落第騎士に転生した話 【完結】   作:VISP

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落第騎士になった話リトライ その7 完結!

 もう間もなく日が落ちるという、そんな時間帯。

 試合会場は辛うじて原型を保っている事が奇跡かと思える程に、斬り傷塗れにされていた。

 

 「…………。」

 「…………。」

 

 そんな瓦礫の山の中、二人の剣士は傷だらけになりながら静かに相対していた。

 片や世界最強と言われながらも、そうではない事を知るエーデルワイス。

 片や最強とかどうでもよいのに、自分の幸せな(オタク)生活を守るためにそうなってしまった一輝。

 そんな全く異なる出自と経緯の二人は今、先ほどまでの剣戟の応酬は鳴りを潜めて見つめ合っていた。

 

 「お見事です。」

 

 先に口を開いたのはエーデルワイスだった。

 

 「いや、そちらこそ。」

 

 それに一輝は謙遜でもなんでもなく、ただ事実を返す。

 実際、一周目のあの時、エーデルワイスは一輝に二太刀で敗北した。

 しかし、今の彼女は一輝相手に4桁近い剣戟の応酬をして互いに傷だらけになりながらも、それでもなお五体満足で立っていた。

 

 「でも、このまま斬り合えば私の負けですね。」

 

 エーデルワイスは悔しそうに、でもほんの少し嬉しそうに事実を告げる。

 二人の差、それは経験に他ならない。

 戦争を経験し、敗北から更なる修練を積んだエーデルワイスに対し、生涯の多くを剣と共に過ごし、生涯無敗を貫いた一輝とでは戦闘の経験値に差がある。

 そして、元から特異な修行によって悟りを得た高僧にも近い精神構造を持ち、更には老境まで生きた経験を持つ一輝に対して、思い人に再会できたエーデルワイスは余りに若く、奔放だった。

 それこそ、己の全てをぶつけようとする彼女に対し、一輝の根底の部分はあくまでも平静だった。

 故にこそ、その差はスタミナという余力となって現れる。

 

 「その通りだ。君は負ける。」

 「えぇ、分かっていましたとも。」

 

 細かな無数の傷を負いながら、息を切らす所か一切荒げていない一輝は冷徹に事実を告げる。

 対して、息も荒く、同様に無数の細かな傷を負っているエーデルワイスはそれを受け入れる。

 このまま続ければ、スタミナと精神力の差で、勝つのは一輝の方である事実を。

 

 「ですので、一つ提案を。」

 「む?」

 「以前見た貴方の奥義。それで決着をつけてくれませんか?」

 

 故に彼女は、そんな提案をしてきた。

 たとえ対策を練ったとしても、人類では到底超えられない領域にあるそれぞれの奥義の連続使用。

 それを使ってほしいという、余人が聞けば処刑方法を選ぶ様な言葉に、一輝は僅かに目を瞠った。

 

 「……………。」

 

 返礼は言葉ではなく、行動で以て示された。

 隕鉄をこれまた黒塗りの鞘に納刀し、足を肩幅よりもやや広く構え、腰を深く落とし、左手で鞘の根元近くを、右手で柄をそれぞれ握り、眼光は鋭く前を見据える。

 典型的な抜刀術の構え。

 同時に、今まで波紋のない湖面の様だった剣気が、先程よりも更に静かに感じ難くなり……遂には目の前に立っている筈の一輝の気配すら曖昧になって消えていく。

 肉眼で捉えている筈なのに、そこにいると感じられなくなる。

 これぞ壱の太刀「天翔/あまがけ」の準備段階だった。

 

 「ありがとうございます。」

 

 それに対するエーデルワイスは感謝の言葉を告げると、総身から力を抜いていく。

 脱力し、脱力し、脱力し、突けば倒れる様な、今にも双剣を取り落としてしまいそうな程の脱力に次ぐ脱力。

 しかし、その見開かれた双眼の力強さだけは彼女が勝負を捨て去った訳ではなく、勝ちのためにそうしている事を告げていた。

 

 「………。」

 「………。」

 

 ピリリと、呼吸する事すら辛い緊迫が二人の周囲に満ちる。

 殺気でも剣気でもない。

 それを外に漏らす程二人は未熟ではない。

 互いが互いの隙を見出すための極限なまでの意識の集中が、物理的な圧力すら感じさせているのだ。

 それに気圧されて、全ての生物は生来からの直感だけでこの二人の下から逃げ出していた。

 そんな時、二人の間に一陣の風が吹いた。

 

 それが合図となった。

 

