錬金術師世に憚る   作:みずのと

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第15話 邂逅

 

 

 

「ヘルメス――さんがいない?」

 

 モモンガがンフィーレアを連れた薬草採取の旅を終えてエ・ランテルに戻り、トブの大森林で配下とした愛玩動物(ハムスケ)の魔獣登録をしていたところ、一度別れたンフィーレアとルクルットが冒険者組合に駆け込んでそんな話をしだした。

 

「……それは、どこかに飲みに出かけているとか――」

「モモンさんよぉ!そんなだったら、こんな血相変えて飛んでこねぇよ!……大きい声じゃ言えないが、店の中が戦闘があったみたいで滅茶苦茶なんだ。かなりの量の血の跡もある」

「……!」

 

 ルクルットの言葉を聞き、動揺したモモンガであったが、それも一瞬の事ですぐに鎮静化される。

 

「分かりました。リィジーさんは?」

「おばあちゃんは大丈夫……すぐに会えたから」

 

 ンフィーレアは青白い顔で返事をする。

 旅の道中に聞いた限り、かなり仲が良かったという話であったのだから、心配なのは当然であろう。

 

「ルクルットさんは冒険者組合に詳細を報告してください。私はンフィーレアさんと店に向かいます。行くぞナーベ」

「かしこまりました」

「殿!某もお供するでござる!」

 

 モモンガは頷くと、ナーベとハムスケを伴い、ンフィーレアとバレアレ薬品店へと向かう。

 

(……なんらかのトラブルに巻き込まれたとみて間違いないな。レベル100と思われるヘルメスさんに匹敵する存在がいるという事であれば、要警戒だな)

 

 モモンガはンフィーレアの走る速度に合わせながら、伝言を起動した。

 

『モモンガ様。いかがなさいましたか』

 

 アルベドが間髪入れずに応答をする。

 

『少し問題が発生した。隠密に長けた僕数体を、シャルティアの転移門を使ってエ・ランテルに送ってくれ。詳細は省くが……その後の指示は別途行う』

『問題……。モモンガ様、守護者をそちらに送りましょうか?』

『いや要らん。だが……そうだな。念のため、セバスとペストーニャをいつでも転送できるように待機だけさせておいてくれ」

『……了解しました』

 

 モモンガは油断しない。

 この世界にどのような脅威があるか判明していない中、一人で出来る事には限りがある事を理解しているからだ。

 ヘルメスに対する反応の悪さから、守護者をこの場に呼び込むことはしないが、カルマ値が善寄りで戦闘力特化のセバスと、万が一ヘルメスが負傷していた場合を考慮し、回復魔法に長けたペストーニャにいつでも動けるように指示を出す。

 

 やがてバレアレ薬品店にたどり着くと、店の周囲には人が集まっていた。

 やれ押し入り強盗だの、切り裂き魔が出ただのと、やじ馬が鬱陶しい。

 

「あ。モモンさんこちらです!」

 

 ペテルが店の中から手を振り、人込みを割って店内へと誘導する。

 店内ではリィジーがヘルメスの名を叫びながら店内を歩き回っていた。

 

「これか……」

 

 店の出入口に設けられた部屋の中は、床や壁さらには天井に至るまで激しい戦闘の痕跡が見受けられた。

 刃物でつけられた様な傷に、焦げ臭い匂いも漂っており、床にはまだ乾いていない夥しい量の血の海が広がっている。

 

「この血……もしかしたらヘルメスのかもしれなくて……」

 

 肩で息をしながらンフィーレアが呟く。

 

「……心配はいりませんンフィーレアさん。奴は――ヘルメスさんは私が見つけてみせます」

「お、お願いします!お金……えっと僕とおばあちゃんに払える額なら、いくらでも払いますから!」

 

 いくらでも、等と気軽に言うものではないと冷静なモモンガは思うが、一々指摘するのも面倒である。

 依頼が無くともヘルメスを探す気ではいたが、現地の貨幣が手に入るのであれば、なにも言うまい。

 

(……本当、随分と現地人に懐かれているじゃないか。別に羨ましいとも思わないけれど)

 

 モモンガは思考が反れている事に気づき、咳払いをしてからンフィーレアの首元を指差す。

 

「つきましてはンフィーレアさん。貴方のその首に掛かっているネックレス……それと部屋を一つ貸していただけませんか?」

 

