第1話 夢の終わり
「……なぁ。これ本当に本物?」
異形種の多く住まうヘルヘイムの都市の一つ、ロクサールの中央にある露店の集う広場。
その中にある露店の一つ。
怪しげな蟲人の店主の前に並べられた指輪の一つを見つめ、訝し気に呟く一人の
「おっと。お目が高いねぇダークエルフの旦那。」
蟲人は、手元のコンソール画面を閉じる動作を取ると、こちらに顔を向ける。
「いや、だってこれ……
胡坐をかくように鎮座している蟲人の前には、赤色の敷物の上に粗雑に置かれた指輪が並んでおり、その中の一つに虹色の宝石が嵌め込まれた指輪が紛れていた。
『賢者の石(フィロソフィーズ・ストーン)』
様々な媒体で取り上げられる、空想上の万能石である。
死者を蘇らせ、不老不死を与えるという錬金術の極致に至る奇蹟のアイテム。
……というのが、一般的な賢者の石に対するイメージであろうが、この世界においては違った。
錬金術スキルに対する大幅なボーナス付与等の効果があるものの、錬金術師にしか必要とされない上に、錬金術師のスキルとかぶる(良く言えば重複する)効果のみであり、所持することで効果を発揮するでもなく、貴重な指輪装備枠を一つ潰す必要があるのだ。
ピンキリの
「まぁがっかりストーンだしなぁ……俺は錬金術師の
蟲人は笑顔アイコンを表示させながら、どこか寂しそうに答えた。
最後。
そう、最後なのである。
DMMORPG『ユグドラシル』
世界中、特にこの日本国内において、一世風靡したそのゲームタイトルは、今日をもってサービスを終了する。
仮想世界の中で体験するは、RPG然としたこれまでのゲームとは違った。
魔法や剣の入り乱れる戦闘はもちろん、ゲームの中で出来る事の自由度が違った。
広大なマップ、多くの種族、クラス、スキル、魔法。
クリエイトツールを用いた様々な外装の作成。
『クソ運営』と呼ばれ、時に笑いを、時に怒りを与えてくれる存在。
やれない事を探す方が難しい。
まさに
ヘルメスは、蟲人に釣られ少し寂しい思いを胸に抱きつつも、今日というサービス最終日を楽しもうと、気持ちを切り替える。
「ふむ。んで、『賢者の石』は本当にこの値段でいいの?
目の前の指輪は、ユグドラシルの仕様で自動計算される
サービス終了日までユグドラシルで過ごしたヘルメスにとって、決して高い値段ではなかった。
というか、バカのように安い値段であった。
「ん。かまわんよ。最終日だってのに人少ないし。あんたくらいだろうしね、こんな時間に露店に来る奴なんて。」
蟲人は、ヘルメスがコンソール画面を開くのを見ると、同様にコンソール画面を開き、取引ツールを起動する。
やがて、取引成立の効果音が響くと、ヘルメスは笑顔アイコンを表示させた。
「いや~。最後にいい買い物したなぁ。錬金術師として過ごした最後の日に『賢者の石』が手に入るとはねぇ。」
「あっ……ずる……!あんた錬金術師だったのか!あぁ~もっとふっかければ良かった!」
蟲人は頭を抱えるが、後の祭りである。
取引はすでに成立しており、アイテムは既にヘルメスのアイテムボックスの中だ。
「んふふ。情報戦はユグドラシルの基本。最終日だからって油断は禁物ですよ。」
「あはは。確かにそうだな。まぁいいや、もってけもってけ。」
「まぁ微妙なアイテムには変わり無いですけどね。」
「だろうなぁ。……あ、花火は日付変更の30分前からココでやるらしいぞ。オープンチャットで色んな人に呼び掛けてたから、サバ落ちする位の花火見れるかもよ。」
「へぇ……ありがとうございます。今日は最後までいるつもりなんで、楽しみにしてますよ。」
視界の隅に表示される時刻は午後11時を過ぎたころだ。
ヘルメスは蟲人と別れると、『賢者の石』を装備しながら都市をぶらつくことにする。
ヘルメスは
錬金術スキル使用の際には様々な効果が付与される
可能なら、今すぐにでも魔術工房に籠り、指輪の効果と合わせてアイテム作成などの実験をしたいところだが、もうそんな時間も無い。
溜息をつくと、今までの思い出に想いを巡らせる。
