錬金術師世に憚る   作:みずのと

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烏瑠様、誤字報告有難うございます。

話数と実際の話数が合っていなかったので統合し、題名も追加しました。


第11話 弟子入り

 

 結局、ニニャの案内で服屋に辿り着いたヘルメスであったが、服を購入する事無く店を出た。

 店頭に並ぶ服に魔法付与が一切為されていない、ゴミの様な効果しか無い、等言いたい事は山の様にあるが、それ以前の問題であった。

 高い。

 異常に値段が高いのである。

 市場等を見ていても気付いた事だが、こと食料品に関してはともかく、装備や武具に関わる品は総じて高い値がついていた。

 

(品質が落ちる上に高いんじゃ自分で作った方がいいかもな……)

 

 ヘルメスはアイテムボックス内で大量に眠っている木っ端データクリスタルの事を思い出し、暇を見つけて地味目のローブを自作してしまおうと考えた。

 服の事はひとまず棚上げし、これから自分が就く事になる仕事について思案しながら再び街中を宛てなく歩き出す。

 途中で昼休憩を挟みながら、片っ端から街に居並ぶ店を見て回る事にした。

 飯屋、宿屋、防具屋、武器屋、雑貨屋――いずれも見ている分には面白いのだが、そこで働きたいかと言われると首を傾げるような店ばかりであった。

 唯一、スクロール等を商品として取り扱う魔術師組合エ・ランテル支部には興味を惹かれたので、候補の一つとした。

 

(そういえば、エンリの幼馴染が薬師……ンフィー、バレアレだっけか?が、薬屋をやっているって話だったよな。そこはどうだろう)

 

 家族経営という話であったので、門前払いされる可能性もあったが、見る分には問題無いだろうし、そこが駄目でもこの大きな都市で薬屋が一つだけという事もないだろう。

 やがて、大通りから少し外れた道沿いにそれを見つける。

 いかにも工房といった造りの大きな建物である。

 文字は読めないが、エンリに見せてもらった薬草と似た匂いが店の周囲から漂っている為、気が付く事が出来た。

 ヘルメスが、扉を静かに押し開けて店の中を覗くと、入店を知らせる鐘がカラコロと鳴る。

 扉を開けた先は応接室の様な造りになっており、部屋の中央には向かい合った長椅子が置かれている。

 もっとファンタジー世界然とした、様々な実験器具等で雑多な部屋を想像していたが、小奇麗な部屋であったことを少しだけ意外に思う。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 中性的で快活な声が店内に響く。

 見れば、部屋の奥からツナギの様な作業服を着た少年が、手を拭いながら出てくる所であった。

 金髪を顔半分が隠れるまで伸ばしていたが、陰気な雰囲気は無く、ただの無精なのであろう。

 

「バレアレ薬品店へようこそ、今日はどの様な品をご所望ですか?」

 

 どうやらエンリの言っていた店で当たりの様である。

 

「……えぇと、この店はどの様な商品を扱われているんですかね?」

「商品のご紹介ですね。そちらにお掛け下さい」

 

 慣れているのか、少年はヘルメスに長椅子に座る様に勧めると、棚から一冊の本を持ち出し、対面に座った。

 長椅子に間に置かれたテーブルに本を置くと、静かにそのページを捲る。

 

「本日はバレアレ薬品店にお越し下さり有難うございます。商品の説明をさせて頂きます、ンフィーレア・バレアレと申します」

「ど、どうも。ヘルメスと申します」

 

 年下なのにしっかりした子だな、とヘルメスは感心する。

 服装から漂ってくる強烈な匂いさえなければ、立派な紳士の振る舞いである。

 

「当店では主に水薬(ポーション)を取り扱っています。一番人気はやはり治癒薬(ヒーリングポーション)で、オーソドックスな小瓶に入ったもので1瓶からご注文いただけます。効能によって3種類からお選び頂けますが、値段がかなり変わってきますので、状況によって使い分けるのがよろしいかと思われます」

 

 ンフィーレアの小気味良いテンポの営業トークが心地よく、つい聞き入ってしまっていたヘルメスであったが、じっとこちらを伺う様子の彼の視線に気付く。

 

「……何か?」

「いえ、フードで気付かなかったのですが、闇妖精のお客様は初めてだったもので。失礼しました、説明を続けさせて頂きます――えっとお客様は冒険者……か何かでらっしゃいますか?」

 

