ナザリック地下大墳墓。
その広大な施設のとある一室に、異形からなる6つの影があったーー。
「して、アルベド。モモンガ様は一体どうなさるおつもりなのだろうね」
「……正直、分かりかねるわね。あれから一切の監視魔法の使用を禁じられているせいで、大した情報は上がってきていないわ……」
ナザリックの知恵者二人は、眉間に皺を寄せて唸る。
話題は当然、外からやって来た異邦者、闇妖精のヘルメスなる人物の処遇についてである。
至高の主が突然、「拾った」と言ってナザリックに連れ込んだ人物だ。
既にナザリック内の特定の階層には、実験動物及び情報収集の為のモルモットとして、この世界の生物を複数囲い込んでいるのだから、連れ込むだけなら別段そこまでおかしな事態とは言えない。
しかし、そのヘルメスなる人物は事も有ろうに至高の聖域である第九階層ロイヤルスイートの一室を与えられているという。
ナザリックに属さない者が、その聖域に足を踏み入れる事態など、ただ事では無い。
「やはり……モモンガ様は彼の者をナザリックに引き入れるつもりなのではないでしょうか?」
デミウルゴスは、当初から得ていた予想を口にする。
ナザリックに属する者として、余所者がナザリックの聖域に足を踏み入れる事が面白くないのは事実だが、それで利が得られるのであれば、彼は利を取る悪魔であった。
「……悪い冗談ね、デミウルゴス。聞いた話だと、現地のアイテムで洗脳支配されていたって聞いているわよ?そんな低レベルな存在、引き入れる価値があるとでも?」
対して、当初から予想しつつも、否定的だったアルベドの口調は厳しい。
恐怖侯の配下や、数多の隠密系モンスターを要するナザリックの情報網は凄まじく、既に近場である王国や帝国に関する、おおよその情報については掌握しつつあった。
その中で得られた情報から総合して、この世界のあらゆる存在のレベルは極めて低く、ナザリックを害すると考えられる存在はごく僅か、それも表には出てこない様なものばかりであるという事が判明している。
そんな中、至高の主が拾ってきたという人物は、その低レベルなアイテムに精神支配されていたというのだから、大した実力もない者、と結論付けられるのも無理もない話である。
ヘルメスなる人物を最初に発見したのはモモンガであり、その主曰く、その人物はカンスト級ユグドラシルプレイヤーなのだという。
しかし、数日前の対象との接触後、モモンガは彼に対する一切の関与を禁止し、監視も最低限のものに据え置いて以降、具体的な指示は出してこなかった。
アルベドが執務の合間を縫って、さりげなく指示を仰ごうとしたこともあったが、「別命を下すまで現状維持だ」の一点張りであったのだ。
以降、モモンガがその名を口にする事は無かった為、危険な存在であるとは思いつつも触れられずにいたのだが、ここに来て事態がまたも急転、その対応について守護者達との話合いの場を設けたという次第である。
「……なんの話でありんす?」
凛とした声が響く。
シャルティアは主語の無い二人の会話についていけず、詳しく教えろとばかりに不満げな声色を滲ませる。
「例のユグドラシルプレイヤーの話さ。以前、モモンガ様がプレイヤーを発見し、アルベドと共にナザリックを飛び出された事があったろう?」
「あぁ……そういえばそんな事もありんしたえ」
当時、シャルティアはモモンガが敵前に御身を晒す危険を危惧し、他の守護者同様、断固反対の姿勢を示したのだがアルベドに言いくるめられて泣かされた苦い記憶とともに思い出す。
「フム……タシカ、ダークエルフノ錬金術師デアッタカ……大シタ脅威デハ無イトモモンガ様ハ仰ッテイタガ」
「私やマーレと同じ種族なんだよねそいつ。私はどんな奴か気になるなぁ」
「えっと……モモンガ様が放っておいてもいいって言ってるんなら……そうした方がいいんじゃ」
コキュートス、アウラ、マーレが口々に、それぞれの意見を述べる。
彼らも一様に「面白くない」とは感じているが、「全てはモモンガ様がお決めになること」と割り切っていた。
現在、ここナザリック地下大墳墓の「守護者会議室」と名付けられた一室には、守護者全員が勢揃いしていた。
モモンガより休暇制度なるものの導入を受け、守護者各員の休みが重なる時間帯に守護者会議なる集会を実施するにあたり、確保された部屋である。