 ンフィーレアと漆黒の剣の面々がそろって首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「……何をやってんですか」

 

 モモンガは呆れたように一人ごちる。

 足元には既に事切れた死霊系魔法詠唱者と女戦士の躯が転がっている。

 地下霊廟らしく、空気は淀み、物音一つ聞こえない。

 そして、眼前には闇妖精(ダークエルフ)――ヘルメスの姿があった。

 

「モモンガ様。このやぶ蚊が例の……?」

 

 モモンガの横に立つナーベラルが吐き捨てるように問いを投げる。

 ヘルメスの虫呼ばわり、とモモンガの指示を悉く無視しているのだが、今はそれを指摘している場合ではない。

 

「その様だな。ふむ、カンストプレイヤーを拘束……いや洗脳?とは大したものだ。警戒を怠るなよ」

「承知しました」

 

 モモンガは既に冒険者モモンの姿から、神話級装備の魔法詠唱者モモンガとしての姿をとっていた。

 

(……悪戯アイテムの礼をしようと思っていたのに、なに油断して現地の人間にしてやられているんですか……)

 

 モモンガは、ンフィーレアの持っていたヘルメス製「銀の首飾り」を媒介に、《物体発見/ロケートオブジェクト》を使用して居場所を捕捉。

 転移で強襲し、その場にいた全員を《心臓掌握/グラスプハート》で即死させた。

 慢心皆無の速攻即撃に出たのは、カンストプレイヤー級を想定しての事だったのだが、抵抗も無くあっさりと死んでしまった。

 エ・ランテルに派遣させた隠密モンスター達を、墓地に集結させる様指示をだしたが、無駄だったかもしれない。

 

「……ここは霊廟の様だが……一体何があったんだ?」

 

 モモンガはため息を吐きつつ、ヘルメスを眺める。

 その身は全裸に薄いベールの様なものを纏わせた姿をしており、頭には額冠のようなものがついている。

 両目は閉じ、血の涙を流している様だが、それ以外に外傷は見受けられず、ただ霊廟のど真ん中で突っ立っているだけの様に見えた。

 ――と、そこでモモンガは漸く気が付く。

 

「……あー。ナーベラルよ。霊廟の外で待っているがいい」

「?――何をおっしゃいますか!それでは御身を守る壁となる事が出来ません!」

「え、えっと……その。あんまり、見たくないものもあるだろう……」

「見たくないもの……とは?」

 

 それを俺に言わせるのか。

 ポンコツなのか天然なのか、ナーベラルはこの場に似合わない可愛いきょとん顔をして首を傾げている。

 今現在、目の前に立っているヘルメスはベールを纏ってはいるがほぼ全裸であり、男性である。

 そしてナーベ、もといナーベラルは花も恥らう年頃の(設定上は)女性なのである。

 つまり、そういう事である。

 

「その……あれだ。私が見せたくないのだナーベラルよ。お前を汚すような真似をさせたくない」

「その様な事!至高の御身に創られたこの身、全てはモモンガ様に尽くす為のものであります!その為であれば血であろうと泥であろうと、いくらでも浴びて汚れてみせましょう!」

 

 このこは何を勘違いしているのか。

 張っていたはずの緊張感が弛緩していくのが分かる。

 

「……ナーベラルよ、セバスを呼ぶ。お前はハムスケと共に霊廟の外に異変が無いか調べてきてくれ」

 

 ナーベの顔に絶望の二文字が浮かび上がる。

 至高の御方に失望され、上司を呼ぶと宣言されたのである。

 ()()使()()モモンガとしては、これ以上この場に女性を付きあわせるのはセクハラになりかねないと配慮しての言葉であったのだが、その思いは悲しいかな届いていなかった。

 

「畏まりました。……御前失礼します」

 

 ナーベラルは沈んだ声でそれだけ告げて退室し、しばらくして、伝言を受けたセバスが転移門をくぐって姿を現す。

 

「モモンガ様。ご勅命に従い参上しました」

「よし。さてセバスよ、時間が無いので詳細は省くが、この者は知っているな?なんらかの術理により洗脳状態にある様なので対処する。補佐は任せたぞ」

「了解いたしました。……殺害の許可は頂けますか?」

「……いや。なるべくなら生け捕りたい。無論お前の身に危険が迫ればその限りではないが、注意せよ」

「承知いたしました」

 