(あぁ。本当に終わっちゃうのか……寂しいなぁ。今日もログインしていたお世話になった人達には挨拶できたけど、フレンド登録した人のほとんどは辞めてしまった……。色々なワールドを回ったけど、やっぱりココが一番落ち着くな。)
ヘルメスは錬金術師という職業柄、素材集めやアイテム探究のため世界のあちこちを旅していたが、ヘルヘイムの滞在率が高かった。
クエストに出て素材を集め、錬金術によってアイテムや杖等を生産し、商人ギルドを介してそれらを売り、資金を集め、またクエストに出る。その繰り返しである。
NPCのショップで販売されているアイテムはワールドのどこでも同品質・同価格であるが、錬金術師の作成するアイテムは高品質で人気があり、『錬金術師ブランド』と呼ばれ、高値で取引されていた。
隠し
自身は、錬金術の探究ができ資金も調達できる。相手は高品質アイテムを手に入れることが出来る。まさにwin‐winの関係。
(そういえば、タブラさんとか元気でやってるかな。もう随分と見てないし、辞めちゃったのかな?ウルベルトさんも相変わらず『あの感じ』でやってるだろうか……。)
ふと、お得意先であるギルド、ヘルヘイムいや、ユグドラシルで(ある意味)最も有名なギルドのメンバーを思い出す。
(知り合ったのは、2chで祭りになった『ナザリック地下大墳墓1500人襲撃事件』の1ヵ月前くらいだったか……?いきなりゲーム内メールが届いて「
思い出し笑いをしながら、当時の記憶を探る。
PK、PKKギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は有名であった。
ギルドマスターのモモンガは、攻略wikiに非公認ラスボスとして掲載されていたし、同じ錬金術師のタブラ・スマラグディナとは以前から親交があった。
取引場所を事前に通知され、転移を繰り返して向かった現場にはタブラ・スマラグディナと、ウルベルト・アレイン・オードルがいたのだ。
「お初にお目にかかる。私は大災厄『ウルベルト・アレイン・オードル』と申します。以後、お見知りおきを」
という赤面ものの……否、見事な悪魔ロールを見せつけられたのである。
「こちらこそ商談の持ち込み有難うございます。
負けじと、こちらも闇商人ならぬ闇錬金術師として返礼ロールをしたのも、今では良い思い出だ。
(知り合いのタブラさんがいたから大丈夫だとは思っていたが、PKされてアイテムを持って行かれないか心配したのは内緒だ。)
その後も二人とは付き合いが続き、他のメンバーとも何度かアイテムの取引を行っている。
戦闘面で心許ない自分に代わり、素材採集の依頼をしたこともあった。
しかし、いつからかやり取りが減っていき、ここ数年では一度も会ったことはなかった。
(まぁ10年以上もやってる人の方が少ないだろうけどさ。……あの頃は特に楽しかったなぁ。)
ふと、大きな音に顔を上げると夜空に大きな花火が広がっていた。
夜闇に映える綺麗な花火だ。
気付けば、都市内をひたすら歩き回っていたようで、都市中央部の広場からは大分離れてしまったようだ。
「お。始まったか。せっかくだし賑やかなところで見ようか。」
ヘルメスは≪飛行/フライ≫を唱えると、空に上昇し、広場のある都市中央部に向けて飛翔した。
(寂しいけど……それ以上に楽しい思い出がいっぱいある。あぁ……楽しかった……本当に……)
夜空を飾る火の大輪が近づいてくる。
オープンチャットによる賑やかな声が聞こえてくる。
中には、泣いてる人もいるようだ。
ありがとう。を繰り返し叫ぶ声がする。
視界が滲む様な気がした。
(本当に……楽しかった……)
自分の様に、地上からでなく空から花火を眺めようと、空にたくさんの異形の姿があった。
皆一様に一か所を眺めていた。
時刻はもう午後11時59分を指している。
(楽しかった……ありがとう……)
瞬間。
世界が閉ざされた。
ヘルヘイムにある都市名は捏造です。
いつまで続くかわかりませんが、よろしくお願いします。