議題内容は大抵がナザリックの知恵者二人からの情報の伝達なのだが、今回の議題は当然、現在第九階層に迎えられている例のユグドラシルプレイヤーについてであった。
「もちろんモモンガ様が関知するなとお命じになっている以上、何かをするつもりなどないさマーレ。ただ、今日までにナザリックで収集した情報から考えるに、彼はこの世界において、ナザリックに届き得る力を持っている唯一の人物なのは確かだ。であれば、今後について考えを共有していくことは大事だと私は思うね」
ナザリックに届き得る、この言葉に守護者達の空気は険悪なものに一変し、コキュートスの顎からはガチガチと小さな警戒音が発せられる。
デミウルゴスはこめかみに手を当て、溜息をつく。
「……気持ちは分かるがね。君達のその反応を鑑みてのご対応だろうね。実質、凍結とも言える一連の指示は」
「え?」
「どういうことでありんす?」
アウラとシャルティアの声が綺麗に重なった。
「つまり、モモンガ様は我々ナザリックの僕達が、彼に良い感情を持っていないであろう事を見抜かれているのだよ」
「そういう事。分かりやすく言えば、慈悲深いモモンガ様はナザリック以外の存在を嫌悪するという私達の感情を想い、気遣われている、という事よ」
そんな、と守護者達に戦慄が走る。
至高の御方が自分達に気を遣い、あろうことかその行動を制限されていた、という事であれば、それは不敬にすらあたるのではないか。
そんな事が許されるであろうか、自分たちの存在意義とは何だったのか、という思いがある一方、そこまで自分達の事を思ってくれているモモンガにより一層の敬意が生まれるのを感じていた。
デミウルゴスはそんな複雑な表情を浮かべている愛すべき同胞達を眺め、僅かに息を漏らすと安心させるような優しい口調で語り掛ける。
「心配はいりませんよ。彼の者がいかな強者であったとしてもナザリックの敵ではありません。我々の強みは至高の存在であらせられるモモンガ様と、ナザリックという団結した組織力にあります。時が来ればいずれモモンガ様から別の指示も下るでしょう」
モモンガの名を出した途端、守護者達にわずかに安堵の色が広がった。
至高の存在であるナザリックの主の事である、時が来れば自分たちに全てをお話してくれるに違いないと胸を撫でおろす。
「さて、モモンガ様のご指示がどの様なものになるにせよ、ただ指示が下されるのを待っているだけというのは、配下として正しい姿とは言えません。指示を待つのと同時に、それに向け備えておく、それが配下のあるべき姿だと私は思っています」
デミウルゴスがそう述べると、間を空けずにシャルティアが口を開く。
「……しかし、分かりんせんねぇ。そんな強者である筈の存在が、なんでこの世界の低レベルアイテムなんかに遅れを取ったのでありんしょう?」
「それについては、私も疑問に思うところです。カンスト級プレイヤーとは、モモンガ様曰く、我々と並ぶレベル100に至った存在を指す言葉。レベル1桁が多数を占めるこの世界で、彼の身に何が起こったのか非常に興味があるところです」
シャルティアの疑問に、尤もと言葉を返すデミウルゴス。
「それについてなのだけれど……どうもセバスが何か知っているみたいなのよね。ただ、いくら聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りなのよ。恐らくはモモンガ様に他言無用と言いつけられているのでしょうね」
モモンガの言葉であれば仕方ない、と守護者各位は唸る。
仮に自らが同じ立場だっただとしても、同じ守護者であろうと、決して漏らすような事はしないだろうと想像できるからだ。
「……もしかすると、そのアイテムの存在が、今回の事態の主要因なのかもしれませんね」
守護者達の視線がデミウルゴスに集中する。
それは暗に、早く先を話せ、と催促するものであった。
「モモンガ様はその素晴らしき叡知を用い、いち早くユグドラシルプレイヤーの存在を捕捉された。そして、それは錬金術師という貴重職といえる存在で、アルベド曰く、カルマ値はやや悪寄りの中立で性格は比較的温厚、さらに恐らくは拠点を持たない単独転移者。どうだね?仮にだが、モモンガ様が人材を欲していたとした場合、素晴らしい物件ではないかな?」
