やはり歳上との青春ラブコメは……   作:ゆ☆

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after

 

 夜には雨が降るという天気の予想なだけあってか、朝から曇天模様の空が広がっていた。

 街行く人達は一様に白い息を吐き、少しでも寒さを和らげようとマフラーに顔を埋めている。

 駅はビル風が強く、日陰に入ると寒さが一段と際立つ。駅ビルに背中を向け、寒さに身を縮こませながら待ち人を待つ。

 俺の待ち人、雪ノ下陽乃は遠目から見てもその顔立ちや立ち振る舞いから人の目を引く。少し離れた場所に見える陽乃さんは威風堂々と、怖いものなんてまるで何もないみたいに一歩一歩俺の方へと向かってきた。

 

「おはよ〜」

「……おっそ」

「比企谷くんはいつも早いね。えらいえらい」

「俺が遅いとめちゃくちゃ文句言ってくる人がいるんで」

「そんな人いるんだ、びっくり」

 

 あいも変わらずのやりとりをしながらも二人で足並みを揃えて歩いていく。

 俺と陽乃さんが恋人という関係になってから数年の時間が流れている。

 俺は陽乃さんの大学に進学し、卒業して新卒の社会人一年生、陽乃さんは実家の方を手伝ってるとかなんとか。

 今日は数年前に想いが通じあった日、まぁ所謂記念日というやつだから現在恋人関係である俺達はささやかなお祝いをしようとしている。

 少しその辺をぶらつきながら、夜は背伸びをしない程度のディナー。

 ありきたりで平凡だけれど、いつからか毎年の恒例行事になっていた。

 意外と言ったら失礼だが、陽乃さんの金銭感覚は普通で庶民の俺としては助かっている。

 ただ、家では割とお酒飲む人だしお酒にはお金に糸目をつけないところもたまに……。

 本気で酔ってはいないんだろうけど、酒を飲んでるからと酔って甘えてくるときも……。可愛いけど。

 いかんせん甘え方が強烈というか、膝枕を強請られることもしばしば。まるで実家にいるカマクラみたいにふらっと、たまに甘えてくるその姿は本当に猫みたいである。

 頭の中でそんなことを考えながら、たわいもない談笑をしつつ駅から程近い大型ショピングモールを冷やかす。

 特に買う物も必要な物もなく、ただただ目的もなく歩くだけ。

 俺の服はいつからか陽乃さんに仕立てられ、隣を歩いても遜色ない格好をいつもさせられている。

 普段歩くときは猫背極まる俺だが、隣の陽乃さんはそれをよしとしない。

 これまで一緒に居た長い時間をかけ、俺が陽乃さん色に染まっていった感じがする。

 逆に陽乃さんは俺色へと染まってないけど。つーか俺色ってなんだよ。なんか濁ってそうだなその色。

 

「プリクラ撮ってく?」

「冗談でしょ」

「まぁね。写真で充分だし」

「その写真も数えるくらいしか撮ったことない気がしますけどね」

「それがわたしのスマホのデータフォルダはいっぱいなのだよワトソン君」

「意外ですね」

「なんでだと思う?」

 

 そう尋ねられ、少しばかり思考のリソースを傾ける。

 まさか陽乃さんが猫画像を……?いやそれはないか。だとすると、SNS映えする写真?と思ったがこの人SNS一切やってないんだよな。

 一番有力だと思うのは風景画だけどこの人無駄に意識高そうに、風景は心のシャッターで撮って心に取っておくとか言いそう。知らんけど。

 つまるところ、その答えは俺にはわからなかった。

 

「降参です」

「じゃあそこのアイス奢りね」

「横暴だ……。んで、答えは?」

「比企谷くんの隠し撮り集」

「嘘だ。と一概に言えないのが怖いですよね陽乃さんは」

 

 つーか隠し撮りって……。普通に撮れよ。

 知らぬ間に寝顔とか撮られてるんだろうか。寝る場所は別なのに寝顔撮られてたら怖すぎるだろ。

 まぁ、俺も陽乃さんの写真何枚か隠れて持ってるんだけど。

 

