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俺を迎えたのは埃っぽい自分の部屋の澱んだ空気、ではなく。青々とした葉が茂る外の爽やかな風だった。空は青く高く何処までも澄み渡っている。
「は...?」
夢にしては唐突で、現実感があった。地を踏む靴の感触も、鼻孔を擽る緑の葉の匂いもハッキリと感じれる。
アパートのドアを開けたら見たこともない景色が広がっていた。訳がわからない。
思考停止していると不意にコンビニ袋をぶら下げている左手が見えた。そこで更に俺は驚愕する。
コンビニ袋だったものが、ゴテゴテとした白い銃の玩具のような物に変わっている。冗談はよしてくれ、あの中に財布を入れてしまったんだぞ、最悪だ。
「儀式は成功したのね」
ショックで小刻みに震える俺の背後から女性の声が聞こえた。何も考えずに振り向いて、今日一番、いや多分人生で驚いた。
服装こそ見知らぬものだが、燃えるような紅い髪をサイドに纏めたその女には見覚えがある、
「アンナ...、」
昔、夢中でプレイしていたゲーム...、ファイアーエムブレムの登場人物だった。
女性、いやアンナは自分の名前が呼ばれた事に少し驚いた素振りを見せたが険しい表情に戻り俺に語りかける。
「あなたが、召喚士...。儀式は成功したのね...。...来てっ!!」
そう言うやいなや未だ状況が解らない俺の腕をひっ掴み駆け出した。
以外と力がある。半ば引き摺られるようにアンナの後ろをもつれる足で追う。
「ここ、どこです、か...?」
「後で説明するわ!とにかく来て!!」
ブラック時代の女上司の事もあり、情けない事に強く相手に出れない。
それにアンナには有無を言わせない気迫があった。
今が例え夢の中でも彼女に従った方が良い。
走る途中、遠くで甲高い鉄が擦れ合う音や爆発音、幾人かの人間の叫びとも怒号ともとれない声が聞こえてくる。
まさかとは思うが、戦闘をしているのか。こんな綺麗な場所で。アンナは俺を何処に連れて行こうと言うのか、一抹の不安が頭を過ぎる。
不安丸出しの表情で走るアンナの横顔を見たら目が合いウィンクされた。
「大丈夫、私達はあなたに危害を絶対に加えない」
口の端に笑みまで浮かべて言うアンナを見て、俺は小さく頷いた。
「アルフォンス!」
暫く走ったあと、大きな木の陰と茂みに隠れていた剣を持った青年にアンナは声を掛けた。
そこでやっと足を止める。アンナは息一つ乱れてないが俺といえばバテていた。身体をあまり動かしていない証拠だ。
アルフォンスと呼ばれた青年は俺の知るファイアーエムブレムの登場人物ではなかった。
彼は俺を見た後にアンナを見て、小さく頷いた。険しい、というか決意を秘めた凛々しい表情をしている。
「あんな隊長、無事で良かった。...儀式は成功したんだね」
「ええ、いにしえの伝承通り、神器ブレイザブリクを携え英雄を撃ち放つ召喚士に違いないわ」
そう言ってアンナが俺が手に持つ銃の玩具を見て言う。神器に英雄、召喚士...。なるほど久しぶりに青臭い夢を見たものだ。最近はめっきり見る事もなくなっていたのに。
こう言う夢は学生の頃に散々夢想した。荒唐無稽な剣と魔法のファンタジー、学校にテロリストが押し入って来た時に戦う夢。
妄想もしたし実際に寝ていて冒険をした事もある。いつも良いところで目が覚めたり確信に届かなかったりていたが...、どうせ夢の中の話なら楽しみたい。
どうやら今回は昔よくやっていたゲーム、ファイアーエムブレムの世界で英雄をしているらしい。今までに銃なんて近代的な武器が出た事もないしなんとも雑な設定だ。最も夢の話らしいっちゃらしいが。
「はじめまして、君が異界の大英雄だね。僕はアルフォンス、君はの名前は...?」