 心臓の鼓動すら感じ取れる極限の集中状態では、鳥の囀り一つすらこの二人には騒音となる。

 互いにそう感じ、僅かながらも意識を割かれてしまったからこそ、それは相手の隙となるとも理解した。

 動いたのは完全に同時であり、しかし、剣速そのものが早かったのは一輝(偽)だった。

 それもそうだろう。

 鞘を走る刀身は、鞘の中を走る段階で既に音速を彼方へと置き去りにし、超越していたのだ。

 壱の太刀は彼が先の先を取って仕留めるためだけに編み出した業。

 反応できる者は、この世界においては目の前の彼女を除けば一切いない。

 雲耀の太刀と言う示現流の奥義があり、そちらの最大剣速は秒速30万mを超える。

 しかし、こちらは魔力と鍛錬双方によって極限まで強化された肉体によって成されるのだ。

 その最高速度は、先行放電の9割にまで匹敵する。

 普段は衣服がボロボロになるのでここまでの速度は出さないのだが、一度敗れていながら再度己の前に立ったエーデルワイスへと敬意を示すために最大速度で繰り出したのだ。

 

 「………!」

 

 そして、エーデルワイスも然る者。

 この二度目の生で弛まず積んだ鍛錬は彼女を裏切らなかった。

 辛うじて、本当に辛うじて彼女は迎撃が間に合った。

 脱力に次ぐ脱力、不要な力の一切を抜いたが故の最速の太刀筋は確かに天魔の業へと届いた。

 

 「………ッ」

 

 左下段から右上段へと振り抜かれた居合は、ほぼ同じ軌跡で以て放たれたエーデルワイスの右の双剣の斬撃によって迎撃された。

 だがしかし、天魔の業は単なる超速の斬撃ではない。

 迎撃に成功したものの、その瞬間に右の双剣は大きく刃毀れした。

 嘗ては一合で折られた事を思えば格段の進歩だが、それだけで勝てる訳が無い。

 故に、伸び切った右腕を戻すのと入れ替わりに左の双剣が己が最速で以て突き込まれる。

 それに対するは、一輝(偽)が左手に逆手で握った鞘だ。

 双龍閃として放たれる事もあるその鞘は、突き込まれる剣先を垂直に受け、完全に静止する。

 普通なら、そのまま表面を滑らせて指を切られてしまう所だが、生憎とこの二人は互いに普通ではない。

 

 「「………!!」」

 

 言葉なく、二人は互いの鞘と左の剣から指向性を持った剣気を放出、相手からの剣気を相殺し、その場で爆砕する。

 全身を無数の小さな刃傷で切り裂かれながら、その反動で前のめりだった互いの上半身が後ろへと反らされる。

 気斬と言う、ついさっき一輝(偽)が見せた技を、エーデルワイスは小一時間とせぬ内にあっさりと習得してみせたのだ。

 そして本来なら剣でやる隠し技を即座に応用して鞘で放ってみせた一輝(偽)もまた、規格外と言えるだろう。

 

 「 ッ 」

 

 崩れた上体、しかし右腕だけは先程の気斬の瞬間に引き戻し済だ。

 しかし、互いに相手を斬るために剣戟に最適化された肉体は多少の不利など踏み潰して駆動する。

 放たれるのは空間切断による圧倒的切断力と射程距離を持った弐の太刀。

 そして、それを防がんと放たれた斬撃もまた、大小はあれど同じ力を有していた。

 

 「がッ!」

 

 僅かな呼気と共に放たれた空間切断の一撃は、先程の焼き直しの様に互いを相殺……できなかった。

 エーデルワイスの右の剣から放たれた一撃は、より上位の一撃によって斬られたのだ。

 そして、その延長線上にあった右腕自体も肩口まで開きにされていた。

 

 「私は…!」

 

 だが、未だエーデルワイスは死んでいなかった。

 先程の弐の太刀が同種の斬撃と食い合ったがため、その威力の多くを減じていたのだ。

 故にこそ、一輝(偽)は一切の油断なく、その状態から最速となる太刀筋で追撃する。

 だが、一輝(偽)は失念していた。

 彼と違って、エーデルワイスには高い魔力があり、その伐刀絶技もまた規格外である事を。  

 

 「『私は、勝つ!!』」

 

 双剣テスタメント。

 使用する「無欠なる宣誓/ルール・オブ・グレイス」はテスタメントの前で誓いを立てた者の心臓に楔を打ち込み、契約に反した者の命を奪う因果干渉系の伐刀絶技だ。

 滅多に使う機会もないために仕方ないと言えるのだが、今この時、彼女は初めてこの伐刀絶技を進化させた。

 未だ名もないその伐刀絶技は、自身に誓約を課す。

 それを果たす代価として、一時的に自己の限界を超えた力を発揮させる。

 しかし、その誓約を果たせねば、死ぬ。

 

 (構わない!)

 

 だが、それがどうした。

 この人に、勝ちたい。

 己の全てを出し尽くし、己を認させ、その上で勝ちたい。

 ただそれだけのために、この第二の生を使い尽くしてきた。

 今更、己の命一つなんだと言うのか?

