芸術家は焔に嗤う 作:しじる
あの夜空を飛ぶフェイトを見てから数日後の日曜日。僕はその事を彼女から聞くべきか迷っていた。空を飛ぶ人間なんて面倒事を持ってきそうでたまったものじゃない。関わりなんて持たない方がいいが、最悪なことに僕は彼女の隣に住んでるんだ。いつか絶対関わる日が来る。それならもういっその事こっちから首を突っ込んだ方が被害が少ないんじゃないか、それとも知らん振りを続けて機会があれば引っ越すべきか。ベートーヴェン、ピアノソナタ14番…通称【月光】。僕のお気に入りの一つで、弦楽セレナーデと一二を争うほど。これを聞いていると気分が落ち着く、冷静な判断をくだせる気がする。やはり聞きに行くべきではないか。巻き込まれてからより、自分から巻き込まれに行った方が、相手を予想しやすく面倒の回避も容易なのでは。僕の思考はそう判断を下した。結論、聞きに行こう。
早速僕はフェイトの住む隣の部屋へと向かい、ドアを叩いた。心地の良いノックの音か数回鳴る。遅れてゆっくりとドアの向こうから歩く音、そしてドアが開く。
「誰ですか…ペンドラゴンさん?」
「やあ、ちょっと話があってね…部屋に入ってもいいかな?」
まずは気さくに、警戒させないように。そんな僕の思い通りかはわからないけど、フェイトは僕を部屋へと入れてくれた。
殺風景とはこの事か、あるのはテーブルとソファーのみ。おそらく奥にベットがあるのだろうがこれは何も無い。なんと味のない部屋なのだろうか。そして視界の端に映ったのはインスタント食品のゴミ山。この子まともな食事を取ってないようだな。まあそれはどうでもいい、重要じゃない。重要なのはこれからだ。
「それで、話ってなんですか?」
特に警戒する様子もなく、彼女は僕に聞いてきた。僕は回りくどい言い方が嫌いだ、たがら率直に彼女に聞いた。
「この前空飛んでたよね…君何者?」
目が見開いた、それと同時に体温の上昇、心拍数も上がって若干の発汗あり。自身の本性を隠すために独学で学んだ心理学がこんな所で役に立つとは思わなかった。どちらにせよ彼女は警戒心をはね上げたことがわかった。
「空を飛ぶ……な、なにを言ってるんですか。空を飛ぶ?空なんか飛べませんよ」
「オウム返し、図星か…しらばっくれても意味ないからね」
あえて突き刺すように、冷たく言い切る。これで彼女は僕がでまかせを言ってるとは違うと分かるだろう。さらに警戒が上がる感じが伝わる。ここで先に僕は口を開く。
「まあ君が何者で、何をしようが興味なんてないけど…面倒事は嫌なんでね。隣に住んでるから巻き込まれんじゃないかなって保険をかけに来たんだよ…言ってることわかるかい?」
僕がそう伝えれば、しばし警戒体制のままだったフェイトの表情が、硬くはあるがゆっくりと和らいでいく。嘘を言ってないと思ったんだろう。事実嘘ではないし。そうして彼女が落ち着いた様子に戻れば口を開いてくれた。
「迷惑はかけないと約束する……だから、秘密にしておいて欲しい」
そこまで言って話し出してくれた。なんでもフェイトはこの地球の人間ではなく、自身の母親が地球に落ちたジュエルシードと呼ばれるアイテムが欲しくてやってきたそうだ。そして、そのジュエルシードは危険物であるため、管理局という警察のような存在が回収するそうだ。管理局に回収されると困るから先に奪い取ってしまえということらしい。要は自分は犯罪者で、警察が回収するような危険物を取りに来ましたという事だ。
ああ、思った通りの面倒事だよ。左手で目を覆い天井を仰ぐ。よりによって宇宙人スケールとか面倒も良いところだ。絶対に巻き込まれてたまるか。そんな僕を見て心配に思ったのか、フェイトは不安げな顔で僕に聞いてきた。
「本当に迷惑はかけませんから…」
信じられるかそんな言葉、そういうやつは決まって迷惑をかけるんだ。だがそんなことを口が裂けても言えない。今言ったら何されるかわからないからだ。やけでも起こして暴れられたら面倒極まりない。だがそれは向こうも同じだろう。下手に言いふらされても困る。だから条件をつけることにした。
「僕は君のそれを秘密にする、君は僕を巻き込まない。それでいいでしょ。お互いに不干渉ということで」
そうして僕は部屋を後にしようとした、ひとつ僕らしくもないミスを犯して。そう、部屋を出る時だった。ちょうどこの部屋に訪れる前に、僕は写真の整理をしていたんだ。それのある1枚を直すのを忘れていたようで、よりにもよってそれがちょうどフェイトの眼前に落ちたのだ。フェイトはそれを拾って僕に届けようとする。その前にちらりとそれを見てしまった。そして見てしまったことを確認した直後に僕はその写真が何を撮影した写真か思い出したのだ。それは、僕がこの世界に来る前に撮ったものだ。
つまり…僕の芸術の写った写真。
「っ!?」
ひったくるように写真を取り戻し、それを見る。間違いなく僕の作品の写真だった。僕が一番最初に作った作品。題名を【ブーケ】。足から胴までを針金で固定した5人の人間の上半身を燃やして、ちょうど全員の皮膚が焼け付いたタイミングでシャッターを切ったもの。今思えば拙い駄作ではあるが、それでも成長した過程であると大切に取っていたもの。それをよりにもよってこんな面倒の塊に見られてしまった。
今度は僕の方が動悸が早くなる。【月光】の第三楽章でも流れてるみたいに、心臓がやかましく早鐘を打つ。間違いなく見られた。
「……」
フェイトが何も言わないで僕を見つめる、そんな彼女を僕はいつでも【消せる】ように、体のうちにめぐる炎を意識して。ついに彼女の口が動く。逃げ出すものならすぐさま焼き潰すつもりだった。だが現実はかなりおかしく面白くできているようだ。突拍子もなく天啓とは来るものだ。
「今の……綺麗な…なに」
「……は?」