「……気にいらないけど、その通りね。実際、可能であれば平和的に接触したいとモモンガ様は仰られていたし」
戦闘力が飛び抜けている訳でも無く、後ろ盾も無いとあらば、接触のリスクも小さい。
何より至高の主は、平和的な接触を望んでいたのは事実である。
「まぁ、この世界じゃアイテムのレベルも低くて、ポーションなんてすぐに回復しないし腐るらしいからね。そういう意味じゃ、錬金術師っていうのはレアかもね。当然タブラ・スマラグディナ様ほどじゃないだろうけどさぁ」
アウラの言葉に、アルベドは僅かに眉根を寄せるがすぐにいつもの表情を取り戻す。
「さて、そんな優良物件である彼を何故モモンガ様は、今まで放置されていたのか。接触の機会を伺っていた、或いは一度目の接触の際の感触が良くなかった、という線もあるが――」
「……不敬にも、ナザリックを拒んだという線はないんでありんしょうかえ?」
もしそうであるなら八つ裂きにしてくれよう、そんな意思を込めた瞳で、シャルティアが揶揄するように言葉を発する。
「それは無いだろうね。我々と同じ世界から転移してきた存在であるなら、ナザリックの脅威を知らない筈もありませんし、なんの後ろ盾も無い単独者であるなら組まない手は無い。もちろん、彼がそれなりに頭が回る者なら、という前提はつきますがね」
異形の集団であるのを理由にナザリックを拒む、という考えについては、彼の者には当てはまらないだろうと、デミウルゴスは推測していた。
かつていたユグドラシルという世界では、異形種を狩る事で得られる特殊な職業が存在したため、糧として異形種を狩る人間種はいたそうだが、この世界は違う。
異形種はただそこにいるだけで悪だとする価値観、一部の国では宗教観として存在しているらしいが、ユグドラシル出身の彼の者がそうだとは考えづらい。
「放置していた理由については推測しかねますが、それを許したのは当然、彼がこの世界における強者にあたる実力者であったからです。放っておいても死にはしないのだからね。だが、それを転じてまで彼の者を急遽ナザリックに招き入れたとなれば、その理由は――」
「カンスト級プレイヤーを洗脳しうるアイテムの存在を感知したから。そのアイテムの情報を得るのと同時に、解放をもって向こうに恩を売る。そういう事ね、デミウルゴス」
台詞を盗られたデミウルゴスは眼鏡のフレームを抑えつつ、無言の抗議の声をあげるが、アルベドはどこ吹く風だ。
過去にも似たような事があったため、一度言っておいた方が良いのかと頭を振る。
「……そうですね。もしモモンガ様が平和的に協力関係を結ぼうとしていると仮定した場合、恩義で縛るほうが得策であると考えるでしょうから」
ナザリックに属する者であれば、協力では無く従属させるべき、とまず思考するのであろうし、デミウルゴスも当初はそう考えたものだが、先のモモンガの一連の行動から、その考えに固執するのは危険だと考える様になった。
より正確に言うのであれば、下手をうてば主の足を引っ張る行為に繋がりかねないと危惧していた。
「ふぅん。でも結局、人間種でありんしょう?」
予想通りと言うべきか、面白くないといった具合のシャルティアがそんな言葉を口にする。
当然、反応したのは同じ闇妖精のアウラとマーレである。
「……偽乳。あんた私に、いやぶくぶく茶釜様に喧嘩売ってんの?」
「……シャ、シャルティアさん……そんな風に僕たちのこと……」
カルマ値故の何も考えていない発言であったのだが、至高の御方への不敬にも繋がる失言に大いに慌てるシャルティア。
アウラはもちろん、マーレの瞳の奥に宿った黒い灯が宿っている。
「え!い、いや違うでありんす!し、失言でありんした!かくあれしとされた二人を悪く言うつもりはなかったでありんす!」
ぎらついたオッドアイが、シャルティアを射殺す様に突き刺さる。
そんな二人の怒りを鎮めたのは、コキュートスの言葉であった。
「止メヨ。先ノデミウルゴスノ発言ヲ忘レタノカ」
「コキュートスの言う通りだね。最初に言ったが、そういった反応を鑑みて、モモンガ様は対応を慎重に行われている。守護者が喧嘩する様な事態を憂いているからこそ、今の状況がある事を忘れないで欲しいところだね」
三人はその言葉にはっとする。