 ンフィーレアは耳を赤くしながら、何故か動揺したように言葉を紡ぐ。

 

「冒険者では無いのですが、この世界……この店のポーションに興味がありまして、であれば3種類ほど見繕って頂きたいのですが」

「かしこまりました。お試し、という事であれば一番価格を抑えたもので、2金貨、15金貨、30金貨、合わせて47金貨となりますが……」

「47金貨!?」

 

 ヘルメスはンフィーレアの告げた値段に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 高い。高すぎる上に、まず自分は金貨どころか、銀貨すら手持ちに無い。

 いい商売してんなぁ、とも思うが、同時にこれは儲かるなと腹黒く笑う。

 

「えっと……どうされますか?」

 

 ンフィーレアの営業スマイルはやや引き攣っている。

 こちらの装備を見て、上客と踏んだのかも知れないが残念ながら此方は職無しである。

 どうするか、とヘルメスは思案する。

 一先ずこの世界のポーションを手に入れて、同程度のモノが錬成できるかテストでもしようかと考えて店に来たのだが、ポーションがこんな高値で取引されるのであれば、もうこの仕事しかあるまいという気がしてくる。

 収入が欲しい、それも安定していて高額であるならなお良い。

 そして何より……この世界におけるポーション錬成技術が手に入る……もうここ以上の条件の店は無い様に思える。

 

「……無理を承知でお願い致します。私を、この店で雇ってはくれませんでしょうか?」

「……へ?」

 

 ンフィーレアのツナギが肩からずり落ちた。

 

 

 

 

 

 

「帰んな」

 

 ヘルメスの前に仁王立ちした老婆は、低い声色で言い放った。

 リィジー・バレアレ、ンフィーレアの祖母にして、エ・ランテル最高の薬師と名高い人物であり、そしてこの店の店主だ。

 

「そこをなんとか!」

 

 ヘルメスは頭を下げたまま、上げようとはしない。

 雇ってくれるまでここを動いてやるものか。

 目の前には金貨の山と、錬金術に関わる未知の知識が転がっているのだ。

 

 ンフィーレアは困惑した表情を浮かべ、ヘルメスとリィジーとを交互に見やり、事の成り行きを見守っている。

 ヘルメスがンフィーレアに雇い入れを希望するも、自分は店主では無いからと奥に引っ込み、遅れて出てきたのがこのリィジーであった。

 背丈は小さいながらもその眼光は鋭く、顔に刻まれた皺は歴戦の戦士を思わせる程の威厳を漂わせており、肝っ玉ばあちゃんという言葉が似合いそうな人物である。

 そして今、ヘルメスの願いを一刀のもとに切って捨てた人物である。

 

「いるんだよ。……あんたみたいに金に目が眩んで弟子入りを希望する世間知らずが」

 

 一瞬にして図星を突かれたヘルメスは、うぐと唸る。

 なかなかに手ごわい婆ちゃんである。

 

「……闇妖精なんて見た事も無い奴がいきなり現れて弟子入りさせてくれ、なんて怪しすぎるだろう……。それに随分といい装備を身に着けているようだが……それは本当にあんたの持ち物なんだろうね?」

「お、おばあちゃん、それは言いすぎじゃ」

「あんたは黙っときな!」

 

 祖母の一喝に、ンフィーレアは押し黙る。

 リィジーの言っている事もまた当然のものであるのでヘルメスは返事に困った。

 

「とにかく、うちは一子相伝で代々薬師をやってんだ。そもそも弟子なんて取るつもりはないよ。帰んな」

「雇ってくれるまで帰れません!」

 

 同じようなやり取りが数十分は続き、出ていけと無理矢理身体を押されるも、カンストプレイヤーであるヘルメスの身体能力に力で及ぶ筈も無く、岩の様に動かない。

 やがて、リィジーの表情には怒りが差し始める。

 

「……確かにポーションがお金になる……それに魅力を感じたのは嘘ではありません……」

「……お前さん、よくも抜け抜けと……」

「ですが!それ以上に私はこの仕事に誇りを感じたのです!」

「……誇り?薬草まみれになるこの仕事に?」

 

 ヘルメスは下げていた頭を上げ、リィジーを真っすぐに見やる。

 

「私は錬金術を極めたい。私は……古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)、未知なる知識の探究者です」

 

