錬金術師世に憚る   作:みずのと

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第14話 叡者の額冠

 

 

「もっとじゃ。もっと優しく……」

「……こう?」

「いいぞ……そう、そうじゃ。上手いじゃないかヘルメスや」

「……もういい?」

「焦るんじゃない。若いのぉ、もっと時間をかけて」

「……」

「おお……いいぞ、そうじゃ。そのままそのまま……」

「……」

 

 薄暗いバレアレ店。

 店内には、若い闇妖精と人間の熟女、二人しかいない。

 種族は違えど、男と女。

 時として、過ちが起こることも――

 

「――ないわ。ばあちゃん顔近い」

「……師匠と呼べと何回言わせるんじゃお前さんは」

 

 ヘルメスは、手に持った緑色の液体の入った丸底フラスコを揺らしながら、背後からああでもないこうでもないとアドバイス(駄目だし)するリィジーに苦言を呈する。

 ステータスとしての器用さの数値の高さ故か、はたまた錬金術師クラス取得の恩恵か、物覚えの良いヘルメスは薬草を煎じるだけの段階から、いよいよポーション醸造作業工程を伝授される段階に至っていた。

 リィジーから教わっているのは、煎じてペースト状になった薬草を、蒸留法によって分離、得られた液体から治癒効果のある成分を抽出する作業であった。

 非常に手間のかかる工程ながら、いかにも錬金術という作業に内心ときめきながら教えを受けている。

 

「そろそろ帰って来る頃だけど、ンフィー達は元気にやってますかね?」

「……あの子はしっかりしとる。問題あるまい」

 

 ンフィーレアがカルネ村に向かって数日。

 ヘルメスが何となく呟いた台詞に、リィジーは孫に対する信頼を感じさせる言葉を返した。

 ヘルメスもンフィーレアの事を信頼してはいるが、同行している相手の事を思うと、少しばかりの不安を覚えるのだ。

 

(黒い鎧と美女の二人組。冒険者をする位だから悪党じゃないとは思うけど、ユグドラシルポーションの事を探ろうとしているンフィーレアに変な事しないだろうか)

 

 勘繰られる事を予想し、とある悪戯アイテムをンフィーレアに渡していたが、相手が釣れるかどうかは五分である。

 この異世界の事を少しでも知るプレイヤーであれば、アイテムにつぎ込んだ仕掛けのレベルから、ヘルメスがユグドラシルプレイヤーである事を見抜くであろうし、もし仕掛けに気付けなければその程度の存在であったという事だ。

 後者であれば現状維持のままであるが、問題は前者であった場合、その後どう接するかである。

 

 冒険者とは、夢の無いモンスター退治屋ではあるが、モンスターの脅威から人類を守るというその在り方は、人類の守護者とも言える存在だ。

 そんな冒険者をやっている位なのだ。

 プレイヤーと判明するなり、襲ってくるという事もないだろう。

 おそらくは伝承にもある『六大神』とやらに通じる正義感(善のカルマ値)を持っているに違いない。

 やや悪寄りながらも、ほぼ中立のカルマ値を持つヘルメスとしては、穏便に接触したいのは当然であった。

 

(……後は覗き見野郎と、あの二人組が同一の所属なのかどうか。それが問題だな)

 

 同一なのであれば一発殴らなければ気が済まない。

 殴った後でなら話を聞こう。

 

「ほれ。早く手を動かすんだよ。冷めると治癒効果が薄れるからね」

「はいはい。分かってますよ、ばあちゃん」

 

 考え事をして手が止まっていたヘルメスは、リィジーに尻を叩かれながら、ポーション生成作業に意識を戻した。

 

(ま、なる様になるだろう。まさかカルマ値極悪(-500)の大魔王という事もあるまいし、適当にやっていこう)

 

 この楽観的な予想は、ある意味で的中していたのだが、二人の出会いが最悪の形で迎えることになろうとは、この時のヘルメスには予想できる筈も無かった。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 エ・ランテルは大都市ではあるが、夜の7時を回れば、一部の飲食店を除き、ほとんどの家が明かりを落とし、明日に備える時間となる。