 カルマ値が善よりであっても、モモンガやナザリックに害あらば躊躇はしない。

 セバスであったからこそ、事前に確認をしたのだろう。

 他の守護者であれば、確認するまでも無く殺害を念頭に行動していたに違いない。

 モモンガは自らの人選が間違いなかった事に満足する。

 

「さて……では始めるか、ヘルメス。一応確認だが、意識はあるか?」

 

 返答があるとは思っていなかった。

 事実、この場に転移してから、ヘルメスは一言も発していなかったのだから。

 

『……意識はある。そこにいるのは誰だ?』

 

 空虚な声が、ヘルメスの口から紡がれた。

 

 

 

 

 

 

 セバスがモモンガの前に立ちふさがる。

 その拳は固く握られ、鋭い眼光がヘルメスに向けられていた。

 文字通りモモンガの壁となるべく、ナザリックが誇る最強の家令が闘気を漲らせる。

 すぐに飛び掛からなかった事に、やはりモモンガは感心した。

 

「驚いたな。本当に意識があるとは……会話は可能かね?ヘルメス」

『ああ』

 

 初対面の人間に対する言葉遣いではなかったが、今は部下もいる手前、不遜ではあるがこの言葉遣いのまま質問していく。

 

「まず……お前はユグドラシルプレイヤーか?」

『その通りだ』

 

「カンストプレイヤーか?」

『その通りだ』

 

「職業は?」

『ユグドラシル流に言うなら古代の錬金術師(エルダーアルケミスト)。この世界に即した言い方をするならバレアレ薬品店勤務の駆け出し錬金術師』

 

 面白い。

 今のヘルメスがどういう状況にあるのかは分からないが、質問には素直に答え、ユニークささえ持ち合わせている様だ。

 

「ふむ。では今のお前の状態は?洗脳か?拘束か?それとも別のバッドステータス状態なのか?」

『……』

 

 沈黙した。

 否、どうやら考え込んでいる様子であった。

 

『……言語化が難しい。この世界独自の魔法、「始源の魔法(ワイルドマジック)」の技術で作られたアイテム「叡者の額冠」により、自らの意思で行動できない特殊なステータスにある。感覚的には身動きが封じられた夢遊病、というのが近い』

 

 驚愕すべき単語が出てきた。

 セバスが背中越しに緊張を強めるのが見て取れた。

 

「ワイルドマジック……?そんなものが存在するのか。これは詳しく調べる必要がありそうだな」

「非常に危険な魔法かと」

「そうだなセバス。後にデミウルゴスらと協議するとしよう」

 

 この世界独自の魔法。

 その様なものが存在するのであれば、カンストプレイヤーであるヘルメスが嵌められた状況にも納得がいく。

 

「それで?叡者の額冠の効果とはなんだ?」

『着用者の自我を封じることで、人間そのものを超高位魔法を吐き出すだけの装置とする糞ったれアイテム。適合者は極少の上、一度装着すると安全に取り外すことはできず、無理に装備解除すれば着用者が発狂するというゴミアイテム』

 

 ん?

 なんか説明口調の中に随分と感情がこもった箇所があった気がするが気のせいだろうか。

 

「だがヘルメスよ。今のお前は私と会話をしているが?それは自我を封じたと言えるのか?」

『……』

 

 再度の沈黙。

 だが今度は答える様子自体が無いようだ。

 

「ヘルメス?」

『……その質問への回答は、私の秘密に大きく関わってくる。回答は絶対か』

 

 驚いた。

 回答を渋るとは思っていなかった。

 悪いが、ここはゲームでは無いのでマナー違反という言葉は通じない。

 

「答えよ。お前の心臓、私が握っているという事を忘れるな」

『……自我を封じられる寸前に抵抗を試みた。世界級(ワールド)アイテム「賢者の石」で得た効果と、叡者の額冠自体のレベルがそこまででは無かった為、深層意識のみ浮上できる状態にある』

世界級(ワールド)アイテムだと!?」

「モモンガ様!おさがり下さい!」

 

 高ぶった精神が一瞬で沈められ、大丈夫だ、とセバスの肩に手を乗せる。

 

