錬金術師世に憚る   作:みずのと

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あけましておめでとうございます。

えりのる様、鳥瑠様、ジャックオーランタン様、シキ様、誤字報告有難うございます。


第9話 覚醒

 

 ニグン・グリッド・ルーインは眼前の闇妖精(ダークエルフ)を見据える。

 

 見た事も無い意匠をこらした魔導服。

 金色の髪、褐色の肌、碧色の瞳は、同性であってもなお強く惹きつける魅力的な容姿をフードの下から覗かせている。

 単に容姿が整っているというだけでは無い、どこか作り物めいたものすら感じさせるその存在にニグンは震える。

 

 そして圧倒的な戦闘能力。

 部下達を失った先程の戦闘では、彼はその場から一歩たりとも動いておらず、息一つすら切らしていなかった。

 行使する魔法はすべて規格外。

 人間には到達出来ない第七位階魔法によって現界した天使を一撃の下に葬り去った。

 一部の魔法は森司祭(ドルイド)系のそれに似ていた気がするが、それもまた自らの知識には無いものであった。

 

 恐怖。

 

 先の戦闘――否、蹂躙をもって、ニグンはヘルメスと名乗る闇妖精の持つ力に恐怖し、自らに課せられた任務の事など完全に忘れ去り、頭を垂れた。

 

 捕虜として捕縛され、彼と一度離された事で冷静となり、ふと一つの考えに思い至る。

 彼の力はただの闇妖精のそれでは無い。

 では彼は何者か?

 逸脱者と呼ばれる存在すら霞む程の存在。

 スレイン法国では、その様な存在をなんと呼ぶか。

 

 それは神人、あるいは神――ぷれいやーと呼ばれる存在。

 

 ニグンはその考えに至った時、全身から汗が噴き出した。

 もはや、自分を取り囲んでいた王国の兵士達の存在など些末な問題であった。

 確かめなくてはならない。

 彼は一体何者なのかを。

 そして見極めなくてはならない。

 自分の行動が祖国の、人類の行く末すら大きく左右するという可能性。

 ニグンの瞳に一度は失われた光が差す。

 

 そして今、当の闇妖精はつまらなそうに此方を眺めているのであった。

 ニグンは息を飲み、声を絞りだした。

 

「……貴方様は神人……いや、ぷれいやーではあらせられぬか?」

 

 ヘルメスの瞳が大きく見開かれた、ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(何を言っているんだこいつは。気持ち悪いな)

 

 ヘルメスはいきなり呼びつけたかと思えば、急に口調が変わって質問を浴びせかけてくる男に思わず顔を引き攣らせる。

 口調こそ丁寧だが、先程ボコボコにされた相手に、挨拶もなしにいきなり質問とは本当に肝がすわった男である。

 

「シンジン……ってのは何の話か分からないですね。ぷれいやーっていうのは……ひょっとしてユグドラシルプレイヤーの事を言っているのでしょうか?」

「……」

 

 ヘルメスは質問に質問を返した形であったが、それだけで何かを察したのか、ニグンの目が大きく見開き、もともと白かった顔色がさらに蒼白くなっていくのが見て取れた。

 ニグンはしばらく無言でヘルメスを見つめた後、ゆっくりと瞳を閉じてから重々しく口を開く。

 

「……まずは謝罪を。私には特殊な魔法が掛けられております……尋問等の特定条件下で質問に三度答えると自害する、というものです。ですので、こちらから一方的に話をする形になりますことをお許し下さい」

 

(そりゃもう魔法というか呪いだよ。怖いなこの世界)

 

 溜息をつき、了解と手を振ったヘルメスは思案する。

 ここに来てようやく突っ込んだ話を出来そうな人物と接触できた訳であるが、彼に「どこまで話すべきか」を考える必要があった。

 国家機関に深くかかわっている人物に、此方の無知を晒すのは危険でないだろうか。

 

「……そして先程は失礼致しました。このような形で貴方様――ヘルメス様と出会ってしまったこと、不幸な擦れ違いではありましたが、伏して謝罪を申し上げます」

 

 思案の間もニグンは別人の様に丁寧な口上を述べ、手足が拘束されていながらも器用に頭を下げる。

 正直に言って不気味である。

 何故この男は急に態度を変えてこちらに遜ってきたのであろうか。

 ヘルメスは情報を得る絶好の機会には違いないと思う反面、あまり踏み込んだことを聞くのはまずいのではないかとの思いが強まる。

 