 これはロールでは無い。

 自らの常識が通用しない、異世界に放り込まれたヘルメスにとって唯一の指針であった。

 リィジーが僅かに動揺したのが分かった。

 切り札を切るなら今だ、とヘルメスは心の中で黒く笑う。

 

「……なんだいそりゃ!それに、そんな奴がポーション錬成の基礎も知らん筈も無いだろう!……なんせ相場も知らない位だ、バカにするのも大概に――」

「必ず役に立ちます。私は……そう、ある()()()()を保有しております!」

 

 リィジーとンフィーレアは驚きの表情を浮かべる。

 やはり家族という事なのか、歳の差はあるが、その表情はそっくりであった。

 

「……一応聞いてやるが、一体どういったタレントだい?」

「……『錬成の触媒となる物質を強化する』というものです」

 

 またしても、リィジーとンフィーレアの目が同時に見開く。

 

「それは……本当かい……!?」

 

 ヘルメスは二人の視界に入らない様、懐からアイテムボックスを開くと、カルネ村で少しだけ失敬した薬草を取り出す。

 採取して日が経過した薬草は色が黒ずみ、萎びている。

 

『素材強化』

 

 ヘルメスが()()()()()()を発動させると、手に持った薬草は瞬く間に青々とし、まるでつい先程まで自生していたかの様な瑞々しさを取り戻した。

 リィジーはその薬草を手に取り、しげしげと観察した後、その葉をわずかに噛み千切る。

 

(え?味とか変わるの?)

 

 ヘルメスは努めて無表情を装い、その様子をただ黙って見ていた。

 

「……信じられん。このようなタレントが存在したとは……」

 

 もちろん、そんなタレントをヘルメスは所持している筈も無い。

 錬金術師スキル、それも職業の積み重ねにより最大レベルまで強化されたものを、タレントだと言ってのけただけである。

 この様子を見るに、ハッタリはうまく成功した様だ。

 

「……同胞は既にトブの大森林を去り、今の私にあるのはこのタレントのみです……どうか私をここに置いては頂けないでしょうか」

 

 ヘルメスは僅かに俯き、他に行くところは無いんですよとアピールをする。

 ヘルメスの十八番、泣き落としである。

 自分で言うのも何だが、そこそこ美形の闇妖精が儚げに瞳を潤ませるというのは、中々に人情に訴えるものがあるのではないだろうか。

 見た目というのも馬鹿には出来ない。

 腹の中は黒くとも。

 

「……おばあちゃん」

「う、うぅむ……しかし、ンフィーレアや……」

 

 既にンフィーレアは陥落と見える。

 後はリィジーを堕とすのみ。

 ダメ押しである。

 

「これを……私が錬金術師を目指す切っ掛けとなったものです」

 

 ヘルメスは再度懐に手を伸ばすと、()()()()()()()()を取り出し、机の上に置く。

 途端にリィジーの目の色が変わり、ひったくる様にそのポーション瓶を手に取ると、すぐさま鑑定魔法にかけた。

 沈黙の後にその背は揺れ始め、やがてくつくつという笑い声が部屋に生まれた。

 

「ンフィーレアや、全てのポーションはその生成過程において青色に変わる、そう教えたな」

「え……うん、実際今までだってそうだったしね……それは……」

「これはな!ンフィーレア!この赤色のポーションは完成されたポーションなんじゃ!劣化をしない……私達薬師の目指す所である究極のポーションなんじゃよ!」

 

 リィジーはまるで人が変わった様に唾を飛ばしながら熱弁する。

 

(へぇ。こっちのポーションは劣化なんてするんだ。まぁリアルと言えばリアルだけど、買いだめも出来ないんじゃ不便だなぁ)

 

「真なる癒しのポーションは神の血を示す……伝説では無かったのか……くくく、面白い……面白い!」

「今は失われし闇妖精の里で大切に仕舞われていたポーションです。私はそのポーションを再現したい……その為に錬金術師を目指したいと思う様になったのです」

 

 即興の設定を捲し立てる。

 行く先々で毎度適当な設定を作っているので、いつかボロが出そうである。

 

「小僧、気に入った。明日から……いや、今日からでもいい、住み込みで雇おう」

「え……では?」

 

 白々しくも、信じられないといった表情を作ってヘルメスは言う。

 

「やったね!ヘルメスさん!すごいや、うちのおばあちゃんを口説き落とすなんて!」

 

 ンフィーレアが満面の笑顔でヘルメスの肩に手を置く。

 