「賢者の石とは何だ?どこに装備している?」

『……錬金術を極めた者が持つことで真価を発揮する。魂をも生み出す奇蹟の万能石は、術者に未知の理を授ける。……指輪型のアイテムで今も装備している』

 

 まるでフレーバーテキストを読み上げているような、空虚な声が響く。

 モモンガはぞわりと嫌な予感が背中を伝ってくるのを感じる。

 フレーバーテキストが現実化する世界で、賢者の石に関するそれは、非常に曖昧で意味が広い。

 そして錬金術師限定という適用範囲の狭さが、モモンガにとっての使い勝手の悪さを予想させた。

 

「……賢者の石で得た効果とは?」

『どんなマジックアイテムでも使用可能というタレント』

 

(……チート能力なのに!……運が無さ過ぎだろ、この闇妖精)

 

 モモンガは場に相応しくもなく、吹き出しそうになるのを抑え込む。

 要はせっかくのチート能力を手に入れたにも拘わらず、それがデメリットとなるアイテムにぶち当たってしまったのである。

 旅の道中に聞き及んだが、そのタレントはンフィーレアと同様のものだ。

 もしかしたら、そのタレントを入手するために、ヘルメスはバレアレ家に近付いたのだろうか。

 

「はぁ……成程。驚くべき情報がわんさと入手できたが…では、今の状況に陥るまでの経緯を説明してもらおうか?」

 

 ヘルメスは淡々と口にする。

 それはモモンガが聞いていて、呆れるような内容であった。

 曰く、不意を突かれた。

 曰く、自分を殺そうとした小娘に僅かな情が沸いた。

 曰く

 曰く

 曰く……だが、結局のところは……

 

「慢心……油断しすぎだろう!この馬鹿!」

『……』

 

 図星をつかれたのか。

 ヘルメスの深層意識は沈黙した。

 

 

 

 

 

 

「大体だな。情報リテラシーが低すぎるんだ。カルネ村で馬鹿でかいグリーンシークレットハウス建てたまんまだし、エンリエモットや村長らと口裏合わせしておかないから、事情を知らないンフィーレアが混乱するし。誰が尻ぬぐいしてやったと思う。私だ!わざわざ記憶操作や隠蔽魔法使ったり、大変だったんだぞ。情報系魔法もどうせサボって取得してこなかったんだろうが、アイテムで補うくらいしろ。覗き見放題の癖に、いざ覗かれたら怒るなんてユグドラシルプレイヤーの風上にもおけん。駆け出しならわかるぞ?だが仮にもカンストプレイヤーだろうに。同じカンスト勢として情けないったらない。それと、ロールプレイするなら統一しろ。行く先々で色々なロールするから辻褄が合わなくなっていくんだ。異世界を謳歌するのは自由だがな、少しは反省をしろ」

『……』

 

 ヘルメスの深層意識は、死の支配者から説教をされていた。

 支配者ロールが崩れつつあるモモンガに、セバスが目を丸くしている。

 

「あと現地人と仲良くしすぎるのもどうなんだ。エンリ・エモットなぞお前に惚れていたぞ。まだこの世界の事について分かっていない事の方が多いだろうに手を広げ過ぎなんだ。私の様に組織を持っている訳でもない正真正銘のソロプレイヤーがほいほい知らない土地に遊びに行くな。地盤を固める努力くらいしたらどうなんだ。部下をまとめつつ執務に追われる私を差し置いて、毎日食べて飲んで食べて飲んで、別に羨ましくないが能天気にも程がある。エンリ・エモットなぞ……いやこれはもう言ったな」

 

 後半はやや私怨が混じっているが、間違ったことは言っていないとモモンガは胸を張る。

 

『……お前はあの時覗き見ていた者であり……ンフィーに同行した黒鎧の戦士か?』

 

 ヘルメスの深層意識が質問する。

 

「……そうだが。だとしたらどうする?」

『……どうもしない』

 

 精神抑制が働かない程度の憤りであったため、早口で捲し立ててしまったが、言いたいことはまだまだあった。

 否、聞いてみたい事があったのだ。

 モモンガは一度咳払いをする。

 

「色々言ったが……覗き見たことは、謝罪しよう。悪気は無かったのは事実だが、不快に思うのも理解できる」

『……いい。意趣返しは成功していた様だしな』

「ならばよい」

 

