魔導器具により鏡に淡く映し出された周囲の様子を見て、ヴェロニカは目を細めた。
状況を明確に全て映し出せる訳ではないが、戦の全体像は把握出来るとても便利な代物である。
「はじまったわね」
敵である特務機関が動き出したのを見て小さく呟いた。
「すごい魔法。わざわざ地図を出さなくても良いなんて便利だね!」
側に居たエリーゼが水晶玉に映る光景を見て感心する。
とても人懐こく距離が近いのでヴェロニカは若干の苦手意識を感じた。
嫌いではないが、普段他者とそこまで関わらないので慣れない。
「...ちかいわ」
「せっかく知り合えたんだもん仲良くしたいなって」
暗夜の王女は呆れるほど善良だ。その素直さと優しさに軽い僻みを覚える。
素敵なきょうだいに囲まれているエリーゼ。ヴェロニカが手に入れたい幸せを当たり前のように持っているのが癪に触る。
「なかよくなる意味なんて、ないわ」
「そうかなぁ...じゃあ、なんで淋しそうな表情をしてるの?」
「...もとからよ」
エリーゼは友好的だったが相手をしていると疲れるし苛立つ。だって彼女はヴェロニカが気にしている事を悪気も無く純粋な表情で言う。
「エリーゼ、あまり皇女を困らせてはダメだ。私達の契約相手でもあるのだぞ」
「ごめんなさい、お兄様、ヴェロニカさん」
兄に諌められてエリーゼはしょんぼりと肩を落とす。
叱っておきながら妹に甘いマークスは大人しくしているエリーゼの頭を優しく撫でた。
その光景を”忌々しい”とヴェロニカは感じる。彼女自身、本当の気持ちは”羨ましい”なのだが気付いてない。
仲睦まじい暗夜の王子と王女を横目に鏡に向き直る。エフラムは森に特務機関を誘き出してエイリークと挟み討ちするつもりだろう。
事前の打ち合わせで特務機関が森の北側、マークスのいる騎馬隊の近くまで進軍すればマークス、エリーゼが出陣し加勢する手筈になっている。
「あなたたちのでばん、なさそうね。つまんない」
ヴェロニカの見立てではエフラム達に彼等は負けるだろう。異界の英雄は確かに強者揃いだが、その中で世界を救った伝承のある英雄は数少ない。
その数少ない英雄達こそエイリークとエフラムの兄妹であった。
優女王と呼ばれるエイリークは優しさと直向きさで人々を惹きつけ、武人としての側面も持つエフラムは自身の持つ力で人々を惹きつけた。
現にエンブラ兵の中には伝説を持つ英雄達を神の如く思っている者達まで居る。
そんな英雄を憧れ、慕うエンブラ兵の士気は高い。勿論、恐れられている者もいるが、それはまた別の話だ。
「...ヴェロニカ皇女、少し私に自由をお与え下さい」
マップを映し出した鏡をじっと思案気に見つめていたマーカスが、進言する。
「なあに?」
「思うところがあります」
「すきにしなさい」
「ありがとうございます」
一礼するとマーカスは馬に跨り武器を持ち出陣の準備をし始めた。それを見ていたエリーゼがぴょんと跳ねる。
「あ、あたしも一緒に行きたい!戦うのは苦手だけど援護くらい出来るもん」
「...お前を戦場の只中に連れて行く事は出来ない。二度としたくない」
「そ、そんなぁ...」
優しさ故のマークスの素っ気ない態度にエリーゼが涙目になる。
「いいわよ。マークス、その子をつれていって。あたしが観たいのは兄妹の愛。ふさんかはみとめないから」
「ですが護衛の数が減ってしまいます」
「だいじょうぶ、まほうにはじしんがあるの。敵がきたらくびをひきぬいて、ころすわ」
笑ったヴェロニカの表情はまるで少女がするようなものと考えられないほど酷薄だった。
まるで何か恐ろしいものが彼女に憑いているような。
「...解った、行こう。エリーゼ」
「やったぁ!また一緒に戦えるの凄く嬉しいよ!」
エリーゼは気付いてないがマークスはこの時、確信した。ヴェロニカの心は何者かに操られ、狂わされている。と、
◆
「...来たか」
森の出口に槍を持ち佇んでいたエフラムが静かに口を開く。
奥深くに進んでいた様に思えたが、いつの間にか森林地帯を横断してしまったらしい。
つまりマークス達との距離も比較的に近い場所に居る。これが待ち伏せだったら俺達は詰む。
だがそれは杞憂に終わったらしい。エンブラ兵達も見当たらない。
エフラムは一人、俺達を待っていた。
「あそこで臆し、退却するような者達ではないと言う事だな」
やはりエフラムには何らかの意図があったのか。
「エフラム、君は何をさせたいんだ?君のような男が敵兵を見過ごしたり戦場で巫山戯る様には思えない」
「アスク王国の召喚士は話が早いな」
「...やっぱり、そうか。目的があって俺達が君を追うように誘導するような言動をしたんだな」
返答は無かったが、エフラムは不敵に口角を釣り上げる。
理由は全く検討がつかないが、誘いに乗ったのは間違いではなかった様だ。
「そうだ。ふん、人気を払う為とはいえピエロの役は合わんな」
そう言って、苦い表情をするエフラム。
「俺達の土地...、聖魔の異界と呼ばれる場所はエンブラ帝国の支配下にある。あの土地を支配から解放したい。...手を組まないか」
「ヴェロニカ皇女との契約はどうなるんだ!?」
「既に力は示されているだろう。絶望的な状況でも諦めず武器を取った。戦闘技術だけで言えば未熟だが、力を認めるには充分だ。何より、俺が待ち伏せしているかもしれないと解っていて尚、解を求て追って来た。俺個人のヴェロニカとの契約は切れている」
つまり俺達は”勝たせていただいた”と言う訳か。全てはエフラムの計画通り。
殆どズルだと思うくらい豪快だが、こんな契約の切り方もあるのか。
武人の側面ばかり目立つが、軍を率いていただけあって頭もよく回る。ずっと掌の上で踊らされていたのだから。
「エフラムさんが仲間になってくれるなら有難いことこの上ないです。ね、お兄様!」
と、釈然としないアルフォンスの隣でシャロンは素直に喜んでいる。
俺達が最初にエフラムと会った時に逃げていたら力は示されなかったの。純粋に武力で解決する事もあれば強い意志で立ち向かう事で力が示される事もあるのか。
「ああ、それと、ヴェロニカ皇女の事だが...」
そう言ったエフラムの台詞に被るように、馬が蹄で力強く大地を蹴る音が聞こえてきた。
嫌な予感がする。一匹ではない。すくなくとも十数匹居る。
段々と近くなる足音。視認出来る距離までソレは近付いて来た。
マークスが兵を預けられている騎馬隊、並びにエンブラ帝国の歩兵の戦士達。
黒い軍馬に跨ったマークスが逃がさないとばかりに神器ジークフリートを振り上げた。
引け、だとか危ない、だとか言葉を発そうとしたその前に、黒剣が襲いかかる。
瞬間、鉄と鉄がぶつかり合う音。
見ればエフラムがマークスのジークフリートを受け止めていた。
強い衝撃波が木々を騒つかせる。
怯むどころか不敵な笑みを浮かべてエフラムはマークスと向き合う。
「速かったな」
「やはりこうなったか...」
俺達を冷たい瞳で見下しながらマークスが口を開いた。