 右腕を開きにされ、己の鮮血で盛大に身を汚しながら、それでも彼女は折れなかった。

 その執念が彼女の人生において最速の太刀となって、一輝(偽)の太刀を弾いた。

 

 (見事だ。)

 

 神速の領域においてなお速くなる比翼の剣士に、一輝(偽)は珍しく素直に感心していた。

 だが……

 

 (だからこそ、惜しい。)

 

 この場で摘んでしまう事が、とても惜しい。

 もしかしたら、完全に己を上回る可能性もあった。

 故に、この場で確実に殺し切らねばならない。

 後の禍根を断つためにも、此処で確実に斬らねばならない。

 

 「参の太刀。」

 「ッ!」

 

 放たれるのは、斬れぬものを斬る太刀。

 参の太刀『運斬/さだぎり』。

 因果を操る相手には最適であり、これならばエーデルワイスが如何に因果に干渉しようとも、それごと断ち切る事が出来る。

 対するエーデルワイスもまた、それを知っている。

 だがしかし、それならば更なる最速で以て斬るだけである。

 

 

 「「  !!」」

 

  

 放たれたのが同時なら、着弾するのも同時。

 エーデルワイスは動かせる左の刺突、一輝(偽)は右からの袈裟懸けの振り下ろし。

 しかし、速さは兎も角威力という点において、エーデルワイスは一輝(偽)に劣ってしまう。

 結果、先程の焼き直しの様に打ち負けたエーデルワイスの左腕は、根本から斬り飛ばされた。

 

 (しまった!)

 

 だが、一輝(偽)はこの時、明確に己の失敗を悟った。

 エーデルワイスの先程開きにされた右腕。

 魔力を糸状に操り、粘土等を操作するのは、伐刀者の基礎的な鍛錬方法だ。

 しかし、人形使いの類でもないのに、魔力の糸で開きにされた己の腕を縫合し、その状態で自身の限界を超えた斬撃を繰り出してくる等、想像すら出来なかった。

 

 (獲った!)

 

 だからこそ、エーデルワイスは勝利を確信し、

 

 「………。」

 

 だが、この期に及んでなお、一切の絶望も恐怖も見せない一輝(偽)の眼光に、背筋を凍らせた。

 構えも崩れ、刀を持つ右腕も伸び切っている。

 それでも心折れないのは、未だ逆転の手段があるから。

 

 (それ、でも…!)

 

 だが、此処で止まった所で、斬られる事に変わりはない。

 ならば、せめて前のめりに。

 既に括った腹のまま、エーデルワイスはボロボロの右腕で、その二度の人生において最速の一太刀を見舞い……

 

 「四の太刀」

 

 気付けば、袈裟懸けに斬り捨てられていた。

 ぶしゃり、と左肩から右脇までの盛大な傷から、血が噴き出す。

 

 「今の、は……?」

 

 白い美貌の全てを鮮血に染めて、右腕がズタズタに、左腕を斬り飛ばされ、エーデルワイスはそれでも口を開いた。

 

 「時逆/ときさか。」

 

 天を翔け、空を断ち、運命すら斬った果て。

 遂には時にすら逆らってみせた、一輝(偽)の奥の手。

 過去か未来か、こことは異なる時間軸からの回避不可能にして防御不可能の一太刀。

 これぞ四の太刀、時逆/ときさか。

 

 「使ったのは、貴女が初めてだ。」

 

 ずしゃり、とエーデルワイスが膝を突く。

 

 「誇ってくれ。それが手向けだ。」

 

 限界を超え、誓約を破った代償として命を落としたエーデルワイス。

 一輝(偽)にしては極めて珍しく、初めて死者へと言葉を送った。

 チン、という納刀の音が、まるで晩鐘の様にその場に響いた。

 

 

 ……………

 

 

 一か月後、暁学園にて

 

 「こんにちは。」

 「」

 

 仮設会場での式典諸々をサボタージュした一輝(偽)の下へ、エーデルワイスがやってきた。

 

 「いやぁ、我ながら良い仕事をしたよ。んじゃ、後はよろしく頼むよ七星剣王様♪」

 

 にやりと笑い、白衣を翻しながらDr.キリコはその場を去った。

 

 「では、不束者ですが、よろしくお願いしますね。」

 

 頬を僅かに朱に染めながら、エーデルワイスはぺこりと頭を下げる。

 その身を簡素ながらもウエディングドレスに包んだ元世界最強の剣士は、ただ一人の女性として押し込み嫁入りにやってきたのだ。

 

 「」

 

 どうしてこうなった。

 あんぐりと口を開けながら、一輝(偽)は天を仰ぐのだった。

 

 

 

 

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