 悪戯アイテムのネックレスの事であろう。

 モモンガはふんと鼻を鳴らす。

 

「……であるならば、現在貸し借りはチャラという事だな。いや、村の隠蔽工作を含めればまだ貸しの方が大きいだろうが……」

『……』

「……お前の最初の質問に答えよう。私はモモンガ――アインズ・ウール・ゴウンのギルド長を務める者だ」

『……モモンガ……』

 

 セバスは空気が変わったことに気を張りなおす。

 尊い御身とギルドの名を出したのだ、本題はここからと言える。

 

「ふ。知らないのも無理はない……我がギルドが栄えてたのはもう何年も――」

『知っている』

「え」

『DQNギルド。悪の華。PKK。異形種の最強集団』

 

 モモンガはヘルメスの顔を覗き見る。

 嬉しかったのだ。

 ヘルメスが、かつての栄光を知るプレイヤーであった事に。

 たとえ、それがwikiに載せられた文字とスクショだけのものであったとしても。

 だが、そのあとに続いた言葉はより衝撃的なものであった。

 

『ウルベルト……タブラ……は元気か』

 

 セバスが驚愕に身体を震わせる。

 優秀な戦士が、己が身体を律することが出来なくなる事態など至高の御身に関わる事以外には有り得ない。

 モモンガも同様に驚愕していたが、精神抑制が働きポーカーフェイスを保つことが出来ていた。

 

「その口ぶりだと……まさか二人と面識があるのか?」

『知っている。アインズ・ウール・ゴウンは得意先だった』

「得意先?」

『錬金術師はアイテムを売る。その売込み先だ』

「……そんな……なんという……」

 

 偶然か。

 ウルベルトらの友人とあらば、モモンガも対応を改めなくてはならない。

 否、対応は変わらないが、より強く働きかけなければならない――。

 

「ふむ。これも奇縁。……ヘルメスよ、我がナザリックに来る気はないか?」

 

 セバスが初めてモモンガを振り返る。

 その表情が何を意味するのか、モモンガは分からない。

 

『……』

 

 ヘルメスは沈黙する。

 何故沈黙するのか。

 何故、「はい」と言わないのか。

 深層意識に嘘は吐けない筈だ。

 ならば嫌なのか。

 

 モモンガはこの世界に転移してきて、自身の人間性が喪われていくのを実感していた。

 その事にもはや危機感を感じなくなるほど、人間に対し虫と同程度の感情しか抱かなくなっていくのを感じていた。

 そんな中、ヘルメスを見つけたのだ。

 見知ったものがナザリック以外に無い中で、唯一ユグドラシルを感じさせる存在であった彼は、まるでユグドラシルの続きをしている様だった。

 羨ましくなかったというのは嘘だ。

 ソロプレイヤーが培う筈の慎重さが皆無な彼は、探知阻害もろくにせずに、自由気ままに異世界を楽しむ様をモモンガに見せつけた。

 彼といれば、また――自分もユグドラシルの続きが出来るのではないかと思えるほどに。

 だから、誘った。

 

『誘いは嬉しいが。出来ない相談だ』

 

 長い沈黙の後、ヘルメスは断りと取れる返答をした。

 

「……理由を聞いても?」

 

 ショックを受けているのはバレなかっただろうか。

 配下のセバスに情けないところは見せられない。

 事実、至高の主の誘いを断るという行為をしたヘルメスに、セバスが圧を強めた。

 

『説明した通り、叡者の額冠は装備の解除が出来ない。そして抵抗した結果、中途半端に意識が残ったため、装備を解除させようとする者に対して反撃する様になっている』

「ほう……では、それを成せればナザリックに加わると?」

『――危険だ。アイテム効果により魔法の位階が跳ね上がっている。ウルベルトらの友人を傷付けたくはない』

 

 なんだそんなことか、とモモンガは安堵する。

 

 そう、それだけ聞ければ十分だ。

 かつての仲間達の友人は、不用心だが、随分と人がいいようだ。

 モモンガは絶望のオーラを全開にさせる。

 

「……ヘルメスよ、PVPだ。お前を叡者の額冠から解放してやる。その暁には――我がナザリックの軍門に下れ!」

 

 死の支配者は、死のオーラと魔王ロールを全開に、決闘(PVP)を宣言した。

 

 

 

 

 

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