「ユグドラシルプレイヤーというのは合っていますが、他言は無用に願います。……この世界に、私の他にユグドラシルプレイヤーはいるのですか?」

「……おぉ!やはり!……貴方様は……」

 

(話聞いてんのかこいつは)

 

「し、失礼しました!……おります。正確には()()()()()。……かつて人類を救い祖国を建国した六大神。世界を堕とした八欲王。魔人を討伐した13英雄の一人……他にもいくつかの例がありますが、代表的なのはこの3つです。いずれも100年の周期でこの世界に突如として現れ、時に救いを、時に混沌を齎す……そんな存在であると、私は聞き及んでおります」

「え、ちょ」

 

 ヘルメスは戸惑った。

 質問に三度答えると死ぬ、そうニグンは言っていたはずである。

 ならば二回までは答える事が出来るのであろうが、まさか本当に答えるとは思っていなかったのだ。

 ニグンの顔を凝視していたヘルメスが何を知りたがっているのか悟ったのか、ニグンは静かに語りだした。

 

 六大神の起こした奇蹟とスレイン法国の建国。

 八欲王の出現と、六大神の一柱スルシャーナ殺害、竜王達との大陸全土を巻き込んだ大戦争、そしてその末路。

 六大神の従属神が堕ちた存在である魔神の出現と、それを討伐した13英雄。

 

 ヘルメスに質問させる事の無い様、ニグンは己の知る限りの情報を事細かに説明する。

 それは600年もの歴史物語――スレイン法国から見たこの世界の歴史そのものであった。

 正直に言えば、メモを取らせて欲しい所であったが、そんな恰好の悪い真似は出来ない。

 

「……少し待ってください」

 

 時間にしておよそ2時間は語ったであろうか、淀みなく話をし続けたニグンに手を翳し、ヘルメスは話を中断させる。

 内容を整理する時間が欲しかったが、それ以上に聞き捨てならない情報があった為だ。

 

(……これは……思ってた以上にやばい世界だな。プレイヤーキルなんて楽観的に言ってられんぞ)

 

 話を聞いていて特に引っかかったのが、六大神スルシャーナを八欲王とやらが殺したという部分だ。

 

(もし仮に転移してきたのが、全員ユグドラシルプレイヤー達だったとして同じプレイヤーを殺した?……この世界に来て気が大きくなったのか、もしくは俺みたいにゲームの延長みたいなイメージでやっちまったのか……。……おそらくは前者か)

 

 この世界の住人達が悉く脆い存在である事は、既にヘルメスも知っている。

 もし、自分と同じように圧倒的な力を持った状態でこの世界に転移してきたなら……万能感から現実世界ではやらない様な蛮行もやってのけてしまうのかも知れない。

 もちろん現在のヘルメスにそんな気は全くないが、いずれ自分もそんな思考をするようになってしまうのだろうかとふと不安に駆られた。

 そして、自分を覗き見ていたあのアンデッドは一体どちらなのだろう、とも。

 

「……つきましては、ヘルメス様。先の戦闘は不幸な遭遇戦……謝罪の意味も含め、どうかこのニグンと共に我が法国に来ては頂けませんでしょうか」

「はぁ?今の話の流れでどうして俺があんたの国に?」

 

 突然の国への招待に、普段のロールも忘れて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 そもそもニグンは捕虜の筈である。

 更に言うのであれば、不正に他国に侵入し村人を惨殺した部隊の長である。

 その彼が、どうやってヘルメスを連れて国に帰る等と言えるのか。

 ヘルメスが顔を顰めてニグンを見やると、先程までの冷静な語り口からは一転、彼の瞳には狂気にも近い光が宿っていた。

 

「貴方様は偉大なる六大神と同じ地から参られた、ぷれいやー!そうなのでしょう!?どうか!我々人類をお導き頂きたいのです!」

「……八欲王と同じ地から来た、とも言える筈ですが?」

「いえ!もし貴方様がかの八欲王に類する存在であるならば、私は既にこの世にはいないでしょう!私が今こうしてヘルメス様……否!『神』と対話をさせて頂いている……この状況こそが貴方様の慈悲深さの証明!あぁ人類を守る為には導き手が必要なのです!」

 

