本日は雲一つ無い快晴。心地良い気温、つまり!運動日和である。
特務機関の城にある訓練場の周りをぐるりと一周走ってみたが、驚くほどに息が上がり、汗が吹き出し、俺はバテた。
完全なる運動不足の成人男性の末路である。走るだけでこんなに体力を持っていかれるとは思わなかった。
一緒に走ってくれたシャロンは槍(一度持たせてもらったがなかなかの重量があった)を持って走っていたのに呼吸一つ乱していない。
鍛え方が違うのだろうか。いやいや、もしかしたらこの世界の住人は身体の造りが違うのかもしれない。だって、
「驚いた。貴方、平均以下の運動能力よ」
と、アンナが言っている。
へばって硬い土の上に座る。
体力測定を自分から申し出してみたものの、この世界の住人の身体能力には遠く及んでいない。
これがゲームそのままの設定なら俺は無駄に体格が高くて救出不可能な上にHPも低いモブ村人だろう。
「エクラさんは軍師なんですから、そんなに気にしなくても良いと思いますけど」
「一緒に戦うと決めた以上は足手まといにはなりたくないんだ。ほら、行軍の時だって、輸送隊始め非戦闘兵だって早く動かなきゃいけない事もあるだろ」
シャロンに気にかけてもらえる事は嬉しかったが、与えられた役職に甘んじているのは気が引ける。
「そうと決まれば特訓よ。ビシバシ行くわよ!!」
「手加減はして欲しいです」
アンナはと言うと久しぶりに新人を鍛えられる機会なのか、俺よりもやる気に満ち溢れていた。
「やっぱり基礎体力作りは大切よ。少し休んだらもう一周走りましょう。試しに鉄の斧持って走ってみる?」
「うーん、鬼教官」
アンナの意見に賛成だが、流石にいきなり鉄の斧を担いで走るのはキツそうだ。ゴール出来るかどうかさえ危うい。
それにしてもこんな重たい斧を豪快に振り回すアンナも凄い。無理して身体を壊さない様に地道にコツコツと頑張ろう。
「やってるね」
「お兄様!」
小休憩をしている俺達に、何やら荷物や本を沢山持ってきたアルフォンスが声をかけた。
「君の特務機関での隊服が出来たから届けにきたよ」
と、言いながら手にしていた白いローブを俺に渡す。厚手だが軽い。素材は何で出来ているのだろう。
ポリエステル、ウール...綿、どうも俺の知っている素材じゃ無い気がする。
「仕立てが合っているか着て確かめて欲しい。少しくらいなら弓矢や魔法のダメージを軽減してくれるフードを被っていれば頭も守れる」
「ありがとう」
早速、袖を通したらサイズも丁度良いし着心地も良い。ついでに動きやすい。
「それで、その本は?」
「ああこれ、君がどのくらいこの世界の情勢について知っているか把握したくて」
「私も気になっていたのよ。私の顔を見て”アンナ”なんて呼ぶものだから異界を知る伝説の召喚士だとすぐに解ったわ。姉妹達の事知っているんでしょう?それなのにエンブラ帝国の事情は知らなさそうだし」
と、アルフォンスとアンナは交互に言う。
確か覚醒では”アンナ”と顔が一緒の姉妹達が世界各地に存在するんだっけ。それはそうとて俺もチュートリアルや秘密のお店でよく世話になった。
ファイアーエムブレムをプレイしていれば彼女の顔は一度は見かけるだろう。
「あの時はもう戦が始まっていたからゆっくり話し合いが出来なかったからね。休憩がてらそれぞれの持っている知識を交換しよう」
「ああ。って言っても俺がこの世界で知ってる事は無いぞ。残念ながらアスクもエンブラも全く解らない」
「異界の英雄達の事は?」
「ちょっとした人間関係ぐらいなら。あと使う武器、兵種、技なら予測立てられるかな。ほらトライアングルアタックとか。...知らない?」
「紋章の異界のペガサス三姉妹さんの事ですよね。実際、お目にかかった事はありませんが、さぞお美しいんでしょうね」
乙女な妄想をしているのかシャロンが蕩ける様な表情で微笑んでいる。確かにペガサスを華麗に操る彼女達は美しい。憧れる年頃なのだろう。
「トライアングルアタックは他の異界にもあるぞ。それに重騎士によるトライアングルアタックがある異界もある」
三人も重騎士を同時出撃させるタイミングはなかったのでプレイ中にやった事無いが封印の剣の重騎士アタックはロマンが詰まっている。
年を経ってもガチガチの鎧をかっこよく思ってしまうのだ。
「本当に異界の英雄の歴史には詳しいのね。武器種の三竦みは勿論知ってるわよね」
「勿論。あ、でも魔法は大陸や異界によって種類が変わるんだったよな...?起源から変わるんだったか...?」
「そこまで知ってれば十分よ。魔術の有利不利も頭に入っているなら尚更、軍師としても活躍を期待するわ」
そこまで言われると何だか照れるを通り越して緊張してしまう。
「エクラさん、兵法の事となると早口になりますね」
「それだけ好きって事よ」
「アンナさんも商売の話してる時は早口ですもんね!」
「そうね〜、姉妹達も商人多いし私もレア物集めてひっそり商いでもしようかしら...」
