芸術家は焔に嗤う 作:しじる
フェイトが粘土での練習を初めてから数週間がたったある日。その日の晩は暗く、雲に月が隠された曇りの夜だった。
せっかくの満月が台無しである。ベートーベン・ピアノソナタ14番【月光】を耳に、僕は夕飯を食していた。今日のディナーはチキン南蛮であった。むね肉が安かったので、つい買ってしまったのだ。せっかくだからフェイトや
「ジュエルシードの反応があってね…誘ってくれてありがとう」
そういうフェイトの顔が、実に残念そうだったのを覚えている。大丈夫、ちゃんと二人の分は残しておくよと伝えると、フェイトは年相応の明るい顔になって、飛翔していったのも覚えている。
時刻は六時半過ぎ。腹八分目と言う言葉に合わせて、少し胃に余裕を持たせたあと、僕は勉強机に向かう。夕食前に宿題も自主勉も終わらせてある。それでも勉強机に向かうのは訳がある。
方眼紙を取りだしあるものを書き出す。それは機械のもの。魔法を使うのに必要なもの。フェイト曰く、僕にも魔法の素質があるらしい。そのために僕の魔法の練習をしてくれるそうだ。それに必要なものを設計していた。なんでもそれは専用の職人がいるくらい高度なものらしいので、自作しようとは思わないが、デザインぐらいは自分で決めたかった。だからいま描いているのだ。
こうして、自分の芸術関連以外で方眼紙を使うのは久しぶりな気がする。食材が胃に入り、暖かな満腹感を覚えながら筆を走らせる。実に心地いい。誰にも邪魔されず、静かに、大好きな音楽のもとで。わかるだろうかこの喜び。まるで指揮者のように指が振るわれる。
そんな絶頂に乗ってるときだった。窓ガラスを叩く音。こんな時間に、三階の窓ガラスを叩くものなんてフェイトしかいない。空を飛べる彼女なら、階数なんて無いようなものだからだ。
「はいはい今開けるよ……」
ゆっくり椅子から腰をあげて、窓ガラスへと向かう。しかし妙だ。いつもなら扉からやって来るのに、何で窓から。おかしいと思いながらも、僕はカーテンを開けた。
そこには信じがたい光景がみえていた。フェイトを背負ったアルフが青い顔でいたのだ。その背負われたフェイトからは大量に血が溢れ出ており、今にも失血死しそうであった。
「どうした!なにがあったんだい!?」
あわてて窓ガラスを開き、中に二人を誘い込む。よく見ればアルフも重症で、少なくなくそして浅くもない傷を負っていた。
「温泉街…ジュエルシードをあと少しで取れそうなときに……後ろから目の色が違うやつに攻撃されて」
アルフはそういって意識を失ってしまった。アルフの方は僕の持ってる治療術でもどうにかなりそうであった。
問題はフェイト。彼女の方はすぐにでも病院に行った方が良かった。だけれども、戸籍のないフェイトが病院なんていけない。ここ出直すしかないが、僕の腕じゃ。僕は死体解体に慣れてるから、裂傷はある程度知ってるけど、それでもこれは深すぎた。まず止血しないと。それでも包帯じゃどうにもならない。どうすればいい。どうすればいい!
そうだ!フェイトの綺麗な肌にこんなもの付けたくないが、この際仕方ない。死んだらもう僕と話し合えない。もう僕の理解者は現れないだろう。たった一人の理解者を失いたくない。仲間を死なせたくない!
僕は自分の能力を、はじめて修行以外で使った。それも医療目的で。
フェイトの苦痛の声が上がる。嗅ぎ慣れた人の焼ける臭いがする。焼いたんだ、傷を、焼いて塞ぐんだ。激痛を伴うし、下手するとショック死する。火力を間違えれば全身焼ける。慎重かつ大胆に、傷口を焼いて潰していく。その度にフェイトの苦痛が漏れる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
これも聞きなれた悲鳴だ。だけれども、今は、この声色では聞きたくなかった。歌姫のような綺麗な声が、苦痛に彩られた嗄れ声をだすのは。それでもやるしかなかった。助けるにはこれしかなかった。聞こえる絶叫に耳をそらし、ただひたすらに焼いていた。
時間にして30分、永遠にも感じた30分。フェイトの止血は終わり、他の傷の手当ても終わった。代償に、フェイトの体にはいくつも醜い焼け爛れた跡が。特に僕とは真逆の左半身。傷の一番酷かった脇腹は大きすぎて鼠径部まで焼かれてる。背中も焼いてない部分はほとんどなかった。
完璧な芸術品に、馬のくそを塗ったくったような気分になった。この子は、僕と同じ咎を背負っていかなきゃならないのか。しかも僕が負ったときよりも幼いのに。助かるためだったとはいえ。
目の前が真っ暗になった。フェイトに自分の暗闇を背負わせた気分になった。こんなことになったのは誰のせいだ。アルフが言った、目の色が違うやつ。
僕は決意した、烈火のごとく燃え上がるこの思いのもと、そいつを始末してやると。アルフが目覚めたら聞こう。そいつの顔を。