 静寂が支配する闇の中、一人の人間が音も無く街を徘徊していた。

 黒いフードを目深に被った人物は、何故か街灯の光も届かぬ裏道ばかりを歩いて回る。

 

「……随分静かになっちゃったなぁ……。ちょっとはしゃぎ過ぎたかな?」

 

 呟いた人物の名はクレマンティーヌ。

 フードの下から艶のある金髪のボブカットを覗かせ、猫を思わせる可愛らしい容姿は、彼女が女性であることを告げていた。

 マントの隙間からは軽装なのか、時折白い柔肌が覗き見え、20代とは思えぬ色気を漂わせている。

 

 クレマンティーヌは、裏の世界の住人である。

 スレイン法国、漆黒聖典第九席次「疾風走破」。

 それが以前の彼女の所属であり、呼び名であった。

 漆黒聖典とは、人類の守護を国是とするスレイン法国が所有する六色聖典と呼ばれる特殊工作部隊の一つであり、隊員全てが英雄級の実力を持ち、強力な装備で身を固めているという最強の部隊だ。

 仮にも、そんな漆黒聖典の末席に身を置いていた彼女であるが、今は所属をズーラーノーンという組織に移し、祖国からの追われる身となっていた。

 原因は、彼女のとある「趣味」が露見した事による。

 

 エ・ランテルでは、最近になって行方不明となる者が相次いでいるのだが、その主犯こそがクレマンティーヌであった。

 殺戮に快楽を見出す彼女は、深夜の街で情報収集する傍ら、情報屋や町の衛兵等を襲い、その欲を満たしていたのだ。

 しかし、その趣味とも言える活動も、今日は自粛しなければならない。

 死体の処理をしてくれていた彼女の協力者とも言える人物から釘を刺された事もあるが、何より連日の情報収集の結果、ついに()()()()()を見つけた為だ。

 目的の人物をかどわかす前から、万が一にも目立つ行動は避けねばならない。

 異常者である彼女であっても、それくらいの分別は弁えていた。

 

(……まぁ、もし邪魔する人間がいれば仕方ないよねぇ。その時はその時)

 

 クレマンティーヌは口を大きく歪ませ、舌なめずりをする。

 やがて、一軒の建物の前で、彼女は歩みを止めた。

 

『バレアレ薬品店』

 

 目的の人物とは、この店に住む少年であった。

 もっとも、今は薬草採取で出掛けている事、今日にも帰宅するという情報は把握済みである。

 ンフィーレア・バレアレ。

 この町で最も有名なタレント持ちであり、そのタレントは『どんなマジックアイテムでも使用可能』という稀有なものである。

 そのタレントこそ、彼女――正確には彼女の協力者が欲しているものであった。

 クレマンティーヌは、懐に仕舞っているアイテム『叡者の額冠』を握り締める。

 祖国を出る際、巫女姫から奪い取ったスレイン法国の秘宝の一つであるが、このアイテムは使い手を選ぶ為、まさにンフィーレアを必要としていたのだ。

 この店には、第三位階を行使するというリィジー・バレアレという老婆も同居している筈だが関係無い。

 老いぼれ魔法詠唱者など、いつも通り、スッといってドス、それでおしまいである。

 

(んふ。お姉さん、先にお家で待ってるからねぇンフィーレアちゃん。おばあちゃんが首だけになってても泣かないでねぇ)

 

 クレマンティーヌは周囲に人がいないのを確認した後、静かに扉に手を掛ける。

 案の定、鍵がかかっていたが問題は無い。

 開錠アイテムを使い、店内に侵入した。

 薄暗い店内に明りはなく、辺り一面は薬草の強烈な匂いで充満している。

 

「ただいまー。誰かいらっしゃいますかぁー?」

 

 後ろ手に扉を閉めると、店の奥に向かって声を掛ける。

 返事は無い。

 ひょっとすると、リィジーは孫のンフィーレアを迎えに冒険者組合の方に出掛けているのかも知れない。

 

「なぁんだ。誰もいないの……つまんなぁい」

「いや。いますけど」

 

 突然、背後から声を掛けられたことに驚愕し、クレマンティーヌは全身のバネを使って距離を取りながら背後を振り返る。

 誰もいない筈であった。

 人の気配を違える自分では無い。

 

