ふぇーちゃんが持ってきた手紙(伝令?)には暗夜の異界をエンブラが掌握したという知らせだった。
他の異界の英雄も参加させ、瞬く間に扉を守っていたアスクの兵士を蹴散らしたのだと言う。
英雄を従えるのは勿論、ヴェロニカ皇女である。
穏やかな気候だと言うのに場にそぐわない緊張感が辺りに広まる。
「...行かないと」
アルフォンスが言う。
エンブラの狼藉を放っておく訳にはいかない。
ブレイザリクの点検をし始めた俺にアンナが声をかける。
「召喚に使うオーブよ。今回は十四個しか準備出来なかったけど大丈夫よね」
「...まだ入りそうですけど」
「ごめんなさい。このオーブという宝石は様々な異界で使われていて高値なのよ。私も姉妹やアンナ商会の力をフルに使っているけれどなかなか手に入らないの」
「そんな貴重なモノだったんだ...」
「はい、特務機関がジリ貧なのは一重にオーブや武器の値段が高値いからです」
と、シャロン。特務機関、財政難なのか。ちょっと心配になるぞ。
そしてそんな高値いレアモノを砕いてしまう背徳感も凄い。
「いいの!手に入った分はどんどん使って」
こういう時の思い切りが良いアンナは理想の上司だと思う。財務も担当していると言っていたし、入手するのをかなり苦心しただろう。
「...ん、財政難?アルフォンスとシャロンは王子王女だけど国は機関に援助してくれないのか」
俺の言葉にアルフォンスがとても言いにくそうに目を泳がせる。
「父上は僕が特務機関に居ることを快く思っていないんだ。だから...」
「違うと思うわ。あの方はそんな幼稚な意地悪しないわよ。王は民の生活だって守らなければいけないのだから、特務機関にばかり贔屓な特別な援助は出来ないの。はい、この話はおしまいっ」
アンナが強制的に話を終わらせた。気にはなるが、あまり深くは語らない辺り、つついてはいけない藪なのだろう。
そうだ。今は暗夜の異界の解放の為に戦わなくちゃいけない。思考を一つに切り替えていこう。
◇時間は正午を過ぎて居る。天候は極めて良い。
長閑な景色の中、軍馬の歩む音が辺りに響く。騎乗するのは暗夜の騎士マークス。その隣には花のように可憐な王女エリーゼ。
二人ともヴェロニカに召喚された暗夜の英雄だった。
彼等の側にはマギ・ヴァル大陸に存在した魔王を倒したとされる双子の英雄、槍の名手エフラムと麗しい王女のエイリーク。
彼等は英雄の地を奪還しに攻めて来る特務機関を待ち受けていた。契約の元、ヴェロニカに従わざる得ない英雄達である。
「さぁ、あたしの可愛いえいゆうたち。きょうだいの絆をあたしに魅せて。じゃまものはこわして、ころしましょう」
歌うようにヴェロニカは命令を下す。
命のやり取りをチェスで遊ぶかのような気軽さで扱う姿は幼い故に残酷性が増す。
「兄妹の絆...この度の戦に意味があるものなのでしょうか...」
エイリークが困惑する。元来争いを嫌う性格の彼女はエンブラ帝国による他国への侵攻に強い抵抗感があるようだ。
「絆を競い合う意味が解らないのだが」
性格こそは正反対だがエフラムも戦意が無い。
双子の意見を聞いた途端に無表情から不満そうな表情に一変する。
「いいわ。やる気がないならくびをひきぬいてころしてあげる」
不快感を隠すことなくヴェロニカは言う。幼い可愛らしい顔を歪めた怒りの表情。彼女は本気で凶行に走る事も厭わないだろう。
困った表情のエイリークをよそにエフラムは真っ直ぐヴェロニカの瞳を見つめ、語りかける。
「なぜ兄妹の愛に拘る。なぜ破壊や殺戮を求める。それは貴女の本心なのか」
「なによ...、あ、あたしは...」