「アンナ隊長が辞めたら、私が跡を継いで隊長になります!シャロン隊長ですよ!!」
「...不安が多過ぎて辞められないわ」
「た、隊長〜〜」
シャロンとアンナの間で漫才が始まってしまった。二人は上司と部下、王女と臣下という関係であるがかなり仲が良く、度々ショートコントを始め出す。
人間関係が円滑かつ信頼が築かれているのは良い事だ。シャロンが、善意と天然によるダブルアタック失言も放ったりするが。
それにしても、他者から見れば早口になるほど熱を上げていたのか。
自分の知識をフル活用して試行錯誤しながらゲームするの好きだったし、言われてみれば昂ぶっていたかもしれない。
ここに来るまで久しく感じなかった気分だ。
「楽しそうで良いですな」
「そうだね」
苦笑しながら妹を優しい瞳で見守っていたアルフォンスに声をかける。
「話は戻すけど、アスクにある異界の扉はいつ頃から開きっぱなしなんだ」
「扉の問題は僕達より上の世代...、父上が若かった頃から開いているらしい。先代のエンブラ皇帝も扉を閉めるつもりも無かったし、長い因縁なんだ」
「皇帝...、ヴェロニカの父親...。この人も和解の話を聞いてくれないのか」
「彼は自国を豊かにする為に領土を広め、侵略を進めていたから無理な話だよ。国民には相当支持されて居たらしいけど、健在の時は今みたいに両国の関係は最悪だった」
「...健在の時って、まさか彼は」
「亡くなっている。ヴェロニカ皇女は後妻の娘なんだ。その後妻に政権が変わって暫くは平和が訪れたんだけど、ヴェロニカ皇女が異界への侵略を再び始めてしまったんだ。しかも民も国の要人も皇帝の血と志を受け継ぐ彼女を支持している。和平への道は厳しいものになるだろう」
始めてヴェロニカに会った時に両親が悲しむぞ!!などとイキってしまったが、悲しむ両親も彼女には居なかったのだ。事情を聞いてしまうと残酷な言葉を投げつけてしまったと胸が痛む。
「他にもエンブラ王族の血族が居ると聞くけど複雑でアスクは調べきれなかった」
「しかし年端もいかない少女に国を任せるなんて、凄まじいな」
国民の期待や生活をあの小さな少女が一身に受けていると思うと、同情する。
確かにヴェロニカは異界を侵攻し英雄を契約で従える悪い側面もあり彼女のする事を肯定は出来ない。けれど国という重圧を小さな肩に背負わせるのはあまりにも酷だ。
次に会う時は感情に流されて一方的に怒ることはせず、冷静に向かい合いたいが、果たして俺に出来るだろうか。
ヴェロニカには嫌われているっぽいし。
「仕方ない事でもある。エンブラ皇帝が亡くなった時はあまりのショックに後追いするものも現れたというし」
「皇帝の死に後追いって、古代文明じゃないんだから...」
「古代文明?」
「あー、俺の居た世界の話。大昔の帝が亡くなったらその世話人も一緒に墓に埋葬したりさ。...ははは、なんか生死観も全然違うよな...」
笑って誤魔化す。しかしその皇帝は凄いカリスマだったのだろう。若しくは、民衆が盲目的に、神のように崇拝していたか。
ともかく現代を生きてきた俺の感覚からは考えられない。死して尚、皇帝の側に居たいとかいう理由なのかな。
科学が発達しているような世界には見えないし、きっと天国や地獄があると思っているんだろうな。中世前後の社会情勢で平和的な和解が成立するのか不安でもある。
話を聞いて居るとエンブラ帝国自体が一筋縄でいかない感じだ。
それに国民の感情的にもアスクとエンブラの和解は難しそうだ。せめて扉が閉じれれば英雄も介入出来ないだろうが。
「扉が開けっ放しなのは厄介だよな。そもそもなんでアスクは扉を開けたんだ?異界の英雄を求める為?」
「これは僕の解釈だけど過去にアスクもエンブラも扉を通して他の世界から攻撃を受けた事がある。英雄の在る異界とは違う世界、予言書には炎の国の記述があったし、アスク、エンブラ以外の国の存在を示唆している文献も残っている」
「つまり、英雄の記憶が眠る土地意外にも扉は繋がっていて、外敵から国を守る為にエンブラとアスクは扉を使って英雄達共闘していた...?」
「うん。確信ではないけど。記憶が刻まれた土地ではなく、人間の住む世界があるのは確かだよ。扉が開け放たれたままなのは戦いの名残で、エンブラが閉めることを放棄したからだろう」
アルフォンスの予想を聞いていると確かに合点が行く。と、なるといつからエンブラ帝国は狂い、自国の繁栄だけを望む様になってしまったのだろう。
何故、息女のヴェロニカも父の様になってしまったのか、謎が多い。ただ戦えば問題が解決するわけでもなさそうだ。
「みなさーん、お手紙持ってきましよー」
思考を巡らす俺の真上に間延びした可愛い声が降って来る。伝書梟のふぇーちゃんだ。
あの丸々としたボディ、今すぐにでも抱きしめたくなる。ふわふわもこもこの羽毛に顔を埋めたい。
「ははは、エクラはふぇーが好きだね」
俺の様子を見ていたアルフォンスがちょっと引き気味に笑った。