「……てっきり、ばあちゃんかンフィーだと思ったんだけど……どちら様でしょうか?」

 

 寝ていたのだろうか、眠そうな瞳でこちらに語り掛けてきているのが闇妖精である事に気付き、僅かに動揺する。

 情報が古かったのか、こんな奴が店にいるとは聞いていない。

 孫と祖母の二人暮らしの筈ではなかったか。

 

「……えっとぉ。ンフィーレア君に会いたくて。彼の持つ『どんなマジックアイテムでも使用可能』っていうタレント?それでね、お母さんを助けて欲しいんだぁ」

「……あぁ。そういう事。特異なタレント持ちも大変だね」

「うんうん。それでぇ……お兄さんはだぁれ?」

 

 目の前の闇妖精は、目をつぶって首を傾げる。

 

「もっかい聞くけど、どちら様?」

 

 向こうも質問に答えるつもりは無いらしい。

 ならば仕方がない。

 ンフィーレアが来るまでの間、この闇妖精で楽しむだけだ。

 

「質問してるのはねぇ……私なんだよッ!」

 

 4メートル以上はあった間合いを一瞬に詰め、マントの下からスティレットを抜き打つ。

 狙うは脇腹。

 心臓や頭を打てば、即死してしまうからだ。

 そんな勿体無い事はしたくない。

 

「え?」

 

 茫然と立っていた闇妖精の身体にスティレットが突き刺さる。

 粗末なツナギを貫通し、皮膚を突き破り、肉を割く、あの堪らない手ごたえが――無かった。

 次の瞬間。

 突き出したスティレットを持つ手を掴まれたかと思うと、そのまま宙を回転し床に叩きつけられていた。

 衝撃の後に、遅れて背中に痛みを感じる。

 何だ。

 何が起きた。

 

「ふむ……。ピッキングしてまでお願い持ち込まれましてもね。押し入り強盗の類ですか?」

 

 クレマンティーヌは仰向けに引き倒された姿勢のまま、声の方に目を向ける。

 先程の闇妖精と同じ声だが、喋り方が少し変わっている気がした。

 否、変わっているのは喋り方だけでは無い。

 先程まで着ていたツナギでは無く、今は碧色のローブを着込んでいる。

 いつの間に着替えたのだろうか。

 

「あちゃー。びっくりした。お兄さん強いんだねぇ」

 

 クレマンティーヌは跳ね起き、体勢を立て直す。

 何が起きたのか、まるで理解不能であるが弱みを見せるわけにはいかない。

 戦士系のカウンターの武技を喰らってしまったのか。

 しかし、目の前の闇妖精の身なりは魔法詠唱者のそれそのものである。

 

「うーん。さすがに店の中で魔法を放つわけにも行かないですし……弱りましたね」

「……お前……ッ舐めるなッ!」

 

 魔法詠唱者が、魔法の発動を渋るという挑発に、クレマンティーヌの頭に血が上った。

 再び間合いを詰めると、スティレットを突き出す。

 入ったと確信に足りうるスピードであった筈だが、今度は闇妖精の身体を貫く事が出来なかった。

 ガキリ、と鈍い音がし、刺突を逸らされた事を直感する。

 見れば、いつの間に取り出したのか、相手の手には黒光りするショートソードが握られていた。

 

(馬鹿な。いつの間に取り出し……いや、そもそも身に付けていなかった筈……)

 

「なんなんだお前……魔法詠唱者じゃねぇのかよ。どういうカラクリだ……糞が」

「……随分と口が悪いようですね。そっちが素ですか」

 

 魔法詠唱者が、英雄の領域に踏み込んでいる自分の刺突を捌ける筈が無い。

 まぐれな筈は無い。

 だが、それを信じたくは無いクレマンティーヌは、間合いを調整しながら連続で刺突を繰り出す。

 しかし、その攻撃の悉くを目の前の闇妖精は、ショートソードで捌いていく。

 

(こいつ……まじでふざけやがって……!)

