あぁ、全身全霊で来るようにね。」
「じゃぁ5秒程待ってくれます?」
「良いよー。」
その言葉に関係者を除いた多くの者があんぐりと顎と目を限界まで開いて驚く。
挑発を始め相手選手からの言葉に一切耳を貸さず、秒殺どころかフレーム単位で瞬殺し続けてきた一輝(偽)の、年相応かつ気の抜けた会話に会場中が度肝を抜かれた。
「出でよ我が過保護な女神!今こそ一輝さんにリベンジですよ!」
天音の言葉の直後、彼女の背後から滲み出る様に黒い靄が現れ、丸盾と槍を持った巨大な戦女神の形を取る。
「これぞボクの新しい伐刀絶技。その名も『過保護なる女神の嫉妬/ネームレス・ルーイン』!」
女神が槍を向けると、その瞬間に穂先を向けられた試合会場の床が砂の様に砕け散る。
「成程。破滅…いや、終わりの因果の押し付けか。攻撃力と言う点では確かに強化されてる。」
しかし、一輝(偽)は既にそこにはいない。
ちょっと呆れた表情のまま、別の場所に立っていた。
「だがまぁ、お前の最大の長所は『理不尽さ』だ。それを捨てた時点で対処しやすくなってるのは減点だな。」
「でも、前よりは頑丈だよ。」
その一点においては、確かに現状の方が良かった。
天音にとって厄介の種であり盾にして鉾であった「過剰なる女神の寵愛」は、一輝(偽)によって斬り捨てられた。
その一撃は一輝(偽)が多くある業を対人戦に特化するために整理して纏め、名付けた業の一つ。
対人特化の壱の太刀に威力特化・防御無視の弐の太刀。
それに続く、概念・因果干渉に対抗するために編み出された技だ。
これも他の業同様に純粋な剣技であり、修練の果てに概念・因果を切断するに至った斬撃。
この一太刀の前では、如何な運命や摂理であっても斬り捨てられる。
それはこの世界の万物を縛る黒い鎖であっても、例外ではない。
「じゃぁ、前と同じで。」
「うん、お願い。」
「分かった。『隕鉄』。」
すぅと、宙から滲み出る様に、初めて一輝(偽)の霊装が白日の下に晒される。
それは一切の光を反射せず、刃と峰の区別すら出来ない程に黒く、宙に墨を流した様な、星明かりすらない夜空の様な暗黒さを持った、この世のものとは思えない刀だった。
それもその筈だ。
その銘「隕鉄」が示す通り、それはこの星に、この世界に属するものではないのだから。
「じゃ、行くよ。」
その瞬間、最新のハイスピードカメラを以てしても、この映像を見ていた世界中のあらゆる伐刀者達の目を以てしても、一輝(偽)の腕は霞んで見えなかった。
直後、ずるり、と巨大な戦女神の体が斜めにずれた。
やがて数秒とせぬ内に女神の巨体は霧散し、残ったのは霊装である西洋剣「アズール」が真っ二つにされて倒れ込む天音の姿のみ。
今回は瞬殺とはいかなかったものの、それでも早すぎる決着だった。
「『過剰なる女神の寵愛』の理不尽さをそのままに、もっと範囲や効果を伸ばしていくべきだったな。」
「参の太刀『運斬/さだぎり』……だっけ?ふふ、本当に敵わないなぁ…。」
結構無理ゲなアドバイスを言いながら、倒れ込んだ天音を一輝(偽)は優しく抱き上げる(所謂姫抱きで)。
「ふ、ふふふふふふ……試合に負けても勝負には勝てたよ……。」
「分かった分かった。分かったから黙って休んでろ。」
妹と合法ロリ、そして身に覚えのないもう一人と大勢の男性観客からの嫉妬の視線を感じつつ、一輝(偽)は腕の中の少女を気遣いながら悠々と去っていった。
そしてもう一つの試合会場では、龍として目覚めた皇女が風の剣帝相手に逆転し、決勝へと駒を進めた。
……………
翌日午前、遂に大荒れ続きだった七星剣武祭の決勝が始まる。
「ねぇ、一つ聞いても良いかしら?」
「どうぞ。」
伐刀者としての才能と社会的立場に恵まれ続けたステラ・ヴァーミリオンは、そのどちらも人生の過半で全く恵まれなかった少年を前にして、一つの問いを投げ掛けた。
「どうして諦めなかったの?」
一輝(偽)の人生には、普通なら挫折する様な困難が続いた。
伐刀者でありながら魔力が無く、名家の生まれながら排斥され、遂には妹のためにならぬと里子に出された。
絶望して心折れても仕方ない境遇だ。
「うん?斬り捨てたからだけど?」
「は?」
だからこそ、そのおかしな返答にステラは呆気に取られた。
「そういった部分は持ち続けても面倒しかないからね。斬り捨てたんだ。」
続けられたその言葉に、間を置いて正確に理解したステラは眼前に立つ少年の異常さを正確に認識した。
「あの参の太刀で、自分の弱い部分を切除したって言うの!?」
「別に参の太刀はいらないよ。自分の心一つ切り貼りする位、少し意志の強い人間なら出来る。」
確かに、強い意志で自制すれば、大抵の弱さはどうにかなる。
しかし、それが出来るのは本当に極一部の強靭な精神力を持った者だけであり、彼らにしても自分の心と現実と必死に戦っているのだ。
だがしかし、一輝(偽)にはそれがない。
修行を厭う怠惰も、邪魔になる過剰な恐怖も、人命を尊ぶ慈悲も、孤独や悲しみも、強い怒りさえも。
必要が無いからと斬り捨てたのだ。
それはプログラムの修正に似ている。
いらない部分を削除し、目的に最適な形に修正していく。
その対象が人間の精神と言うだけで、理には適っていた。
「成程ね。あんた、マジモンの化け物って訳。」
「いやードラゴンな君より人間だと思うよ。」
「いや正直ないわ。」
ステラの言葉に、会場中の全員が頷く。
たとえ精神がどれ程超克しようとも、肉体は普通それに追いつかない。
だと言うのに、この少年の形をした怪物はそれを成した。
無謀かつ殆ど独学の鍛錬と数多の戦闘経験の果てに、彼は嘗て世界最強の剣士にして暗殺者となった。
それは世界最強と言われた三大勢力のTOPとその主力、そして何処にも所属せぬ「比翼」を殺害した時点で確定した。
そして、この様子を見ていた世界中の者達は思った。
“どっちも化け物だよ“
そんな人々の感想を余所に、ドラゴンと刀と言う名の人の形をした化け物達は、遂にその手に霊装を構えた。
「取り敢えず、あんたをぶん殴るわ。人間としてね。」
「いつも通りさ。ただ斬るのみ。」
こうして、どんな結果になっても各勢力の人類には大き過ぎる課題が残される戦いは始まった。
「あぁ、本当に素晴らしい。あの霊装そのものの、生きた刀の様な方。今にも斬りかかりたいです…!」
そして一人、試合会場に立つ一輝(偽)に熱い視線を向ける者がいた。
うーむ、時間がなくて不完全燃焼。
次は決勝戦の描写及びラストヒロイン登場の予定。
それさえ終われば完結できる。