 本当にアイスを奢らされ、しばらく経つとスマホにセットしておいたアラームが鳴った。

 少し早めにディナーする店に行くためにセットしておいたアラーム。そうか、もうそんな時間か。

 陽乃さんに時間を告げ、少しまばらになってきた人混みの中を歩いて外に出る。

 曇っていた空はさらに深みを増し、夜の帳が下りてきて空は闇色に染まっている。ショッピングモールに入った時より幾分かさらに寒くなっていた。

 外に出て数分だというのに陽乃さんの鼻の頭は既に少し赤い。

 ここから歩いて目的地に行くまでにはお互い凍えてしまいそうになる。阿吽の呼吸で一言も言葉を交わさずともお互い歩き出し、目的地をタクシー乗り場へと変更した。

 

「言わなくても伝わるなんて面白いね」

「いや、これはもう選択肢一つでしょ」

「これが比企谷くんが言う本物?」

「無理矢理、黒歴史掘り起こしてくるのやめてもらっていいですかね……」

 

 結局俺が高校時代に求めた本物はなんだったのか、少しばかり大人になった俺にもわからない。けれど確かにそれは存在していたはずで、高校時代の俺が今の俺を見たら羨ましむのかもしれない。

 昔と比べ確かに色々と変化はしていると思うが、目に見えないそれらは変わってしまったという自覚がないまま変わる。時間が経って初めて気付くものなのだ、きっと。

 

「君、今日なにかわたしに言う気だよね」

「よくわかりますね」

「どれだけ顔合わせてると思ってるの?」

「ですよね」

 

 やはりこの人に隠し事は中々出来ないよなぁ。

 逆に俺は未だ陽乃さんのことは知らないことの方が多い。

 でもそれでいいんだと思う。それでこそ魅力があるんだこの人は。

 他の誰がなんと言おうと、俺にとって誰よりも魅力に溢れている。

 

 都内ほどではないがそれなりに大きいビルの最上階にあるレストラン。

 別にドレスコードなどはないけれどそれなりに畏まった雰囲気を求められるこの店に初めてきたのは何年前だっただろうか。

 外を見渡せば綺麗な夜景に彩られ、店内にはピアノの音が響き渡る。

 本来なら高級感溢れるはずなのにそれを感じさせない雰囲気は見事と言える。どこか、陽乃さんと似ているかもしれない。

 一見すると高嶺の花、近寄り難いと思われがちだが実にフランクな人だし。

 今日は俺達の記念日、ということは世の中の日付は十二月の二十四、クリスマスイブである。

 日にちのせいかここは毎年それなりに混む。けれど、毎年の恒例行事になりつつあるため毎年早め早めに予約を取るのが通例になっていた。

 席に通され、陽乃さんの正面に座る。

 凛とした顔、涼しげな雰囲気、この感じの陽乃さんは少しお義母さんに似ていると思う。言うと怒られるから言わないけど。

 

 コース料理の前菜が終わり、メインに入る前に少しだけ二人でワインを嗜む。メインとワインってなんだかシャレっぽくなってしまったけど、今日飲むワインはなんだか雰囲気に当てられて酔ってしまいそうだった。

 けれど、この料理を終えた後のことを考えて必死に自我を保つ努力をする。

 言いづらいけれど、言わなくては、伝えなくてはならない言葉が今俺の中にはある。

 

 メインの料理を食べ終えて、ひと段落。

 陽乃さんは、ぼーっと外を見て、俺はその陽乃さんを見ていた。

 もう何年も見ている筈なのに、ずっと見飽きなくて、ずっと綺麗なまま。

 一緒にいない時は冷凍でもされているのかもしれない。

 くだらないことを考えて言わなきゃいけないことを先延ばしてしまう自分のこの癖は嫌いじゃないけど、それでも、もう時間は待ってはくれない。

 

「さて陽乃さん、話があります」

「聞きたくない」

「聞いてください」

「……わたしが何を言っても言うつもりでしょ」

「知ってますか? 俺って意外と頑固なんですよ」

「知ってるよ」

 

 いつからか店内に響いていたピアノの旋律が聴こえなくなったのは俺と陽乃さんだけの空間が出来ているからなのかな。

 喧騒も鳴りを潜め、俺と陽乃さんの間には静寂が訪れている。

 これから言う言葉は、きっと良い顔をさせないだろう。そして、その顔をしている時に隣に俺はいない。

 

「俺達、別れましょうか」

「理由、聞かせてもらえるんでしょ?」

「陽乃さんは高嶺の花なんですよ。掴もうと思っても掴めない、そんな自由気ままな花。そんな自由な陽乃さんを俺の手で掴もうなんてまちがっている」

「比企谷くんが自由にしてくれたんじゃないの?」

「キッカケを与えただけです。最近陽乃さんが居ない間にずっと考えていたんです、こんな"普通"になってしまっていいのかと。そんなの、俺が許せない」

 