 

 闇妖精は間違いなく戦士では無い。

 何故なら、動きに無駄が多すぎるのだ。

 今初めて剣を握りましたと言われたら信じるレベルの素人の動きである。

 しかし、そんな拙い動きながらも驚異的な身体能力ともいうべき反応速度で、今も自分の刺突を捌き続けている。

 それが余計に腹が立つ。

 

「素晴らしい。捌くのがやっとです」

「……ぶっ殺す!」

 

 武技《流水加速》《能力向上》《能力超向上》を同時に発動させる。

 驚いたのか、一瞬の間であったが、一定のスピードで捌いていた闇妖精の反応が遅れた。

 その隙を突き、クレマンティーヌは腰に差したもう一本のスティレットを抜き、心臓に突き立てた。

 糞ったれの一歩先を行ってやった。

 その喜びが全身を駆け巡る。

 

「ぐっ」

「まだまだ終わりじゃねぇんだよ!」

 

 突き立てたスティレットに込められた魔法《火球/ファイアボール》を発動させた。

 ローブが内側から膨れ上がる爆発の後、闇妖精の全身から火柱が燃え上がる。

 

(勝った!この糞ったれの闇妖精が!黒焦げに…)

 

 勝利を確信したクレマンティーヌであったが、そこで奇妙な事が起きた。

 闇妖精の全身を包んだ筈の炎が、男の右手に集約されていくのだ。

 まるで、炎を絡めとるかのように。

 するすると炎が右手に集まっていき、そして――

 

 それはやがて炎の剣に姿を変え、密着していたクレマンティーヌの腹を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「《環境(フィールド)魔法・篝火の剣/ボンファイアソード》」

 

 ヘルメスは静かに錬金術師専用魔法を詠唱した。

 女の発動した《火球/ファイアボール》で生まれた炎を触媒に、剣を錬成する魔法だ。

 炎であれば、篝火だろうと魔法による炎であろうと触れる事で発動できる。

 

(魔法を使わんと言ったけど、炎の「剣」だからギリギリ嘘じゃないよね……いや、苦しいか)

 

 主に炎弱点の敵や、アストラル体にダメ―ジを与える魔法であるが、こうして普通に剣として使う事も出来る。

 この世界の住人達であれば大ダメージ必至であろう。

 

 ヘルメスは女の身体から剣を引き抜くと、魔法を解除した。

 剣は根本まで刺さっていた為、大きく傷が開き、血が滝のように流れ出ている。

 女は、荒く呼吸を繰り返すのみで、もはや何も語らない。

 

(……で、結局この女は何者なんだ?ただの強盗にしちゃ戦闘力が高すぎる気がするけど)

 

 魔法で戦えば店の中が滅茶苦茶になるな、と思案したヘルメスは咄嗟に《上位道具創造/クリエイト・グレーター・アイテム》で作成した剣で応戦したのだが、剣では決着がつかないと直感した程度には、この女の戦闘技術は高かったのだ。

 

(もしかするとユグドラシルプレイヤー……いや、無いな。それを基準にしたら弱すぎる)

 

 なんせ、魔法詠唱者に圧倒される戦士職だ。

 プレイヤーの線は薄いだろう。

 バレアレ家の資産に目を付けた冒険者崩れ……そういった線の方が説得力がある気がする。

 もしくは、最初に彼女が言っていた通り、ンフィーレアのタレントが目当てだったのだろうか。

 事実、破格のタレントではあると思うし、当然、ヘルメスも()()()()だ。

 

 ヘルメスは床に倒れた女に目を向けた。

 

「お願いぃ……最後の……聞……いて……」

 

 女は、腹と口の端から止まらぬ血を流しながら、途切れ途切れに言葉を繋ぐ。

 

「……」

 

 人間の言葉に心など動かない。

 その筈であったが、まだ僅かに残っていた現実世界の頃の自分の残滓が僅かに反応した。

 最後の言葉を聞いてやる位いいか。

 放っておいてもどうせ死ぬ人間だ。

 ヘルメスはやれやれと膝をつき、女の口元に顔を近づける。

 

「何ですか?言いたい事があるなら聞き――」

 

 ――と、頭に()()を乗せられた。

 

「な……に?」

 