「良いモノも見せてもらったしね……この歳になって伝説の一品を拝めるとは……ただし!私ゃ厳しいよ、生っちょろい事やってたらケツ引っ叩くからね。覚悟しな」

「それは……どうか、お手柔らかに……」

「気にしないでヘルメスさん。おばあちゃん照れてるだけだから」

「ンフィーレア!余計な事言うんじゃないよ!」

 

 ンフィーレアがリィジーに尻をはたかれる。

 ヘルメスは無事就職先を獲得したことに安堵し、ほうと溜息をつく。

 いよいよこの世界の錬金術の一端に触れられるのだ、全てが順風満帆にすすむ現状に、知らず表情が緩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 その日の晩。

 ヘルメスはリィジー、ンフィーレアらと夕食を共にした後、2階にある一室を割り当てられた。

 

「明日からはうちの店の名に恥じない様、厳しく指導してやるからね。今日は部屋を片付けて、しっかり休むんだよ」

 

 そんなツンデレ台詞を吐いて、リィジーは部屋を後にした。

 

(ふむ。今日からここが俺の部屋か……。正直、共同部屋とかじゃなくて助かった)

 

 ヘルメスは八畳はあろうかという、弟子を住まわせるには広過ぎる部屋を見回す。

 窓が二か所に設けられた角部屋で、普段からの清掃が行き届いているのか埃っぽさは無く、清潔な印象だ。

 ベッドが一つにテーブル机が一つ、さらにクローゼットまで置かれており、現実世界のヘルメスの部屋よりも遥かに住みよい環境なのが泣けてくる。

 聞けば、バレアレ薬品店はエ・ランテル一の伝統ある老舗であり、言われてみれば表から見た店構えも立派であった気がする。

 今はリィジーとンフィーレアの二人だけであるが、こういった弟子の住み込み部屋がある事からも、昔はもっと大規模な経営をしていた事が伺えた。

 

「さて……んじゃ始めますか」

 

 拠点を手に入れた事で、ヘルメスにはまず初めにやらなくてはならない事が出来た。

 錬金術師の拠点――魔術工房(アトリエ)の作成である。

 

《魔術工房創造/クリエイト・アトリエ》

 

 ヘルメスが第9位階魔法を唱えると、室内が黒を基調とした空間に染まっていく。

 いくつもの宝石が組み込まれた『魔法付与台(エンチャントテーブル)』、机に当たる部分が蒼白い光を放つ『錬金作業台(クリエイトテーブル)』、怪しげな器具で溢れかえった『醸造台(ブラウニングテーブル)』が現れ、部屋に配置されていく。

 瞬く間に、壁一面が本棚に囲われ、山羊の頭や怪しげな髑髏等が配置された、文字通り怪しげな魔術工房が展開された。

 この魔法は文字通り、魔術工房を作成する魔法であるが、《要塞創造/クリエイト・フォートレス》等とは異なり、密室で無ければ使えないという一風変わった魔法である。

 当然、課金やクリスタルデータをふんだんに使用し、ヘルメス特製の外装を組み込んだ特注部屋だ。

 

(よしよし。仕様に変更は無いな)

 

 ヘルメスは魔法が無事に発動した事を確かめると、部屋の四隅に各種情報系を含めた魔法に対する防御、物理的干渉に対する防御を施すマジックアイテムを配置していく。

 以前、覗き見にあった事から念には念を押して、というやつだ。

 今、この部屋は誰にも見られる事は無く、誰にも入る事は出来ない。

 ヘルメスは、よりリアルになった工房の出来に満足すると、錬金作業台(クリエイトテーブル)の椅子を引いて座る。

 

(まずは拠点を手に入れたら日課にしようと思っていたアレをやるか)

 

 テーブルには蒼白く発光する液晶タブレットディスプレイの様なものが組み込まれており、ヘルメスはその上に両手の平を翳し、スキルを発動させる。

 

『無からの創造(クレアチオ・エクス・ニヒロ)』

 

 テーブル上に小さな光の粒子が集まり、それは少しずつ形を成していく。

 

「……やっぱり時間がかかるなぁ」

 

 数分の時間を要し、光の粒子が凝縮してテーブル上に現れたのは、光輝く『データクリスタル』であった。

 通常、データクリスタルは、モンスターからのドロップ品や宝箱等からしか入手できないものである。

 このスキルは、古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)とクラフトマンの職業を最大レベルまで修め、総合レベルが95を突破した時に獲得するスキルであり、一日に3個までデータクリスタルを生成する事が出来るというものだ。

