烈火の異界、霧にけぶる魔の島ヴァロール。その異界の廃墟に仮面の魔導騎士の男が一人、訪れていた。
壁を覆い尽くすように並ぶ本棚や、床に散らばった魔術書を見るにかつての居住者がエレブ大陸の古代魔法を使う魔道士である事が伺える。
壁に掛けられた色褪せた絵画には竜と寄り添う人間の姿が描かれていた。エレブ大陸では『今』男の居る時代から千年前ほど昔、人類の侵略により竜人の殆どが死に絶えている事からかなり古い時代の絵である。
後に人竜戦役と呼ばれる神々がまだ人間の近くにいた大昔の話だ。何故、人間が竜に対し侵略を行なったのかその謎は明らかになっていない。
男はその人竜戦役に関わっていた伝説の英雄の情報を得る為に、エンブラ帝国の支配下にある烈火の異界へと訪れていた。
「隠者ブラミモンドの書...、やっと見つけた」
床に落ちていた古めかしい本を拾い上げ、男はほくそ笑む。
ブラミモンド。人竜戦役の時代に神々から賜った神器を手に魔竜に挑んだとされる八神将の一人。『黙示の闇アポカリプス』を持つ、伝説でも謎の多い人物。
伝説では”他人を移す鏡”とも称されている。烈火の異界で得た情報では古代魔法を極めた故に自我を無くしたとも言われる。
人であったかも定かではない。
エレブ大陸で使用される魔法はアカネイア大陸やバレンシア大陸の魔法とは異なる。
通常の魔法、自然魔法と呼ばれる”理”魔法ですら求め過ぎれば人でありながら人の道を外す。
そして古代魔法は強力な力があるものの、自身に取り込む”闇”に屈した人間を廃人に至らしめるほど心を蝕む。
力と闘争を求め神器アルマーズと精神を同化させてしまった八神将トュルパンの存在や、人間との戦争に勝つ為に心を奪われ同じく心の無い戦闘竜と言う生き物を生み出す魔竜と呼ばれる存在になった神竜の娘の伝承から、エレブ大陸に残る精神に作用する魔術について男は期待していた。
暫く男は古びた本をパラパラとめくっていたが、やがて笑みは失望の表情に変わり本を閉じた。
「彼の国の王族は神の血を引く、邪悪な神、血に憑く神は王族の肉を統べる...。神に抗う事は出来ない...」
諦念と怒り混じりの声。
誰にも届く事はない独り言。
「王喰らいの邪悪、翼持つ破滅、原初の悪魔...、その神の名は...」
男は自分、そして愛する妹の血に憑く忌々しい呪いをなんとしても解かねばならい。
だが心を取り除く方法があっても奪われゆく自我を取り戻す方法は烈火の異界でさえも見つける事は出来なかった。
戦闘竜にしても、心を持った者の記述など無かった。魔竜に関しても伝承は途中で途切れ、最終的にどうなったかなど不明である。
これはバレンシア大陸で邪悪なる神ドーマに魂を捧げられて”魔女”と呼ばれるモノ達に転生した娘達も同じで、救う手段は一つの特例を除いて存在しない。
結局、此度の旅も無駄足であった。
廃墟を出て異界の空に浮かぶ月を見上げる。
思い浮かぶのは妹のヴェロニカの淋しそうな表情。
そんな表情を妹にさせてしまった事に男の胸は痛む。が、彼女の未来を、彼女自身を救う為に諦める事は出来なかった。
こうしている間にも男の精神は流れる血に憑く呪いに蝕まれているのだ。
総てが手遅れになる前に、男は歩み続けなければならない。