 ヘルメスはとっさに頭に手をやろうとする。

 

 油断。

 それは、この世界のレベルの低さから何度も実感していたもの。

 慢心するまいと心がけていながらも、どこかで捨てきれていなかったものであった。

 

 瞬間、ヘルメスの眼球から血が噴き出した。

 視界が真っ赤に染まり、次には暗転する。

 まずい。

 これは何かがまずい。

 直感するも、意識が遠のくのを感じる。

 

 ヘルメスが頭に乗せられたアイテム――『叡者の額冠』は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()呪いのアイテムである。

 

 意識が遠のくのと同時に、ヘルメスの頭の中に叡者の額冠に関する知識が、賢者の石を通じて流れ込んできた。

 それは本来、ヘルメスには効果を発揮しない筈のアイテムであった。

 皮肉なことに、賢者の石の効果により、ンフィーレアの持っていた『あらゆるアイテムを使用可能』というタレントを取り込んだ事で発動条件を満たしてしまったのだ。

 ふざけるな。

 なんてふざけたアイテムなのか。

 ヘルメスは必死に抵抗(レジスト)を試みる。

 

 遠のく意識の中、ヘルメスの心の中にあった感情は「怒り」であった。

 許せない。

 装備者の自我を奪い、解除時には発狂する――そんな欠陥アイテムの存在は許せない。

 魔法アイテムを司る錬金術師として、ただ純粋に、このアイテムの存在が許せなかった。

 怒りの感情が渦を巻く。

 

「ふ……ざけるなっ……」

 

 ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。ふざけるな。許さない。

 

 ――そして何より、こんなクレマンティーヌ(雑魚)相手に油断した、自分自身の事が許せなかった。

 ヘルメスは体内の魔力を全開に巡らせ、いよいよ支配を完了させようとする叡者の額冠に抵抗する。

 こんな低級アイテムに自我を奪われるなど、許さない。

 完全に支配などさせてやるものか。

 その表情には深い怒りが刻まれ、もはや何も見えぬ瞳からは血の涙が止めどなく流れていた。

 もうすぐ叡者の額冠による支配は完了する。

 せめて。

 そう、せめて――。

 

 やがて、ヘルメスからの魔力の奔流は静まり、その身体はどさりと床に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

「……っは。……嘘。信じらんない……助かった……の?」

 

 ヘルメスが倒れ、しばらくしてからクレマンティーヌはぽつりと呟く。

 その額には脂汗が滲んでいる。

 とんでもない化物であった。

 英雄の領域に片足をつく自分に、文字通り手も足も出ない相手が、王国の小さな薬品店にいるとは思っていなかった。

 しかし、その相手も今は自分の目の前で横たわっている。

 

(まさか……叡者の額冠が効果を発揮するとは思ってなかったな)

 

 とどめを刺される寸前、クレマンティーヌは所持していた叡者の額冠をヘルメスの頭に乗せたのだが、それは、やけっぱちの、もはや理屈などない行為であった。

 これほどの高位魔法詠唱者であれば、もしかしたら発動できるのではないか。

 そんな程度の考えで、駄目元でやった事であったが、まさか予想が当たるとは思ってもいなかったのだ。

 

「行かなきゃ……人が来る前に……」

 

 幸い、ここは薬品店であり、効果の高いポーションも大量にある。

 クレマンティーヌはボロボロの身体を引きずりながら、店内の棚に陳列されたヒーリングポーションを拝借し、浴びるように数本を服用した。

 効果は絶大で、瞬く間に身体が動くようになるまで回復する。

 ――と、裏口の扉から物音が聞こえてきた。

 

「……遅い遅いと思っていたら、何を遊んでおるクレマンティーヌ」

「……カジっちゃん。私ついさっきまで死にかけてたんだけど、それはなくなーい?」

 

 困惑の表情を浮かべるカジットを他所に、クレマンティーヌはようやく笑顔を浮かべる。

 一時は死にかけたが、ようやく自分にツキが回ってきたようである。

 

「とにかく、この闇妖精のお兄さん運ぶよ。話はそのあと」

 

 意識の無い闇妖精を担ぎ、二人は闇に消えていった。

 

 

 

 

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