 元々レアリティの高い能力であるとヘルメス自身思っていたが、データクリスタルは各種装備やマジックアイテムの基礎となるアイテムであり、この世界でのデータクリスタルの入手手段が不明である今、より貴重な能力となったと言わざるを得ない。

 

(この待ち時間が退屈なんだけど、もしこの方法でしかデータクリスタルが手に入らないとしたら日課として、やっといた方がいいよな)

 

 アイテムボックスには、まだまだ腐る程大量のデータクリスタルは眠っているが、二度と手に入らないかも知れないという可能性は否定出来ない。

 たっぷりと時間と魔力をかけ、データクリスタル3つを生成すると、それをアイテムボックスにしまい込む。

 

「次は……そうそう、服だ」

 

 一応、リィジーから作業服という事で、ンフィーレアとお揃いのツナギを貰ってはいたが、どこかに出かける事も有るかも知れない。

 この世界のレベルに合わせた――言葉は悪いが――粗末な装備を持っておいた方がいいだろう。

 

 ヘルメスはクリエイトテーブルに立てかけられていた羽ペンを手に取ると、青白く光るディスプレイモニターにさらさらと図面を描きだす。

 ユグドラシルの最大のセールスポイントであった、自由な外装作成を十二分に楽しむには、別売りの外部ツールが必要であったのだが、これはその液晶ペンタブレット端末をゲーム内で表現させたものだ。

 ヘルメスは簡単なデザインのローブを作画すると、色を指定し、アクセントに事前登録してある柄模様のマスク、適度なくすみや汚れを別レイヤーで乗算加工し、統合させる。

 アイテムボックスから中レベル程度のデータクリスタルと、悩んだ末にこれまた50レベル程度のモンスターの皮革素材を取り出すと、データクリスタルにデザインデータを放り込み、低位の鍛冶スキルで『粗末なローブ』を作成した。

 一部、ユグドラシルでは再現不可能な作業があったが、魔法やスキル同様、頭の中にどうすればよいのかが入っており、自然な流れであっという間に作業を終える。

 

「どれどれ……おおっ」

 

 完成したローブに着替えてみると、自身の防御力がガクンと下がるのを実感する。

 

(うんうん。デザインは落ち着いてていい感じ。でもこれ不安だなぁ……まぁ緊急時にはいつも着ていた神話級(ゴッズ)に着替えられる様にしておけばいいか……)

 

 工房の設置と生産系スキルの確認を終え、ヘルメスが指をパチンと鳴らすと、瞬時に黒に染まっていた魔術工房は姿を消し、割り当てられた質素な部屋の景色が戻ってきた。

 

「よし……さぁ明日は薬師修行一日目だし、早めに寝るかな……」

 

 ヘルメスが呟き、部屋に置かれたベッドにダイブしようとした時であった。

 視界の隅、部屋の出入口扉の前に()()()()()()を捉えた。

 

「ん、何だ……ってうわ!ゴキッ……!」

 

 誰しも良い感情を抱かないであろう夏の風物詩「G」が、扉の下の隙間を通ろうとしてカサカサと動いていたのである。

 闇妖精となっても、人間の頃の残滓がそうさせるのか、ぞわぞわと這い上がってくるあの嫌悪感は無くなっていない様だ。

 

(あぁ、そっか。マジックアイテムで侵入阻害魔法を部屋に施したから、出られなくなっていたのか)

 

 見れば、扉の下の隙間は「G」であれば余裕で通れそうな程空いているが、何か見えない壁に阻まれるかの様に外に出れずにもがいている様に見える。

 

(いや待て……念のため)

 

 ヘルメスは《敵探知/センスエネミー》を発動する。

 結果――敵性反応無し。

 

 

 パン

 

 

 ――と、ヘルメスは「G」を部屋に準備されていた箒で叩き潰す。

 慈悲は無い。

 恐る恐る、箒で死骸を拾い上げると、窓の外に放った。

 

「……考え過ぎか。いくら何でも「G」が使い魔とか、そんな訳ないわな」

 

 あれから少し過敏になりすぎている自分を笑うと、今後こそヘルメスはベッドにダイブした。

 

 

 

 

 

 ――その日、エ・ランテルには大量の「G」が這いまわっていたのだが、それに気付いた者はいなかった。

 

 

 

 


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