迷いない曇りない瞳に厭なものを感じだヴェロニカは視線を泳がせる。先程の威圧感はすっかり消え失せていた。
「あた、しは...、おにいさまと...、ちがう。民があたしを求めるから侵攻を、そう、アスクに、アスクをほろぼすためにあたしは...。アスクはほろぼさないと」
自身のこめかみに手を添えて暫く戸惑っていたが、最後には何時ものヴェロニカに戻っていた。国を率いる残酷で強かな皇女の姿に。
「あたしのいうこと、きけないの?」
今度は視線を外さない。自身を見つめるエフラムを強く睨み返す。
暫くエフラムは黙っていたが小さく息を吐き、言った。
「試すような事を言って悪かったな。言っておくが兄妹愛で負ける気はないぞ。なにせ俺とエイリークほど深い愛で結ばれ妙な噂までたてられた兄妹は...」
「...は?」
今の今まで反抗的な態度をとっていたエフラムが不思議な事を言い始めるものだからヴェロニカの怒りの感情は消え失せ唖然としてしまった。
「いいや、契約の間は貴女に従うという自分なりの宣誓だ。気に障ったのなら謝罪しよう」
「べつに...」
「では俺達はアスク王国の特務機関とやらを迎へ撃つ。行くぞ、エイリーク」
「はい」
そう言うとエフラムとエイリークはさっさと行ってしまう。
何か解せないものを感じながらヴェロニカは彼等の背を見送った。
「エフラム王子、エイリーク王女!」
馬の蹄が野を蹴る音と自分達兄妹を呼び止める声に気付き、双子は足を止めた。
軍馬に跨り黒い鎧を見にまとった暗夜の騎士、マークスである。
「マークス王子。如何しました?ヴェロニカ皇女の護衛の筈では」
「いや、貴殿等の先程のヴェロニカ皇女とのやりとりについて話したい事があってな」
「いえ、兄上が失礼致しました。...普段は冗談も言わない人なのですが...」
「我ながら慣れない事をしたな。ああいう手合いは向いていない。で、話したい事とは」
「ヴェロニカ皇女自身の事なのだが...」
辺りにエンブラ兵が居ないことを確認しつつ、マークスは迷いながら言葉を選ぶ。
「アスク王国や異界に侵攻する事は彼女自身の意思と思えない。先程の様子を見るに、彼女は少しおかしい」
「マークス殿も気付いていたか。俺も彼女はおかしいと思う。エイリーク、お前はどうだ?」
少し悩みながらエイリークは感じた事を素直に口にする。
「...私は、リオンを思い出します。魔王に取り憑かれた後の彼を。なんて言えば良いのでしょう、ヴェロニカ皇女自身は気付いてない様子ですが、見えない何かの意図を感じました」
とても大切な救えなかった友人の名を出すエイリークの表情は憂に満ち溢れていた。
無意識にジークリンデを持つ手に力が入る。
エフラムも妹と同じ意見なのか、頷き難しい表情をする。
「揺さぶりをかけてみたが、あまり良い状態ではないだろう」
「うむ、二人の意見を聞けて良かった。...私の父は何かに魅せられてしまったまま亡くなった故にどうしても彼女を見過ごせなくてな。有難う」
「気にするな。だが今、俺達が騒いでも事態が良くなるとは思えない。一先ずは、彼女に従い、彼女と対立するアスク王国の特務機関の力と信念を見定めようと思う。力を貸すに値する人物が居れば...、敵になるかもしれないな」
「貴殿の様な戦士と刃を交えるのであれば光栄だ。戦場なのが惜しい。私は彼女の護衛に戻る。エリーゼに何も言わずに来てしまったから今頃探しているかもしれない」
そう言うとマークスは馬を扱い元来た方向に戻って行く。
「彼は、皇女を救いたいと思っているのでしょうか」
「さてな、個人の問題に俺達が出しゃばる理由は無い」
「...兄上のそう言う所を羨ましく思います」
二人はそう言葉を交わすと口数も少なく先に進み始めた。