シャルティアの謝罪を受け入れると、双子もいつもの調子を取り戻した。
「いいかね。今話したのは全て推測に過ぎない。私としても、洗脳し、ナザリックの生産部門を担わせるというのが理想だとも考えていたが、モモンガ様は私の遥か先を行く叡知の持ち主であらせられる。きっと一介の僕では至る事の出来ない深いお考えがあっての事だろう」
「……ナザリックの僕として、面白くないと感じるのも無理はないのだけれどね。ただ、モモンガ様がそれを望まれるのであれば、ナザリックの戦力増強という面でも悪い話ではないのは事実よ」
アルベドは、どこか無感情にそう告げる。
ナザリックにはかつて、1500人の人間種を中心としたプレイヤー達が襲撃し、第八階層まで進行される――アルベドを除いた全守護者が倒される――という苦い記憶があるだけに、人間種に対して難しい感情があるのは事実だ。
「……トコロデ、彼ノ者ハ、ドノ程度ノ力ヲ持ッテイルノダロウカ?」
コキュートスの言葉に一同は目を丸くする。
戦士である彼が言うのだから、力とは戦闘力という意味だろう。
実際に目にした事があるのはアルベドだけである為、彼女に視線が集中する。
「期待を持たせて悪いのだけれど、相手があまりにも雑魚だったから、本気の戦闘能力を推し量る事すら出来なかったのよね。錬金術師専用の魔法を行使する魔法詠唱者だったから、後衛職なのは間違いないけれど。……気になるのは
「ほぉ……。であるならばそれなりの特殊技能や奥の手は持っていそうだね。まぁ生産職である彼の真の価値は戦闘では無いが、強者であるならば使える幅も広がるし、悪い事ではないがね」
デミウルゴスの相槌の後、思い出したとばかりにアルベドが言葉を続ける。
「あぁ。そういえば一度だけ、モモンガ様が驚いていた事があったわね。弾道系魔法……まぁそれ自体は低位の魔法だったのだけれど、発動の際に《魔法三重化/トリプレットマジック》じゃ説明がつかない弾数を生成していたの。恐らくは何らかの錬金アイテムによるものでしょうね」
「ホゥ……ソレハ興味深イナ……」
コキュートスの顎から冷気が漏れ出る。
手合わせ願いたいものだ、とでも言いだしそうな雰囲気だ。
「ね。ね。アルベド、闇妖精っていうけどさ、どんな感じの奴なの?」
アウラがはいはいと手を挙げて質問する。
タブーとまでは言わないが、モモンガによる緘口令が敷かれていた反動か、この機会に色々と聞いておこうと前のめりだ。
「そうね……身長は二人よりも高くて……年齢は二人よりも年上だと思うけれど若いわね。正直闇妖精の見かけから年齢は測れなくて。体格は……どちらかと言えば華奢ね、魔法詠唱者だし」
「ふーん。なんだ年上か。つまらない」
「ぼ、僕ももっと身長伸びるかなぁ」
アウラはややガッカリといった反応だが、マーレは自身の成長後の身長を気にしている様だ。
二人とも、健全な発育をモモンガより期待されており、なるべく食事や睡眠を取る様に指示されている。
その後も、様々な質問がアルベドに投げかけられ、盛り上がりを見せるが、やがてデミウルゴスによって一度打ち切られた。
「さて、各々色々と議論したい事もあるでしょうが、本日はここまでとしましょう。今回の集まりは、今後予想されうるご指示に対する意識共有が目的です。可能性の高いナザリックへの恭順を挙げましたが、全てはモモンガ様のご意思次第という事を忘れないように」
興味がなさそうなシャルティア。
それなりに興味がありそうなアウラとマーレ。
魔法詠唱者としての実力が気になるコキュートス。
有効活用の手段を思案するデミウルゴス。
と、様々な思惑が交差する会議室の中で、アルベドだけが、ただただ無感情に成り行きを見守っていた。
◆
「なんだここ……」
噂の渦中にいる人物、ヘルメスは『スパリゾート・ナザリック』にいた。
スパがあるんで楽しんで来てください、と気軽に言ってのけたモモンガは一体何者だろうか。
スタジアム程の広さがあるんじゃないかと思われるこの巨大な施設は、いくつもの区画に分けられ、多種多様な湯が張られている。
区画ごとにテーマがあるらしく、大理石で作られた巨大なライオン像や、観葉植物、ライトアップ等、様々な趣向が凝らされた様子は、さながらテーマパークの様だった。
おまけに、貸し切りときている。