 ニグンが口角から泡を飛ばし、発狂とも言える形相で叫ぶのを見て、逆にヘルメスは少しばかり冷静になる事が出来た。

 そして、先程から感じていた違和感について尋ねてみることにする。

 

「……貴方は人類救済を国是とするスレイン法国に在籍し、人類救済の為の任務に就かれている……そうでしたね?」

「……」

 

 ニグンは雰囲気が一変したヘルメスに驚愕したのか、はたまた質問に答える形になるため躊躇したのか、押し黙る。

 

「では何故、王国の村々を焼いてまわったのでしょうか?彼らもまた救済すべき人類ではないのですか?」

「……それは」

「答えなくても結構。国家規模で動いている貴方達のことです。長期的にはそれがより多くの人類を救うことになる……それだけの価値があの戦士長にはある……という事なのでしょう」

「……」

 

 ニグンの瞳が暗く濁る。

 神の怒りを買ったのか、見放されたのか、と。

 焦る。

 ニグンの心臓は早鐘を打つ。

 下手を打ってはいけない。

 今回の遠征は、王国の辺境の地における、王国の帝国への併合という布石の為の、取るに足らない任務の筈であった。

 しかしそれは失敗に終わり、祖国からの粛清か救援を待つのみであった筈のニグンの前に、奇蹟が起きたのである。

 『(ぷれいやー)』が現れたのだ。

 部隊が全滅したのも、自身のプライドを砕かれたのも無駄では無かったのだ。

 すべては必然。

 そう、この瞬間の為。

 神と対面し、祖国へと招致する為。

 ニグンはまるで天啓を得たかのように心に光が差すのを感じていた。

 

「幼稚と思われるかも知れませんが、人類救済のために何の罪もない同じ人間を虐殺する……そんな国を私は信用出来ません」

「それは違います!神よ!違うのです!」

「……違う?」

 

 ヘルメスの目がやや細められる。

 そこにどんな感情が宿っているのか、もはやニグンに察することは出来ない。

 

「彼らは()()()()()のです!人間は脆弱な存在なのです!であるならば、より強く盤石な国を築く必要がある!その為に必要な犠牲だったのです!」

「……無茶苦茶だなぁ。ニグン殿、一度落ち着いて――」

 

 ニグンは止まらない。

 ここで引き下がる訳には行かない。

 神は今、目の前にいるのだから。

 

「強き国が導いてやらなければならない!それが我が法国なのです!辛い選択を迫られる事もあります!しかし誰かがやらねば!人間を守るために!」

「……」

 

 神は沈黙する。

 何故なにも仰って下さらないのか。

 言葉が足りないのか。

 

「亜人や異形種共はどうですか?奴らは野蛮で残虐だ!いつの日か奴らを根絶やしにする為にも!強くなる必要があるのです!」

「……」

 

「この国の人間共は怠慢なのです!我らは方々に出向き、亜人や異形種共と戦いしのぎを削る中、国を発展させるどころか貴族共は私腹を肥やす始末!」

「……」

 

「正しい方向に導いてやらねば!出来ぬ者を切り捨て、より強く正しい国になる様、だからこそ――」

「……もういい」

 

「神よ!我々と共に――」

「……」

 

 

 

 ずしん、とヘルメスの足元を中心に床に亀裂が走る。

 

 

 

「もう結構」

 

 ヘルメスの低い声が倉庫内に響く。

 ニグンは呆けた様に口を開いたまま、ヘルメスの顔を覗き見る。

 ぎらついた碧眼は、視線だけで殺せそうな鋭さでニグンを捉えており、そこにあるのは明確な敵意であった。

 

「同族を殺してでしか得られない程度の力など知れたもの……。そんなくだらないものに興味がわくはずもないでしょう」

 

 ヘルメスはニグンの持論に無性に腹が立っていた。

 もしかしたら、現実世界における富裕層による支配構造とダブらせていたのかも知れない。

 『人類を導く』など、まるで神にでもなったつもりなのであろうかと。

 そういうのはせめて()()()()()()()()()()()()が言うべき言葉であろう。

 

「か……お待ち……を」

 

 ヘルメスはもはや何も語らずに倉庫の扉に踵を返す。

 

 ニグンの呼吸が浅くなる。

 神が行ってしまう。

 引き止めなければ。

 なんとしても、法国にお連れしなければならないというのに。

 

