少女が立っている。シルエットは少女なのに口から這い出る声音は野太い男のものだった。
「嘘つき」
憎悪に燃える罵倒。
そうだ。俺は、俺も、非難されるべき人間なんだ。
学校の教室の中で俺は〆切が近いプロジェクトの書類を纏めていた。
子供の頃からゲームが好きだった。何度でも困難に立ち向かう人達が好きだった。
だから勇者達にはなれないだろうが、頑張る人達の役に立てる仕事をしたかったのだ。例えるなら道中の街にある鍛冶屋や道具屋のオヤジ。
きっと戦う人には武器が必要だから手段が必要だから、彼等の為の仕事がしたい。
『私は反対です』
若い女の声。
その言葉に反応したのも女性の声だった。
『前任を任されていた方の意見を無碍にする事は出来ません。確かに我が社に莫大な利益が入るかもしれませんが、今まで私達の商品を愛用し信用ていた顧客の期待に応じれるものではない』
『...死んだ人間にいつまでしがみついてんの?アタシ達は充分利益上げたし、アタシが正しいから出来たんだ。あのオッサンの手柄じゃないもん』
『瞬間的な収益にしがみつく事が、前任の方々が築き上げたものを壊してまで大切でしょうか』
『はぁ、アンタ何様なの?平社員のくせに口出ししないでよ気分悪い。あーっ、ほんっと一部の性格悪い奴等がゴネててウザい』
『......』
『ねえ、江倉くんもそう思うよね』
『そうですね』
『あーあ、この会社本当は入りたくなかったんだよな。モンスタークレーマーも多いし、あの馬鹿客の吠え面見てみたい。アタシ等が居ないと何も出来ないのに口だけは立派でさ、ムカつくよね』
『はい』
俺は誰かに必要とされたくて、子供の頃から夢だったこの仕事に就いたんだ。
嬉しかった。嬉しかったのに。
喜びは一つも感じない。
気付けば『反対します』と言った女は何処かに行ってしまった。
姿形もなく消えてしまった。
「許さない」
彼女が居た場所に少女のシルエットが立つ。
『僕もこういう泥臭い仕事は好きじゃないだよね』
『解ります〜』
『どうせなら私達の好きなようにやりたいですよね。ほらぁ、古いやり方は受け入れられませんって』
『やっぱり現代風に自分達の手で作り変えてあげないとな』
『そうですね』
結局、自分も他人を責めれるような立場では無い。
保身の為に同僚を売り、上司に媚びへつらい、挙げ句の果てに耐え切れなくなって中途半端に一人で逃げ出した。
「今度は逃げるなよ」
はっきりと声が聞こえた。少女の方を向けばその貌がよく見えた。
それは憎悪と憤怒によって醜く顔を歪めた老婆だった。
×
夢だ。
目が覚めた瞬間に飛び込んで来たのは自分の部屋の天井ではなかった。
嫌な夢を見た。詳細はもう遠く霞んで思い出せないが、化物に責め立てられるような気味の悪いものだった気がする。
お陰で喉がカラカラに乾いていた。
ゆっくりと横になっていた硬いベットから起き上がる。煉瓦造りの洋風な建物の一室のようだ。
壁側の質素な机の上には、あの神器と言われていたブレイザリクが置いてある。
テレビのヨーロッパの紹介映像はどで似たようなものを見た事がある。
「うわっ...、あっ...」
「はっ、おはようございます」
部屋をキョロキョロ見回していたらシックな白い服を着ている女の子が椅子の上でうつらうつらしていてつい声を上げてしまった。
よく見たら髪を下ろしたシャロンだ。びくっと身体を震わすと起きてしまったらしく、きりっとした返事をされる。
「...あ、エクラさん。気付かれたんですね。特に外傷はないみたいだったんですがお疲れのようなので特務機関のお城に連れて来ました」
「ありがとう...アルフォンス達は...?」
「お兄様は今回の侵略の報告書を、アンナ隊長は武器のチェックに行っています。私は特にする事がないのでエクラさんを看てました。寝ちゃったんですけど」
シャロンは笑っているがうら若い女の子が倫理観的に出逢ったばかりの男と同じ部屋に二人きりという状況は大丈夫なのだろうか。
信用されついるからだと思うとこにしよう。
倫理観と言えば、一つ気になることがあった。
「...毎回、あんな危険な場所に君も行っているのか」
「ええっと。エンブラ帝国との戦いの事ですよね。私もアスクの王族ですから、皆さんの力になりたいんです。扉を開く事はアスク王族にしか出来ませんし」
「えっ、待って、君達って王族だったの!?」
さらりとシャロンが聞き捨てならない事を口にした。確かに二人とも高貴な雰囲気を醸し出していたが、まさか特務機関の人間が王族とは。
「私達も早く戦争を終わりにさせたいんです。でもエンブラの皇帝は全然話し合いをしてくれなくて。いつになったらちゃんとした外交を行ってくれるんだか!!」
頬を膨らませてぷんぷんと怒るシャロン。表情がころころ変わってとても面白い。
「あ、感情的になるなってアンナ隊長によく注意されるんですけど。二人だけの秘密ですからね」
「わかった」
頷くと同時に俺の腹がギュルギュルと鳴る。そう言えば昼飯も食いっぱぐれていたっけ。
シャロンにも聞こえていたのか、彼女はふふっと小さく笑う。
「まだ外は暗いですけど、何か食べます。保存用の焼き菓子くらいなら厨房にあると思うんで一緒に行きましょう」
喉も乾いているし、それは素晴らしい提案だと同意する。