 陽乃さんは特別な存在だ。それも俺だけの特別ではないと思う。

 陽乃さんは人の上に立つ人間で、それに相応しい。それを俺なんかの為に棒に振らせることなんて出来ない。

 陽乃さんがもし俺と結婚すれば雪ノ下家の会社は雪ノ下雪乃が継ぐのだろう。それも良いと思う。けれど、他でもない俺自身が人の上に立つ陽乃さんを見たい。どんな社会を、どんな世界を創り上げるのかを。

 

「正直に言うと、そんな予感はしてたよ」

「そんな素振りを出した覚えないんですけどね」

「言ったでしょ? どんだけ顔合わせてると思ってるの」

「……そうでしたね」

 

 俺のことくらいお見通しでなければ俺が困る。

 他の誰でもない、陽乃さんになら俺は幾らでも自分を曝け出す。まぁ、そんなに曝け出すものないんだけど。

 会話はそれっきりで、俺達の間はまた静寂に包まれる。

 さっきと変わらず、陽乃さんはまた窓の外を見て、俺は陽乃さんを見ていた。

 きっと、こんなに近くでじっと見れるのは最後だから。

 

「……それじゃ俺、行きますね」

「………」

「陽乃さんのこれからを応援してます」

 

 俺は今笑えただろうか。笑って最後を迎えることが出来たのだろうか。

 哀しい顔を見せずに出来ただろうか。

 会計を済ませて二人で乗ったエレベーターを一人で降りる。

 俺は陽乃さんを見ていて気付かなかったが、気付けば外は雪が降っていた。

 雨予報を覆しての雪。俺と陽乃さんが付き合った日もこんな天気だった。

 タクシーも使わず、陽乃さんとの思い出を振り返ってポツリポツリと歩きだした。

 二人で旅行に行ったこと。

 二人で料理を作ったこと。

 二人でお酒を飲みながら一晩中語り明かしたこと。

 一歩踏み出す度に思い出が蘇る。

 あんなことを話しながら、この道は二人で通ったっけ。

 そんな些細なことまで鮮明に思い出せてしまう。

 

 雪が降っていてよかった。

 この涙や鼻水、赤くなった目元や鼻の頭も全て寒さと雪のせいに出来るから。

 

 自分から告げた別れなのに勝手だと自分でも思う。

 俺は今日初めて知った、涙が流れるのは理屈なんかではないことを。

 ふらふらと、歩いて辿り着いたのは実家だった。

 帰巣本能なのか、今一番安心出来る場所はここなのかもしれない。

 幸いにも、俺の部屋はそのまま残してある。

 今日だけは小町にも両親にも会わずに、そっと眠りにつこう。

 

 そして俺は今夜、夢を見ない夜を過ごした。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 眠りに就いた時間も正確に把握出来ず、家の中の物音で目を覚ます。

 ついでにぶるりと身体を一震わせ。

 あれから雪はすぐに止んだのを俺は家の窓から確認していた。

 濡れていた身体を風呂で暖めてから寝たのに身体は怠くて、風邪をひいてしまったのかもしれない。いや、ただ寝不足なだけなのも可能性としては高い。

 重い身体を引き摺るように階段を降りてリビングに行く。

 珍しく、両親の声がドアの外に漏れている。

 あの二人、こんな年末に休みなんかあったんだな。

 そんなことを考えてリビングに繋がるドアを開けた。

 

「……なんで」

「来ちゃった♡」

 

 リビングの椅子に腰掛けている両親の正面には、昨日確かに別れを告げたはずの陽乃さんが座っていた。ついでに言うと、陽乃さんの隣に小町もいる。

 ちょっとまって理解が追いつかない。もはや意味がわからない。

 

「八幡、結婚するならちゃんと言いなさい」

「母ちゃん、それは誤解だ」

「誤解なんて失礼な、陽乃さんは結婚のご挨拶だ〜って来て頂いてるのよ?」

「イマナンテイッタ?」

「あんた、結婚するんでしょ?」

 

 誰が誰と?俺と陽乃さんは確かに昨日別れたはずで……。

 まず状況を整理しよう。比企谷家のリビングに居るのは……

 信じられない顔をしている親父、大変そうな母ちゃん、ニコニコしている小町、そして陽乃さん。ついでにムスッとしているカマクラ。

 おかしすぎるだろ!

