薄ぼんやりとした思考の中で、声が聞こえる。
『今度は絶対、逃ないでね』
夢ならここで醒めるべきだ。
掛けて貰いたい言葉を貰い、救いたい人を救い、それでおしまい。
目が冷めればあの澱んだ空気の灰色の部屋が待っている。
だがこれは本当に夢の中の話だったのだろうか?
笑っちゃうくらい非現実的な事に拒否して夢だと思い込みたかっただけではないのか?
高い所から落ちる夢を思い出してみろ。いつだって落ちた瞬間に目が覚めた。
だがこれはどういう事だ。遠くでアルフォンスが叫ぶ声が聞こえるし、芝生の匂いも硬い地面の触り心地もちゃんと感じる。
あんなに強い衝撃を受けたのに、一向に世界は現実に還らない。
これは現実だ。ここは現実だ。夢だと思い込む事で無謀な行動も出来ただけ。
ここに感じる痛みは、香りは、音は、感覚は全てリアルで確かなものだった。
意識がはっきりとしてきた。夢ではない、この世界で起こった事。全て、現実だ。痛覚が全身で訴える、これは夢では無い。
「その男が、アスク王国の召喚士か...」
馬の蹄が大地を蹴る音が聞こえる。そしてアルフォンスでは無い第三者の男の声。
なんとか起き上がると、俺を庇う形でアルフォンスが仮面の騎士に剣を向けていた。
知らない男だ。今までファイアーエムブレムをやっていてあった事の無い魔導騎士風の男。
「エンブラの兵か...!?だったら容赦はしない」
「やめておけ、今戦えば無駄死になる。折角手に入れた召喚士をアスク王国も失いたくないだろう」
「何のために僕達を襲った。今の魔法はエクラを狙ったものだろう」
「ああ、そう見えたか。まあ、良い。少し刺激を与えただけだ」
男の黒い羽を模したマントが風に靡く。その姿はまるで鴉を連想させる。
あの男、俺に何かしたのか?アルフォンスが殺気も何も感じていなかったし本当に戦うつもりで攻撃した訳ではなさそうだ。
「この奥の地にエンブラ帝国の召喚士であるヴェロニカ皇女がいる。...せいぜい【門】は大切に閉めておくんだな」
それだけを言い残すと男は颯爽と馬を駆り立ち去る。
奴の姿が見えなくなるまでアルフォンスら警戒し様子を伺っていたがやがて剣を下ろし俺に向き直った。
「大丈夫だったかい?彼奴、突然魔法みたいなものを放って突き飛ばしてしまったけど」
「な、なんとか...」
「豪快に転がっていて大怪我させたんじゃないかと焦ったよ」
どうやら俺を襲う全身の痛みはアルフォンスが原因らしい。まあ、仕方ないよな。戦士らしく実に力強い。
それにしても本当に現実なのだ。本当にファイアーエムブレムの世界に今、居るのだ。
錯乱せずに受け入れられるのは薄々自分でも夢だと思っていたからか、あの目が醒める様な光のせいか、この現実的な痛みのせいか。
自分でも驚くほど以外とすんなり、あっさりこの異常な妄想のような現実に馴染んでいる。
「どうしたんだい?」
「いや...」
「お兄様ーっ」
ブレイザリクを握っている手を見つめていたら不思議そうにアルフォンスが問う。
どう答えたら良いかと悩んでいると底抜けに明るい少女の声が耳に飛び込んできた。
案の定、声のする方向を向けば槍と盾を持ちながらも軽快にこちらに向けて走ってくるシャロンと、その後を追うアンナの姿が見える。
白い衣装がところどころ汚れ、土埃で顔を汚しているが元気そうでなりよりだ。
「すごいです!もう英雄さんと仲良くなっちゃうなんて」
「ああ、ミネルバ王女と合流したんだね」
「はい。ペガサスナイトの方々も力になってくれるそうです」
嬉しそうに話してくれるシャロン。彼女が居るだけで場の空気も明るくなる。
対してアンナはまだ緊張を解かない。
「ここら辺一帯のエンブラ兵は去って行ったけとまだ脅威が消えたわけじゃないわ」
「ああ、そうだ。その事なんだけど、見知らぬ男がいた。装束からしてエンブラ兵だと思うんだけど」
先程の魔導騎士よ事か。アルフォンスは気難しい表情をする。
「...この奥の地、アスク王国の扉がある場所にエンブラ帝国の召喚士が来ているらしい」
「何ですって!?それは本当の事なの!?」
アルフォンスの言葉にアンナが驚きと焦りが入り混じった大きな声を出す。
「特務機関の仲間達が門の守りについているけれど、召喚士自ら英雄を率いて攻め込んで来たのなら、不味いわ」
「で、でも罠かもしれないんですよ!?」
「...行くしかないよ」
シャロンの心配ももっともだが、門と仲間が危機にあるかもしれないのに放っておく事も出来ないだろう。
先程の戦闘で疲弊をしているが、アルフォンスは決断する。
「確かに罠かもしれないけれど、それ以上に門を放っておけない。それにあの男...、どうしても敵に思えない」
「うん、警戒しながら行こう」
あの魔導騎士が敵ではないというアルフォンスの意見には同意する。わざわざ門まで誘き出すより、戦力が分断された状態を叩いた方が遥かに有利だ。
「そう、貴方達の判断に従うわ私。早くミネルバ王女達と合流して進みましょう」
アンナは少し焦っているようだ。守備に当たっている特務機関の兵士が心配らしい。
自分も疲弊しているのに他人の事を思えるなんて。
『立場が下の人間は絶対に従うべきなの、アンタ達が出来ない事をアタシは出来る。消費物の癖に口を開くな』
俺の知る上司は保身しか知らなかった。
アンナを先頭に彼等は門へと歩みだす。
ハッキリと現実を感じるようになった今、正直また戦場に行くのは怖い。
刃の前に躍り出るなんてもう出来ないだろう。
進みたくない、逃げ出したかった。だが...、
だが、ここで逃げては前と同じだ。自分を守る為だけに逃げ出しても待ち受けるのは期待を裏切り責務を放棄した現実だけだ。
もう二度度そんな事はしたくない。これ以上、クズにはなりたくない。行かなければいけない。
今度はちゃんと現実と向き合って、進みたいと思った。自分を求めてくれた特務機関の面々と。
怖気付く心を置いて、俺も彼等と共に先へ進む。