湯治として来るには、落ち着かないにも程がある。
「っていうかこんなん、ユグドラシルじゃ必要ないだろ……転移を見越してた訳じゃあるまいに……」
かつてのアインズ・ウール・ゴウンのメンバーらによる異常なまでの作り込みに、ヘルメスは感動を通り越して若干引いていた。
とりあえず、一番近場にある『本日の薬湯』という札が立てられた岩風呂に浸かる。
身体の芯から温まる、不思議な香りがする紫色の湯であった。
頭の上に手ぬぐいを乗せ、褐色の肌に湯をかけ流し、ほうと息を吐く。
(風呂の後には食事が待ってるらしいけれど、バフ盛り盛りの超豪華なフルコースとかだったらどうしよう……俺テーブルマナーとか知らないし)
現実世界において、食事は栄養補給の手段にしか過ぎず、料理を目と舌で楽しむなどという発想は持っていなかったが、こんな風呂を見せられた後ではそういった事態もあり得るなと想像する。
まさに、至れり尽くせりの高級旅館のもてなしを受けているようである。
まるで自分が、超VIPになって接待を受けているような待遇に、ヘルメスは若干の居心地の悪さすら覚えていた。
(なんでこんなに良くしてくれるんだろう。俺をヒモにでもさせたいのだろうか……絶対堕落するぞ、こんな生活送ってたら……)
口元を湯に浸からせ、ぶくぶくと泡を吐きながらそんな事を考えていると、当のモモンガから伝言の魔法が繋がった。
『あ。ヘルメスさん、今風呂入ってます?』
『モモンガさん、なんですかこのテーマパークみたいな風呂は。凄すぎて全然寛げませんよ』
通話の向こうで機嫌の良さそうな声が響く。
そうでしょうそうでしょう、と何とも嬉しそうだ。
『それでですね。言うの忘れてたんですが、一個おススメがありまして、スライム一体送っておいたので、是非体験してみてください。病みつきになりますよ』
『おすすめ?スライム?ってなんの事ですか?』
『あ。安心して下さい。私の使っているスライムとは別個体なんで。ばっちくないですから』
『ちょっと待って。何?怖い怖い!スライムって何?戦うの?』
ではごゆっくり、という言葉と共に伝言が切られ、ぴちょり、と水の垂れる音が静かな風呂場内にこだまする。
「……色々と説明が足りないんだよな、モモンガさん。……スライムを体験っていったい……」
広い風呂場にヘルメスの独り言がむなしく響く。
しばらく大人しく湯に使っていると、入口の扉が開く音が耳に入る。
貸し切りと聞いていたが、他の利用者であろうか、ナザリックの規模を考えればそれも当然と言えたが、なんとなく気まずさを感じたヘルメスは『湯・遊・なざりっく』と印字された手ぬぐいを腰に巻いて、奥の湯に移動しようと上がった時であった。
ちらりと入口の方を眺めたヘルメスは目を見開く。
そこに、紫色のスライムが鎮座していたからだ。
「え!?」
ヘルメスが声を上げた時にはもう遅い。
スライムは、ヘルメスに一瞬で近付くと、粘体を大きく広げ全身を飲み込んだ。
正確には、ヘルメスの顔面を残し飲み込んだとする方が正確だろうか。
反射的に反撃しそうになるが、モモンガの言葉と、ここが異形種の多いナザリックという地であることを思い出し、寸での所で思いとどまる。
(まさかと思うけど……これがモモンガさんの言うおススメだろうか)
スライムに飲み込まれ、ふかふかのベッドに寝転がる様な姿勢となったヘルメスは、骨にまとわりつくスライムを想像して噴き出しそうになる。
よく見れば、スライムは飲み込んだヘルメスの身体を洗うように、一生懸命に蠢いている。
正直、滅茶苦茶にくすぐったい。
笑うのを必死に我慢するが、やがてそれが徐々に快感に変わっていく。
(……まさかこんなオプション……いやサービスを受ける日が来ようとは……)
ヘルメスは何かいけない事をしている様な、妙な罪悪感に苛まれながらも、快感に身を委ねる。
(あっ……そこ気持ちいい、くすぐったいけど気持ちいいかも……あっ……いい……)
やがて、蕩ける様な恍惚な表情を浮かべた闇妖精がそこには出来上がっていた。
顔には赤みが差し、湯気と促された発汗作用により額を伝う汗が、中性的で整った容姿に妙な艶を漂わせる。
自分が駄目になるのを自覚しながらも、快感に抗う事の出来ない堕ちた全裸の闇妖精の姿が、そこにはあった。