「お、お待ちください!私の言葉がお気に障ったのなら謝罪を致します!どうか!このニグンをお連れ下さい!」

「……この期に及んで」

 

 殺してやろうか――と、つい先程までは傲慢にはなるまいと考えた事など忘れて口走りそうになる。

 どうにもこの世界に来てから感情のコントロールが難しい。

 

「私は特殊な『タレント』を持つ神官であります!必ず御身の役に立つことをお約束いたします!」

「……タレント?」

 

 聞きなれない言葉に、つい振り返る。

 涙を流し、初対面時のあの厳めしい顔つきは何処へ行ったのかという程崩れてしまった顔のニグンと目が合った。

 

「は、はい!ご存知ない……でしょうか?生まれ持っての異能と言いまして……私の場合は『召喚モンスターを強化する』というものなのですが」

「……はあ。それは面白い情報ですが――」

 

 そう言いかけた途端、ヘルメスの右手中指に鈍い熱が走った。

 

「何?!」

 

 咄嗟に左手で右手を抑える。

 見れば、右手中指につけた指輪――世界級(ワールド)アイテム『賢者の石』が光を放っていた。

 

(何だ?何が起きている)

 

 混乱の中、視界が暗転し、ヘルメスの頭の中に突如として()()()()情報が流れ込んできた。

 一瞬、状態異常攻撃でも食らったのかと思う程の衝撃があったが、やがてソレは意味を持った情報として頭の中に落とし込まれていく。

 

 

 

 『錬金術を極めた者が持つことで真価を発揮する。魂をも生み出す奇蹟の万能石は、術者に未知の理を授ける』

 

 

 

 それは『賢者の石』のフレーバーテキストであったのだが、ゲームとは違い文字として見れない為、イメージや概念として伝わってきた。

 意識がまるで濁流に投げ出されたかの様に、かき乱され、思わず頭を抱える。

 立ち眩みが起き、ヘルメスはたたらを踏んだ。

 

(何で今?装備した時には何も無かったのに……)

 

 続けて、指輪の扱い方に関する情報が流れ込んでくる。

 この世界に来て、念じるだけで魔法が使えたように、亜空間(アイテムボックス)からアイテムを拾い上げられる様に、まるで初めからそうであったかの様に、ヘルメスの身体に指輪の使い方が備わる。

 

(あぁ……そうか。未知の理……『ユグドラシルには無い』知識。それが――)

 

 現実では数秒、しかしヘルメスの感覚では数十分に及ぶ意識の混濁を経て、ようやく世界の揺れが収まった。

 自身の息が荒くなっているのを感じる。

 顔中から、脂汗がにじみ出ていた。

 

 右手を見やると、指輪は未だ鈍く光っている。

 ヘルメスは一度深呼吸をした後、ニグンの下に歩み寄るとその額に触れる。

 

「か……神……?」

「ニグン殿。貴方の中のその知識、『学ばせてもらおう』」

 

 闇妖精(ダークエルフ)は碧眼を艶っぽく輝かせ、ニヤリと笑う。

 瞬間、指輪が再度強く光り、ニグンから何かを()()()()()

 

「……っは?」

 

 何が起きたか分からないニグンは間抜けな声を上げる。

 ヘルメスは今度こそ倉庫の扉に向かうと、肩越しに振り返る。

 

「さて、ニグン殿。やはり貴方の国と私は相容れません。積極的に敵対するつもりはありませんが、そちらがちょっかいを出してくる様なら、当然此方もそれ相応の対処はさせて頂きますよ」

「……ま、ま、待っていただきたい!どうか、お考え直しを!至らぬ所があったのならば是正いたします!……か、神よぉ!」

 

 ニグンはもはや醜態を隠すこともなく、子供の様に喚きたて始めた。

 ヘルメスはもはや興味を失ったとばかりに倉庫を後にする。

 倉庫前に待機していたガゼフに怪訝な顔をされるも、「何も情報は得られなかった」と報告し、エンリ邸へと向かう。

 今日は色々な事がありすぎて、眠くて仕方なかった。

 

 やがて、エンリ邸の前で世闇を見上げると、晴れやかな気分で一人ポツリと呟く。

 

「私は神ではありませんよ。未知なる知識の探究者『古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)』のヘルメスです」

 

 

 

 

  

 

 

 

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