一人で納得していたらアルフォンスが話しかけてきた。白いマントに黄金の鎧、首には金翼の飾りがこしらえてある。よく見ればアンナも似た様な姿をしているし、同じ組織の人間だろうと言う事は簡単に想像出来た。
「俺はエクラ。まあ、大英雄ってほどでもないぜ」
カッコつけた普段は言わないような言葉の言い回しに照れて気持ち悪い笑みが滲みそうになる。
だがこれで良いのだ。どうせ夢の中なら普段やらない事もやってしまう。面白い夢ならばとことんノッてやろう。そう、子供の時に想像した英雄みたいに振る舞ってやる。
腰に手をあてブレイザリクを持ちポーズをキメた。
側からみたら少しばかり痛々しいカッコつけたポーズを見てもアルフォンスは笑う事なく真面目な顔をして語る。
「いや、君は大英雄で間違いないよ。数々の世界を英雄と共に救ったことのある大英雄。そうでないと儀式で呼べない」
「数々の世界を救った英雄?」
俺は訝しげにアルフォンスの言葉を反復する。世界なんて救った事ないぞ。まあいっか。いよいよファンタジー色が強くなってきてワクワクする。
「ええ、あなたは世界を救ったことがある。私達は知っているわ。貴方がその手で時に孤独に、時に仲間たちと何度も世界を救ったこと。どんな困難にだって何度も立ち向かって乗り越えたこと」
更にアンナが語る。その表情は少し険しい。
...確かに、こども、学生の頃はゲーム三昧で世界を救う系のゲームもやっていた。ファイアーエムブレムもその一つだ。特にやり込んだ。
そういう意味では確かに俺はコントローラーを持ち数多の世界を救ってきたのだろう。それこそ、強い敵が現れた時も諦めずに立ち向かい勝利を収めてきた。このコントローラーを握った”両手”で。
もしかしてアンナはその事を言っているのだろうか。それとも適当な事を言っているだけの偶然かもしれない。
何れにせよ、そう事を言われて悪い気はしない。俄然やる気が出てくる。消えかけていた心の熱が灯るような気がした。
そうだ、サクッと夢が醒めるまでに戦争を終わらせて平和を勝ち取ろう。子供の頃、そうしていたように世界をまた救っちゃおう。
「君に自覚が無くても、呼び声に応えてくれた。君がここにいる事が、君が英雄である証だ」
と、アルフォンス。
なるほど儀式で呼ばれたから俺が召喚士として元コンビニ袋財布入りの現神器ブレイザリクを携えてやって来たというのか。
起きた時に財布を何処かに落としたとか、そういう夢の暗示じゃなきゃ良いが。
「エクラ、僕達を助けてくれるかい?」
アルフォンスは真っ直ぐに俺の目を見て語る。迷いのない綺麗な瞳だった。
「君じゃなきゃダメなんだ、君じゃなきゃ出来ない」
アルフォンスの言葉に胸が脈打つ。そんな事、長い長い間、もしかしたら誰にも言われた事がない。
『代わりはいくらでもいるんだからね』
『アイツは居なくても問題無い』
過去に言われた言葉を思い出す。真っ暗な冷たい言葉。身体から力を奪い、心臓が痛くなるような刃物のような言葉。
その嫌なもの全てを押し流すほどにアルフォンスの放った言葉は俺の心をうった。
ずっと言って欲しかった。肯定して欲しかった。夢でも構わない。そんな言葉をアルフォンスは真摯な態度で言うものだから、
「何をすれば良い」
拒否する理由も無かった。
肯定の返事にアンナは安堵したのか肩を撫で下ろしている。
アルフォンスは緊張を解く事なく広がる草原、その向こうを指差した。
「今、僕達アスク王国の土地にエンブラ帝国という国が攻め込んで来ている。彼等を追い払いたい」
「なるほど、アスク王国とエンブラ帝国...?」
「そうか、この世界の事を君はまだ知らないんだね。偵察に行っているシャロンも心配だし、合流してから説明するよ」
そう言うとアルフォンスは自身が指差した方角に剣を携えて歩き出した。
もう争いが起きているみたいだし、あまり悠長に事を話している余裕が無いのだろう。
彼に続き、アンナと俺も後を追う。