 

「陽乃さんなんでいんの……」

「改めて考えてみたんだけどね? わたしはわたしのやりたいようにやろうかなって」

「昨日俺が言ったこと覚えてます?」

「うん。だから自由にしてみた」

 

 茶目っ気たっぷりにウインクを添えて悪びれもなく俺にそう言ってきた陽乃さん。

 意味不明で、奇想天外で、それでいて魅惑的すぎる。

 でもそれじゃ、それじゃあ意味がない。

 

「ちょっと、一回二人で話しませんか?」

 

 それだけ言って、陽乃さんの手を取り俺の部屋へと連れて行く。

 陽乃さんの手を取って初めて気付いた、陽乃さんの手は汗をかいていて少しだけ震えていることに。

 陽乃さんだってこんなことがすんなりと通るとは思っていないのだろう、だから勇気を出した。

 俺がさせたかったのはこんなことではないのに。

 だからこそ、今話さなきゃいけない。

 

 陽乃さんは俺のベッドに腰掛け、俺は乱雑に散らかっている机の相方の椅子に座り、挨拶がわりの沈黙。

 お互い声をかけようとしていることは陽乃さんからも見て取れる。

 俺が、俺から始まらなきゃな……。

 

「何がどうなってこうなったんですか」

「昨日確かに別れを告げてきたけどさ、考えてみたらわたし何にも返事してないんだよね」

「……たしかに」

「だから、とりあえず籍入れちゃえって思って」

「まって」

 

 言葉の前後が全く繋がってないんですけど?もしかしてこの人学生時代国語の成績悪かったのでは?

 なんて戯けながらも、陽乃さんの考えは少し理解した。

 要するに、めんどくさくなったからとりあえず全部乗り越えてしまえ作戦だな。なんなの?姉妹揃って脳筋なの?

 

「確かにさ、比企谷くんはわたしのこと考えてるなーって思った」

「それじゃ……」

「でも、わたしがどれだけ君のことを好きかを君は考えてない」

「……っ」

 

 人の気持ちは、時に考えを凌駕する。

 そんなこと、とっくの昔にわかっていたはずなのに。

 俺はまた間違ってしまったのだろうか。

 でも、こんな時だと言うのに、陽乃さんの言葉が嬉しくて仕方ないのは間違いなんかではなかった。

 

「わたしのことはわたしが決める。そこは、例え君でも介入は許さない」

「……そういえば、そんな人でしたね陽乃さんは」

「普通は許さないって言ったよね? わたしに取って君と居る時間は普通なんかじゃない。いい加減自分を低く見るのはやめなさい。不快よ」

「……俺の負けです」

 

 負けた。勝ち負けなんかありもしないけれど、自然とその言葉が出た。

 陽乃さんを甘くみていた。

 陽乃さんは芯がある。それは決してブレないし、他人の介入を許さない。

 そのことを俺は忘れていた。

 結局、俺は陽乃さんの尻に敷かれくらいがちょうどいいのだろうな。

 

 雲から漏れ出し始めた光は部屋の中を照らす。

 少し明るくなった部屋に二人だけ。

 少しムッとした顔の陽乃さんと、少しニヤついてる俺。

 まだまだ朝なのに、今日の夜はよく眠れそうだと思った。

 

「それじゃ、ご両親に君を貰う許可をもらいに行かなきゃね」

「え〜それもう、陽乃さん一人で行ってくれません? 照れ臭いんですけど」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 自然と話すうちに俺達の顔も明るくなっていて、やっぱりこうでなきゃという気持ちになる。

 付き合う時に陽乃さんのお母さんには貰う約束をしているから、後は俺の両親だけ。

 まっ、あの両親だから早く貰われろなんて言いかねないけど。

 部屋を出る前に陽乃さんが後ろで手を組んで俺にこう告げた。

 

「うちの母がね、孫はまだか? って言ったよ」

「うげっ、勘弁してくださいよ……」

 

 それだけ言うと、ははは!と陽乃さんは階段を降りて行った。

 

 まちがった昨日を越えて正しい今日がきた。

 きっとこれからも俺は間違うことがあるだろう。しかし陽乃さんはそれを許し、正してくれる。

 何はともあれ、俺と陽乃さんのこれからはまだ続くらしい。

 もう青春とは言い難い歳になってしまったけれど、青春を謳歌していたあの頃の気持ちは今も色褪せていない。

 

 やはり、歳上との青春ラブコメはまちがっていなかった。

 

 

 了




 気が向いたらさらにafterを書くかもしれませんがひとまずこれで完結です。

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